キツネの話K キツネとエキノコックスT |
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2019年10月20日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 長らく、キツネの系統分類、動物学的説明、家畜化の問題などに踏み込み、獣医療関連の話題からは遠ざかっていました。今回と次回の2回に亘り、キツネの抱える、ヒトに対する保健・公衆衛生面での重大な問題、エキノコックス症を採り上げます。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:厚生労働省検疫所https://www.forth.go.jp/moreinfo/topics/2016/04281514.htmlエキノコックス症について(ファクトシート)(2016年4月 WHO文書の和訳)https://domesticatedsilverfox.weebly.com/北海道立衛生研究所http://www.iph.pref.hokkaido.jp/charivari/2003_07/2003_07.htm国立感染症研究所https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/338-echinococcus-intro.htmlEchinococcosis: Advances in the 21st CenturyHao Wen, et al. American Society for Microbiology JournalsPublished online February 13, 2019. https://doi.org/10.1128/CMR.00075-18https://cmr.asm.org/content/32/2/e00075-18宮城蔵王キツネ村のエキノコックス予防への取り組みhttp://zao-fox-village.com/descriptions/echinococcosis「エキノコックスを入れない、感染させない万全の対策を組み、場内のキツネたちは全て人工的に繁殖して慣らしたものです。それでも万が一を考え毎年虫卵検査等を「北海道臨床衛生検査技師会(有)アマネセル」と連携し実施しており、今までの感染はゼロ(フリー)の実績です。加えて年2回特別駆虫として生エサにプラジクアンテル(商品名ドロンシット)を投与して二重三重の感染対策を取っています。その他病気についても帯広畜産大学の指導、情報交換などをしておりますので、安心してキツネに触れ合う事が出来ます。」*これなら安心ですね。https://ja.wikipedia.org/wiki/中城ふみ子この様な芳醇で深い文学の存在を垣間見てしまうと、コミックなど正直低レベルに見えてしまいます・・・。旭川市 エキノコックス症に御注意下さいhttps://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/kurashi/135/136/150/p004148.html旭川市 エキノコックス症検診についてhttps://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/kurashi/135/136/150/p004148_d/fil/pamphlet_2019_2ver.pdf*道内の多くの自治体がエキノコックスに対する注意呼びかけのページを設けています。 |
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エキノコックスの名前は40年ほど前からぼつぼつとマスコミの記事には登場し始めたのかなと院長は記憶しています。家畜寄生虫学の講義でも勿論習いました。院長の母校には寄生虫学担当の研究室が無く、麻布大学から板垣 博先生を講師としてお招きし、学部、大学院の講義をご担当戴きましたが、先生の講義内容が大変充実しており、また時々脱線されてお話の四方山話も面白く、今でもありありと鮮明に思い出すことができます。動物の身体の中に、別の生き物が棲息するという生命現象を扱う寄生虫学は、その免疫応答をかいくぐる戦略や摩訶不思議且つ驚異的とも言うべき巧みな生活環の成立、或いは進化などを考えるだけでも大変魅力的な学問分野であると、強く心に刻まれました。 『釣りキチ三平』 の大ヒットで有名となった矢口高雄氏の漫画に 『ふるさと』 (1983年-1985年 週刊漫画アクション連載)がありますが、物語の最後で、母親がエキノコックスで亡くなってしまいます。どうも唐突にこの設定が出て来て、無理遣り連載を終えた気が当時ぬぐえなかったのですが、何か裏の事情があったのかもしれませんね。尤も単なる物語展開上の起承転結と言うヤツかもしれませんが。母親は新婚旅行で北海道に行った際に、生水を呑んでしまい、それが10年後に発症したとの設定でした。単行書の方は書庫の奥から見付かりましたが、『ふるさと』 のそのシーン掲載の漫画アクション原本は捨てずに保存していた筈なのですが、こちらは見付かりませんでした・・・。 |
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本年の2月に、折良くエキノコックスに関する大変質の良い下記の総説(総説とは先人らの過去の論文を概観し、未来への展望とする論文、一種のまとめ論文)が発表されましたので、その内容を背景にお話しを展開することにします。 Echinococcosis: Advances in the 21st CenturyHao Wen, et al. https://doi.org/10.1128/CMR.00075-18American Society for Microbiology JournalsPublished online February 13, 2019 さて、エキノコックスとは条虫の仲間の1つですが、いわゆるサナダムシの様に分節(片節)が連なって長くなることはなく、成体となっても節は数個に留まります。サイズも成虫で 4mm程度と全然大きくはありません。大きく分けて単包条虫と多包条虫に分けられますが、これは臨床症状に基づく命名でしょう。自然界では食肉目の動物( 終宿主、ここで成虫になり、糞便中に受精卵が放出)と、それに捕食される動物(中間宿主、糞便からの卵を経口で取り込み、体内で幼虫に育つが成虫にはなれず)との間でぐるぐる回って成長発達を遂げます (生活環)。中間宿主では幼虫のままに留まり、無性生殖して肝臓、肺、脳などに嚢包を形成し増殖します。たまたまヒトの口に卵が入る(終宿主の糞便で汚染された水、農作物、感染動物との接触等)と、食肉目の動物とは違いますので成虫になることが出来ずに、嚢包を形成して無性生殖を開始しますが、それが臨床症状を起こし問題となる訳です。北海道で流行し問題となっているのは多包条虫に拠る多包性エキノコックス症の方です。 単包条虫の方は、中間宿主の体内に於いて、水を満たしたゴムのヨーヨー玉の様な透明の嚢包 (径数センチ〜数十センチ)を形成し、物理的な圧迫で各種の障害(嚢胞性エキノコックス症)を引き起こしますが、破れたときに、アナフィラキシーショックを起こす可能性に加え、幼虫のタネがばらまかれもします。一方、多包条虫は嚢包の粒が小さめで出芽により増殖してぎっしり集積し、宿主側が免疫反応で覆った結合組織 (肉芽腫+線維症)で束ねられます。こちらはマスとしての絶対的な物理的圧迫の程度は小さいですが肝機能障害を発現します。単包、多包とも時間を掛けてジワジワと嚢包が増殖し、最初の数年〜十数年は無症状で経過します。症状が進んだ場合は、肝臓以外にも、例えば肺などの増殖巣含め、外科的に取り出すしか有りませんが、手技的にも楽ではなく、また体内で再び増殖する可能性もあり、特に多包性エキノコックス症の方は臨床面では癌に類似します。 (つづく) |
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