幻の動物 カワネズミ |
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2019年2月25日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 獣医師が取り扱うべき飼育動物の話がしばらく続きましたが、本邦棲息の野生動物種を話題として採り上げるのも気分転換には良いでしょう。候補を幾つか絞ったのですが、初回としてカワネズミを採り上げます。研究者は「幻の動物」扱いするとはケシカラん、と立腹されるかもしれませんが、特に動物学的な興味を持たない一般の方々には今回初めて名前を聞いた、なにそれ?と思われる方がほとんどでしょう。−と、エラそうな事を言ってますが実は院長もまだカワネズミの生きている現物は見た経験がありません。 普段は土中生活のモグラさえ、いざと言う時は藻掻くような泳法ながら泳ぎも可能です (院長が飼育していたモグラで確認済みです)。水恐怖症の類人猿などを除き、大方の陸生哺乳類はこの様に泳げなくはありません。ところが山中に生息するカワネズミは時々泳ぐの域を超え、メインの生活環境が水辺 (渓流域)であり且つ素潜りの達人でもあります。一体どうなっているの?!と想像も付かないのではないでしょうか。 以下参考文献&サイト:A Mitochondrial Phylogeny and Biogeographical Scenario for Asiatic Water Shrews of the Genus Chimarrogale: Implications for Taxonomy and Low-Latitude Migration Routes, Shou-Li Yuan,et al. Plos one, 2013, https://doi.org/10.1371/journal.pone.0077156この論文によると、日本のカワネズミはヒマラヤのカワネズミの1亜種と系統が近いとされます。無料で全文読めます。台湾の大学、雲南省昆明動物研究所、大阪市立大学の共同研究です。https://en.wikipedia.org/wiki/Japanese_water_shrewhttps://ja.wikipedia.org/wiki/カワネズミ本州と九州にのみ棲息します。https://en.wikipedia.org/wiki/Russian_desmanhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ロシアデスマン棲息地はウクライナ、カザフスタン、ベラルーシ、ロシア西部(ヴォルガ川水系、ウラル川水系下流域、ドン川水系)。ドニエプル川へ移入。https://en.wikipedia.org/wiki/Pyrenean_desmanhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ピレネーデスマン棲息地はスペイン北部、フランス南部、ポルトガル北部*デスマンを捕獲するにはだいぶ旅費が掛かりそうで・・・。 |
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カワネズミはネズミの名前が付きますが、家の天井裏で運動会を行うネズミとは全く異なり、トガリネズミと言う、顔の先がとんがった小動物の一群が居るのですが、その仲間の動物です。東京近辺に在住の方ならご存じの高尾山ですが、その登山道の脇に、トガリネズミの死体が転がっているのを割と頻繁に目撃もしますが、灰色〜黒めの色調の、か細い毛が密生した、尻尾の長くてやせ細った、顔の尖った得体の知れない小さな生き物を見て、うわぁ〜となるのがオチでしょう。それに比べると、wikipedia 掲載の写真やyoutube の動画を見る限りですが、カワネズミは他のトガリネズミとは外見的特徴に大きく異なるところは感じられないものの、だいぶふっくらした感じはします。 トガリネズミの仲間は、多くは森林の落ち葉の中をごそごそと進み、昆虫やミミズなどを採食していますが、幾らか土中生活性を強めたり (北海道に生息するオオアシトガリネズミ)、と生活圏を拡大するものが混じります。カワネズミは祖先が水辺で餌を採る方向に活路を見いだし、「ちょっと冷たいけど敵もいないし食べものも豊富でこりゃええ」と水中生活性にも特化して行ったものと思われますが (我ながら取って付けたような進化学説!)、トガリネズミの仲間とは随分と柔軟な適応性を持つもつ動物群である、とその地味な外見とのギャップに驚かされます。 かれこれ10年ほど前になるかと思いますが、院長がモグラの手の進化について調べていた時に、北海道大学の大館先生にお願いして、北海道ではモグラ扱いされるオオアシトガリネズミ並びに世界最小の哺乳類とされるチビトガリネズミ(院長の親指をやや太くした程度のサイズでした)の標本を学術用研究資料としてお譲り戴きました。津軽海峡を越えた先の北海道の大地には真のモグラが生息せず、その隙間を埋めるかの様に、オオアシトガリネズミがそこそこの土中生活性を強めていると知り、手の形態 & 機能をモグラと比較する目的での入手でした。結論を言うと、オオアシトガリネズミは哺乳類の基本動作のままの<犬かき型>の前肢運動で土を掘削しているものと考えられ、モグラの様な高度な特殊化した形態変化は観察されませんでした。大館先生からはオオアシトガリネズミが爪の部分を強大化し伸張させているのとのご指摘を戴きました。また40cmぐらいの深さまで穴を掘ると併せて聞きましたが、掘削の力は格段に強いものでは無いと推定され、基本的に柔らかいフワフワした土壌を掘り進むのものと考えました。前肢形態が他のトガリネズミに比較して強大化しているとの文献が出ている様ですが院長は怠慢で入手していません。モグラの様な土中生活性の傾斜は見られるものの掘削生活に適応した形態変化はまだ弱いレベルにあるものと考えています。 カワネズミに関してですが、実物を前にしていませんので単なる推測に過ぎませんが、写真や動画で外見を見る限りでは、水中生活性に向けた特殊化の程度は弱く、文字通りの「毛が生えた」(wikipedia の記述に、指趾の側面に扁平な剛毛があり、水かきの役割をする、とあります)程度の改変 modification に留まっているのかなぁとの感想です。 |
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院長宅の書庫の奥から 『カワネズミの谷』 北垣憲仁著、フレーベル館発行、1996年が見つかりましたので久しぶりにページをめくってみました。子供向けの図書の位置づけではありますが、水中遊泳時の貴重な写真が数カット収録され、記述も informative であり、学術的にも大変価値ある出版物と感じます。ゆびの剛毛の写真も掲載され、各指趾(しし、指は手ゆび、趾は足ゆびの意)の側面と言うよりは、甲では無い腹側の方に、硬そうな毛がびっしりと配列し(服の埃を払うブラシの様に見えます)、これは確かに遊泳時にはすぼんだり開いたりして水かきの際の抵抗値を増減・調節するのに役立ちそうです。また、あまり鮮明では無いのですが、手を身体の側方に突き出してオール漕ぎをしている様に見える写真がありました。腕の動きが単なる犬かき型ではなく、やや側方に突き出して水を漕いでいる様に見えます。軽度であれ前肢の関節構造が変化しているのかもしれません。院長の様な、ロコモーション(動物の移動運動性のこと)の研究者サイドからすると、運動性に関する記述がもう少し欲しいところですが、自分で生体を観察する以外にはありませんね。但し、高速度撮影が必要そうです。 本書の中程のコラムで今泉吉晴氏が、水中生活性のミズトガリネズミ並びに水生のモグラ、デスマンについて記事を書かれていますが、カワネズミに限らず水の世界に進出した仲間はそこそこ居る模様です。ちょっと見ではミズトガリネズミとカワネズミは区別が出来ません。下記 youtube の動画でロシアデスマンの水中遊泳の様子が分かりますが、水かきのある手に比べてずっと大きい足で推進力を得ています。手は小さく、左右交互に動かしています。地中性のモグラが手が巨大化し左右対称に動かして進み、その一方足が貧弱なのとは正反対です。ヒミズというサイズが小さいモグラの仲間が本邦の山岳地帯などに主に棲息していますが、院長は観察したことがありますが、それも手がだいぶ小さく他のモグラの縮小版といったサイズでした。骨格構造は完全にモグラのものとなっていて中間的なものではありませんでした。推測に過ぎませんが、デスマンはモグラの様に掘削性を増して手が強大化する以前に水中生活に入った可能性はあります。形態と機能の関連を調べると面白ろそうに思います。現地の研究者から譲渡を受ける手もありますが、そもそも研究している者の絶対数は少なそうですね。ど、どなたか、材料を!! ロシアデスマンの詳細な記事は以下を参照下さい。とは言ってもロシア語が皆目分からず・・・。 http://ucrazy.ru/animals/1450881214-russkaya-vyhuhol-sovremennica-mamonta.html |
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トガリネズミの仲間 (モグラも含めて) の、顔が尖っていてほっそりめの体型は、堆積した落ち葉の中や水の中を進んでいくには好都合な造りとも言えますが、まぁ、形態的な変化が少ない中で新たな生活環境に乗り出している生き物と言う点で面白いと感じています。実際はガサツにどこにでも飛び込んで進んでしまう習性が新開地の開拓に繋がったのかもしれません。共通点は落ち葉の中にせよ、土の中にせよ、水の中にせよ、「もぐり」がキーワードの動物群と言えましょうか。未来のことは分かりませんが、後から形態進化が追いついていく実例となるかもしれません。ボデイサイズではトガリネズミよりカワネズミの方が大きい(水性モグラのデスマンもモグラにしては巨大サイズで大きい)ですが、これは水中での体温保持には有利でしょう。 カワネズミを始め、トガリネズミ、ジネズミなどの一群の動物に関しては大館先生を含めた北大の研究者が主に分類や生態面で鋭意研究を続けています。この先も面白い話が聴けることを期待しています。 *モグラ、ヒミズの話はまた後ほどに。 |
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