イヌの股関節形成不全@ 病態 |
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2019年11月15日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 長らく、キツネの系統分類、動物学的説明、家畜化、公衆衛生上の問題、最後には俗説の医学的理解に踏み込み話を続けてきました。ここで一度野生動物から飼いイヌに戻り、獣医療上の話題を採り上げましょう。今回から全 9回に亘り、大型犬、特に本邦では飼育頭数の多い犬種であるレトリーバーに頻発する (股関節形成不全由来の) 股関節脱臼症について話を進めます。 英語版のWikipedia のイヌの股関節形成不全の項https://en.wikipedia.org/wiki/Hip_dysplasia_(canine)が文献の引用も豊富で比較的に充実していますので、他の文献並びにweb からの最新情報も補いながら、これを軸として話を進めたいと思います。他の参考サイト:https://flexpet.com/hip-dysplasia-in-dogs/ |
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股関節形成不全とは 股関節はカエルなどの両棲類、トカゲなどの爬虫類をはじめ、哺乳類でも全て、骨盤側の窪み(ソケット)に大腿骨の骨頭(ボール)が填まり込む構造ですが、特に哺乳類では球状関節として機能し、広い関節可動域並びに自由度の高い動きが可能になります。股関節形成不全とは主に関節臼 (ソケット側)の形態異常であり、窪みのお皿が浅く、ボールがカチッと正しい位置に納まらず、横にズレたり、浮いてしまったりし、重症化すると痛みと関節運動性の制限から、跛行(はこう)並びに疼痛性股関節炎を惹き起こすに至ります。遺伝的背景 (多遺伝子性、ポリジーン)を持ちますが環境にも大きく影響を受けます。股関節炎自体は、外傷、或いは骨関節炎やリューマチ性関節炎と言った後天性の疾患に拠っても起きますが、本疾患は多くの犬種で稀ではなく、特に大型犬種では最も普通に見られ、これ単独で股関節炎を惹き起こす原因となる疾患です。 遺伝との関連 野生動物の場合、それが平地を走る動物であれば、まともに走れないことは、餌が穫れない、外敵から逃げられない、仲間と共に行動できない事に直結し、これは個体の死を意味します。従って仮に歩行や走行に異常を来す遺伝子の突然変異が生じても、淘汰されてしまい子孫は遺りません。動物の移動運動性のことをロコモーションと呼称しますが、「動」物にとりロコモーションに支障がある事は個体生存上非常に大きな不利益−より正確に表現すれば致命的−を招きます。逆に考えると、飼いイヌに歩行の異常を来す疾患が存在することは、第一に遺伝的な問題が生じており、そしてそれが温存されていることを自ずと示すことになります。イヌは人間の飼育下にあることで、ロコモーションの不具合に対する淘汰圧が甘くなり、遺伝子の異常が維持されて来たことを意味します。−この様に野生動物との対比に於いて疾病疾患の発生を考えることが病態の理解に直結します。 |
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病態 ホネとしての股関節 (ソケットである関節臼)の形態が異常であると、正しい位置に大腿骨の骨頭が保持されず、歩行時に妙な状態に関節し (亜脱臼と言う)、その様なことを繰り返している内に、関節臼並びに骨頭を覆っている軟骨がすり減ったり損傷を受けます (軟骨組織は血液供給を受けず軟骨液から栄養を摂る為、分裂増殖が低速ですり減りの修復が間に合わない) し、関節が外れないようにホネとホネとを連結している靱帯 (銀色の丈夫な紐の様なもの) 並びに関節全体を包んでいるカバー (関節包と言う) にも異常な力が作用して破断したり、劣化を来したりもします。ホネ自体も影響を受け、大腿骨の骨頭も本来はボールの様につるつるのまんまるだった形態が異常な形態に変化もします。軟骨の破断やそれに伴うホネとホネとの直接の衝突は炎症 (骨関節炎) を引き起こしますが、これが更に関節の異常 (骨形態の変形、骨棘の発生含む)・破壊並びに炎症を悪化させます。 股関節の形態異常がレントゲン撮影で確認されても外見的な歩行異常の無い場合もあると同時に、異常が確認出来なくとも跛行を来すことがあります。詰まり、外見的な歩行異常は、骨関節形態の異常そのものではなく、それが二次的に惹き起こした軟骨や軟部組織の摩耗破断や関節炎 (広義の二次性関節炎)の有無に影響されると言うことになります。 まぁ、ヒトで関節炎を来して慢性化すると、関節形態や機能の異常に加速が付いてしまうことが起こりがちですが、イヌの股関節形成不全症も同じと言う話です。骨関節形態の異常が無くとも、例えば靱帯や関節包が生まれつき脆弱であれば、脱臼もどき (亜脱臼)が繰り返し発生し、それが骨変形に繋がる場合もあります。横綱千代の富士関は肩関節が脱臼し易くなり (おそらくは外傷性の靱帯の部分的断裂に起因) 一度は泣いたことがあったそうですが、肩周りの筋を鍛え、筋肉のカバーによる関節の動揺を抑えた結果、横綱までに登り詰めました。関節炎の治療に関しても、同様に、骨や靱帯等に目を向けるばかりではなく、筋肉の張力で関節を正しい位置に配置する作戦も考えるべきですが、これは勿論イヌに適用できる話になります。 |
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