Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               
















































































































院長のコラム 2019年5月15日 

『イヌ科の系統分類A 遺伝分析』







イヌ科の系統分類A 遺伝分析




2019年5月15日

皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 今回は形態的手法の対極的な方法である遺伝子解析の手法の内、ミトコンドリアDNAについて並びにこれを利用した系統分類の方法についてざっと話を展開します。動物のカタチからではなく、遺伝子情報を元に分類するとどうなるか、のお話です。



以下、本コラム執筆の参考サイト


https://en.wikipedia.org/wiki/Cell_(biology)


https://en.wikipedia.org/wiki/Mitochondrion


https://ja.wikipedia.org/wiki/ミトコンドリア



https://ja.wikipedia.org/wiki/プロテオバクテリア から以下引用

「アルファプロテオバクテリア綱

アルファプロテオバクテリアには光合成性の属の大部分と、それ以外にC1化合物を代謝する属、植物や動物の共生体(リゾビウム目など)、危険な病原体であるリケッチアなどが含まれている。さらに真核細胞のミトコンドリアはこのグループの細菌に由来していると考えられている(細胞内共生説を参照)。酢酸菌のアセトバクター属も含まれる。」

Wikipedia contributors. "プロテオバクテリア." Wikipedia.Wikipedia, 7 Dec. 2018. Web. 7 Dec. 2018.



https://ja.wikipedia.org/wiki/細胞内共生説 から以下引用:

{マーギュリスが唱えた説の内容は、

   細胞小器官のうち、ミトコンドリア、葉緑体、中心体および鞭毛が細胞本体以外の生物に由来すること。

   酸素呼吸能力のある細菌が細胞内共生をしてミトコンドリアの起源となったこと。

   スピロヘータが細胞表面に共生したものが鞭毛の起源となり、ここから中心体が生じたこと。

   藍藻が細胞内共生して葉緑体の起源になったこと

である。

 このように、当初の説では鞭毛も共生由来としていたが、これには誤解がある(鞭毛自体にはDNAは見つかっていない)。しかし、当時はこれだけが特に不自然であるとは思われていなかったようである。 }

Wikipedia contributors. "細胞内共生説." Wikipedia. Wikipedia, 21 Mar. 2018. Web. 21 Mar. 2018.

*マーギュリス女史は、共生こそ生物進化の根源であって、適者生存のダーウィニズムは完全に間違いだとの立場です。この考え方は我々の死生観、生きるとは何か、にも深い影響を与えますね。



オッチとは誰か?

DNAの解析でアイスマンの生前の姿の詳細が明らかになった。

 オッチとして知られる5300年の氷り漬けミイラは、新たなDNA解析にに拠れば世界で最初のライム病−ダニが媒介する細菌寄生性疾患−患者として知られるケースとなった。死亡時に46歳、身長は159cm、目は茶色で、サルジニアに係累を持ち、乳糖不耐症だった。心臓疾患の素因が有った。オッチの細胞の核DNAに焦点を当てた新たな調査が行われ、有名なアイスマンのミイラの人生に関してのより深い洞察が可能となった。彼は1991年、オーイツ渓谷−その名が後に付けられた−をトレッキング中の2人のドイツ人旅行者に発掘された。死亡したのはおよそ46歳である。前史時代の人々がどの様に生き、何を着、何を食べていたのかさえを理解するのに極めて重要である。胃の内容物を調べた研究者は、彼の最後の食事は鹿肉とアイベックスの肉だと考えている。考古学者は、オッチが、弓、矢筒、銅製の斧を持っていたことから、狩人或いは戦士であったかも知れず、ライバル部族との小競り合いで殺されたのだろうと信じている。彼は身長159cmで46歳、関節炎に罹患し、腸内寄生虫の鞭虫に冒されていた。

WHO WAS OTZI?

DNA analysis has revealed details of the iceman's life

   The 5,300-year-old 'ice mummy' known as Otzi suffered from the world's first-known case of Lyme disease, a bacterial parasite spread byticks, according to new DNA analysis. Otzi, who was 46 at the time of his death and measured 5ft2, also had brown eyes, had relatives in Sardinia,and was lactose intolerant. Otzi was also predisposed to heart disease. The new research focused on the DNA in the nuclei of Otzi's cells, andcould yield further insights into the famous 'ice mummy's life. He was unearthed in September 1991 by a couple of German tourists trekkingthrough the Oetz Valley, after which he was named. He was about 46 years old when he met his death. The iceman has been crucial to ourunderstanding of how prehistoric people lived, what they wore and even what they ate. Researchers examining the contents of his stomachworked out that his final meal consisted of venison and ibex meat. Archaeologists believe Otzi, who was carrying a bow, a quiver of arrows and acopper axe, may have been a hunter or warrior killed in a skirmish with a rival tribe. Researchers say he was about 159cm tall (5ft 2.5in), 46 yearsold, arthritic and infested with whipworm, an intestinal parasite.

https://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2453857/

Scientists-trace-19-living-relatives-tzi-Iceman-5-300-year-old-body-frozen-Alps.html

 (このweb サイトは死体の写真を含みますのでご注意下さい)



NEWS AND VIEWS 14 January 2019

Mitochondrial DNA can be inherited from fathers, not justmothers

https://www.nature.com/articles/d41586-019-00093-1

 本年1月14日付けのNature の News and Viewsに、ミトコンドリアDNA が父方から由来したとしか考えられないケースを紹介しています。これはミトコンドリア病の由来を手繰っていく過程でたまたま発見された例です。精子が卵子に受精したあとに、精子がもたらした100個程度のミトコンドリアDNAは「食べられて」除去されるのですが、この機序に何らかの問題が起きた可能性があります。極めて稀に起きる事ゆえ、系統関係や法医学関係の検討には殆ど影響がないだろうと院長も思います。まぁ、ミトコンドリア遺伝子からの系統解析も絶対ということは無いとのことですね。興味のある方は是非原文に当たって下さい。


*ミトコンドリアは細胞内で自発的に何度も分裂し増殖します。女系で何代継代されても遺伝子が劣化しないで同じままであることは、細菌の遺伝子の挙動に等しく、この意味ではミトコンドリアは寿命の限界がありません。

*これに対し、核内の遺伝子は一定の分裂回数を迎えると破壊され、細胞は死ぬようにプログラムされているのですが、寿命と遺伝子の関係については項を改め触れたいと思います。






Transmission electron micrograph of a chondrocyte, stained for calcium,

showing its nucleus (N) and mitochondria (M).

Date 1975 Author Robert M. Hunt ライセンス情報は上記url に含まれます。


ミトコンドリアを黒く染めた(カルシウム染色した)軟骨細胞の割面。

Nが核、M(ゾウリムシ様の散在する黒っぽい楕円形のもの)がミトコンドリアです。






 ミトコンドリアDNAと言う言葉を聞いたことがある方は近年増えてきているだろうと思います。例えば法医学の分野などで身元確認に頻繁に利用もされます

 生き物 (動物と植物)の細胞には核とそれ以外の部分 (細胞質と言う)から成りますが、細胞質にはミトコンドリアと呼ばれる細胞内小器官が存在しています。1個の細胞当たり哺乳動物では数百〜数千個程度散在しています (エネルギー消費の高い細胞ほど数が多い)。運ばれてきた酸素が細胞内に入ると、ミトコンドリアがこれを取り入れ、ブドウ糖を 「軽く燃やし」 て得られた物質 (中間産物)を使い、ATP と呼ばれるエネルギーの詰まった通貨を作り出す機能−詰まりは酸素呼吸の本質−がミトコンドリア内で進められます。エネルギー源の糖類 (動物では一般的にブドウ糖、植物ではショ糖など)、細胞外部からの酸素、そして細胞内のミトコンドリアのいずれかが欠けても細胞は生存出来なくなります。まぁ、非常に重要な小器官と言う訳です。哺乳動物は恒温動物ですのでエネルギー源のブドウ糖をせっせと燃やして体温を維持する必要性から、ミトコンドリアの数は多いのですが、爬虫類では 1細胞当たりのミトコンドリアの数はだいぶ少なくなります。まぁ、ほそぼそとストーブを燃やすと想像すれば良いでしょう。哺乳類の細胞は餌食いですので、ちょっとした栄養不足や酸欠にも弱く、すぐに細胞が死んでしまいます。脳細胞はその最たるもので、釜焚きの為に絶えず薪をくべてフイゴで酸素を送らねばならない訳です。鉄火場状態のカマドがミトコンドリアに相当しますが、この様な活性の高い細胞−肝臓、腎臓、筋肉、脳の細胞−−体熱を産生する主要器官−には特に沢山のミトコンドリアが存在します。





 




https://www2.palomar.edu/users/warmstrong/lmexer1a.htm

下の植物細胞では、上の動物細胞のミトコンドリア(茶色の楕円形)に加え、

更に葉緑体(緑に黄の縞の楕円形)が加わっています。






 因みに、「ミトコンドリアは元々別の細菌 (アルファプロテオバクテリアの仲間)だったが、これが生物の細胞に共生して現在の動物細胞が完成した」と考えられています(二量体説)。酸素呼吸に特異的に進化した細菌と合体する(細胞内寄生体と呼べます)ことで、効率良く高エネルギーを産生可能な細胞特性を手に入れて格段の進化が成し遂げられたとの按配です。高等植物の細胞には更に葉緑体が存在しますが、これも別の細菌が寄生したとの説 (三量体説)があります。酸素呼吸を可能とするミトコンドリアに加え、それとは逆の、二酸化炭素と太陽光からエネルギー源と酸素を作り出すとの超ハイテク器官を獲得した話になりますが、或る意味、植物の方が動物よりも進んでいるのかもしれませんね。勿論、葉緑体も独自の遺伝子を持ち、自発的に分裂して数を増やします。.但し、光合成を最終まで進めるのに必要な遺伝子群を藻類や植物の細胞核DNAに依存しており、現在は葉緑体単独で光合成ができません。詰まり、葉緑体の遺伝子が必要最小限の遺伝子にまでスリム化−退化と言っても良いでしょう−して仕舞っている訳です。






International Society of Genetic Genealogy Wiki

https://isogg.org/w/images/6/6d/Male_DNA_Paths.png


ミトコンドリアDNAは女系の祖先系列で無変化で伝わりますが、同様に男性のY遺伝子(性染色体)は

母親は持っておらず、生まれた男の子のY染色体は父親と全く同一のものとなります。従って男系の祖

先系列を追い求めることが出来ます。共に長い年月の間で遺伝子の突然変異を少しずつ起こし祖先と

は違ったものとなります。2つの種の間でどの程度違っているリカを比べ、系統関係や系統の遠近が判

明します。ミトコンドリア DNAは小サイズで解析し易く、また大量に存在し、核DNAに比して遺残して

いる蓋然性も高く、系統分類に利用されることが多いですね。勿論、標本の保存状態が良く、細胞が

持つ全DNAが遺残していれば、それがどの様な生き物であったのかは<丸分かり>となります。






 細胞内のミトコンドリアが抱えている遺伝子 (ミトコンドリアDNA)を比較して生物の系統関係を調べようとの動きが始まってから、かれこれ40年ほど経過すると思います。


 核の遺伝子は母親の卵子と父親の精子が合体したものであるのに対し、ミトコンドリアは卵子の「白身」の方に含まれ、父方の遺伝子が加わる事無く、母から娘、そして孫娘へと基本は変化せずにそのまま受け継がれます。精子が受精する際には父方のミトコンドリアは消失し核のDNAのみとなりますので子供には伝わることはありません。まぁ、ちょっと変わった性質の遺伝 (細胞質遺伝、メンデルの法則に拠らない)ですが、男女平等ではなく、母親から受け継ぐ遺伝情報の方が多い訳ですね。ミトコンドリアDNA が含む情報、例えば体質の一部なども母親から余計に受け継ぐことになります。

 遺伝子が他からのものと合体もせず、変わることなく「白身」経由で代々バトンタッチされますので、それを元に女系の血筋を辿る事が可能になります。例えば 5300年前のアイスマンが発掘されましたが、チロル地方に住む19の現存する家族がその子孫と分かったとのレポートがあります。同じ系統のミトコンドリア DNAを持つ女性が見付かり、同じ血筋だとの判断です。







https://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2453857/

Scientists-trace-19-living-relatives-tzi-Iceman-5-300-year-old-body-frozen-Alps.html

イタリアとスイスの国境で5300年ぶりに氷の中から発掘されたアイスマン Otzi オッチ






 同じものが受け継がれるのが基本であっても、長い年月の内には突然変異が起こり、ミトコンドリア DNAの一部が変化することもあります。今度はこれを元にして、どこが変化しているのか、どこが同じなのかを比較して、どこで枝分かれが発生し、それがどれぐらい前のことかなど、互いの遠近の関係が樹木の枝の様に推測出来るようになります。まぁ、骨の計測データ無しでも系統関係が分かる訳です。

 アイスマンの骨と現生人類の骨のみを比較したところで、骨は生息環境の影響を受けますので、ヨーロッパ人だろう程度の事は言えても、どの人種或いは誰の祖先であったのかは詳細は分かりません。しかし遺伝子の比較が出来れば、(勿論完璧ではありませんが) 格段に精度良く系統関係が推測出来ることになります。遺伝情報が失われている化石には利用は出来ませんが、生きている動物同士 (正確には遺伝情報が残されている標本個体)の間の比較であれば大変強力な研究上の武器となります。いや、生きている動物同士で系統を論じるのに、単に骨の計測のみでモノを言うのは、もはや完全に時代遅れとも言えるのではと思います。<遺伝的手法>或いは<遺伝子+形態分析の手法>で系統が明らかになった上で、では自分が注目している形態が如何にしてまたなぜ得られたのかを比較機能形態学或いは進化学の視点で再考するのは逆に大変有意義な仕事になります。これは実は形態学と言う学問自体の意義を見つめ直す仕事でもありますが。院長は形態屋ですので、この様な情勢を寧ろ追い風として、古くさいと言われる事の多い形態学が、一皮むけて息を吹き返してくれればと切に願っているところです。尤も、院長が学会等で時々お会いする大先輩に拠ると、系統などを考えるのは邪道であって、形態学者は形そのものに直に向き合い、その形態の持つ意義を第一に考究すべき、とのお考えです。その様な哲学性も勿論「有り」と言いますか、その様な姿勢が形態学の本筋とも言えると思えます。








 これまで二回に分けて、形態を元にした系統分類、及び遺伝情報を元にした系統分類各々の advantage と disadvantage についてざっと触れました。次回及び次々回では、これら 2つを併せた知見に基づく、イヌ科の分類の 1例について扱いますね。