イヌと筋ジストロフィー@ 概論 |
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2020年2月1日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 前回までに歩行異常を惹き起こす神経変性疾患であるイヌの退行性脊髄症 Degenerative Myelopathy (DM) について 3回に亘り採り上げました。歩行失調、運動失調に関する疾病のお話ををもう一つ続けたいと思います。 さて、我々は普段何気なくカラダを動かしていますが、 @運動を発令する信号を出す脳Aその指令信号を筋に伝える神経B指令を受けて収縮を行い力学的パワーを出力する筋C筋の「感覚」を脳に戻す神経D筋収縮発現の支持媒体となる骨と周辺組織 これらが正しく組み合わさって円滑な運動が可能になっています。 この内のいずれか1つが障害を起こすと運動機能障害が発生します。筋萎縮性側索硬化症 ALS の場合は、@とAに、退行性脊髄症 DMの場合はAとCに障害が発生する疾患ですし、また変形性股関節症はDが原因ですね。今回は、神経筋変性疾患の1つですがBの障害詰まりは筋そのものに起因する疾患の1つ、筋ジストロフィーについてお話を進めます。 獣医療としてのイヌの筋ジストロフィーが本コラムのメインターゲットですが、ヒトの筋ジストロフィーの研究が進み知見が積み重ねられていること、そして同じ哺乳動物のイヌにそれを当て填めて考える(外挿 がいそうと言う)ことが出来ることから、ヒト、イヌ区別無く扱います。しかしながら、実際のところ、イヌのブリーダーが脆弱で異常のある子犬を市場に出す前に淘汰してしまうこと、また経済的な負担のもとで遺伝子検査をしてまで確定診断を得る例が少ないため、イヌの筋ジストロフィーは確実に存在する(実は全ての脊椎動物に発生し得ます)ものの獣医臨床面では稀な疾患となります。 治療の項で述べますが、最終的にヒトに適用する目的で、大型の動物としてのイヌの筋ジストロフィー個体に対し、考えられた治療法が有効かを検証する試みが行われ、それが一部成功したとの最近の論文が2018年に出ました(のちほど紹介します)。寧ろそれを契機としてイヌの筋ジストロフィーが逆に脚光を浴びる形かと院長は思います。この様に、イヌの筋ジストロフィーはどうもヒトの治療の為の研究用途としての位置づけの色彩が強いですね。 全 8回に亘り、筋ジストロフィーの話題を採り上げます。後半の分子治療の項で遺伝子改変技術についても触れていますので、筋ジストロフィーのみならず他の疾患、例えばガンに対する最新の治療法への理解にも繋がると思います。是非最後までお付き合い下さい。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://www.colliehealth.org/degenerative-myelopathy/American College of Veterinary Internal Medicinehttps://www.acvim.org/Muscular Dystrophy in Dogshttps://wagwalking.com/condition/muscular-dystrophyhttps://geneticliteracyproject.org/2018/10/25/promising-treatment-for-duchenne-muscular-dystrophy-developed-with-crispr-gene-editing/https://en.wikipedia.org/wiki/Muscular_dystrophyhttps://ja.wikipedia.org/wiki/筋ジストロフィー一般社団法人 日本筋ジストロフィー協会https://www.jmda.or.jp/デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD)https://www.jmda.or.jp/mddictsm/mddictsm2/mddictsm2-1/mddictsm2-1-1/https://www.mda.org/disease/duchenne-muscular-dystrophyhttps://ja.wikipedia.org/wiki/福山型先天性筋ジストロフィー神戸大、筋ジストロフィー「福山型」治療に道2011/10/6付 日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0502M_V01C11A0CR8000/?at=DGXZZO0195591008122009000000https://ja.wikipedia.org/wiki/ジストロフィンhttps://ja.wikipedia.org/wiki/フクチンhttps://science.sciencemag.org/content/362/6410/86https://geneticliteracyproject.org/2018/10/25/promising-treatment-for-duchenne-muscular-dystrophy-developed-with-crispr-gene-editing/https://www.actionduchenne.org/what-is-duchenne/duchenne-explained/glossary-of-research-terms/stop-codon-readthrough/国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 遺伝子疾患治療研究部https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_dna2/en/research_dystrophy.htmlGENEReviews Japan 拡張型心筋症概説(Dilated Cardiomyopathy Overview) http://grj.umin.jp/grj/dcm-ov.htm筋収縮を調整する分子機構https://www.jst.go.jp/pr/announce/20030703/01.html京都大学循環器内科 カルシウム拮抗薬http://kyoto-u-cardio.jp/shinryo/chiryo/00607/0060706/iPS細胞を使った遺伝子修復に成功 −デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復−2014年11月27日http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/141127_1.html |
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筋ジストロフィーとは 筋ジストロフィー Muscular Dystrophy (MD) とはどの様な疾患でしょうか? ヒトの難病としては誰でも聞いたことのある疾患名だろうと思います。院長が子供の頃にもこの患者さんのドキュメンタリーをTVで見た記憶があります。20位の患者さんでしたが、言い残したいことを父親に筆記して貰っている場面が映し出され、最後は父親が外出中に息絶えてしまい父親が葬儀の場で涙ぐんでいるシーンで終了しました。大変重い内容の番組であり、40年程の時間は経過したものの院長の記憶に鮮明に残っています。他にも少年漫画誌(少年マガジンだったか?)の子供向けの記事としても採り上げられていました。兄弟揃って発症したが、浮力の効く風呂に入りボクシングの真似事をして遊んでいるとの記事でしたが、その兄弟も程なくして亡くなられたことでしょう。院長が小学生の時でしたが、既に筋ジストロフィーが伴性遺伝で発症し男児のみが罹患するとの大雑把な知識はありました。 本疾患は横紋筋が変性消失し、再生もほぼ不可能ですので、進行すると心筋や呼吸或いは嚥下に関与する筋までもが冒され、特に前の2つの機能低下は致命症となり得ます。単に手足が利かなくなり移動が出来なくなる程度の話ではありません。呼吸筋(肋間筋、横隔膜、腹壁を構成する筋)が機能を果たせなくなった場合は ALS (筋萎縮性側索硬化症)の患者さんと同様に人工呼吸装置を利用すれば対応出来ます。しかし心筋の変性と脱落でポンプ機能が低下した場合(慢性心不全)には心臓移植しか現況では考えられませんが、全身状態が悪く呼吸機能も低下を見ていることからその適用は考えられないでしょう。術後の強力な免疫抑制剤の投与にも耐えられないのではと思います。上に述べた @ A C D が正常ですが B が異常を来す疾患です。 この疾患は筋肉の細胞本体である筋線維を構成する部品であるタンパク質が遺伝子の異常に拠り作られず、やがては筋線維が破壊され、脱落、消失することがその本態です。ジストロフィー dystrophy とは異栄養(症)、栄養失調、栄養障害を意味する医学用語であり、外見的にやせ細るとの意味ですが、実際には栄養の障害では無く筋線維自体の自己変性と脱落に起因して筋肉量が減少しますので、栄養障害とは本来別のものですが、この名が使い続けられています。 https://www.etymonline.com/word/dystrophydystrophyalso distrophy, "defective nutrition," 1858, from Modern Latin dystrophia, distrophia, from Greek dys- "hard, bad, ill" (see dys-) + trophe "nourishment" (see -trophy). 1858年にギリシア語の dys -(困難、悪い、病気)と trophe (栄養)から作られた新ラテン語 dystrophia に由来する言葉です。当時は筋ジストロフィーの本態が解らなかったのですが、まぁ、確かに外見上は低栄養に見えます。 発音的にはディストロフィですがジストロフィーと記述されます。院長が子供の頃にはウォルト・ディズニーとは言わずにウォルト・ジズニーと言っていましたので、本疾患の日本語名も相当昔からの命名だったことがうかがえます。筋ジスと略称されることもあります。 |
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