イヌの股関節形成不全G 外科手術U |
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2019年12月20日 皆様、KVC Tokto 藤野 健です。 英語版のWikipedia のイヌの股関節形成不全の項https://en.wikipedia.org/wiki/Hip_dysplasia_(canine)が文献の引用も豊富で比較的に充実していますので、他の文献並びに web からの最新情報も補いながら、これを話の軸として話を進めたいと思います。 引き続き観血的治療、即ち身体にメスを入れる外科手術に拠る治療法についてお話しします。 本コラム作成の為の参考サイト:https://en.wikipedia.org/wiki/Hip_dysplasia_(canine)https://flexpet.com/hip-dysplasia-in-dogs/https://www.animalsurgicalcenter.com/conditions/hip-dysplasia-in-dogs-triple-and-double-pelvic-osteotomy/http://darthroplasty.com/modified-darthroplasty/ |
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DARthroplasty (背側関節臼縁関節形成術) DARthroplasty (背側関節臼縁関節形成術 ダートロプラスティ)は、Dr. Barclay Slocum と Dr. Theresa DevineSlocum により開発された技法ですが、ヒトの術法である Shelf Operation のアイデアを Drs. Slocum がイヌに適用したものとなります。関節臼の背中側の縁に「張り出し棚板」である庇を設けて大腿骨頭を天井側から安定して支えましょうとの概念です。手術手技としては、腸骨稜から採取された皮質海綿骨の紐を大腿骨頭の周囲を覆うように股関節包に重ねて複数枚縫い付けるものです。大変な根気と集中力が要求されるオペのように見えます。文章で書くと分かり難いと思いますが、 http://darthroplasty.com/modified-darthroplasty/をご覧下さい。(手術シーンを含みますのでご注意下さい) 新たな「棚板」が3〜4ヶ月経過後に生着して固まると、結果として元の関節臼を拡大するものとなり、それ故、股関節への支持を増大し亜脱臼を防止します。骨の棚板で裏打ちされた関節包が関節臼の拡張部分として機能することになります。尚、この技法は獣医師の間で一般化しているものではなく、研究段階にある技法となります。思いついたのですが、関節包から関節臼縁(〜骨盤)に掛けてガラス繊維のシートをかぶせ、生体親和性のある接着塗料を厚く塗布・浸透させた後、紫外線を照射してさっと短時間で固める技法が得られれば面白いでしょう。オペ終了と同時にハイ、治療完了です。まぁ、話としては空想に近いものですが、問題なき強度と耐久性そして安全性が果たして得られるかどうか? |
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三点骨盤骨切り術 triple pelvic osteotomy TPODARthroplasty (背側関節臼縁関節形成術)は骨盤の関節臼の背中側に庇の張り出しを設けて、下からの骨頭を保持しようとの策ですが、こちらは関節臼のお椀自体を下を向く様に回転させて配置を換えようとの手術になります。まぁ関節臼の土台となっている骨盤をその周辺の適当な場所(外部からアプローチし易い部位)で一度切断分離し、角度を回転(外向きだった関節臼の凹みを腹側に向くように回転)させてから金具で留め直す訳です。3箇所で切断面を入れますので三点骨切りと呼称しますが、場合によっては2箇所で済ませる場合もあり、二点骨切り術となりますね。 骨盤のホネはヒトの場合もそうですが、ところどころ皮膚から浅いところに位置していますので、皮膚を切開し、骨盤を覆う筋肉を傷つけないように分離、剥離しながらホネを露出させ、切れ目を入れて後、金属製のプレートとボルトで望む角度で再連結します。 関節面に関節炎等の問題を抱えず、単に位置的な問題 (亜脱臼、脱臼)を来している個体が適用対象となります。ホネを一度切れ目を入れて繋ぎ直す関係から、成長途中にあって、骨同士の接着治癒に勢いがある若年齢の個体が対象ですが、20週齢〜1歳未満が望ましいでしょう。これには体重がまだ軽いとの理由もあります。院長の経験ですが、骨折手術の場で、破断した長骨髄腔に、横断面が 「くの字型」 の細長い金具をハンマーで叩き込み、更に破断部をプレートで固定してオペは終了ですが、少しの長軸回りの回転のズレなどがあっても成長途中で正常状態に復帰する例を見ています。若い間は快復力がもの凄いなぁとの実感です。逆に体重が重く患部に負荷が掛かり、しかも若齢個体では無く治癒が遅い様では、手術適用は厳しくなることがご理解戴けるでしょう。と言う理由からTPO 三点骨盤骨切り術は若齢個体にのみ適用されます。 話は外れますが、現在北海道の私立の獣医科大で教授をしている同級のK君が、在学中に磁力を使って骨折治癒の増進を図る研究に取り組んでいました。外科学教室に在籍していましたが、時々東海村に通っていた様です。その後の研究の展開については聞いていませんが、もしこの作用があるならば、MRI装置の強力な磁場に当たり、撮影と同時にホネも丈夫になったら面白いですね。 |
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若齢期恥骨結合融合術 juvenile pubic symphodesis JPS 恥骨結合融合術(若齢期恥骨結合融合術 JPS としても知られる) は、まだ骨盤の幅が小さく、この先に成長拡大が見込める個体に対するオペとなります。左右の骨盤のホネは頭の側は仙骨と言う背骨の末端に近い部分のホネの両サイドにくっついていますが、尻尾の側は左右が恥骨同士で接着しています。成長すると、仙骨の横幅が広がると共に恥骨の合わせ目にある成長部位(成長板)から恥骨の芽が出て横方向に拡大成長し、左右の骨盤のホネが一定の角度を保ったまま左右パラレルに成長拡大していきます。成長の早い段階で、左右の恥骨の間にある成長板を電気メスで焼灼してしまい、恥骨の横方向への成長拡大をストップさせるのが本施術です。この結果、頭方の仙骨の方は左右に拡大しながら成長しますが恥骨の方はそのままとなりますので、左右の骨盤が「逆 ハ」の字の開きが拡大する様に成長し、同時に股関節の<ソケット>を腹側つまりは下側、地面側に向ける様に成長し、骨頭をより良好に支える様になります。と言う次第で、成長の早い時期、現行では 4ヶ月齢以降5ヶ月齢 の適用となります。まぁ、生後まもなくです。4ヶ月齢時の股関節スコア評価で将来の悪化が懸念される場合、そのまま本施術を適用しても良いのです。手技的には簡単な部類であり、また患畜に対する外科的侵襲 (オペ自体のもたらす生物学的ストレス) も少ないものであり、去勢と同時に為される例もあるでしょう。 |
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関節包神経切除術 capsular neurectomy 関節包神経切除術 capsular neurectomy は股関節の痛みを低減する為に股関節包を除神経する方法です。関節包には関節の異変を感じ取り痛みとして大脳に伝える感覚神経末端が伸びていますが、これをカットする手法です。痛み止めの薬品を投与したのと同様に、イヌは痛み少なく適度な動作を可能にし、斯くして後肢筋を廃用萎縮から遠ざけ、不良関節での体重支持をより低減させることに繋がります。両側の股関節を一度の手術で行う事が可能です。関節そのものを改善する処置ではなく、姑息的な手法となりますが、将来の関節置換術の妨げとはなりません。関節の状態を本オペ施術後に定期的に追い、もし関節炎の悪化が進行している場合にはその時点で関節置換術を検討するとの段取りです。 |
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