イヌの筋ジストロフィーB 病因と診断 |
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2020年2月10日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 筋ジストロフィーのお話の第3回目です。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://www.colliehealth.org/degenerative-myelopathy/American College of Veterinary Internal Medicinehttps://www.acvim.org/Muscular Dystrophy in Dogshttps://wagwalking.com/condition/muscular-dystrophyhttps://geneticliteracyproject.org/2018/10/25/promising-treatment-for-duchenne-muscular-dystrophy-developed-with-crispr-gene-editing/https://en.wikipedia.org/wiki/Muscular_dystrophyhttps://ja.wikipedia.org/wiki/筋ジストロフィー一般社団法人 日本筋ジストロフィー協会https://www.jmda.or.jp/デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD)https://www.jmda.or.jp/mddictsm/mddictsm2/mddictsm2-1/mddictsm2-1-1/https://www.mda.org/disease/duchenne-muscular-dystrophyhttps://ja.wikipedia.org/wiki/福山型先天性筋ジストロフィー神戸大、筋ジストロフィー「福山型」治療に道2011/10/6付 日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0502M_V01C11A0CR8000/?at=DGXZZO0195591008122009000000https://ja.wikipedia.org/wiki/ジストロフィンhttps://ja.wikipedia.org/wiki/フクチンhttps://science.sciencemag.org/content/362/6410/86https://geneticliteracyproject.org/2018/10/25/promising-treatment-for-duchenne-muscular-dystrophy-developed-with-crispr-gene-editing/https://www.actionduchenne.org/what-is-duchenne/duchenne-explained/glossary-of-research-terms/stop-codon-readthrough/国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 遺伝子疾患治療研究部https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_dna2/en/research_dystrophy.htmlGENEReviews Japan 拡張型心筋症概説(Dilated Cardiomyopathy Overview) http://grj.umin.jp/grj/dcm-ov.htm筋収縮を調整する分子機構https://www.jst.go.jp/pr/announce/20030703/01.html京都大学循環器内科 カルシウム拮抗薬http://kyoto-u-cardio.jp/shinryo/chiryo/00607/0060706/https://ja.wikipedia.org/wiki/マイトトキシンiPS細胞を使った遺伝子修復に成功 −デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復−2014年11月27日http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/141127_1.html東邦大学医療センター 大森病院臨床検査部 クラッシュ症候群https://www.lab.toho-u.ac.jp/med/omori/kensa/column/column20150127.html |
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病因 1986年になって漸く デュシェンヌ型筋ジストロフィー DMD の原因遺伝子が特定されました。それまでは男児のみに発症し伴性劣性遺伝の形式を取ることから X染色体の上に責任遺伝子の遺伝子座があることまでは判っていたのですが、遺伝学的技法の進歩が遺伝子の同定を可能にしました。 この責任遺伝子は性染色体である X染色体上(性染色体とは雌雄の決定に関与する染色体−遺伝子の塊−のことですが、XX だと女性に、XY だと男性になります)の遺伝子座 Xp21 にある遺伝子です。異常な遺伝子を抱えるX染色体を小文字 x で記述すると、正常女性は XX、保因女性は Xx、正常男性は XY、発症男性は xYとなります。Y染色体には x の異常性をカバーする力が無くこの結果男児が DMD を発症します。この様に性別に伴い発現する遺伝形式を伴性遺伝と呼びます。女性でも xx の場合、或いは xO (ターナー症候群)の場合には発症します。或いは Xx の場合でも例えばX側の抑制作用が弱いケースでは軽度から重度までの症状を発現し得ます。勿論保因者である母親からの遺伝には拠らず、当該男児に突然変異で発症する例もありますが、この様な発症例を孤発性 こはつせいと呼びます。但し、母親側が卵子を作る過程で、正常X染色体が x に変異するし易さ、即ち脆弱性は母親側に内在する可能性はあると思います。 この責任遺伝子は遺伝子産物ジストロフィン dystrophin と言う巨大タンパク質を作る為の設計図に相当しますが、設計図が存在していないと合成のしようがありませんし、また設計図に誤りがあると、ジストロフィン合成過程でその設計図の読み込みが上手く進まず矢張り正しく合成ができません。その結果正常な構造のジストロフィンが筋細胞の<部品>として存在せず、不具合が発生するとの機序になります。因みにベッカー型では遺伝子の設計図の異常が軽度であり、正常値よりは量は少ないものの機能可能なジストロフィンが合成されるため、筋破壊の速度が低下し、臨床的にマイルドな像になります。 男児は初期には問題なく成長していくのになぜ途中から筋肉が落ちてしまうのか、筋肉に異常があるなら最初から問題が出る筈では無いかと疑問に思われた方も居るかと思います。実は DMDの患者さんの筋肉自体は収縮力も問題なく機能し、母体内での胎児また生後数年の間は著しく成長肥大して行きます。ジストロフィンは筋の収縮力に関与する<部品>ではなく、筋肉の細胞、即ち筋線維の細胞膜の近くに存在し、筋細胞の形並びに機能に強度を与え破壊から守る役目を果たします(細胞骨格と言う)。筋肉細胞が増殖し、動作を行うのに必要な筋量を得る以上に筋細胞の破壊が上回ると運動障害が発症することになります。筋細胞の分裂増殖速度と分裂回数には限界があります (細胞は無限回分裂増殖することはできず回数が決まっています、遺伝子にあるテロメアと呼ばれる部分が「すり減る」と分裂できなくなり細胞は死に絶えます)ので、やがては筋破壊(より正しくは筋崩壊と言うべきでしょう)のスピードが筋の成長・増量のスピードを上回り、筋量が低下していきます。これがこの疾患の本態です。 |
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正常な筋細胞に於けるジストロフィンタンパク質の局在については、例えば、既に20年前の論文になりますが、 Allamand, V. & Campbell, K. P. Animal models for musculardystrophy: valuable tools for the development of therapies.Hum. Mol. Genet. 9, 2459-2467, 2000 DOI: 10.1093/hmg/9.16.2459 の、図2が大変分かり易く示してくれます。 (https://www.researchgate.net/publication/12317399_Allamand_V_Campbell_K_P_Animal_models_for_muscular_dystrophy_valuable_tools_for_the_development_of_therapies_Hum_Mol_Genet_9_2459-2467 から無料で入手可能、全文が読めます) ジストロフィンが欠如することで筋の細胞膜が脆弱性を持ち、細胞外(マトリックスと言う)に存在するカルシウム(Ca)イオンが細胞内に流入しますが、それが筋肉に収縮力を産生させる大本の、アクチンーミオシン構造を破壊します。失われたところを取り戻すべく筋細胞(=筋線維)は増殖します。この様な事が筋肉内部で毎日繰り返されていますので、組織を切り取って顕微鏡で観察すると、破壊されて小さくなった筋線維と再生しつつある筋線維がモザイク状に混じった特異な組織像を示します。病勢が進むと筋線維は消失し脂肪組織で置き換えられます(ふくらはぎの仮性肥大など)。 なぜカルシウムイオンが筋細胞を壊すのかについて説明しましょう。 筋収縮の調節が細胞内カルシウムイオン濃度の変化により制御されることが1960年に江橋節郎氏らのグループに拠り発見されました。それより20数年後となりますが、院長も家畜生理学の講義で一連のこの業績に触れ、日本人が凄い発見をしたなぁと感銘を受けたことを思い出します。筋収縮に纏わる知見の学習は生理学を勉強する上での1つのトピックと言ってもよいでしょう。学期末試験にも<筋、アクチン、ミオシン、カルシウム、トロポニンの語を使用して作文せよ>などの問題が出た様にも記憶しています。まぁ、エネルギーを使ってカルシウムイオンを少しずつ筋細胞内の小胞体に貯めて置き、神経刺激が来るとそれを一時的に放出し、その刺激でアクチン−ミオシンを収縮させて張力を産生するとの仕組みです。アクチンとミオシンは交互に平行に配列していますが、互いに入れ子になることで筋の長さが短くなる、詰まりは張力が産生される仕組みです。直接のエネルギー源としてはATP(アデノシン3リン酸)を利用します。カルシウムイオンは収縮のトリガーとして作用される訳ですね。ジストロフィンがないと細胞外のカルシウムイオンの流入をブロックする関所が機能不全となり、筋細胞内のカルシウムイオン濃度が異常化し、簡単に言えばアクチンーミオシンが滅茶苦茶な動きを始めてしまい壊れてしまう訳です。 タンパク質やペプチドなどの高分子を除き、構造式が判明している最大の天然有機化合物としてマイトトキシンと言う海産毒があるのですが、藻類がそれが共生するイソギンチャク(正確にはスナギンチャク)の中でこの毒素を合成し蓄積されます。イソギンチャクを餌とする魚の体内に更に蓄積、濃縮され、それを人間が食べると中るとの図式です。この物質が細胞膜のカルシウムチャネルの透過性を促進し、細胞内のカルシウムの濃度を上げ、筋肉の異常収縮を起こします。これに拠り筋細胞即ち筋線維が破壊され、横紋筋融解症を発症し、血中に多量に流出したミオグロビンが腎臓に詰まり(正確には尿細管を破壊する)腎不全を引き起こします。心筋、冠動脈に対する障害、機能異常も来すでしょう。マイトトキシンに拠る筋破壊はそれが存在する間の一時的なものですが、カルシウムイオンの過剰な流入が筋破壊を惹き起こす点に於いては筋ジストロフィの発生機序と類似します。 因みに、挫滅症候群(クラッシュ症候群とも言う、骨折や圧迫が原因で筋組織が壊死した状態を長時間放置すると起きる)由来の横紋筋融解症は、阪神淡路大震災の時に大きな問題となりました。四肢の外傷が腎不全を惹起し死への転帰を取り得ますので、骨折一つが馬鹿に出来ません。 |
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診断 男児に於いて小学校低学年の頃には駆けっこで同級生に全然追いつけなくなる、階段に上るのが苦しく手すりを利用する、ふくらはぎが膨れるなどの典型的な症状が現れます。ふくらはぎの筋肉(腓腹筋、ヒラメ筋)が萎縮する為に踵がアキレス腱で引っ張られ、つま先立ち歩行する例も見られます。床から起立する際に、太ももに手を付いて上体を起こす特有の動作(登攀性起立 ガウアー徴候)がほぼ観察されますが、これは広義の脊柱起立筋の筋力低下に対する代償的な学習動作ですね。 DMDの原因が確定できなかった時代には、これらの症状に加え、筋肉を生検して顕微鏡で組織像を見ることで、真のDMDであるかは兎も角、筋ジストロフィーとしてのぼ間違いの無い診断が為されました。 現在では血液検査で血清クレアチンキナーセ濃度を測定し、まずスクリーニングします。血清クレアチンキナーセは筋組織が破壊される時に血中に放出される物質ですが、例えば心筋梗塞を起こした場合にも値が増大しますので、<只の心臓発作>と心筋梗塞を区別する際にも重要な指標となります。まぁ、この値が高く出ていて更に歩行も異常を来しているとなると次の検査に進みます。何のことはない、只血液サンプルを専門機関に送り、遺伝子診断を行うことになります。異常があれば DMDと確定診断されます。これで確定できない場合は、責任遺伝子そのものの有無や遺伝暗号の異常を検証するか、筋生検を行い、筋線維のモザイク状の組織像を確認しまたジストロフィンが存在しないことを特殊な染色法で確認して確定診断とします。 責任遺伝子即ち何が悪いのかが判明しており、或る意味原因と結果は単純明快に結びつきますが、治療となると容易ではありません。次回コラムからは治療に向けた取り組みについて最新の研究動静も踏まえご紹介します。 ちなみに、イヌの場合は血液サンプルにて遺伝子検査をして呉れる臨床システムになっているのか院長は情報を持っていませんが、クレアチンキナーセ濃度の測定は簡単ですし、筋生検での診断も比較的容易に行い得るでしょう。 |
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