いつ、どこでオオカミはイヌになったのか? |
||
2019年2月16日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です 米国スミソニアン博物館が昨年2018年8月15日付けでイヌの家畜化にまつわる面白い記事を出していましたので、全文の内、特にそれに関係する前半2/3の部分をざっと紹介します (院長に拠る和訳)。原著は Brian Handwerk 氏に拠る How Accurate Is Alpha's Theory of Dog Domestication? (アルファのイヌ家畜化理論はどれほど正しいのか?)です。Alphaとは 2018 年公開のハリウッド映画で、オオカミと少年が友達になるとのストーリーです(院長は本編はまだ見ていません)。この記事は分かり易い英文ですので是非原著でお読み下さい。 How Accurate IsAlpha’sTheory of Dog Domestication?https://www.smithsonianmag.com/science-nature/how-wolves-really-became-dogs-180970014/(どなたでも無料で読めます)以下参考サイト:http://www.fci.be/en/国際畜犬連盟https://williams-syndrome.org/what-is-williams-syndromeCommon features of Williams syndrome include:Overly friendly (excessively social) personalityIndividuals with Williams syndrome have a very endearing personality. They have a unique strength in their expressive language skills, and are extremely polite. They are typically unafraid of strangers and show a greater interest in contact with adults than with their peers.ウィリアムズ症候群に見られる共通の特徴の1つとして、オーバーに友好的(過度にsocial 社交的)なパーソナリティが見られる。彼らは非常に愛くるしく、言語表現に独特の強みを見せ、極度に礼儀正しい。決まったように見知らぬ人を怖れず、同年代の子供達よりも大人との接触に大きな興味を持つ。https://advances.sciencemag.org/content/3/7/e1700398.fullStructural variants in genes associated with human Williams-Beuren syndrome underlie stereotypical hypersociability in domestic dogsBridgett M. vonHoldt et al. Science Advances 19 Jul 2017: Vol. 3, no. 7, e1700398DOI: 10.1126/sciadv.1700398人間でウィリアムズ・ボイレン症候群に関与する遺伝子部位が、飼いイヌではオオカミと異なり変化を受けていたとの論文(全文が無料で入手出来ます) |
||
いつ、どこでオオカミはイヌになったのか?*オオカミがイヌへと繋がるのは確実で、15000〜40000年前に絶滅種のオオカミから現生のオオカミとイヌが分かれた、これが一般に受け入れられてきた説である。*しかしそれがどこで起ったのかについては、南中国からモンゴルそしてヨーロッパに至る各地との考えがあり見解の一致を見ない。*実はいつ分かれたのかについても、科学者の考えが一致している訳では無い。2017年の夏に出版された Nature Communications の研究報告は、それが遅くとも2万年前に、おそらくは4万年前に近い時代に起きたと主張する。これはドイツの新石器時代、7000年前と4700年前のイヌ化石のコラーゲンDNAの変異を元に算定された。これらのDNAは現在のヨーロッパで飼育されているイヌのものと非常に近く、従ってオオカミが家畜化されイヌが生じたのは1度のみであるとする。*だがこれで話が終わり、とはいかない。家畜化が単回ではなく複数回起こったことを示唆する少なくとも1つ以上の報告があるのだ。ヨーロッパ出土の3000〜14000年前の資料59個のミトコンドリアDNA配列、並びにアイルランドのニューグランジにある先史時代の建造物の下から発掘された4800年前のイヌの全DNA配列を、現生のオオカミ並びにイヌと比較すると、イヌは遅くとも14000年前にアジアで家畜化されたのち、6000年以前までの間に東アジアのイヌと西ユーラシアのイヌに分岐、拡散したことが示される。*しかしその年台よりも明らかに古いイヌの化石がヨーロッパで得られていることから、著者らはオオカミからは少なくとも2度イヌが分かれ出たが、その内のヨーロッバの枝は後に絶滅したと説明する。ヨーロッパとアジアでは古い時代のイヌ化石が出るものの、その間の地帯では8000年より古い化石が出ないことを根拠とする。この様に考古学と遺伝子解析を組み合わせることで、イヌが家畜化された回数は再検討されるべきだと著者ら示唆する。*イヌとオオカミとの混血は今の時代でも起こっており、これは遺伝子解析に不透明感を与える。院長注: *ヨーロッパで発掘される古いイヌの化石は現代のイヌには繋がらず、絶滅したとの解釈ですね。 *絶滅後のその空白地帯に6000年前までにアジアからイヌが入り<分家>したとの主張ですが、となると同時期にアジア系人種もイヌを引き連れて同じくヨーロッパに入ったと言うことなのでしょうか?イヌだけが次々とバトンタッチされて伝播された可能性もありますが。 *家畜化にまつわる言葉として、自己家畜化と言う言葉を随分と以前に特定の識者が盛んに言い立てていたことを思い出します。人間が自己家畜化して進化したなどとの説だったと思います。これは完全に用法の誤りであると同時に、何をいいたいのか曖昧性に満ちた表現と院長は感じました。星の王子さまの項で触れましたが、domesticate 「飼いならす」の語感を底にして、現代文明により人間は飼い慣らされ隷属下に置くよう自ら道を選んで育種して進化して来た、とでも言いたかったかのしれません。しかし domesticate は人間以外の動物を人間の家の内側に収めること、「宅内化する」の意で、そもそも人間相手に使用する語ではありません。動物学の専門家でさえ domestication の実態が分からず、その本質をあれこれ追い求めている中で、この語を何かの特定概念として転用することは文化人類学或いは社会学に於いて人間認識を歪める危険性がある、即ち、<飼い慣らす>の語同様に、真の概念では無く、言葉尻が暴走化した哲学性の浅い論考であると院長は考えます。 |
||
Brian Handwerk 氏に拠る How Accurate Is Alpha'sTheory of Dog Domestication? (アルファのイヌ家畜化理論はどれほど正しいのか?)の続きです。 いかにしてイヌは人間の最良の友となったのか?*いつあるいはどこでイヌが家畜化されたのかをキッカリと知りたい、との探究心がより強くなれば、次は、イヌはいかにして家畜化されたのか、の疑問に行き着く。*人がオオカミの子供を捕獲し、ペットとして飼育している内に徐々に家畜化されたが、これは農業が開始されたのとほぼ同じく10000年前に起きた可能性がある、との説がある。これは最古のイヌの化石は14000年前に遡るとの見解にはあらかた合致する。しかしそれの倍以上も古い幾つかの化石は、イヌ、或いは少なくとも祖先のオオカミとは完全に異なってしまった動物の可能性があるのだがこれを説明できない・・・。*より最近の遺伝子解析は家畜化の年代はずっと古いことを示唆しているので、別の理論が支持を集めている。「一番人に馴れたオオカミがイヌとして生き残った理論」であるが、イヌの起源は狩猟採集民との間でオオカミが自己家畜化していったのが主な成因との説である。*「オオカミは大きな肉食獣であり、狩猟民とは狩りの場で競合したが、初期には狩猟民はオオカミを手なづけて家畜にし得るとは思いもしなかったろう。だが、長い間に、自己家畜化として知られる過程を辿り、それに続き、斑模様のある毛皮、丸まった尻尾、垂れ耳と言った(現在のイヌに見られる)形態的変化が起きた。人に馴れることがその動物に得、有利となる時には動物にこの様な変化が起こるのである。人に馴れることはこれらの形質変化を駆り立て、僅か数世代の選別の内に目に見える副産物として現れ始める。*この理論は家畜化の別の過程の事実から証拠付けられる。1つは有名なロシアのキツネ家畜化の例である。実験を通じて人と接しても機嫌良く過ごす性格の狐を作出したが、これらのキツネが同時に人の気持ちを読むのが得意でもあることに研究者は気がついた。社交的なキツネへの選別は彼らをより魅力的なものに−イヌの様に−見せるとの意図しない結果をもたらしたのである。*殆どのオオカミは恐ろしくまた人間に対して攻撃的だったろうが、中には人間に対して親和的なものもあり、狩猟採集民の獲物に近づけただろう。それは他の個体より有利となったが、人に馴れる方向への選択圧が強く働いた結果、我々がイヌに見るような副産物の形質変化が丸ごともたらされたのである。これは自己家畜化であり、人間がイヌを家畜化したのではなくイヌが自分自身を家畜化したのだ。」とこの理論の提唱者らは主張する。*この理論を支持し得る遺伝学的研究が2017年に提出された。高い社交的行動特性が人間とイヌ2つの種を繋いだ可能性を進化生物学者が示し、数個の遺伝子がその行動を発現させる可能性に的が絞られたのである。「一般的な話ですが、イヌはより高いレベルで人との長い接触を求めようとします。人に距離を置くオオカミでは無傷に残っている遺伝子部位がイヌでは破壊されていることが示されました。興味深いことに、人間の遺伝子変異で同じDNAの伸張が起きるとウィリアムズ・ボイレン症候群−患者は並外れて他人を信じ親しみを持つ−を惹き起こすのです。ハツカネズミに於いてもこれらの遺伝子に変異が起きると人に馴れる様になることが先行研究で明らかにされています。*我々の結果は、これらの遺伝子のランダムな変異が、他のまだ知られていない変異と共に、イヌを人に近づける最初の役割を果たした可能性を示します。行動を形作るだろう多数有る分子レベルの特徴の1つを我々は同定し得たのです。」と言う。 |
||
院長注: *家畜化に伴い毛皮に斑文がしばしば生じますが、野生動物には通常観察されず、家畜化を特徴付けるものの1つと授業では習いました。しかしその様な形態的変化が短期間に起こると強調せずとも理論は別段成立すると思うのですが、その点も含め、形態変化に対して構えすぎの様な気もします。実際のところ、ジャーマンシェパードなどはオオカミ風な外観を色濃く残しているようにも見えます。一方アフリカの<野生犬>リカオンは不規則な、個体変異の大きい毛色、斑模様を持ちます。 *他に対して警戒心を抱かせる脳機能は一種の防御本能とも言えると思いますが、その敷居が低くなり、ウィリアムズ症候群同様の「人なつっこい」性格行動がオオカミからイヌへの成立の鍵であるとの学説は大変ユニークであり興味深く感じています。家畜化には動物毎の様々な姿がある筈ですが、これがイヌ型の家畜化と言えるのかもしれません。これ以前の学説は、数万年人間と過ごす内に徐々にイヌが慣れ親しんで行ったのだろう、などのイヌ(の祖先)がどうして人間に接近したのかについて、その肝心なところの説明を曖昧にしたままのものが漫然と主張され続けており、推測の域を出ませんでした。まぁ、進化絡みの学説はこの手の質、作文に終始するのものが大半でもあるのですが。 *ロシアのキツネがイヌ化したとの話は<40年の研究からペットギツネが誕生>で検索してみて下さい。またこれに関与する、キツネが大人しくなった行動を規定する遺伝子部位を突き止めたとの論文が2018年に出ました。これは後日ご紹介する予定です。 *犬の躾の項で述べましたが、オオカミが集団の統制の中で狩りをする習性の中に、人に馴化(じゅんか)していく素地がある様にも思います。ウィリアムズ症候群同様の遺伝子変化を起こしやすい下地(脆弱性)があるからこそ統制と言う名の社会性が先に成立している様にも思うのですが如何でしょうか? この項はこれで終わりです。他の動物の家畜化 domestication についてはまた別の機会に。 |
||