Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               



























































































































































































院長のコラム 2019年5月10日 『イヌ科の系統分類@ 形態分析の話』







イヌ科の系統分類@ 形態分析の話




2019年5月10日

皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 これまで飼育動物としてのイヌについて、先祖のオオカミから如何にして domesticate されたのかを含め、各種の話題を採り上げてきました。実際にはイヌ科の他の動物としてキツネや コヨーテ、はたまた ヤブイヌなどと言う一般の方には見当も付かない仲間も居るのですが、ではこれらの動物達は互いにどの様な関係、立ち位置にあるのか?−今回はこの話題を採り上げます。最初の2回で系統分類の手法について解説し、後半の2回では実際のイヌ科の分類について概観します。計4回の長丁場となりますがどうぞ最後までおつきあい下さい。






https://cdn.pixabay.com/photo/2019/05/13/22/46/wolf-4201081_960_720.jpg

ハイイロオオカミ Gray wolf




https://cdn.pixabay.com/photo/2017/11/28/18/45/fuchs-2984320_960_720.jpg

アカギツネ Red fox



https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c9/Tanuki_the_%60Raccoon_Dog%60.jpg

Prue Simmons, CC BY 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>,

via Wikimedia Commons 原画からコントラストアップ加工済み。

タヌキ Raccoon dog




https://cdn.pixabay.com/photo/2010/12/13/10/17/animal-2609_960_720.jpg

ヤブイヌ Bush dog


上の4種は全てイヌ科の動物です。






 イヌ科に分類されるからには、その集団は如何にもイヌ然とした姿形だろうと考える方が殆どと思いますが、実際のところそれは大方正しく、同じ食肉目ですが少し離れた系統のハイエナ科の動物 (イヌよりはジャコウネコやマングースに近縁)も、ずんぐりした体型のものが多いですがイヌに類似します。また血縁関係の遠く離れたイヌ型動物と言えば、1933年に絶滅してしまった有袋類のフクロオオカミ (タスマニアオオカミ)がいる (いた)のみですが、これは他人のそら似とお考え下さい。

 イヌ型とは何かと簡単に言えば、地上疾走性を高めた中型〜やや大型サイズの動物で、四肢は細長く手足の指は把握性を失い、ほっそりした胴体は地表より離れて保たれ、頭蓋骨の吻が尖る様に伸張し前後に細長く、顎には強大な犬歯を備えこれで狩りを行い、耳が三角に尖り、知能が高く感覚鋭敏で動作も素早く、短距離疾走に加え、長距離の耐久走も可能とする (=平地疾走性に特化)、とでも言えましょうか。実際には、これら特徴には属レベルでは少しずつ濃淡が存在します。上記の特徴は特にオオカミやキツネでは明瞭ですが、中南米のイヌ科動物の一部や日本及び東ユーラシアに分布するタヌキでは、体型はずんぐりとし、また耳も小さめで丸形となります。一言で言えば、違いはありますが  euduarance & cursorial hunting に向けて進化した動物群 (持久走型平地ハンター)と言って良いのではと思います。

 これらの特徴はネコと変わりが無いのではと疑問に思う方もいると思いますが、ネコは吻の突き出しが弱いためイヌより嗅覚が劣り、獲物をピンセットの様に口先で挟んで確保する事が出来ませんし (大きく開口して犬歯に力を入れ一撃で仕留め、少ない数の奥歯で力強く噛み切る)、しなやかな身体を利用して瞬発的なダッシュは出来ますが長距離耐久走は行わず、またイヌよりは木登りも得意ですね。これは眼球がより平面的に配列し立体視が優れる事も幾らか関係します。狩りの方法も違います。ネコは抜き足差し足で (爪を引っ込めて音を立てずに)接近するか待ち伏せをして、バネが弾けるが如くに一気に獲物を仕留めますが、イヌは集団或いは単独での時間を掛けての狩りが見られます。jまた一部の種を除いて爪を引っ込める事が出来ません。イヌ科とネコ科の行動特性そのものが姿形に表れている訳です。






https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d5/Thylacinus.jpg

Baker; E.J. Keller., Public domain, via Wikimedia Commons

A pair of thylacines in the National Zoo in Washington, D.C., c. 1903

タスマニアオオカミ Thylacinus cynocephalus ワシントンDC 国立動物園、1903年


人類がこの動物を失ったのは大きな痛手でしたね。



https://www.museum.zoo.cam.ac.uk/highlights/items/thylacine

ケンブリッジ大学動物学博物館所蔵、タスマニアオオカミ

有袋類ですが系統の遠く離れたオオカミの骨格とは頭蓋骨を含めてよく似ています。似た様な

環境に棲息する血縁関係の遠い動物が環境への適応の結果、似たような形態となる例はこ

れ以外にも知られていますが、適応放散の結果の<収斂 しゅうれん>と呼びます。この写真

を見ていて1つ気になったのですが、有袋類に特徴的な袋骨(たいこつ、腰盤の骨の左右前

方に付着して角の様に前に突き出る小骨)が見られません。紛失したのでしょうか?




https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/a8/Japan_Wolf_Skelton.jpg

Momotarou2012, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>,

via Wikimedia Commonsニホンオオカミの骨格標本。国立科学博物館の展示






 動物が互いにどの様な系統関係、つまりはどの様な祖先から出て様々な種類に分かれ、また互いの血縁関係はどうなのかを追求する事は、生物学の基本であり、系統分類学  systematics システィマティクスと呼称します。一方 classification 分類とは、単に何らかの基準を元にしてを動物を分ける行為を指します。例えば、枝にぶら下がる動物、毛皮の黒い動物などの様に。まぁ、平たく言えば、血縁関係に基づいて動物を分類するのが  systematicsで、人間の家系図もこれと同様の考え方です。分類 classification の中の1つの方法ですね。


例えばヒトの分類は、

脊椎動物門 (魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類)

哺乳動物綱 (齧歯目 食肉目、霊長目など多数

霊長類目 (原猿、メガネザル、新旧世界ザル、類人猿、ヒト)

ヒトニザル科 (テナガザル、ゴリラ、チンパンジー、オランウータン、ヒト)

ヒト属 (現生人類、ネアンデルタール人、北京原人など)

ヒト (いわゆる人種は亜種相当、種の下での分類)


と、なります。属とは系統的に近い動物種を纏めた最小単位のことになります。


systematics システィマティックス 

https://en.wikipedia.org/wiki/Systematics から以下引用

Biological systematics is the study of the diversification of living forms, both past and present, and therelationships among living things through time. Relationships are visualized as evolutionary trees (synonyms:cladograms, phylogenetic trees, phylogenies). Phylogenies have two components: branching order (showinggroup relationships) and branch length (showing amount of evolution). Phylogenetic trees of species and highertaxa are used to study the evolution of traits (e.g., anatomical or molecular characteristics) and thedistribution of organisms (biogeography). Systematics, in other words, is used to understand the evolutionaryhistory of life on Earth.

Wikipedia contributors. "Systematics." Wikipedia, The Free Encyclopedia. Wikipedia, The Free Encyclopedia, 16Jan. 2019. Web. 12 Apr. 2019.

「生物学でのsystematics とは過去及び現在の生き物の分岐と、生き物の互いの関係を時系列で探る研究である。この関係は進化樹(別名分割図cladgram、系統樹  phylogenies)として可視化される。系統樹は、2つの要素、即ち、枝の配列(関係を示す)と枝の長さ(進化量)から構成される。系統樹及びより高いレベルの分類群は特徴(例えば形態的或いは遺伝学的)の進化の研究に、また生物の分布(生物地理学)の研究に利用される。systematics は、換言すれば、地球上の生物の進化史を理解するために利用される。」



 少し前までは、動物の形態、特に骨の違いを元に系統分類の最後の詰めを行って来ました。例えばイリオモテヤマネコの頭蓋骨の各所間の距離を計測し(実はどこを計測するかは人間の側が恣意的に選択したもの)、他のネコと比較した上で、イリオモテヤマネコがどの祖先から由来し、他のどの様なネコと近いのかを推測する方法です。絶滅した動物は、マンモスの冷凍個体などを除き、骨や歯の化石標本のみしか証拠が得られませんので、現在でもこの手法に頼らざるを得ません。


*頭蓋骨 とうがいこつ

 解剖学用語集を紐解くと、頭蓋は昭和18年制定の医学用語であり、トウガイの音であるが、日常的にもズガイと読むのが通例でも有り、この状況を鑑み、昭和43年以降、解剖学用語集にもトウガイに加えズガイの読みも併記することにした、との記述があります。まぁ、トウガイコツ、ズガイコツのどちらでも良い訳です。


 形態学者は動物の解剖用語も含め頭蓋骨を採用しますが、学校の先生などが書いたブログや記事を見ると頭骨 とうこつと記述されている例が多いです。とうこつ と呼称すると、前腕の橈骨 とうこつ (「と」にアクセントがある)と同じ表記になり混乱しますので、頭蓋骨の方を採用すべきと考えます。院長は解剖学、形態学を基礎としている人間ですので、正直なところ、頭骨の語の使用には違和感を覚えますね。頭骨が正式な解剖学用語では無いことは覚えておいて下さい。頭骨の名を口にすると、この人は学校の先生関連で解剖学の素養の無い者だ、とすぐに判ります。







イリオモテヤマネコ okinawastoryMediaLib  https://youtu.be/-wMGDZIzjd0

画像を見る限りイエネコの祖先とされるベンガルヤマネコに非常に近縁に見え、特異的なところは

微塵も感じられません。




Fig.1 Comparison of thylacine (A) and gray wolf (B) gross morphology. Lateralview of

thylacine (C ) and gray wolf (D) skulls. (Image A courtesy of Kathryn Medlock ofthe Tasmanian

Museum and Art Gallery; image B courtesy of photographer MacNeil Lyons.)

fromWidespread cis-regulatory convergence between the extinct Tasmaniantiger and gray

Wolf, C. Feigin, et al.,  Genome Research 29:1648-1658, September 2019

DOI:10.1101/gr.244251.118

https://www.researchgate.net/publication/335907857_Widespread_cis-regulatory_convergence

_between_the_extinct_Tasmanian_tiger_and_gray_Wolf (全文無料で読めます)


遠く系統関係が離れるにも拘わらず、こうまで似てしまうことに驚きを禁じ得ません。1つの考え方としては

哺乳類として持てる共通遺伝子が環境圧の篩いに遭って<復活>するとも言えるでしょう。即ち、形態

は系統を推測する道具としては危うい一面を持つ道具でもあると言う事です。






 これは実は問題を抱えています。どういうことかと言うと、上記のイヌ科とは全く離れたフクロオオカミとがイヌと類似する問題、詰まりは<他人のそら似>現象に全ての答えがあります。動物の姿形は、血の近縁関係を離れても類似することがあるが故に、形の近縁のみから系統を考えると判断を誤るとの危険性です。イリオモテヤマネコの頭蓋骨はじめ他の身体的特徴はどう見てもネコのものゆえ、ネコであると分類して間違いはゼロです。しかしそれがイエネコの祖先のベンガルヤマネコとどの程度離れていてイエネコとはどの様な関係にあるのかと言った「微妙」なレベルでは間違った推論を犯す危険性からは免れ得ないと言う事です。まぁ形態は、大まかには系統を反映するが、細かなところでは系統を反映しないものへと、進化的な改変 modification を受けている可能性があると言う事ですね。これは何かの機能的必要性から個別に獲得された形態、或いは偶然性(遺伝的浮動と言います)により得られた形態などの場合がありますが、系統と関係性の低い形態変化に相当するものです。単なる骨計測学な対象間の比較は学問的意義が薄くなり、形態学なる学問は形の意義そのものを問う方向に深化せねばなりません。骨計測の技量のみしか持たないのであれば、業務報告としての「論文めいたもの」以上の内容は出しにくい時代となりつつあります。

 タスマニアオオカミとハイイロオオカミの頭蓋骨が、遠く系統関係が離れるにも拘わらず、非常に類似していることに驚きを禁じ得ません。1つの考え方としては哺乳類として持てる共通遺伝子が環境圧の篩いを経て<加工>されて<復活・発現>するとも言えるでしょう。即ち、形態は系統を推測する道具としては危うい一面を持つ道具であると言う事です機能的必要性に応じて持てる素材の範囲で変化し得る訳です。

 形質(形態)の中でも、環境圧を受けずに変化しにくく保守的なもの、或いは動物としての同一の不変な環境圧の元にあったもの、であれば、その変化の具合を比較する事に拠って系統関係はより正しく推測可能ですが、これは遺伝子 DNA に類似した保守的性質を色濃く持つ形質を知り、それに基づいて比較を行う事に他なりません。単に目についた形を比べて系統を論じれば良いというものではない訳です。



 (中編に続きます)

 尚、本項で触れたタスマニアオオカミについては、他の有袋類と共に別項を立ててまた後日詳しく触れる予定です。ハイエナ科についても別項で採り上げたいと思います。