逆立ちする動物 E 逆立ちとボディサイズ |
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2019年7月15日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 今回と次回では、これまでに採り上げてきた動物或いはヒトの逆立ち動作から何が言えるのかを論考したいと思います。身体の大きさ、即ちボディサイズと逆立ちの成否との関係については、これまで繰り返し強調して述べてきました。今回はそれを纏め、少し掘り下げてみましょう。 以下本コラムの参考サイト:https://en.wikipedia.org/wiki/Allometryhttps://ja.wikipedia.org/wiki/アロメトリー |
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アロメトリーの話 皆さんはアロメトリーと言う言葉をご存じでしょうか?日本語では異調律や相対成長の訳語を当てますが、意味不明の日本語と感じます。要は、身体の絶対的なサイズが大きくなると、身体の各部のサイズの比率、生理、そして行動にどの様な影響が出るのかを、主に統計的手法を用いて理論的に解明する学問分野となります。簡単に説明しますと、今長さ10cm、体重100gのカエルが居たと考えます。もしそれが長さ1mのカエルになったとしたら(3億年ほど前にはエリオプスと言う体長1.5−2.0mの巨大な一見カエル風の両生類が棲息していました、但し尻尾があります)、そのままの比率で大きくなるとすれば、体重は10の3乗で1000倍ですから100kgとなります。体重を支える腕にも元の1000倍の重さが掛かりますが、実は骨の直径は10倍、断面積は10の2乗の100倍にしかなっていませんので、単位面積当たり1000/100=10倍の力が掛かることになります。材料力学的なことを考えると、骨を太くして骨の断面積を増大させるしかありませんね。詰まり、より骨太化する改造が必要になる訳です。− この様な理論的な考え方に基づいて、「身体のサイズが大きくなると、各部に対してどの様な<改築>が必要となり、バランスが変化するのか」を考える学問がアロメトリーです。 |
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院長の嘗ての勤務先の研究所が池袋の立教大学キャンパスにほど近く、そこの教授を務められていた人類学の香原志勢(こうはらゆきなり)先生のところには、科学研究費の書類の取り纏めのことでちょくちょく顔を出して色々とお話を伺う機会がありました。先生がご退官になられる少し前の頃のことです。因みにそのご縁で先生がご退官時の研究発表会の世話役を院長が担当することになりました。雑談の中でアロメトリーの話になった折りに、先生が、あっ、二乗三乗の法則ですね、と仰られ、私もそれ以来、その言葉を使わせて貰っている次第です。実在の生物をグラフにプロットして体重に対する各臓器などの重さを対数直線で近似すると、体重の2/3乗で大きくなると当初は言われてきましたが、精密に計測すると3/4乗で大きくなる場合が多いことが経験的に得られています。アロメトリーについては様々な研究者がオレの方が優れていると自前の近似式を提出していますが、以前紹介しました、<ゾウが大型化したのに癌になりにくい>のPeto のパラドックスを説明しようとする幾つかの論文には、アロメトリーをコアとする考え方が採用されています。どうも生き物は様々な形態に進化していますので、単純な理論生物学で括られるものでも無さそうで、ボディサイズが大きくなると四肢や体幹部が太くなる程度のことをざっとご理解戴ければ取り敢えずは間に合うと思います。<二乗三乗の法則>で或る意味十分と言えなくもありません。 尤も、機能形態学や進化に携わる学徒にはアロメトリーの基本的理解がないとお話になりません。この考え方はボディサイズが異なる動物や個体間で、サイズを標準化した上で器官や筋などの発達の程度を比較する際に良く利用されます。まぁ、実のところは、自分の仕事はアロメトリーにも配慮しているんだぞ、のアピールであって、当人が採用した標準化法standardization (大方は有力論文の受け売り)が、本質的に、すなわち当人が行わんとする機能形態学上の解析に、どの程度まで意味を持ち得るのかは微妙なところもあるのですが。 |
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逆立ちとボディサイズ 頭を上に保っての二足姿勢の場合、遠くの情報をキャッチできる、背を高く見せて敵に対する威嚇となる、手が道具として利用できる、などの利点はすぐに思いつきますが、逆立ちの場合は、五感のセンサーの集合体である頭部を低くし、外界の情報キャッチには甚だ不利を来たし、両手のみで体重を支えることに加え、視線を出来るだけ前方に向けるために首を背中側に曲げる必要性から体勢(態勢)維持が一段と苦しくもなります(但しコビトマングースは顔を下に向けたままの様に見えますが)。これでは逆立ち動作が明確な威嚇の意味を持つ場合以外は、その間は外敵に対しても無防備となるでしょう。ヤブイヌの様な中型のボディサイズの動物に於いては、匂い付けの利点が、幾らか苦しいであろう態勢維持の不利点を上まるとの理由に於いて、短時間の逆立ち姿勢を二次的に獲得したのだろう、これぐらいか思い浮かびません。 因みに、コビトマングースの様に極く小さなボディサイズの動物であれば、逆立ち自体の、筋骨格系に対する負担は大きくは無く、逆立ち動作のバランスさえ取れれば実行はまだ容易ですが、ヤブイヌの様なサイズになると、二乗三乗の法則で、前肢への負担−肘や肩が伸びきっていない−が格段に大きくなります。もしこの先、ヤブイヌが進化して大型化すれば、「いつまでもこんなことは遣ってられねぇ」と逆立ちは止めることになるでしょう。また同様にサイズが大きくなるのであればマダラスカンクに於いても自立型逆立ち行動が捨て去られる筈です。この止める、止めないの線引きがどの辺りで起こるのかを理論的に検討するのも面白い課題と思います。進化して大きくなれば、その過程で寄り掛かり方式の逆立ち角度は次第に水平位に接近し、マーキングに掛かる時間も短縮化するだろうとの予想は容易です。即ち、自明のことですが、最終的にはサイズが動物の行動様式に制限を掛ける訳です。詰まり、サイズは生き物の基本的属性そのものと言うことですが、動物行動学の論文を眺めていると、この様なアロメトリーの視点を欠いている記述が多いのかな、とも感じています。 |
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人間の場合ですが、他の四足動物と異なり、前肢をまっすぐに伸ばせますので鉛直線に沿った一本立ちの逆立ちが可能です。この場合、バランスさえ取れれば、逆立ち維持への前肢の筋の負担は、肘を曲げての逆立ちを行うヤブイヌなどとは違い格段にラクにはなる筈です。とは言うものの、前回触れましたように、人間の重い体重が前肢に掛かる故に、訓練を積んだアスリートでも長時間の逆立ち或いは逆立ち歩行はやはり困難です。まぁ、頭に血がのぼるとの循環器生理学上の問題も発生します。ボディサイズの大型化は、筋骨格系が逆立ちの負担に耐えられるかどうかの問題だけでは無くなって来ます。 サーカスでゾウを逆立ちさせる例があります。今回は独立した項目としては採り上げませんでしたが、様々な画像を検索し、前肢の伸び加減はどうか、バランス維持の為に何を工夫しているのかなどを調べるのも面白いでしょう。 |
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