イヌの前十字靭帯断裂A 症状・診断・治療 |
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2020年1月5日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 引き続き、イヌの前十字靭帯断裂について、症状、診断、治療法についてお話しします。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://www.fitzpatrickreferrals.co.uk/orthopaedic/cranial-cruciate-ligament-injury/順天堂大学整形外科・スポーツ診療科https://www.juntendo.ac.jp/hospital/clinic/seikei/about/disease/sports/sports_05.htmlhttp://www.tiggerpoz.com/TTA RAPID 法https://leibinger-medical.com/en/products/veterinary/tta-rapid/surgery-instructions/TTA MMP の一技法https://www.orthomed.co.uk/eu/systems/mmp-canine-cruciate-repair-system/ |
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症状と診断 大方のケースでは、ある時から突然跛行を示し、痛そうに歩くことで飼い主が不審に思い、動物クリニックに駆け込む事になります。これに先立ち、靱帯を含めた関節部位の劣化に拠る歩行異常を飼い主が気づく場合もあります。受傷後暫くは烈しい疼痛の為に体重を掛ける事が殆ど不可能となり、患側の膝を屈した典型的な足上げポーズで歩行します。左右同時に損傷した場合、<トイレスタイル>で辛うじて歩行したり、或いは殆ど起立不能となり神経学的な問題(例えば脊髄神経の異常)を抱えていると誤診される場合もあります。靱帯はX線画像に写りにくい為、用手的に、膝関節の不安定を確認します(鎮静剤投与下で、膝の下側のホネつまりは脛骨が前方にスライドするかどうかで診断)。靱帯の部分断裂の場合は膝関節の屈曲位でのみ前方移動が起こるとも言われていますが確定はできません。反対側の膝の動きと比べてみるのも分かり易いでしょう。MRI 画像を得る方法もありますが、内視鏡で直接関節腔内を観察し、靱帯の断裂並びに半月板、関節軟骨面の損傷の程度を調べ確定診断を得ます。前回述べましたが、イヌで本疾患発症時には、既に膝関節の各所が劣化を来たし、程度に差は見られるものの、変形性膝関節症の段階にある例が殆どです(勿論、ヒトの場合と同様、正常靱帯が強力な外力によりプツンと断裂するケースもあります)。それゆえその様な場合は、疾患概念としては、イヌの膝関節劣化症候群とも命名すべきかもしれませんね。 |
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観血的治療法 単純に考えれば、切れてしまった靱帯を、その両端を引き寄せる或いは他の部位から「調達」した自己腱を間に挟み、ワイヤーで縫合すれば終わりとなる筈です。実際、ヒトのスポーツ選手等の本靱帯断裂例に対しては、この方法が採られ、受傷前と何ら遜色ない、良好な機能回復が期待されます。 詳細については、例えば以下をご覧下さい。順天堂大学整形外科・スポーツ診療科https://www.juntendo.ac.jp/hospital/clinic/seikei/about/disease/sports/sports_05.html 或いは別の場所から採取した靱帯を2つのホネの間に新たに取り付ける、関節腔内全靱帯再建術も採り得ます。こちらはなかなか高度な技法です。 しかしながら、イヌの場合は、劣化の進んだ靱帯が離断して本疾患が起きますので、それを繋いだところで、次に弱い箇所が再び離断することが目に見えています。また関節腔内全靱帯再建術はイヌでは一般的には行われてはいない模様です。このようなことで、現在行われる外科手術としては、 脛骨の前方移動をメカニカルに抑制すべく、@上下2つのホネを適当なワイヤー(ナイロン線)等で繋ぐ、A脛骨の関節面に角度を付け、立位時に大腿骨に対して後方に滑る様にさせる(脛骨関節面の前方が低くなるように角度を付ける)、B大腿直筋−膝蓋骨−脛骨を繋ぐ強大な腱に対し、脛骨の付着部を前方に移動する などの、周辺域から正常な関節運動を支援するための施術が行われます。 |
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@の施術ですが、互いに深く篏合する関節構造にはない2つのホネのサイド(関節外)に、前十字靭帯と同じ様な斜め方向にナイロンケーブルを走らせる方法ゆえ、ケーブル自体に弾力があればまだしも、そうではないナイロン糸で結びますので、飽くまで補助的に脛骨の前方移動を抑える程度の効果しか期待できません。また、力の掛かる大型犬などではケーブルが構造的疲労から断裂する場合もあります。動物は長年に亘る進化の過程で、関節腔内に斜めに走らせる靱帯を最適なものとして獲得して来た訳であり、何か見よう見まねの牽引構造を関節外部に取り付けたところで元の靱帯機能に叶う筈がないことはご理解戴けるものと思います。 Aは脛骨高平部水平化骨切り矯正術 (Tibial plateau leveling osteotomy: TPLO)ですが、刃が円形の専用カッターを脛骨の側方から用い、脛骨の関節面を一度骨幹から分離し、くるんと前方に回転させてから再び取り付け、ボルトで固定する技法です。脛骨関節面の後方を高くし、前方を低くする改変ですので、脛骨が前方に移動するのが抑制されるだろうと、理論的には単純明快な施術ですが、実際のオペの場では、他の正常な組織を破壊する事の無きよう、注意深い手技が要求されます。またざっくりホネを一度離断しますので患畜に対する影響(外科的侵襲)が強く、術後のリハビりも一定程度要求される様に思われます。場数を踏んだ、生まれつき手先が器用で、切った貼ったの勘所を心得ている<職人>獣医師のみ可能だろうと思います。まぁ、尤も、外科医、整形外科医などは基本は皆職人だろうとは思いますが。院長は解剖学並びに機能形態学に進みましたが、基本は似た様な性向で、切った貼ったは全然嫌いではありません・・・。 Bの脛骨粗面前方転移術 (Tibial Tuberosity Advancement, TTA) ですが、脛骨の前側の出っ張りを削ぐように隙間を空け、その空隙に適当なコマを入れてのちボルトで固定します。ハイドロキシアパタイトのペーストを充填します(クサビをはめ込む手法もあります)。膝のお皿(膝蓋骨)の上側は筋肉(大腿四頭筋)に、他方下側は靱帯を介して脛骨の上の前端に強力に付着していますが、この付着位置を前方に繰り出すことで、脛骨が前に移動する力のベクトル成分を押さえ込む作戦です。まぁ膝関節の前方を覆うゴムの膜の強度を高めようとの策です。直接に脛骨を後ろに引く力成分を格段に強めるものではありませんが、この少しの差が馬鹿にならず、施術後に短時間で歩行が可能となる効果があり、AのTPLO同様、獣医整形外科の分野では主流な術式の1つとなりつつあります。しかしながら本邦でこの術式がどの程度普及しているのか、院長は情報を持っていません。 (つづく) |
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