キツネの話E 本家のキツネ 寒暑対決 |
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2019年9月20日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 前2回にて、キツネ属についてざっと概論を述べましたが、今回と次回の2回に亘り、各論、つまりはキツネ属全12種の内の、系統の細かな枝毎に代表的な種を採り上げ、Wikipedia の記事並びにその引用文献を主に参考として説明して行きましょう。 2回のコラムで採り上げる種ですが、Arctic fox ホッキョクギツネ、Corsac fox コサックギツネ、Red fox アカギツネ、Cape fox ケープギツネ、Fennec fox フェネックギツネ、の全5種類です。まず最初は酷寒の地に住むキツネ vs. 酷暑の砂漠に住むキツネと行きましょうか。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://en.wikipedia.org/wiki/Foxhttps://en.wikipedia.org/wiki/Red_foxhttps://ja.wikipedia.org/wiki/キツネ属https://en.wikipedia.org/wiki/Vulpeshttps://en.wikipedia.org/wiki/Canidaeホッキョクギツネhttps://en.wikipedia.org/wiki/Arctic_foxhttps://ja.wikipedia.org/wiki/フェネックブランフォードギツネhttps://animaldiversity.org/accounts/Vulpes_cana/Nature. 2005 Dec 8;438(7069):803-19 Lindblad-Toh K et al.Genome sequence, comparative analysis and haplotype structure of the domestic dog.https://www.nature.com/articles/nature04338/(無料で全文にアクセス出来ます)アレンの法則については以下参照https://ja.wikipedia.org/wiki/ベルクマンの法則 |
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ホッキョクギツネ Arctic fox Vulpes lagopus 北極を中心とする極寒の地に棲息する小型のキツネ(雄で平均 3.5kg,雌で 2.9kg)で、分厚い断熱材また擬態としても機能するその被毛で有名です。アレンの法則の説明の際に毎度登場する動物の1つであり、耳や吻先を小さくして身体も丸みを帯びていますが、これは確かに体熱の放散を抑え凍傷から身を守るには有利でしょう。熱を放散する体表部分はアカギツネが33%であるのに対し、ホッキョクギツネでは22%に留まります。鼻、耳、四肢、足と言った最も熱を放散する部位は夏場には体温調節に役立ち、鼻からの気化熱で夏場や運動時には脳を適温に冷やします。<ホッキョクギツネが寒さで震え出すのは気温がマイナス70度を下回る時であり、摂氏の気温差で90〜100度の差に耐えることが出来る>、などと言われていますが、これは実験下で確認されたものではありません。飼育下で観察された知見に基づく最近の1つの学説では、冬場でマイナス7℃、夏場では5℃が限界とも主張されています。院長としてはサンプル数の少ないこの様な報告は信用を置かないことにしています。周年活動し冬眠はしませんが、冬場は歩き回るのを減らし、皮下脂肪を蓄積します。野生下での寿命は 3〜4年です。 omnivore (雑食者)であり、目に入る小動物や鳥、大型獣の食べ残しの腐肉、魚、卵、海藻やベリー類など何でも食べます。食べきれない獲物は埋めて保存します。ガチョウの卵を沢山貯え、冬の間中それを食べ続けるとの報告もあります。なかなかの頭脳プレーですね。冬が来る前に数十日分のエネルギーを皮下脂肪及び内臓脂肪として貯えます。 毛皮は密生する多層構造で断熱材として機能しますが、ホッキョクギツネはイヌ科のなかで唯一、足の肉球が毛で覆われています(学名Vulpes lagopusの lago はウサギ、pus は足の意で、足裏がウサギの足に類似することから)。毛色は99%が白色系、残りが青色系です。白色系では冬の間のみ真っ白に換毛しますが、夏には背が茶色、腹部が明るい灰色になります。青色系は周年に亘り、深い青、茶色、灰色です。毛皮は全哺乳類のなかで最高の断熱材として機能します。 聴力ですが、可聴範囲の上限は16kHzと飼いイヌなどよりも劣っていますが、雪面下10cmほどのところに潜っているレミングの音を聞きつけて捕捉することが出来ます。他方、嗅覚は大変優れ、ホッキョクグマが食べ残した死体の匂いを 10〜40km遠方から嗅ぎ付け、また雪面 50cm以上も下のレミングの凍った死体や雪面 150cm下のアザラシの隠れ家を探り当てることも出来ます。 冷たい媒体の上にあろうとも足の平を体組織の凍結点 (マイナス1℃)以上に保つ事が可能で、かじかんで動けなくなることも痛むこともなく歩くことが出来ます。冷たいものに触れる足先だけの血管を拡張して毛細血管網に暖かい血流を送る作戦ですね。他の脚の部位は向流熱交換( a countercurrent heat exchange 身体の表面に向かう動脈と帰る静脈を接触させて動脈血から静脈血に熱を与え、余分な熱が表面に向かうのを防ぐ仕組み)を行い、体熱エネルギーの無駄な放散を抑えます。 どうしてそんな寒い場所に生息しているのかについてですが、元々はチベット高原に居たものがそこでのツンドラ様の寒冷環境に適応し、現代より気温の高かった北極圏に進出したと主張する研究者もいます。北極圏で生活する内にジワジワと寒冷化が進み、それに適応していったと言う事でしょうか。哺乳動物の寒冷適応のことを考えるのに最適な研究対象となりますね。 |
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フェネックギツネ Fennec fox Vulpes zerda 今度はアレンの法則の暑い方の例として引き合いに出される フェネックギツネを採り上げましょう。ブランフォードギツネと共にキツネ属のなかでは最も最初に分岐した系統であり、詰まりは祖型としての血が濃い存在です。キツネ属 Vulpes からは以前のように独立させようとの主張もあり論争を生んでいます。他のキツネが持っている麝香腺を欠き、他のキツネでは35〜39対ある染色体が本種では32対しかないなど形質的な違いのみならず、他のキツネでは見られない群れで生活するなどの行動・習性が見られるからです。アフガニスタンを中心に棲息する ブランフォードギツネ Blanford's fox 共々耳介がもの凄く大きいのですが、どちらも暑い環境に棲息しているからであって、キツネ属の祖先がこれほど迄に耳が大きかった訳ではないでしょう。因みに、ブランフォードギツネを知っていれば単なる動物アマチュアの域を超えるのは確かです。 フェネックギツネはサハラ砂漠に棲息しますが、イヌ科動物の中の最小種(体重0.7〜1.6kg)です。熱い砂の上を楽に歩けるよう足裏が毛で覆われていますが、これは上記ホッキョクギツネと似ているのかもしれません。被毛、大きな耳、腎機能は高温、低水量の砂漠環境に適しています。食物中から水分を得ると同時に腎臓からの水分の再吸収を行う為、飲水無しで生き延びられますが、自由水があれば飲み、巣穴の露を舐めることもあります。120平米にもなる巣穴を砂の下に掘り、これは他の家族のものと連絡します。うすら明かりの時間帯に外に出て活動し、昆虫、小型哺乳類、鳥類、卵を補食します。 サハラの先住民からは毛皮が尊ばれて狩猟される他、エキゾチックペットとして捕獲されていますが、巣穴から姿を現す個体数を元に全数を推計すると絶滅の危険は無いとのことです。しかしながら、ペットとしては節操なく野生種を捕獲・輸入して飼育するのではなく、国内繁殖の道を目指すべきですね。イヌ科ですから勿論、狂犬病やジステンパー等の予防接種を受ける必要があります。実際のところ、日本国内への持ち込みはイヌ科ゆえに検疫が相当に煩雑と予想され簡単には行かないでしょう。 因みに米国では、農務省により コヨーテ、ディンゴ、ジャッカル、ホッキョクギツネと共に小型野生/エキゾチックアニマルとして分類され、イヌ、ネコに準じた飼育がなされます。ブリーダーは登録制とされ、またフェネックギツネの飼育に関しては他のエキゾチックアニマル同様、行政管轄区により合法か非合法となるか対応が違います。 サン=テグジュペリの星の王子さまに登場するキツネは本種に着想を得たと言われています。サハラ砂漠に不時着し、茫然としているテグジュペリの脇に好奇心で目を爛々と輝かせたフェネックギツネが登場したのかもしれません。確かに極めてエキゾチックな動物であり、砂漠で出会ったら二度と忘れられませんね。テグジュペリの心に強烈な印象を残したのでしょう。ETとの出会いのように第三種接近遭遇めいた感動がありそうで、ちょっとわくわくしますね。これぞ愛しき地球よ!の思いでしょうか。 |
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院長が専門とする霊長類は、基本は暖かいところに棲息し、針葉樹とは異なり枝が3D方向に伸びる広葉樹に対して樹上適応して進化してきた動物群です。人間以外の北限の霊長類は下北半島のニホンザルか或いは旧満州にも進出しているとのアカゲザルかと言うところで、(雪男が本当に居るのかどうかは別として)酷寒の地にはとても棲息できず、寒さには弱い動物ですね。一方、イヌ科は木のない平地に適応していますので、平らな地球上をツンドラだろうが砂漠だろうが基本的にどこにでも進出可能です。まぁ、おいらは木登りは苦手だけど暑さ寒さはへっちゃらだ〜いとの按配です。寒暑に対する適応を考えるには至適な研究対象動物群ですが、その機構を紐解く遺伝学的或いは生理学的な解析結果がこの先続々と出ることを期待しています。 |
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