キツネの話J 馴化と遺伝子U |
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2019年10月15日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 引き続き、本項ではアカギツネを馴化させんとのロシアの有名な取り組み、並びにこれに関連する現在までの遺伝学的根拠の探求についてご紹介します。平たく言えば、遺伝子のどの部分が変化して人間に馴れ易い動物となったのか、を解明せんとの仕事の紹介です。 以下本コラム作成の為の参考サイト:https://domesticatedsilverfox.weebly.com/人間でウィリアムズ・ボイレン症候群に関与する遺伝子部位が、飼いイヌではオオカミと異なり変化を受けていたとの2017年の論文https://advances.sciencemag.org/content/3/7/e1700398.fullStructural variants in genes associated with human Williams-Beuren syndrome underliestereotypical hypersociability in domestic dogsBridgett M. vonHoldt et al. Science Advances 19 Jul 2017: Vol. 3, no. 7, e1700398 DOI: 10.1126/sciadv.1700398(全文が無料で入手出来ます) |
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(前回からの続き) 専門の遺伝学用語や遺伝子記号が続々と登場し、英文構造は理解出来ても中身が宇宙人が喋っているのかと思うぐらい分かり難い論文です。形態学を専門とする院長には難しいですが、遺伝学の研究者にはスイスイ理解出来るのではと思います。 シナプスの可塑性に預かる遺伝子が強くなっていれば、幼若の頃のみで行動が固定化する野生動物とは異なり、トシを喰っても頭が硬くならずに柔軟に学習出来ることになります。これは躾がし易く、聞き分けが良いと言う事に関連する部位なのでしょうか? 「馴化ギツネと飼いイヌとで変異している部分が有意にオーバーラップしていて、キツネでも飼いイヌと同様、ウィリアムズ症候群に関連する部位の変異が観察された」のDiscussion の記述が院長の目を惹きました。上記抄録にて<キツネに於いて選択を受けて続けて来ただろうと特定された他の領域は>以下のくだりに相当するパラグラフですが、これは、2017年のプリンストン大学の Bridgett M. vonHoldt 女史らの成果の追認に留まります。つまり、「イヌの家畜化には、人間ではウィリアムズ症候群を惹き起こす、他人に対する異常なまでの警戒心の低下を招く遺伝子部位の異常が飼いイヌでも同様に発現していた」との研究には一歩先を越されている訳です。オオカミ vs. 飼いイヌと同様の仕事を野生ギツネvs. 馴化ギツネで行った事になりますが、novelty 新奇性ではプリンストンに軍配が上がり、科学的な厳密な対照実験としてはイリノイの方が強いかもしれません。 |
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実は、飼いイヌが家畜化された過程には、単に遺伝子を特定の方向に向けて煮詰めていく操作(育種)のみならず、突然変異で発生した形質を上手く取り込んできた可能性があります。まぁ、通常の梨から二十世紀梨が得られた様な経緯です。キツネの馴化実験では僅か数十年の交配を継続しただけで有り、そこには軽度の変異の積み重ねは生じても、大きな突然変異を来した確率はゼロに近い筈です。このキツネの論文は、乳量の多いウシを育種で作出し、それを普通のウシと比較して遺伝的にどこが煮詰まっているのか、乳量を多く出させる遺伝子はどこが担当しているのか(責任遺伝子と呼ぶ)を調べる仕事と基本は同じであり、ターゲットを変えてキツネの性質が大人しくなるのを担当する遺伝子がどこなのかを突き止める仕事としただけとも言えるでしょう。手間は大変そうですが、原理は単純な仕事ですね。短期間の育種では、現れる差の絶対値は大きくは無い筈です。得られた結果は間違いである蓋然性も高くなるでしょう。 この様な事を考えると、うがった見方かもしれませんが、オオカミと飼いイヌの遺伝子を比較してウィリアムズ症候群に関与する部分の遺伝子が異なっていると明示した先行研究があってこそ、Kukekova 女史らはキツネの当該部位に注意が届いたとの可能性もあります。院長としては、Bridgett M. vonHoldt 女史らの仕事が、家畜化の本質により早く、鋭く迫っているものと判断し、そちらに軍配を上げざるを得ません。オオカミと飼いイヌの様に同一種で有りながら、一方は野生のまま、他方は数万年の家畜化を経ているものを遺伝的に比較すると、より明確なことが言えそうと誰でも思いつくでしょう。つまり、馴化ギツネを家畜化のモデル動物として利用する事は、Kukekova 女史らは抄録末でpowerful model となると記述してはいますが、玉虫色ではない、弱含みなところを抱えている可能性がある、と院長は感じています。 以前、wild dog の項でディンゴとニューギニアシンギングドッグを扱った折に、一度飼いイヌとされたこれら動物が古い時代に野犬化してしまい生き続けている可能性についてお話しました。いずれも咬傷事故を起こしやすいイヌですので、馴化の程度が低く、ウィリアムズ症候群に関与する遺伝子の反復数が他の飼いイヌと比較して少ない可能性が考えられます。或いは、その様な変化はオオカミから飼いイヌ化の初期段階で獲得されており、これら野犬が粗暴なのは別の理由がある可能性、もあります。調べてみると面白そうですね。 |
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本コラムの南米イヌの項で採り上げましたが、クルペオギツネ(キツネの名が付くが実際には真のキツネとは遠く、広義のイヌの仲間)が南米大陸南端の島に居住するヤーガン族の手により、嘗てはフエゴ犬として家畜化を受けました(現在は絶滅)が、性質が荒いところが抜けず馴化のレベルが低かった様です。狩猟のお供にする場合には、気性が荒くとも獲物に食いついてくれる個体の方が有用だった可能性もあります。ロシアの馴化実験は、只人間に対してフレンドリーとさせることを目指した選択の成果ですが、これらのキツネを実験場に放ち、狩りをさせたらどう反応するかに院長は興味があります。そんな残酷な事はできないよと尻込みするでしょうか? 近年は <道徳ホルモン> オキシトシンと家畜化の関係について取りざたもされていまが、このホルモンの分泌の度合いが増大している可能性も考えられますが、これについては後日別項にて触れたいと思います。 |
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