Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               


























































































































































































































































院長のコラム 2019年9月10日 


『キツネの話C 本家キツネ 概論T』






キツネの話C 本家キツネ 概論T


2019年9月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 今回からは、地球の北半球に広く分布する真のキツネについて解説を繰り広げます。お楽しみください。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


https://en.wikipedia.org/wiki/Fox


https://en.wikipedia.org/wiki/Red_fox


https://ja.wikipedia.org/wiki/キツネ属

https://en.wikipedia.org/wiki/Vulpes


https://en.wikipedia.org/wiki/Canidae


Nature. 2005 Dec 8;438(7069):803-19 Lindblad-Toh K et al.

Genome sequence, comparative analysis and haplotype structure of the domestic dog.

https://www.nature.com/articles/nature04338/

 (無料で全文にアクセス出来ます)









キツネとは何か?



 そもそもキツネとはなんぞや、ですが、皆さんは正しく答える事ができますか?

 「きつね色、つまりは油揚げみたいなオレンジ掛かった赤色で、あれだな、グリコ森永事件でキツネ目の男が犯人と騒がれたりで、やっぱ目つきが堪らないつうか。コワいところもあるからちょっと距離置いちゃうね。」


 「えっ?キツネってイヌ科なの?イヌとは全然違うじゃん。」

 

 「カップ麺の赤いきつね思い出すよね。ホントは緑の方好きだけど。」

 

 「そう言えばウチのお母さん、昔買ったキツネの襟巻き大事に持ってるけどちょっとちんちくりんだわ。」 

 

 「北海道のキツネはなんだか寄生虫持ってるって言ってたよ。動物マニアの友達からその話聞いたし。」


 こんな感じでしょうか。良く話題には上るものの、さりとてイヌやオオカミほどの親近感は無く、抱き締めたことのある人は皆無に近いでしょう。襟巻きに首を絞められてはいても。

 これまでのイヌ科についての院長執筆のコラムをお読み戴いている方々には、キツネがイヌ科動物の仲間ではあるものの、<イヌとはちょっと違う>系統にあることは既に頭の片隅には入っていることでしょう。まぁ本家キツネには大小様々で種類も多いのですが、まずは一通り英語版 Wikipedia の fox 並びに Vulpes の項を参考に動物学的な説明を行ったのち、次いで幾つかの代表的な種について個別に説明を進めていきたいと考えています。さてどうなるやら。




Fig.7fromMolecular Systematics of the Canidae  

R.K.Wayne et al. Systematic Biology, 46, Issue 4, 1997,622-653


1997年発表の遺伝子解析並びに形態的特徴に基づくイヌ科の系統分類の1つですが、

今回は真のキツネ、 図の中の上から2番目の枝のグループを採り上げます。

Raccoon dog タヌキを枝として出した後の集団からキツネが枝を出したとの例えば

下記の学説もありますが、キツネが<オオカミ+南米イヌ>の集団とは別に枝分かれ

したグループである事は間違いなさそうです。




Fig.10 in Nature. 2005 Dec 8;438(7069):803-19 Lindblad-Toh K et al.

Genome sequence, comparative analysis and haplotype structure of the domestic dog.

https://www.nature.com/articles/nature04338/figures/10


以前にも採り上げましたが、2005年 Nature 掲載論文の図です。1997年の上の系統図

とは下2/3は等しいのですが、<キツネ(赤色)グループ>と<南米イヌ(緑色)+イヌ(青

色)>を纏めたグループとが900〜1000万年前にまず二分し、前者からオオミミイヌ、タヌ

キそして真のキツネが派生したとの解釈に立っています。1997年の論文後8年の間に遺

伝学的な精査が進んでの結果かもしれません。お気づきかもしれませんが、オオミミギツネ 

Bat-eared fox とタヌキ Raccoon dog の枝を、緑+青の共通幹から派生させると1997

年論文の図と同じになります。逆に言えば8年要してもその程度しか新知見が加わえられな

かった、或いは新解釈の根拠とする違いは僅かであり、この先また移動し得るとも言えます。






真のキツネの系統とは



 本項で扱う真のキツネとは、イヌ科に含まれるキツネ属のみから構成される単系統群(同一祖先から発する一群)です。全12種から構成されますが、中でも最も広範囲に棲息する Red fox アカギツネは40種以上もの亜種に分類されますが、これは住んでいる場所がユーラシア北部から北米に掛けて拡散し互いに遠く離れているので、「地方型」に分化したと言う次第です。日本に棲息するホンドギツネ、北海道に棲息するキタギツネも Red fox のそれぞれ亜種であり、旧世界の北半球でキツネと言えば 大方 Red fox の事を指します。広範囲に分布し多数の亜種 (人間で言えば人種)から構成される事は、種として大成功していることを意味します。ひょっとするとアカギツネは古来より人間に次いで地球上で成功している哺乳動物と言えるかもしれません。

 イヌ科動物 (現生種は全てイヌ亜科)を、ハイイロギツネとシマハイイロギツネ (これはカリフォルニアの離島に棲息)からなる Urocyon  シッポイヌ族(uro は尻尾を意味するギリシア語由来の新ラテン語、cyon はギリシア語のイヌ)、それとオオミミギツネ Bat-eared fox、アカギツネ Red fox タヌキ Raccoon dog の3つを併せた Vulpiniキツネ族、そしてオオカミを含む系列 (Canina イヌ上属)と南米犬の系列 (Cerdocyonin キツネイヌ上属)を併せた Caniniイヌ族、の3つに分ける分類もあります。オオミミギツネ、真のキツネ、タヌキは2005年の遺伝学的解析からは共通祖先から分かれた仲間同士と言う事になりますが、オオミミギツネとタヌキは孤立系としてハイイロギツネに次ぐ長い時間を経過しており、キツネの祖先系であると同時に、イヌ科の祖先系にも近い位置にあると考える事もできましょう。2つの系統樹を比較すると、1997年論文のオオミミギツネとタヌキの枝を、2005年論文ではキツネ側に移動させただけであることが分かります。おそらくは僅かの差を根拠に枝が出る地点が移動しているに過ぎませんので、そうなると1997年の方の系統樹も悪くは無いな、などと思えてしまいます。2005年の結論では、「タヌキ、お前はどうやらキツネのご先祖様で、軍配は今度は緑に上がったぜ」、との話です。どうもこの2種は分類学者の頭痛のタネなのかもしれませんね。キツネとイヌの間を揺れ動いています。

 オオミミギツネとタヌキは、長い間孤立系でいる間に、形態的な改変が進んで特殊化が進んだとも考えられ、全体的なカタチとしてはキツネグループの祖先の姿形である保証はありません。キツネ自体にも種としての特殊化は多かれ少なかれ当然起きている筈ですが、これら2種よりも、キツネ自体の方が一般的な意味でのイヌ型をまだ保っていると考えた方が自然でしょう。

 まぁ、祖先系に近い動物が細々と命脈を保っている場合、後ほど出現した優勢種との競合を避けるべく、生態学上の隙間(ニッチ)に入り込んで進化する為、それに適応して特殊化が進むこともあり得ますし、<隙間生活>に入り特殊化したからこそ、有り難きご先祖様として生き延びられたとも言えます。

 研究者間の細かな見解の相違は兎も角も、皆さんは、上に挙げた系統関係の概略を頭に入れてさえ戴ければ、それで十分にイヌ科マニアとして通用する筈です。