Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               









































































































































































































































































































































院長のコラム2019年12月10日 


『イヌの股関節形成不全E治療V 幹細胞療法とサプリメント』







イヌの股関節形成不全E 治療V 幹細胞療法とサプリメント




2019年12月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 英語版のWikipedia のイヌの股関節形成不全の項

https://en.wikipedia.org/wiki/Hip_dysplasia_(canine)

が文献の引用も豊富で比較的に充実していますので、他の文献並びにweb サイトからの最新情報も補いながら、これを話の軸として話を進めたいと思います。


 今回は非観血的治療法の最終回として、幹細胞療法並びにサプリメントの利用についてお話します。



本コラム作成の為の参考サイト:


https://en.wikipedia.org/wiki/Hip_dysplasia_(canine)


https://flexpet.com/hip-dysplasia-in-dogs/


https://ja.wikipedia.org/wiki/

間葉系幹細胞


間葉系幹細胞による関節リウマチの骨軟骨再生へのアプローチ 園本 格ら

141 J UOEH (産業医科大学雑誌) 36( 2 ): 141−146(2014)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/juoeh/36/2/36_141/_pdf


Mesenchymal stem cells in health and disease

Antonio Uccelli, et al.

Nature Reviews Immunology volume 8, pages 726-736 (2008)

https://www.nature.com/articles/nri2395

有料記事で一部のみ読めます。


一般社団法人日本再生医療協会 幹細胞の種類と特徴

https://japanrma.org/stem_cell/stem_cell2/


https://ja.wikipedia.org/wiki/ベーチェット病


N-acylation of glucosamine modulates chondrocyte growth, proteoglycan synthesis, and gene expression.

Doris E Terry, Karen Rees-Milton, Patrick Smith, John Carran, Parvis Pezeshki, Craig Woods, Peter Greerand Tassos P Anastassiades

The Journal of Rheumatology  September 2005, 32 (9) 1775-1786;

http://www.jrheum.org/content/32/9/1775

 (抄録のみ無料で読めます)







https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Mesenchymal_Stem_Cell.jpg

Robert M. Hunt [CC BY 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/3.0)]

ヒトの間葉系幹細胞 (中央左寄りの三角形の濃染部分、元画像を左回りに90度回転)






間葉系幹細胞療法



 間葉系幹細胞 (MSCs) はこれまで何年かの間、骨関節炎の治療のために用いられてきました。これは例えば、従来の慢性関節リウマチの治療がその進行を食い止めるまでは出来た (20年程前から開始された治療法) のですが、一度破壊された関節を再生させる事が出来ずにいたものを、関節そのものを再生・修復するとの、治療の概念を根本から変革し得る大きな治療法となります。この辺の経緯については、総説、


間葉系幹細胞による関節リウマチの骨軟骨再生へのアプローチ 園本 格ら

141 J UOEH (産業医科大学雑誌) 36( 2 ): 141−146(2014)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/juoeh/36/2/36_141/_pdf 

(全文無料で読めます)


 に簡略に纏められています。

 まぁ、平たく言えば、幹細胞療法とは、様々な細胞に分化し得る親元の細胞 (幹細胞) を、傷んだところに注入すると、エイコラ?と仕事をしてくれ、欠損した細胞などを作り出して元の正常な状態に戻してくれると言う  何ともありがたやの細胞療法  と言う次第です。


 殆どの場合は自家細胞利用であり、(脂肪組織を主体とする混合細胞の形態で)そのまま状態での利用、或いは培養して数を増やしての利用、或いは、同種細胞利用 (非自己細胞) の場合もあります。パラクライン効果 (これは細胞からの分泌物が血流を介して遠方の細胞に作用する機序である エンドクライン ではなく,直接拡散などにより近隣の細胞に作用する効果) を期待してのこの治療の方法は、関節内注射に拠.るものとなります。インビトロ (=試験管内での実験) ではこのパラクライン効果は、OA軟骨細胞でのタイプ 2コラーゲン発現を高め、一方、マトリックスメタロプロテアーゼ (MMP-3 and MMP-13、また、組織タンパク質を分解する酵素)の活性を下げました。実際の臨床例では、抗炎症或いは疼痛緩和の結果が得られ、パラクライン効果が証明されています。脂肪由来の幹細胞療法で治療されたイヌは、対照群に対して有意に、跛行の評価スコア値、痛み評価スコア値、及び関節可動範囲を改善しました。他の無作為研究も殆ど同様の結果を示していますが、機能面での制限、可動域、及び飼い主と獣医学的調査者に拠る痛みに対する目視アナログ評価、これら全ての面で改善を示しています。更に、MSC 治療を受けた動物では−歩行板での最大垂直力並びに垂直衝撃力として計測された値−に有意な改善が観察されています。まぁ、玉虫色の治療法ですね。異常形態の股関節形態そのものは治しませんが、関節表面の状態を修復してくれる治療法です。尤も、100万円単位の治療費が掛かりそうな気も・・・。

 米国での自家細胞療法は変化しつつあります。新たに発行された手引き書 (FDA 産業の為の手引き書第218号−動物用の細胞ベースの産物について) は、この先の、cGMP 由来での幹細胞療法作出を治療者サイドに求めることになりそうです。これらの変更に対応するべ、米国の獣医幹細胞産業は経営資源を、よりハブアンドスポークシステム(自転車のタイヤの様に中心のハブに向かった枝が伸びるシステム)に向けた取り組みに、或いは自己細胞利用から非自己細胞使用の療法開発にシフトさせる可能性があります。本邦ではここまで大がかりな動きは無さそうに感じていますが、イヌの股関節疾患に注目がより集まるようになれば動きが出るやも知れません。

 この幹細胞療法は、自己または同種からの生きた幹細胞 (関節修復に働く生きた細胞) を関節腔内に外部から注入することになります。関節腔内には血液供給が無く、骨の表面を覆う関節軟骨は、関節滑液から酸素と栄養を受けて分裂増殖する仕組みになっています。と言う訳で、身体の他の部分 (同じく血液供給を受けない角膜などの眼球前方部分は除く) と異なり、感染等に対する免疫の効きが悪い場所となります。それゆえ、関節腔内への注射針等の挿入は、関節腔内に感染を起こす危険性があり、治療に際してはこれの予防に関しての徹底した対応が必要となります。余談ですが、この意味で関節腔内に水が溜まって苦しいから吸い出そうと穿刺を繰り返したりすると良い結果は全くもたらしませんので控えるべきです。早晩感染を起こして関節滑液が黄染し治療が厄介になります。姑息的手段(場当たり的な治療)を安易に行うぐらいなら放置するのが最善です。獣医師が安易に関節腔内液を抜こうとする場合、セカンドオピニオンを得るのも良いと院長は考えます。





Figure 1: The multipotentiality of MSCs.

fromMesenchymal stem cells in health and disease  Antonio Uccelli, et al.

Nature Reviews Immunology volume 8, pages 726-736 (2008)

https://www.nature.com/articles/nri2395


MSC からは中胚葉細胞である結合組織、軟骨、脂肪、並びに骨の細胞が分化します。






幹細胞とは



 話が前後してしまいますが、上記の間葉系幹細胞と、近年話題を集めているiPS 細胞とは何が違っているのかと疑問をお持ちの方々も多いでしょう。

 幹細胞とはそれが元になって身体の様々な細胞に分化する能力を持ち(分化能)、更にはそれ自身が分裂して同じ幹細胞に増殖出来る能力(自己複製能)を持つ細胞です。幹細胞には全能性幹細胞、多能性幹細胞(ES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS 細胞)、体性幹細胞の4種類があります。私たちの身体は最初は受精卵なる只1個の細胞でしたが、それが分裂する過程で様々な種類の細胞に分化します。詰まり、受精卵は全能性ですが、受精後2週間程度までの間でしたら全能性を持ち全能性細胞と呼称できます。その受精卵の細胞の一部を取り出して人口培養したものが多能性幹細胞(ES細胞)となります。これらを治療に役立てることは可能ですが、1つの命を犠牲にすることになる為、倫理的には認められていません。ではそれを遺伝的操作により作ろうではないかとの考えで生まれたものが iPS 細胞となります。まぁ、人工的に開発された多機能性幹細胞と言う訳です。これは鳴り物入りで現在も研究が進められていますが、細胞が癌化するなどの虞を払拭し得ず、臨床面では、現時点では網膜色素変性症の患者数名に対し、実験的に試そうとの極く初期の段階に留まり、多額の研究予算を国民の税金から費出することには臨床成果の少なさから国民の納得を得るには困難になりつつある様に院長も感じています。

 最後の体性幹細胞ですが、院長の様な古めの世代の者にとっては幹細胞と言えば、骨髄中に存在し、様々な血球細胞を生み出す細胞とまずは思い浮かべるだろうと思います。全能性幹細胞ほどの多能性は持ちませんが、身体のあちこちに存在し、種類は限定されはしますが各種の細胞を生み出す元になる細胞です。近年では、それが皮下脂肪中にもそこそこ存在することが分かって来ました。皮下脂肪組織から特殊な方法(一部特許が成立しています)で幹細胞を抽出し、培養して数を増やしたのちに各部に注入すると組織修復してくれますが、その1つの種類としての最初の間葉系幹細胞 (MSCs) の話にやっと戻ることになります。iPS 細胞利用は技術的に敷居が高いところもありますので、身体の各組織、臓器を作る元になる体性幹細胞を適宜上手く見つけ出して培養し、必要な場に入れる方法が、現実的な治療法としてこの先地歩を固めるだろうと院長は予想しています。








食餌補助療法



 股関節形成不全に罹患している犬種には多かれ少なかれ(二次性)骨関節炎は普通に見られる症状ですが、最後には疼痛と炎症を招きます。この直接的な原因は、骨の退行性変化(劣化)に由来しますが、そこでは骨が硬度を低下させ、軟骨は消失し、関節構造が脆弱化しています。


 股関節形成不全の懸念を抱える犬種にあっては、食餌(の質)が大きな効果をもたらします。ドコサヘキサエン酸 DHA並びにエイコサペンタエン酸 EPA と言ったオメガ3脂肪酸を食餌に組み込むと、この疾患の症状を改善させる結果となり得ます。オメガ3脂肪酸は、骨関節炎起因の炎症を減少させるのを助け、この疾患を抱えるイヌのロコモーションをも改善します。EPA とDHA  は魚油にて食餌中に補う事が出来ますし、その見返りとして関節の炎症を低減する利点があります。

 個人的な経験ですが、院長は10年程前に痛風発作を起こし、足の親指の関節が腫れ上がって痛みで悶絶状態となりました。症状が治まって思考が出来る!ようになって後、これは関節腔内に剥がれ落ちた痛風の元となる結晶(尿酸結晶)に対し、白血球の1種である好中球が過剰に反応し、狭い空隙である関節腔で異物排除の戦闘に入るゆえ激烈な痛みを惹き起こすのだと身をもって理解し、<過激な>免疫応答を鎮めるべく、市販の安価な DHA + EPA剤を数ヶ月服用したところ、それ以後発作は起きなくなりました。日本からトルコに至るシルクロードを中心とするアジアのベルト地帯で、ベーチェット病の発症率が高いことが知られています(ベーチェットとはこの疾病を纏め疾患概念として報告したトルコ人医師の名です)。この病気は、何からの感染症に罹患の後に、好中球が暴走を開始して、口腔粘膜、目のブドウ膜、外陰部、前脛骨部の皮膚(向こうずね)などに攻撃を加え、潰瘍や炎症を起こし、更には全身性の組織破壊(本体は血管炎であるとの説があります)を惹き起こす一種の自己免疫性疾患ですが、好中球の作用を抑える点に於いて、痛風治療の特効薬であるコルヒチン(昔はイヌサフランから採取した)が効くと言うのが興味深いところです。実は痛風自体も自己免疫性疾患に分類されてもいるのですが。体質的に白血球が<暴走気味>の方は、抗炎症作用を持つオメガ3脂肪酸を常用するのも良いかもしれませんね。因みに、院長は NSAID も服用しましたが、規定量の数倍のパルス療法にても疼痛を低減する効果は薄く、服用は中止しました。一度発作が起きると炎症が烈し過ぎて痛み止めは殆ど無効の模様です。発作が治まってのち暫くすると、関節回りの古い皮膚が褐色になり剥げ落ちましたが、これは関節炎でありながらその周囲の皮膚まで冒されるほどの激烈さを物語っています。

 グルコサミンと硫酸コンドロイチンもまた、骨関節炎並びにそれがもたらすQOLの低下を直すべく食餌に添加し得る機能性食品です。共に、軟骨の状態を改善し、関節の健康維持、組織の修復を助けます。つまりはこれを添加すると、骨関節炎を改善し悪影響を低減してくれる可能性がある訳です。患畜の身体を改善する助けとなるもう1つの栄養素はビタミンCですが、ビタミンCは、コラーゲンの部材を作るのに寄与して関節を強化を手助けするとの仕組みです。但し、一般の方(ヒト)が、年余に亘りビタミンC錠剤を摂るのは、身体の結合組織の網を固めてしまう危険な面も有り、柑橘類等の果実から適度に摂るのが最善です。イヌでは必要なビタミンCを普段自前で合成できる動物種ですので、通常はビタミンCを投与する必要性はありません。

 グルコサミンをベースとする栄養サプリメントはその効果を示し始めるまでに3〜4週間を要し、それゆえ試用期間は通常少なくとも3〜5週間必要となります。in vitro インビトロ(試験管内での反応)では、グルコサミン単独では軟骨細胞の増殖などには寧ろマイナスの影響をもたらすことが示されていますが、一方、N-ブチリルグルコサミンは多くの遺伝子発現を亢進しプラスの効果をもたらすと報告されています。おそらく in vivo インビボ(生体内)でグルコサミンそのものではなく、何らかの化学的修飾を受け、効果を発現するのでしょう。用量、用法については担当獣医師と相談の上ご利用下さい。

 これらのサプリメントは安価で入手できますのでイヌの食餌に適宜混ぜて毎日の利用も出来ますね。飼い主さん側も愛犬と一緒に服用するのも良いかも!?