イヌの前十字靭帯断裂B 治療 |
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2020年1月10日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 引き続き、イヌの前十字靭帯断裂の治療法についてお話しします。 本コラム作成の為の参考サイト:https://www.fitzpatrickreferrals.co.uk/orthopaedic/cranial-cruciate-ligament-injury/ |
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観血的治療(つづき) 全てのオペに言える事ですが、<大工仕事>として 100%成功するわけではなく、また感染症の危険性もゼロではありません。まずは受傷直後の疼痛や腫れが退いたのちに、暫く様子見し、それからオペを行う行わないを担当医の見解を含めじっくり検討すれば良いのではと考えます。オペを受けるとなると、掛かる医療費も低く済ませられる様にはとても見えません。まぁ、費用は数十万〜100万のオーダーでしょう。 ヒトの断裂受傷例の様に、正常な靱帯が断裂した場合は兎も角も(勿論イヌでもこのケースはあります)、関節構造が靱帯含めて脆弱化しているイヌに於いては、オペに拠っても(力仕事が可能な様な)完全な回復は期待し得ず、どうしても妥協的な回復となりますが、烈しい運動を控えるなどを心得れば相当程度の回復(外見上正常歩行と遜色ない歩行)が見込める可能性があります。イヌ並びに飼い主共々十分に幸福になれるレベルでしょう。これは医薬品の投与により、併発している関節炎の改善も同時に期待できるからでもありますが、オペを受けた後も、運動管理や体重管理と言った生活習慣・形態を含めた総合的な管理を行う事が大切と考えます。 |
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非観血的治療 イヌの前十字靭帯断裂が発症時には既に変形性膝関節症を併発し、言わば膝関節劣化症候群の色彩を帯びており、単純明快にbiomechanical な理論からA地点とB地点と繋げば全てOKとはならず、治療には妥協的な意味合いを持ち得ることを上に触れました。実際、素材や部品がイカレとるとこにオペなんぞして一体なんぼのもんけぇのぉ、とお感じの方もおられるでしょう。 そこで外科手術教?の飼い主は別として、ここは一つ冷静になり、オペを受ける利点とオペを受けない利点を秤に掛けるのも悪くはないでしょう。担当獣医師も、医学的に公平な判断をする人物であれば、「膝全体の状態が良くないのでオペをしたところで大幅な改善が期待できず、外科的侵襲や感染症のマイナス点を鑑みるとオペは止めた方がいい、それに今の状態でもそこそこは歩けているでしょう?」、と主張する場合もあるでしょう。それに心肺機能が悪く麻酔に耐えられないような場合は、当然乍らオペなど最初から選択枝には入りません。 |
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youtube の動画では外科手術を受けずとも前十字靭帯断裂から回復したとの内容のものが多々掲載され、また獣医師が非外科手術の療法を熱く語るものも複数あります。 「ACLに対して外科手術を行わずに保存療法を選択したが、一年程度経過後に外見的にはほぼ問題なく歩行し得るようになった、それを見て呉れ」の動画に対してですが、受傷後の激烈な疼痛と腫れで脚が機能しなかったところ、それが治まるにつれて「元の歩行」に戻ったことも考えられます。どう言うことかと言えば、1つには、もともとが劣化していて緩んでいた靱帯に対し、それを補うような組織形態或いは筋の協調リズムを潜在的に獲得しており、靱帯断裂自体の歩行に与える影響が大きいものではなかった可能性があると言う事です。或いは、受傷後に周囲組織の増強、改変、関節部位への体重の入れ方並びに周囲筋の協調運動の学習を通じて、脛骨の関節面を前方に滑らせないソフト、ハード面での改善を見たことも考えられます。実際、この様な動画では膝の関節を脛骨の前方へのスリップなく、一軸性関節として機能させ得ていますので、何らかの改善は確実に起きている筈です。併発していた関節炎への治療も良い影響を及ぼしている可能性があります。まぁ、靱帯なる構造物が損傷している以上、負荷の高いエクササイズは出来ませんが、そこらをうろついたり小走りする程度ならOKのレベルにはオペ無しでも回復する例もそこそこあるのは事実ですね。外科手術には多額の費用が掛かり、また施術後のリハビリなども要求されます。オペ無しでもそこそこの四足歩行が取り戻せるなら、イヌにも手術で痛い思いを味合わせることも無く、これでいいじゃあないかとの主張が出ることに対し、院長は否定する気持はありません。 股関節形成不全の項でも触れましたが、NSAIDS などの医薬品、サプリメント、エクササイズや理学療法を含めたリハビリもモノを言うでしょう。関節に対する負荷を勘案した上での水中療法なども望ましいですね。適当な関節保定具を着用させるのもある程度の効果がある筈です。 但し、非外科手術での改善を見るのは、矢張り一定の体重以下にある個体に限定され、それは大方15kgが境となります。体重が重く膝関節への負荷が高いと、周囲組織からのソフト、ハード面からの代償では脛骨の前方スベりには太刀打ちできなくなる訳です。院長は別に獣医整形外科医に肩入れする積もりはありませんが、観血的な改変を加えるのが手っ取り早くもありもまた正解でもあるとの話になります。<自然治癒>治癒を期待し、いたずらに異常歩行のまま時間を経過させると、関節炎を重篤化させ一層患畜は苦しむ様になります。youtube の動画での非外科手術での「成功例」では当該動物の体重への言及が無く、それゆえ投稿者には二乗三乗の法則(身体のサイズが大きくなると膝関節面の面積はその二乗で増えるが、体重は三乗で増えるので膝関節の単位面積当たりの負荷が格段に増大する)への理解すらない様に見えます。体重負荷の掛かる関節の治療に関して、youtube やweb サイト等でボディサイズへの鋭い視点無く語られる内容は、信頼性並びに科学的な考察性が低いと判断するのも賢明です。お飼いの愛犬に、この様な<非観血的治療の勧め>が必ずしもそのまま当てはまる訳ではないことを最後に強調してこの項を終わりにします。 |
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