キツネの話@ ご先祖キツネ |
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2019年8月25日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 これまでイヌ科動物についてざっと触れて来ましたが、その中の大きな一派であるキツネについて、漸く今回から全16回の予定で触れることに致します。2ヶ月半の長丁場となりますが、宜しくお付き合いください。 さて、ジャッカルの呼び名の一群の動物が実は系統的に離れたものの寄せ集めであった様に、キツネと呼ばれてはいても単系統(=共通祖先から分かれた近い親戚同士)ではなく、真のキツネとそれ以外のキツネ型の姿形の動物を含んでいます。まぁ、オオカミ wolf もそうなのですが、外見からの軽い判断を元に、何とかオオカミだのなんとかキツネだのの名前の動物が入り交じり、その混乱が原因となり、イヌ科動物の理解から一般人を遠ざけている様に見えます。遺伝解析も不可能だった時代の場当たり的或いは慣用的な命名ゆえ、致し方無い面もありますが、こと、イヌ科動物に於いては錯綜が烈しい様に感じます。逆に言えば、血筋が異なっては居ても、外見が類似した姿に収束していく(専門用語で収斂 しゅうれん、と言います)傾向が強い一群で有り、またこの事は−タスマニアオオカミでも分かりますが−イヌ型と言う姿形がこの地球上の平地で過ごすには余程に完成度が高い、合理的な姿形であって、祖先系からその形が基本的に大きく変わる事無く維持されている、と考える事も出来ます。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://en.wikipedia.org/wiki/Foxhttps://en.wikipedia.org/wiki/Gray_foxhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ハイイロギツネ米国テネシー州野生動物資源局https://www.tn.gov/twra/wildlife/mammals/large/gray-fox.html米国ミズーリ州動物保全局https://nature.mdc.mo.gov/discover-nature/field-guide/gray-foxhttps://en.wikipedia.org/wiki/Bat-eared_foxhttps://ja.wikipedia.org/wiki/オオミミギツネ米国カリフォルニア州サンディエゴ動物園https://animals.sandiegozoo.org/animals/bat-eared-foxhttps://ja.wikipedia.org/wiki/フェネックhttps://en.wikipedia.org/wiki/AardwolfMolecular Systematics of the Canidaeイヌ科の分子系統分類R.K.Wayne et al. Systematic Biology, 46, Issue 4, 1997,622-653https://www.researchgate.net/publication/11394220_Molecular_Systematics_of_the_Canidae/download(無料で全文入手出来ます)南米キツネ:https://en.wikipedia.org/wiki/Crab-eating_foxhttps://ja.wikipedia.org/wiki/カニクイイヌhttps://en.wikipedia.org/wiki/Culpeohttps://ja.wikipedia.org/wiki/クルペオギツネhttps://en.wikipedia.org/wiki/Hoary_foxhttps://ja.wikipedia.org/wiki/スジオイヌhttps://en.wikipedia.org/wiki/Sechuran_foxhttps://ja.wikipedia.org/wiki/セチュラギツネhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ベルクマンの法則から以下引用:「ベルクマンの法則(ベルクマンのほうそく)とはドイツの生物学者クリスティアン・ベルクマン (Christian Bergmann)が 1847年に発表したものであり、「恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」というものである。これは、体温維持に関わって体重と体表面積の関係から生じるものである。類似のものにアレンの法則があり、併せてベルクマン・アレンの法則と呼ばれる事もある。」「類似の法則にアレンの法則がある。1877年にジョエル・アサフ・アレン(Joel Asaph Allen)が発表したもので、「恒温動物において、同じ種の個体、あるいは近縁のものでは、寒冷な地域に生息するものほど、耳、吻、首、足、尾などの突出部が短くなる」というものである。これも体温維持に関するもので、このような体の突出部は体表面積を大きくして放熱量を増やす効果がある。温暖な地域では、そのような部分の拡大は放熱量を増やすことで体温維持を容易にすることになる。逆に寒冷な地域ではその部分から体温を奪われるという点と共にそのような部分の体温を維持するのが困難なため、凍傷になりやすいという問題点がある。例えばキツネ類ではアフリカから中東の砂漠地帯には非常に耳の大きなフェネックが生息し、極地に生息するホッキョクギツネでは耳が丸くて小さいことなどその例に当たる。あるいは、(ヒトを除けば)最も寒冷な地域に生息するサルであるニホンザルが近縁のものと比べても極端に短い尾を持つこともその例に挙げられる。 」(引用終わり)*これら2つの法則は動物学を修めている者には当たり前すぎて、口に出すのも憚れるぐらい?ですが、体熱維持/放散とボディサイズや形態との関連性に言及した考えであり、アロメトリィ allometry (相対成長、身体のサイズの変化と身体のパーツの比率の変化の関係を考えること)にも深く関わります。*ゾウはなぜ癌にならないのかの項でも触れましたが、動物のサイズは発癌性とも関与し、単に図体がデカいデカくないの問題ではありません。動物の生存や運動性に大きな意味を持っているのは確実です。*マカク属の中でニホンザルのみが短尾ですが、一説にはアカゲザルがニホンザルよりも北に棲息するサルとの報告もなされており、アレンの法則に従う現象とは言い切れません。大小類人猿並びにヒトも尾を失って居ますが、これは寒冷適応では無く、おそらくはロコモーション関与していると院長は考えて居ます。 |
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院長コラム、イヌ科の系統分類 Cにて紹介した論文の図7の系統樹を再びご覧戴きたいのですが、英名で fox と名の付く動物が、Gray fox ハイイロギツネ, Red fox アカギツネ(この仲間が本来の、真のキツネ), Bat-eared fox オオミミギツネの順でイヌ科の祖先型から順次派生して横に枝を伸ばし、次はタヌキとその他の集団とに分離します。Raccoon dog タヌキを派生した残りの集団は、更に北米系のイヌと南米系のイヌとの大きな集団に2分しますが、その中の南米イヌに、Crab-eating fox カニクイイヌ, Culpeo fox クルペオギツネ, Hoary fox スジオイヌ, Sechuran fox セチュラギツネなるものが見られます。余談ですが、南米産のこれらのキツネを知っているとなれば、余程のイヌ科動物マニア!か、或いは「お宅、現地のプロハンターでっか?」、と言うぐらいですね。 Red fox の一群、詰まりは、本家、真のキツネの一群が、2番目の枝として派生したのか、或いはもっと後に、タヌキを派生した後の集団から、キツネとイヌの2本の枝が伸びたのかなどについては、形態情報を加味した上での別の系統樹が提出されています (後日にまた採り上げます)。まぁ、真のキツネの枝が出る順序がどうであるのかは別として、 イヌ科の動物が、 Wayne, Robert K. (June 1993). "Molecular evolution of the dog family". Trends in Genetics. 9 (6): 218-224. doi:10.1016/0168-9525(93)90122-x.PMID 8337763.らの元々の主張の様に、@キツネ型の動物(本来のキツネから成る一群)、Aオオカミ型の動物(オオカミ、ドール、ジャッカル、wild dog)、B南米イヌ、C単系統の動物(Bat-eared fox , Gray fox 及び Raccoon dog )の4グループから成立すると大まかに考えるのは妥当であると院長も感じます。 今回は、これらのキツネの内、まずは上記Cに属するご先祖キツネ、即ち Gray fox ハイイロギツネ、及び 準ご先祖キツネ Bat-eared fox オオミミギツネ について採り上げましょう。 |
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ハイイロギツネ Gray fox Urocyoncinereoargenteus ハイイロギツネはキツネの名前がついていますが、イヌ科動物の祖先型に最も近い動物とされ、キツネのご先祖と言うよりはイヌ科全体のご先祖、本家とも言うべき動物です。余談ですが、南米のヤブイヌがイヌ科で一番古い動物であるとの間違った記述が動物園のホームページはじめ、素人のウェブサイトにも蔓延していて、本邦の (アマチュアを含めた)動物学の水準は随分と低レベルにあるなぁと院長はビックリもしましたが、このハイイロギツネこそがイヌ科動物の祖先系に直結する一番古い動物ですので以後お間違え無きよう。無批判的に他の web 頁や投稿動画の中身を真似してサッと記事を書くような行為は剽窃にも近く、大変恥ずべき行為ですので絶対に止めて戴きたいですね。少なくとも必ず情報の出どころを明記する必要があります。 さて、ハイイロギツネの顔つきは一般的なキツネとはちょっとばかり違っていて、エレガントで可愛らしい様子です。背を覆う特徴的な灰色の毛は粗く、上等な毛皮にはならず、せいぜいが襟巻きの足しに利用される程度とのことです(北米では普通に狩猟、捕獲されています)。因みに、ハイイロギツネの毛皮が手に入らぬかと、院長は東京浅草橋の皮革問屋街を訪ね歩きましたが、残念ながら入手不可能とのことでした。サイズは他のキツネよりは幾らか小さく、華奢な造りですが、立派な尻尾を持っていて、これで尻尾の短いコヨーテとは区別が容易です。米国並びにメキシコ、中米に掛け、夜間は深い樹林帯に、また日中は疎林帯に姿を現します。広い草原域には滅多に出て来ません。 保全状態ですが、過去30年の間に Red fox が数を減らしたのに対し、ハイイロギツネはそれよりは安定していて、普通に見掛ける動物です。 イヌ科ゆえ食肉目の仲間ですが、ウサギやネズミなどの肉のみならず、フルーツやベリー類、草なども少し食べます。 動作は大変しなやかで、ジャコウネコの柔軟性を想起させられますが、先祖の気配をまだ遺していると言う事かもしれません。尤も、このしなやかさ自体は真のキツネの一群にも見られ、その点がオオカミなどとは大きく違っている様に院長は感じますがいかがでしょうか? |
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ハイイロギツネは、イヌの仲間で唯一木登りが出来ることをあちらこちらのウェブサイトで強調されてはいますが、身体の構造を見ると、垂直な枝や幹の登攀は不可能で、斜めの枝や幹の上を四足型で駆け上がると考えるべきでしょう。体重が極端に重くなく、また同時にバランス能力さえ維持されていれば、一般的な四足歩行型の動物でも−ヤギの仲間でさえも−そこそこ木登り(難易度が高いものは除いて)は出来てしまいます。欧米人はイヌ科動物のタヌキが木登りすることを知らず(タヌキの存在自体を殆どの者が知らない)、ハイイロギツネがイヌ科で唯一の木登り者であると、間違って認識しているのでしょう。実際、もしかするとタヌキの方が木登りが上手いかもしれません。他のイヌ科のメンバーは木登りバランス能をほぼ完全に失ってしまい、平地疾走性に特殊化した動物であると、寧ろ進化的にはそっちの側を強調して考えるべきと院長は思いもするのですが。 以前のコラムでタヌキとアライグマを比較しましたが、手で枝を把握出来る、出来ないの差が、枝が三次元的な配置をする樹木の登攀には、決定的な質的違いをもたらしますので、ハイイロギツネの手足の形状はやはり只の駆上がり型の木登りしか出来ないだろうことを示しています。バランスを取りながら手足のひらの直下に枝を配置するか、枝を握り、枝に対しての手足の三次元的な配置を取れるか、の違いですが、イヌ様の手足では指の間に軽度に枝を挟めたにせよ、本質的な枝握りの動作とは違います。日本人が足の親指と人差し指の間でゲタの鼻緒を掴む様な按配でしょうか。この点、アライグマは樹上生活性に於いてはニギリの点でイヌ科よりは遙かに進化しています。まぁ、ハイイロギツネは祖先型の習性として木に登る親和性をまだ保持している訳と言う事でしょうか。因みに、「握る」に関しては霊長類の進化を含め後日詳細にご紹介する予定です。 森のなかで日なたぼっこをしたり、フルーツを食べたり、或いは他のイヌ科動物から避難する為に木に登る、とされます。他のイヌ科動物 (タヌキを除く)が完全に平地疾走性の動物へと進化したのに対し、ハイイロギツネはそこまでには至らず、僅かに木登り性を維持しつつ、生態的地位の重ならない樹林地帯に命脈を保っている、イヌ科ご先祖様の生き残り動物である、と考えて大きく外れることはなさそうです。院長はまた北米に行く機会があれば、このハイイロギツネを自分の目で観察出来ればと思っています。 |
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オオミミギツネ Bat-eared fox Otocyon megalotis オオミミギツネの和名ですが、英語名の意味はコウモリミミギツネとなります。確かに耳の張り出しのみならず面構え自体もコウモリを連想させるところがあります。しかし実のところは、学名Otocyon megalotis は耳の大きなイヌの意味ですので、和名の方が正しいとも言えそうです。皆さんも耳介の巨大さには驚かされるでしょう。この動物もイヌ科の祖先から早くに分岐し、孤立的に生き残っているものですが、より祖先系に近いとされるハイイロギツネに比べると、幾つかの面で特殊化が進んでいる様に見えます。祖先系から分かれたのち、長時間が経過している故、同じ種内でジワジワと改変が進行し、特定の環境に適応すべく変化したと考えることは全く間違いではありません。或る動物が、そのDNAを調べて、イヌ科に共通する部分を沢山保持していて、進化の枝分かれの根元近くに位置すると考えて良い、即ち祖先系に近い動物であると判断されても、棲息する環境変化に合わせて形態(及びそれに対する責任遺伝子)を変化させて特殊化が進んでいることは十分に考えられることです。まぁ、逆に言えば、何度も繰り返し述べていますが、形だけからは細かな系統が分からないとの話です。 では、なぜこんなに耳が巨大化したのかを次に考えましょう。 |
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オオミミギツネはアフリカの東部及び南部の草丈の短いサバンナや低木地帯に巣穴のトンネルを掘って生活します。涼しい場所とは言いがたく、長さ 13cmにも届く血管が豊富なその耳は、ラジエーターとして放熱に役立つだろうことは容易に想像できます。体重も 3〜5kg程度と小さめです。真のキツネの仲間にも耳の大きなフェネックがいますが、フェネックはアフリカ北部の灼熱のサハラ砂漠に棲息しています。ボディサイズが小さい (1〜2kg)ことも併せ、こちらも暑さへの適応でしょう。・・・種明かしをしますと、フェネックキツネはアレンの法則 (寒冷地ほど身体の突出部位が小さくなる)を説明する場合に必ず引き合いに出される動物の1つとなります。また寒冷な場所ほど動物のサイズが大きくなるとのベルクマンの法則にもこれら2種に当てはまりますね (つまりは逆に暑いと耳が大きくなり身体のサイズが縮む)。 オオミミキツネは齧歯類、トカゲ、卵やフルーツも食べるものの、昆虫食 (その内の7割はシロアリ)をメインにして生きています。これが影響しているのか、互いの縄張り意識、また他のイヌ科動物との縄張り意識をあまり持っていません。狭い領域に<ぎっしり>生活している例も見られるとのことです(個体数は維持され普通に観察される動物です)。金持ち喧嘩せず、ではありませんが、シロアリを巡る攻防がなく、領域争いに至らないのかもしれません。ちなみに、イヌ型ハイエナの アードウルフもシロアリ食です。話は戻りますが、オオミミキツネの巨大な耳はシロアリや他の昆虫が立てる音をキャッチするのにも役立っている可能性はあります。集音器ですね。1つの形態が多重な意味を持ち得ることが、形態学を一筋縄では捉えられないものにしていますが、「キリンは高いところのアカシアの葉を食べるために首が伸びました、砂漠のキツネは体熱を放散するために耳が大きくなりました、ハイ」 と割り切れる様では園児向けの絵本作者には成れても(真の)動物学者は勤まりません。 歯の数−臼歯の数−が多く、全部で 46〜50本の歯を持ちますが、これは殆どの哺乳類よりも多い数です。これを元にして、オオミミギツネは他のイヌ科動物から分けられたという訳です。同じシロアリを食べるハイエナ科のアードウルフに比較すると、歯牙がしっかりとしていて他のイヌ科動物と大して変わらない印象です。一方、アードウルフは臼歯が数とサイズ共に減少していますが、柔らかいシロアリ食に一段と特化していることを反映しているのは間違いなさそうです。 |
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次回は、今回紹介したご先祖キツネ、準ご先祖ギツネ、並びにこの先にお話する予定の本家ギツネからは、系統的に離れた存在である南米キツネの仲間についてお話します。 昆虫食、特にシロアリ食に特化した哺乳類については、オオアリクイ等含め纏めた上で、後日別項で詳しく採り上げたいと思います。 |
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