キツネの話L キツネとエキノコックスU |
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2019年10月25日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 前回に引き続き、エキノコックスの話題を採り上げます。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://domesticatedsilverfox.weebly.com/北海道立衛生研究所http://www.iph.pref.hokkaido.jp/charivari/2003_07/2003_07.htm国立感染症研究所https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/338-echinococcus-intro.htmlEchinococcosis: Advances in the 21st CenturyHao Wen, et al. American Society for Microbiology JournalsPublished online February 13, 2019. https://doi.org/10.1128/CMR.00075-18https://cmr.asm.org/content/32/2/e00075-18HUGE INTRA ABDOMINAL HYDATID CYST SURGERY doneby me, Dr.P.HARI 2012/12/25CHARAN MS,DNB;Associate professor of Surgery,KurnoolMedical college & Hospital,Kurnool.南インドのカルヌール医大の外科学准教授 Dr.P.HARI CHARANが執刀します。*外科的に単包虫症に拠る包虫嚢胞 hydatid cystsを腹膜下から取り出します。*年齢制限が掛けられていますので臨床医学に関心のある方は直接下記 url からご覧下さい。https://youtu.be/9s9VVbw1Scs |
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さて、寄生虫の適応戦略としては、中間宿主の体内で宿主の生命を奪わない限度にて、出来れば分裂増殖して数を増やせば成功となります。終宿主に於いても相手に大きな損害を与えない程度に栄養を掠め取ることが肝要で、宿主を倒してしまうと共倒れになってしまいます。進化の歴史を通じて生活環として完成している宿主間のサイクルを回っている内は 「まだしも穏やか」 で良いのですが、それが何かの拍子に普段は環の中に含まれない動物に入り込むと、寄生虫にとっても宿主にとっても 「コトが荒立つ」に至ります。 youtube では肝臓や脳、心筋などから単包条虫の嚢包を取り出すオペシーンの動画が複数掲載されます(次から次へとピンポン玉様の嚢包が出て来てまるで手品のシーンの様です)が、濃厚な流行地である中央アジア及びその周辺地域の医者からの投稿が殆どです。嚢包を破ると多数の幼虫がばらまかれ、やがては再び嚢包を形成しますので、見ていてハラハラさせられます。しかしながら手術が最終手段となるヒトの寄生虫感染症も珍しいですね。飼いイヌのフィラリアでは、心臓内の糸玉の様に絡まったフィラリアを首の血管経由でつり出すオペはそこそこ行われていますが。外科手術シーンに慣れている方は Youtube にてhydatid cysts で検索すると手術シーンの動画を多数見る事が可能です。 もし北海道にて、野生のキタキツネをレンタカーで撥ねてしまった、怪我をしていて保護した、治療して欲しいと(道外からの旅行者などから)動物クリニックに依頼が来た場合、当然ながらお断りする(元々獣医師法に規定する家畜ではありませんので診療に当たる義務は獣医師側にはありませんが)と同時に、直ちに接触を断つよう助言するしかありません。これはうっかり持ち込まれた場合、糞便等から虫卵がばらまかれ施設・施設周囲の汚染並びにスタッフ等への感染が懸念もされるからです。接触者にも駆虫薬の服用並びに5年経過後の感染の有無についての検査を勧めるでしょう。尤も、北海道にお住まいの方でしたら各自治体からの呼びかけもあり、野生のキタキツネとは接触しない筈ですのでこの様な事例は起きないでしょう。小学3年生と中学2年生に対し、無料で血液検査を行う自治体が多いですね。 単包及び多包性エキノコックス症の感染者は全世界で100〜300万人と推計されます。公衆衛生上、極めて重大且つ厄介な寄生虫疾患の1つであることに間違いはありません。 |
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なぜ国内では北海道に多包条虫症 を引き起こす E.multilocularis (複数の目のエキノコックスの意)がもたらされたのかについては以下の記事に答えが書かれています。 http://www.iph.pref.hokkaido.jp/charivari/2003_07/2003_07.htm 北海道立衛生研究所 生物科学部衛生動物科長 高橋健一『キツネとエキノコックス』から以下引用: 「北海道の北端にある礼文島では、大正時代に野ネズミ退治と毛皮を得るために中部千島から12つがいのキツネを導入した。しかし、不幸にしてそれらの中にエキノコックスを宿したものがいて、キツネだけではなく寄生虫も移入されてしまったのである。エキノコックスは島内のキツネと野ネズミの中に定着し、昭和12年頃から島内出身者や島内の住民に患者が発生し始めた。しかし、密猟などにより島内のキツネは絶滅し、また、島民もイヌの飼育を止めるなどの努力の結果、島での病気の流行は収まった。ところが、昭和40年以降、道東の根室・釧路地方で新たな流行が起こり、更に、流行地域は全道に拡大した。これまでに北海道内で400名を超える患者が確認されている。この間、衛生研究所では昭和25年以来、本症の防圧のための調査研究に取り組んできた。」 一度多包性エキノコックス症が土着してしまうと、根絶は厳しい模様です。キツネに駆虫薬を投与すると確かに感染率は低下しますが、断薬すると再び陽性率が高まり元の木阿弥となります。これはネズミなどの小動物に感染が成立したままであり、キツネがそれを捕食するためです。青函トンネルや連絡船経由で感染したキタキツネやネズミが本土内に移入すると、土着化が進行し流行を根絶することが甚だ困難になりますので、厳重な「検疫」態勢が必要とされますね。 東日本を中心にぽつぽつと患者が報告されますが、国外で感染したと推定される例が大半です。只、青森での患者数が多く、土着の可能性が疑われていますが、野生動物を捕獲しての検査では陽性動物は見られていません。院長の考えですが、狂犬病予防に対する防疫態勢と同じぐらい、エキノコックスの蔓延に対しては厳しい対応をして欲しく思います。 |
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肝心の予防法についてですが、流行地(北海道)では、キツネには接触しない、飼いイヌの外出時には必ず縄で繋ぎ、キツネの糞便との接触、ネズミの補食などを避けさせる、ヒトは生水を絶対に呑まない、野いちごを摘まんだりしない、山菜、野菜等は必ず加熱して食べる、飼いイヌとの濃厚な接触は避け、接触後は手洗いを励行する、などが挙げられます。他には、増えすぎたキツネを捕獲、殺処分するなどもありますが、保護獣の野生動物ゆえ簡単にはいきません。キツネが人家や飼いイヌに接近しない様、食べ物となるゴミの管理を徹底する、飼いイヌに定期的に駆虫薬を投与するなども効果的です。エキノコックスが土着化した北海道をクリーン化すること自体はもはやほとんど不可能でしょう。 院長は若い頃は国内各地でルーカル線を乗り継ぎ気ままに野営して旅をしていましたが、北海道ではテントを張る事はありませんでした。都区内発20日間有効の国鉄の道内周遊券を利用して夜行列車を利用しての或いは無人駅等での宿泊、そして時々の!まともな宿への宿泊の繰り返しでした。キャンプしたとすれば、ついうっかりと内地の感覚で水を利用した可能性もあります。またキャンプ場所には餌を求めてキツネが接近し糞便で土壌が虫卵汚染されている可能性もあったでしょう。設営しなかったのは今思うと正解だったと思います。真冬に再び周遊券で道内巡りをしていた時ですが、網走近くの能取岬(のとりみさき)手前の売店で流氷接岸時ですがキタキツネが紐で繋がれて居ました。もしかすると千島から流氷で流れ着いた個体かもしれません!今はさすがにその様な展示は止めているのではと思います。 濃厚な流行地である中央アジア(特に多包条虫の存在する中国西部、チベット、カザフスタン南部、キルギスタン、ウズベキスタン)などでは、牧羊犬や野生動物との接触 (棲息地含む)、塵埃の吸引、汚染された飲水を避けることが肝心ですが、これは野生動物の研究家や牧羊家或いは探検家以外には無関係な話かもしれません。 最後に、自分が執筆した内容を見直していて思ったのですが、エキノコックスは何故ヒトやネズミでは成虫になれず、キツネではなれるのでしょうか?何らかの刺激を受け、セミの幼虫が羽化するが如きに成虫になれるのだろうとは推測しますが、この機序が解明されればひょっとしてそこを衝いて上手い治療薬や治療法の開発に繋がるのでは無いかと院長の頭を掠めました。1つには、エキノコックスを成虫にさせて人間の身体からすんなり下してしまおうとの作戦です。しかしながら、人間から排泄された虫卵が他の者に感染を引き起こすことにもなりかねず、問題は易しくはなさそうです。。 |
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