キツネの話I 馴化と遺伝子T |
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2019年10月10日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 本項ではアカギツネを馴化させんとのロシアの有名な取り組み、並びにこれに関連する現在までの遺伝学的根拠の探求についてご紹介します。平たく言えば、遺伝子のどの部分が変化して人間に馴れ易い動物となったのか、を解明せんとの仕事の紹介です。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://domesticatedsilverfox.weebly.com/人間でウィリアムズ・ボイレン症候群に関与する遺伝子部位が、飼いイヌではオオカミと異なり変化を受けていたとの2017年の論文Structural variants in genes associated with human Williams-Beuren syndrome underlie stereotypical hypersociability in domestic dogsBridgett M. vonHoldt et al. Science Advances 19 Jul 2017: Vol. 3, no. 7, e1700398DOI: 10.1126/sciadv.1700398 https://advances.sciencemag.org/content/3/7/e1700398.full(全文が無料で入手出来ます)*著者はプリンストン大学所属です。 |
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(前回からの続き) ロシアのその研究所では、キツネの家畜化の過程で、形態、生理、行動、認識に変化を起こした遺伝の本質を明らかにすべく研究が続けられていますが、ロシアの経済事情により、かつては 700頭だったコロニーが現在では 100頭にまで減らされているとのことです。 院長コラム 『いつ、どこでオオカミはイヌになったのか?』 で触れましたが、2017年の論文にて明らかにされた、ウィリアムズ症候群に関連する部位の変化は、イヌからオオカミへの(性質としての)馴化の必要条件だったのかも知れませんが、形態変化については説明出来ません。確かに、小型で制御しやすく、巻き尾であれば繁殖もさせ易いかもしれず、キツネの場合もそこに (無意識的な) 人為が介入した可能性はあると思います。ウィリアムズ症候群に関連する部位の変化のみならず、イヌの家畜化の過程では、形態に対する人間側の積極的な選択、詰まりは犬種としての形態の確立も当然ながらありましたね。 イヌと馴化キツネとの遺伝学的な差異については、以下サイトの論文リストが大きな参考になるでしょう。 https://publish.illinois.edu/kukekova-lab/publications/ イリノイにある The College of Agricultural, Consumer and Environmental Sciences (農学・家庭経済学・環境科学大学)の Kukekova 女史の研究室ですが、ここにアカギツネの馴化に関する論文がリストされています。ロシアのキツネ馴化の実験を元にして、遺伝子解析関連の論文が続々と発表されている模様です。まぁ、この分野で世界を引っ張っている研究室ですね。 2018年に Kukekova 女史が発表した論文をご紹介しましょう。誰でもフルテキストに無料でアクセス出来ます: Red fox genome assembly identifies genomic regions associated with tame and aggressive behavioursAnna V. Kukekova, et al.Nature Ecology & Evolution volume 2, pages1479-1491 (2018)AbstractStrains of red fox (Vulpes vulpes) with markedly different behavioural phenotypes have been developed in the famous long-term selectivebreeding programme known as the Russian farm-fox experiment. Here we sequenced and assembled the red fox genome and re-sequenced asubset of foxes from the tame, aggressive and conventional farm-bred populations to identify genomic regions associated with the response toselection for behaviour. Analysis of the re- sequenced genomes identified 103 regions with either significantly decreased heterozygosity in oneof the three populations or increased divergence between the populations. A strong positional candidate gene for tame behaviour was highlighted:SorCS1, which encodes the main trafficking protein for AMPA glutamate receptors and neurexins and suggests a role for synaptic plasticity in fox domestication. Other regions identified as likely to have been under selection in foxes include genes implicated in human neurologicaldisorders, mouse behaviour and dog domestication. The fox represents a powerful model for the genetic analysis of affiliative and aggressivebehaviours that can benefit genetic studies of behaviour in dogs and other mammals, including humans.抄録(院長和訳)「アカギツネのゲノム再配列の結果、馴化及び攻撃的行動に関連するゲノム領域が特定された」行動発現が著しく異なるキツネの系統がロシアのキツネファームの実験として知られる有名な長期選択育種計画に於いて作出された。ここに、我々は、アカギツネのゲノムをシーケンスして再配列し、馴化群、攻撃的行動群、また伝統的な養殖場からの群からのサブセットを再シーケンスした。これは、行動選択を反映する関連遺伝子を特定するためである。ゲノムを再シーケンスした結果、3群の内の1群でヘテロ接合度が有意に減少しているか或いは群間で多様性が増大している、103の領域を特定できた。馴化行動に強く関連すると思われる候補は、AMPA グルタミンレセプター及びニューロキシンをトラッキングする主たるタンパク質をエンコードするSorCS1 遺伝子であったが、これはキツネ家畜化に於いてシナプスの可塑性を与える役目を果たすと示唆される。キツネに於いて選択を受け続けて来ただろうと特定された他の領域は、ヒトの神経学的異常、マウスの行動、イヌの家畜化に意味を持つ遺伝子を含んでいた。これらキツネは、親和的或いは攻撃的行動を遺伝的に解析するのに強力なモデルとなり、イヌやヒトを含む他の哺乳類の行動を遺伝学的に研究するのに有益となり得る。 (次回に続く) |
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