イヌの股関節形成不全F 外科手術T |
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2019年12月15日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 英語版のWikipedia のイヌの股関節形成不全の項https://en.wikipedia.org/wiki/Hip_dysplasia_(canine)が文献の引用も豊富で比較的に充実していますので、他の文献並びに web からの最新情報も補いながら、これを話の軸として話を進めたいと思います。今回を含め全3回で観血的治療、即ち身体にメスを入れる外科手術に拠る治療法についてお話しします。 本コラム作成の為の参考サイト:https://en.wikipedia.org/wiki/Hip_dysplasia_(canine)https://flexpet.com/hip-dysplasia-in-dogs/ |
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観血的治療法の概略 医薬を用いても適切なQOLを維持し得ないのであれば、外科的選択を考慮する必要も出てくるでしょう。これは、大きく分けて、疼痛を消退させる為に股関節を改変し或いは修復する試み (股関節改変手術) の場合もありますし、或いは完全に関節を人工関節に置換する手技 (股関節置換術) の2通りがあります。 股関節改変手術には、1つには、股関節そのものを改良する施術である、大腿骨頭を除去し、或いは関節臼の形を整える切除関節形成術がありますが、もし患畜が十分に若い場合は、関節構造そのものは弄らずに関節臼の再配置(向きを下に向ける)を行う骨盤回転術 (三点骨盤骨切り術、或いは恥骨結合融合術)の方がより適切かもしれません。これらの治療は大変効果的ではありますが、通例、より体重の重い動物であればあるほどその効果は低下します。関節が日々の生活でより重い体重を支える状況にあれば、関節周囲や関節面により大きな圧力が掛かり、術後の治癒に向けての回復力が弱まる訳です。骨盤回転術も、もし関節炎が X線画像上で確認出来るまでに悪化しているケースでは同じく改善の効果は低下します。関節炎自体が悪化していない軽度の内に、詰まりは若い内に施術した方が良い訳です。 これらの股関節改変手術は、QOLの改善、ペインコントロール、また将来の悪化の危険性を予防的に減少させますが、それと引き替えに、結果として通例、股関節機能の低下を起こします。 基本的な戦略は、股関節のボール&ソケットの形を改良する、関節構造を「放棄」する、或いは、骨盤の関節臼が四足姿勢時に下を向くように再配置する、との整形外科のオペならではの大工仕事ですが、手術自体がそこそこ大がかりなものであると同時に「細工」の善し悪しが術後の歩行機能の改善にも直結します。患畜の体重が重くなければ(ならなければ)、この辺の修復が妥協的であっても、術後に問題が大きく顕在化せずに済む、との色合いも含んでいるのです。逆に言えば、院長としては、他に治療法が無く、患畜が疼痛や歩行困難で苦しむ例、或いは遺伝的背景が濃厚であって、若年齢で重症化の経過を辿るであろうと明らかに予測される例を除き、これら手術には慎重な対応を取ります。尤も、臨床経験豊富な股関節形成不全の専門医であれば、その辺の見極めが鋭く、決断と実行の元、患畜と飼い主を幸福にして呉れるでしょうね。 股関節置換術は、欠陥を持つ関節を滑らかな動きを可能にする人工関節に完全に入れ替えますので、特に重症例に於いては最大級の治療効果を持ちます。もし身体の他の関節が障害を受けていなければ、この治療を通じて完全な股関節の可動性が常復元され、再発も全くありません。イヌの股関節置換術は、体重がおよそ18〜27kg以上の個体、即ち他の外科的治療が躊躇される重量サイズに達している重度の股関節形成不全例に対しては、臨床的な選択枝としてより好まれます 以下、各手術について説明を加えていきます。 |
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骨頭骨切除術 FHO 大腿骨頭を除去する手術、即ち骨頭骨切除術 FHOは、より小さなイヌネコには時には適当ですが、大腿骨頭を除去するものの置換は行わず、骨から成る股関節構造自体は消滅しますが、周囲の軟部組織が関節もどきとして機能を代用する形になります。 こんなことをして大丈夫なのと疑問に思われる方も多かろうと思いますが、実はイヌでは肩甲骨と胸郭を連結する鎖骨がほぼ退化しており(米粒をつぶした様な痕跡的鎖骨が筋の中に埋没しています)、前肢と体幹は繋がっておらず、前肢全体は宙に浮いた構造となっています。間の筋肉群が両者を繋ぎ、柔軟で可動域の広い前肢の動作が可能になっています。この様な動物を無鎖骨動物と呼称し、平地を疾走するタイプの四足獣には寧ろ一般的です。前肢と対照的に、後肢の方は骨構造でガッチリと体幹に連結されていますがこっちも宙に浮かせてしまおうとの作戦です。骨構造体としての股関節が無くなり、周囲の筋肉だけで擬似的な関節動作を図りますので、術後には終生に亘り患畜の体重を一定以下に保たねばなりません。それ故、絶対的な体重の増大しない小型犬種が基本的に手術適応となります。FHO術は、他の方法が上手く行かなかった場合にその後の選択適用となることも時にはありますが、関節の結合具合に重度の問題が見られたり、或いは関節炎が重篤な場合には最初の選択枝ともなります。 傷んだ関節、骨と骨とのコンタクトを排除してしまえ、の手術ですが、一般の方は随分乱暴なオペだと驚かれるかもしれません。しかし臨床的には、患畜が疼痛で苦しんでいるのを軽減し QOL を挙げることに意義がありますので、痛みが取れ、そこそこの歩行能が回復、維持出来れば「成功」の判断を与えることになります。 (つづく) |
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