性格を激変させる病気 - 甲状腺の話 |
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2019年3月25日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 今まで飼い主と穏やかに social に過ごして来たペットが、急激に性格を(悪い方へ)変えることがあります。躾けも出来ていたはずが荒れ狂い手に負えなくなってしまった、或いは奇妙な行動を示す、反応に無関心になったなど、飼い主がどうしたものかと困惑する例ですね。行動が変化すると言う事は詰まりは行動の中枢である脳に何らかの影響が出ていることを示します。問題行動の発現時には、新たに躾け直す、行動学的な療法を行えば改善されるとの次元を超えた、何か医学的な原因が存在するのではないかと疑ってみる必要があります。病気の場合は、行動学的な解決策をいくら試みようとも根本的には改善を見ません。例えば院長の高血圧傾向に対して、心穏やかに過ごしなさいと言っても多少は影響するものの、その様な迂遠な方途に拠らず、減塩食にして降圧剤を服用すれば一発で低下する例です。まぁ、ここら辺を鋭い嗅覚で嗅ぎ分けるか否かが、おそらく凡庸な獣医師と名獣医との違いでしょうね。 以下本コラム執筆の為の参考サイト並びに資料https://pets.webmd.com/cats/guide/cat-hyperthyroidism#1https://pets.webmd.com/cats/guide/cat-hyperthyroidism#2webmed の獣医療版です。ネコの甲状腺機能亢進症について治療まで含めて一通り記述されています。国内のこの手の一般向けサイトよりは充実していますので、英語の分かる方は、アクセスされると良いと思います。当クリニックでは、この様な記事を更に分かり易く教えて欲しいとの要望にもお応えできます。甲状腺の悩みに答える本第9章 『“あなたは変わってしまった” 甲状腺と人間関係がぶつかり合う時』The Thyroid Solution Ridha Arem Ballantine Books, New Yorkhttps://www.j-tajiri.or.jp/book/d/d09/これはソフトカバー版ですが、別の出版社からハードカバーも手に入ります。どちらもアマゾンなどで入手は容易です。勿論全編通して英文です。BiographyDr. Ridha Arem is Associate Professor of Medicine in the Division of Endocrinology and Metabolismat Baylor College of Medicine in Houston, Texas. He is also Chief of Endocrinology and Metabolism atBen Taub General Hospital in Houston. In addition to teaching medical students and physicians-in-training, he regularly speaks to primary-care physicians and specialists at various educational programs.Dr. Arem is a nationally recognized thyroid specialist. For the past ten years he has been the authorand editor of Clinical Thyroidology, a well respected widely read periodical publication for physicians onthyroid disorders. He also contributes to Thyroid USA, the official newsletter of the AmericanFoundation of Thyroid Patients, and participates in patient education programs.Ridha Arem 博士はテキサス州ヒューストンのBaylor 医科大学の内分泌及び代謝部門の医学准教授である。彼はヒューストンの Ben Taub 総合病院で内分泌及び代謝のチーフでもある。医学生と研修医のみでなく、様々な教育プログラムにて一般開業医や専門医にも教育を行っている。Arem 博士は国内で認められた甲状腺専門医である。過去10年の間、臨床甲状腺誌の執筆者また編集者であった。この雑誌は甲状腺疾患に関与する内科医に敬意を持って広く読まれる定期刊行物である。彼は甲状腺疾患患者の為の米国基金の公的ニュースレターThyroid USA にも貢献しており、また患者教育プログラムにも参加している。 |
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米国 webmed (医学情報を掲載し、広告収入を収益とするサイト) に、人間に関してですが、 「パーソナリティ 人格を変容させる医学的状態」 とのタイトルの分かり易い記事が掲載されていましたので紹介します。大変優しい英文ですので是非お目通し下さい。 https://www.webmd.com/mental-health/ss/slideshow-conditions-change-personalityConditions That Can Change Your Personality「パーソナリティとはあなたが考え、感じ、行動する全ての遣り方で 「あなた」 を形作るものがパーソナリティです。それは習慣であり癖であり、あなたを取り巻く世界にあなたがどう反応するかです。あなたの気分が変動しようとも、また何年に亘り物事を習い成長しようとも、確かに「あなた」であり続けるのです。しかしながら健康状態によっては、パーソナリティが影響され、本来のあなたの性格とは違う遣り方であなたを行動させてしまうものがあります。」 この冒頭の文言に続き、アルツハイマー病、レビー小体痴呆、パーキンソン病、ハンチントン舞踏症、多発性硬化症、甲状腺疾患、脳腫瘍、ある種のタイプの癌、脳卒中、脳の外傷、鬱病、強迫性神経症、双極性障害、統合失調症と、性格に変化を与える疾患についての手短な解説が続くのですが、要は、脳内部での問題、或いはホルモンの異常で、脳が妙な動作を惹き起こす、この2つが原因です。ここでは、薬物中毒並びにウイルス脳症に起因する行動異常などは含められていません。飽くまで、身体内部に原因が存在するケースが扱われています。 因みに英語 person の由来ですが、https://www.etymonline.com/word/personperson (n.)early 13c., from Old French persone "human being, anyone, person" (12c., Modern French personne) anddirectly from Latin persona "human being, person, personage; a part in a drama, assumed character,"originally "a mask, a false face," such as those of wood or clay worn by the actors in later Romantheater. OED offers the general 19c. explanation of persona as "related to" Latin personare "to soundthrough" (i.e. the mask as something spoken through and perhaps amplifying the voice), "but the long omakes a difficulty ...." Klein and Barnhart say it is possibly borrowed from Etruscan phersu "mask." Kleingoes on to say this is ultimately of Greek origin and compares Persephone.13世紀早期、古フランス語 persone 「人間、誰でも、人」 (12世紀も、現代フランス語では personne) そして直接にはラテン語の persona 「人間、人となり、一部演劇に於いては演じられる役柄」、元々は、例えば木や粘土で作られ後期ローマ時代の舞台で装着された仮面、顔を覆う面。OED (Oxford Enflish Dictionary) は personaの19世紀のこの語の一般的な説明として、声を通せるものの意のラテン語の personare、換言すればそれを通して話が出来、おそらくは声も増幅する類いの面、を与えている。しかし長音の O がこの解釈を困難とさせる。KleinとBamhart はエトルリア (古代イタリア中部で繁栄したが後にローマに吸収)語、phersu 「面」 に由来する可能性に言及する。Klein はこれは究極にはギリシア語起源であるとまで言い、ギリシア神話の女神 ペルセフォネと比較している。 personare は per (それを通して) sonus (音)が出るの意ですが、persona の発音がペルソーナと O の発音を延ばすのに対し、personare はペルソナーレで O の発音が短く、違うのではとの見解ですね。単純にかぶり物、お面が語源と考えて良いようですが、本来人間に対して使う言葉です。person から派生した personality 人となり、を動物の性格の描写に利用するのはおかしいのかもしれません。それ以外にも、動物は体面を考えてお面を被って行動する事は無く、心のスッピンのまま行動しますので personality は使えませんね。動物に関しては性格 character と言うのが一番かもしれません。「猫かぶり 」している様に見えてもそれは実は心のスッピンのまま、と言うわけです。 話を元に戻しますが、この様な全ての疾患は、等しく人間以外の哺乳動物でも起こりえる筈ですが、厳しい自然環境下で生活する野生獣にあっては、異常行動を示す個体は自ずと淘汰されます。飼育動物、特に愛玩動物は、人間の庇護下にあるので、病態が発現しても生存する可能性はあります。実際のところ、獣医療上で問題となるのは、これらの内の甲状腺疾患が原因のものがほとんどを占めるだろうと思います。これは高齢のネコの約1割程度に発症する疾患であり大きな臨床的意義を持ちます。 |
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脳の視床下部から甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン TRH が放出され、それが下垂体前葉に作用して甲状腺刺激ホルモン TSH を放出させ、更に今度はそれが標的器官である甲状腺に働いて甲状腺ホルモン Thyroid hormone TH を放出させると言う、玉突きの仕組みですが、高校の生物学ではこの程度のことは学習する筈です。視床下部、下垂体前葉、甲状腺のいずれかに問題が生じると、血中の甲状腺ホルモン値が正常な値から逸脱して問題が発生します。甲状腺ホルモンは1分子中に ヨウ素を 3個 或いは 4個 抱えた構造ですが、全身のほぼ全ての細胞に作用してエネルギー産生を高めます。平たく言えば、ガスコンロのダイヤルを右に回す作用ですね。平常よりホルモン量が多ければ、火の勢いが強くなってカッカカッカ来て煮こぼれますし、量が少なければ、とろ火になり、いつまで経っても煮え切りません。前者の状態を甲状腺機能亢進症 hypertthyroidism ハイパーサイロイディズムと呼び、一方後者の状態を甲状腺機能低下症 hypothyroidism ハイポサイロイディズムと呼びます(hyper-, hypo- は各ギリシャ語由来の、上、超、下、未満の意味の接頭語)。 |
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大変興味深いことに、特に精神性の高度に発達する人間に於いては、甲状腺ホルモンの血中濃度の逸脱が、当人の性格に多大な影響を及ぼします。 これに関しては、熊本の甲状腺専門病院である田尻クリニックのホームページに掲載された The Thyroid Solution の和訳が分かり易く、また参考になる筈です。院長もこの書籍を持っているのですが、こちらの和訳には大変助かっています。是非、お目通し下さい。結婚生活を送っている内に、配偶者が理不尽なことで相手を攻撃し始め、それに反論すれば更に火に油を注ぐようになって収拾が付かなくなる例が掲載されています。院長は人間の精神医学には素人ですが、ひょっとするとパラノイアと診断される者の一部、或いは現在問題になっている DV (児童虐待等を含めた家庭内暴力)の原因の一定程度は、甲状腺機能の異常が関与する様に思います。甲状腺ホルモンの過剰で、もちろん人に拠ってですが、重症化すると、ハイド氏化する事もあると言って良いのかもしれません。 |
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ネコの場合は烈しい暴力ネコに変貌するまでには至りませんが、治療前の甲状腺機能亢進クライシスの状態は愛猫家の方は辛くて見ていられないのではと思います。顔つきが般若相に変わり、大変苦しそうで、また毛づやもなくなり被毛はガサガサとなり、やせ細ります。治療後は打って変わって落ち着きも取り戻し、顔付きも柔和になり元に戻りますが、治療の前後を比較するとまるで別のネコの様です。 ペットのネコ (特に10歳以上の高齢ネコ) が食欲増進の割には痩せてきた、そわそわして何か落ち着かない、多飲多尿、毛づやが悪くなってきた、、性格がキツくなった、吐き気がある、などが見られましたら是非早めに近医を受診して下さい。放射性ヨード剤 (甲状腺内のホルモンを作る細胞自体を破壊します、一度で治療完了) を利用するには、専用の施設が必要となり、専門病院以外では他の治療薬 (甲状腺ホルモンの合成経路を阻害します、終生服薬する必要あり) を使用する筈です。発生率が高い疾患ですので、ネコを飼育されている方は知識として頭に入れておくことをお奨めします。 |
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