イヌ科の系統分類C 分類の実際U |
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2019年5月25日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 分類の実際Uに入りますが、前回採り上げた下記論文の考察と結論の部分を中心にやや詳しく触れたいと思います。余談ですが、イヌ科動物の仕事であれば研究助成金は方々から引っ張って来易いのかもしれません。院長の霊長類の仕事の分野では特に研究費が潤沢だったとの記憶は全くありません。おサルと言う事でマスコミの注目は一時的に集めますが、経済規模の大きい犬用品や飼料会社からの協賛は得られません。そもそも「犬猿の仲」とも言いますし・・・。 Molecular Systematics of the Canidaeイヌ科の分子系統分類R.K.Wayne et al.Systematic Biology, 46, Issue 4, 1997,622-653https://www.researchgate.net/publication/11394220_Molecular_Systematics_of_the_Canidae/download(無料で全文読めます)以下、本コラム執筆の参考サイトhttps://en.wikipedia.org/wiki/Side-striped_jackalhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ヨコスジジャッカルhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ドールhttps://en.wikipedia.org/wiki/Dhole(文献豊富です)hhttps://en.wikipedia.org/wiki/Isthmus_of_Panamahttps://en.wikipedia.org/wiki/Gray_foxhttps://en.wikipedia.org/wiki/Raccoon_dogパナマ地峡が成立したのはずっと古くて1500〜1300万年前だったhttps://science.sciencemag.org/content/348/6231/226(無料で全文読めます)・従来は300万年前にパナマ地峡で南北アメリカ大陸が繋がったと考えられてきたが、新説では更にずっと遡ることになります。それが正しければ、ヤブイヌとタテガミオオカミが分岐する以前に共通祖先が南米大陸に到達し、そこで後に2つに分岐したシナリオも描けます。・地質学的な仮定を元に分岐の姿を推定していますが、関連する箇所(北米から南米への波状攻撃の回数とあり方の部分)が書き直しされるかもしれません。・結局のところ、我が目で進化の実態を見たわけでは無く、その時点で得られている少ない証拠を元にああだこうだ言うのが、系統分類学や進化学の姿です。何かキーとなる前提が崩れて従来からの通説がガラっと変わることも十分にあり得ます。まぁ、これは全ての科学分野に言える事ではあるのですが。 |
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ミトコンドリアDNA の解析に基づく本論文の結果では、解析法により揺れは出るものの、イヌ科の大本の先祖から最初に祖先型のキツネが、次いでタヌキが分岐し、残りの集団から一部のキツネ(真のキツネ)が分かれ、他の全てのイヌ科と分かれたことになります。この集団からは南米イヌの大方と、<イヌ属+(ヤブイヌ、タテガミオオカミ、リカオン)>の仲間が分岐しました。アフリカに棲息する side-stripped jackal ヨコスジジャッカルが従来はイヌ属に分類されていましたが、遺伝子の解析はこれが<イヌ属+(ヤブイヌ、タテガミオオカミ、リカオン)>の仲間の外に位置し、著者等はイヌ属個々の動物の見直しが必要だと主張しています。確かにアフリカ棲息のヨコスジジャッカルはイヌ属とは僅かに雰囲気が違う様に感じます。ジャッカルとされる動物が複数回枝分かれていますが、同じジャッカルと一括りにされて来た動物が単純に姉妹群とは言えない事が分かります。形態的に似ていることから同じ一群と思われ、ジャッカルの名が付けられていますが、中身が違いますよ、との話です。 パナマ地峡が出来て南北大陸が繋がったのは300万年前との説を元にすると、ヤブイヌとタテガミオオカミが分離したのは600万年前との計算結果ゆえ、この2種は南米進出以前に分かれ、各々が地峡を渡り南米に到達したとの推論を可能にします。 われわれが飼育しているイヌは、イヌ科の大きな系統集団の中の一種、gray wolf を domesticate したものに過ぎません。家畜化もされないイヌ型動物がワンサカいる訳です。 |
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今回の遺伝子解析の結果と、過去の形態データとを併せて解析 (most-parsimony 法)した系統樹を作ると、真のキツネの分岐する位置が早くなる点、並びにヤブイヌとタテガミオオカミが南米群に移動するのが大きな違いです。詰まりは、南米に棲息するイヌ科は同一祖先から発した単系統群 (=共通祖先を持つ親戚同士)となります。オオカミとドール、リカオンは近い纏まった仲間となり、まぁ南米イヌ科の従兄弟の様な存在ですね。それらとは離れて、タヌキが、更に離れてキツネが存在します。この系統樹は、特に controversy (=論争を生む)なところも感じられず、地理的分布からも説明が容易であり、素直に受け入れられそうに見えます。 遺伝子解析を行うにしても、それが一部の遺伝子を行っての、限定されたサンプル数に基づく解析であることから、得られた結果が100%正しいとは言えません。当然異論を生みます。勿論、従来の形だけからの系統分類が正しいとも言えません。遺伝子解析の結果から斬新な考察を行い、何か新規な観点を主張しつつ、従来からの形態データと併せた解析も載せるのは、上手い遣り方と思いますし、論文のレフェリー (査読者)からの指摘を受けて解析を追加したのかもしれません。形態学に対しても問題提起と刺激を与えてくれると思いますが、従来の問題点を見直すべき良い機会です。 著者等の推論の更に詳細を知りたい方は、まずはこの論文の 643,644頁の Conclusions andPerspectives (結論並びに研究の今後)、の項を是非お目通し下さい。 |
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論文の実例をざっとご覧戴き、形態 vs.遺伝の実態をお感じ戴けたかと思います。似た様な形態の動物を形態のみから解析しても系統分類を誤ることになりますが、かと言って有力な遺伝子解析とて、遺伝子のどの様な部分をどの様な方法で比較したかにより結果は違ってきます。解析した範囲が小さく、サンプル数が小さければ、結論は弱含みとなり揺れ動きます。それを知って戴ければと思います。 実は院長の出身研究室(家畜解剖学教室、今は獣医解剖学教室に改称)は現在は形態学担当ですが、元々は遺伝学も担当していたところで、それから生殖器官の研究、形態学オンリーへと進んで来ました。指導教官のM先生から直接聞きましたが、国立遺伝研が設立されるに当たり、その準備室が家畜解剖学教室内に設けられ、のちに遺伝研の第三代所長となられた森脇大五郎氏もちょくちょく顔を出していたとのことです。遺伝研のホームページを見てもその辺の経緯についての何らの記述も無く、遺伝研の職員すら知らないのかも知れません。 イヌ科系統分類の全体的な話はこれで終わりとし、次回からはまた別の話題で進めます。どうぞご期待下さい! |
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