イヌと筋ジストロフィー④ 分子レベルでの治療Ⅰ |
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2020年2月15日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 筋ジストロフィーのお話の第4回目です。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://www.colliehealth.org/degenerative-myelopathy/American College of Veterinary Internal Medicinehttps://www.acvim.org/Muscular Dystrophy in Dogshttps://wagwalking.com/condition/muscular-dystrophyhttps://geneticliteracyproject.org/2018/10/25/promising-treatment-for-duchenne-muscular-dystrophy-developed-with-crispr-gene-editing/https://en.wikipedia.org/wiki/Muscular_dystrophyhttps://ja.wikipedia.org/wiki/筋ジストロフィー一般社団法人 日本筋ジストロフィー協会https://www.jmda.or.jp/デュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD)https://www.jmda.or.jp/mddictsm/mddictsm2/mddictsm2-1/mddictsm2-1-1/https://www.mda.org/disease/duchenne-muscular-dystrophyhttps://ja.wikipedia.org/wiki/福山型先天性筋ジストロフィー神戸大、筋ジストロフィー「福山型」治療に道2011/10/6付 日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0502M_V01C11A0CR8000/?at=DGXZZO0195591008122009000000https://ja.wikipedia.org/wiki/ジストロフィンhttps://ja.wikipedia.org/wiki/フクチンhttps://science.sciencemag.org/content/362/6410/86https://geneticliteracyproject.org/2018/10/25/promising-treatment-for-duchenne-muscular-dystrophy-developed-with-crispr-gene-editing/https://www.actionduchenne.org/what-is-duchenne/duchenne-explained/glossary-of-research-terms/stop-codon-readthrough/国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 遺伝子疾患治療研究部https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_dna2/en/research_dystrophy.htmlGENEReviews Japan 拡張型心筋症概説(Dilated Cardiomyopathy Overview) http://grj.umin.jp/grj/dcm-ov.htm筋収縮を調整する分子機構https://www.jst.go.jp/pr/announce/20030703/01.html京都大学循環器内科 カルシウム拮抗薬http://kyoto-u-cardio.jp/shinryo/chiryo/00607/0060706/iPS細胞を使った遺伝子修復に成功 -デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復-2014年11月27日http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/141127_1.html |
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分子レベルでの治療 デュシェンヌ型筋ジストロフィー (Duchenne muscular dystrophy: DMD)は責任遺伝子が同定されましたので、遺伝子加工(編集)技術によって、異常部分を上書きする、置換する、パッチを当てるなどすればそれで終わるだろうと一般の方は思われるかもしれませんが、理屈は判っていても実際にそれをどの様に実現するかには目の前に険しい壁が立ちはだかります。これが簡単に実現できるようになれば、DMDと言わず世の中の難病-生体構造に必要不可欠な部品タンパクを作る、或いは必須の調整タンパク質を作る遺伝子の異常に起因-と呼ばれる疾患の多くは治療できてしまうでしょうね。 遺伝子そのものは単なる設計図ですから遺伝暗号を元に必要なタンパク質であるジストロフィンを遺伝子自身では合成することは出来ず、それを正しく読み取ってアミノ酸を配列しジストロフィンを合成する過程が必要です。暗号の中に一部間違った部分がある場合、それを飛び越えて暗合を読めばジストロフィン或いはジストロフィンもどき(同じ様に機能する)が合成できる場合もあります。 血中に薬理成分を溶かし込んでそれで不足する機能を補う遣り方は、例えば高血圧を抱える院長が降圧剤を服用して末梢血管の収縮を緩め、血圧の絶対値を下げて各種の臓器障害を予防するなどの場合に相当しますが、筋細胞の細胞骨格なる構造部品をその方法で供給することは困難です。ジストロフィン自体(巨大分子です)を仮に筋細胞中に注入出来たにしてもまともな細胞膜構造は作れないでしょう。細胞核からの指令により、細胞内部からその構造を作らせるしかありません。従って、他の代替え薬で同様の操作を補う、部材を補給する作戦ではなく、遺伝子の操作に関与する薬剤を投与するのがベストです。 薬剤として、例えばジストロフィンが構造的に関与する、筋細胞にカルシウムを通す関所をブロックする仕組みを代用出来れば良いのですが、その様な薬剤、或いは抗体を投与した場合に何か副次的な問題が起きないか検証する必要があります。 院長が服用している降圧剤の商品名ノルバスク錠ですが、カルシウム拮抗薬と言って、カルシウムの濃度を低減することを通じ、心臓の冠動脈や他の動脈壁の筋の収縮を緩めて血圧を下げる働きがあります。まぁ、血管のパイプの直径を拡大して圧を低くする作用機序です。これと同じく、骨格筋の筋細胞に対して特異的に作用する抗カルシウム薬があればそれを服用する事で筋細胞の破壊の進行を抑えることは理論上可能です。但し、正常な筋の収縮機能を低下させるようなことがあれば、運動障害が起きてしまい臨床的な意味がありません。因みに、このカルシウム拮抗薬を過剰服用すると骨格筋の収縮パワーまでもが落ちてしまい、低血圧と相俟って動作にキレがなくなります。以前に院長もこの副作用に襲われたときがありますが、二日酔いの時の様なフラフラ感が伴い、仕事になりませんでした。まぁ、糸が切れた操り人形の様な感じですね。 新薬の開発にはそれを仕上げる迄には100億円程度は必要と聞きますが、絶対的な患者数の少ない筋ジストロフィーに対して製薬会社が乗り気になるのは難しいかも知れません。他の薬品開発への応用が期待できる遺伝子関連の創薬は別として。 DMDの根源的な治療に対して門外漢である院長は耳学問として知見を勉強するのみですが、過去5年程の間に遺伝子レベルでの技法が格段に進み、治療面での曙光が見えてきましたのでそれについて以下触れましょう。 |
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1年半前の話になりますが、2018年8月30日にサイエンスのオンライン版に以下の論文が発表されました。 https://science.sciencemag.org/content/362/6410/86Gene editing restores dystrophin expression in a canine model of Duchenne muscular dystrophyLeonela A. et al. Science 05 Oct 2018: Vol. 362, Issue 6410, pp. 86-91DOI: 10.1126/science.aau1549「遺伝子編集の結果デュシェンヌ型筋ジストロフィーのモデル犬でジストロフィン発現が回復した」(全文無料で読めます。是非ご覧下さい) 小型哺乳類のネズミではなく大型動物である筋ジストロフィー罹患犬にて、シングルカット遺伝子編集技術を利用して骨格筋と心筋内のジストロフェンを発現させることに成功した、とのテキサス大学の研究者からの報告になります。ジストロフィンが正常な状態の100%の発現をしなくとも、ある程度の量(15%以上)の発現に漕ぎ着ければ症状が改善され得るとの評価も行っています。完璧であるとはまだ言い切れませんが、イヌで成功したとなると次はヒトに同じ方法を試しても安全の度合いが高まったことになります。 ネズミは小型で飼育も容易ですので医学実験には多用されますが、絶対的なサイズが小さいので、ジストロフィンが欠如して筋の収縮力が低下してもそこそこに歩けてしまい、症状が明確に反映されない欠点があります。院長のコラムに毎度登場の二乗三乗の法則ですが、カラダの長さが10倍になると体重は10の三乗の1000倍になりますが、筋の断面積は二乗の100倍にしかならず、単純計算では同じ動作をするには筋の断面積当たり10倍の負荷が掛かります。詰まり、ボディサイズが大きいと筋に問題があれば覿面に動作に問題が出てくる訳です。イヌを用いてジストロフィン発現実験を行い、改善を見たとの結果は、その方法の有効性をより確実性の元に確認し得たことを意味し、その点で優れた業績であるのは間違いがありません。厳しい見方をすれば、幾らネズミを使って実験しようとも所詮ネズミでのことしか判らない、と言う訳です。単に遺伝子の乗り物としてのネズミしか見ない研究者達は、一般的な動物学の知識を平然と欠いていたり、他の動物に関する基本的知識も持たないことが多く、この点、獣医師は圧倒的な知識量の差を持ち優位に立ちます。話を戻しますが、筋骨格系に関与することは最後は一定以上のボディサイズの動物を利用する事が必須となると院長は考えます。 ヒトとほぼ同じくジストロフィンを欠損して筋ジストロフィーを発症するイヌのコロニーが確立され、その遺伝、臨床像、病理、分子生物学、免疫化学的な面でヒトのデュシェンヌ型筋ジストロフィーと比較検討を行ったレビューが 1992年に報告されています。以下を参照して下さい。だいぶ以前からイヌがヒトの DMD研究に利用可能であることが理解されている訳ですね。 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/ajmg.1320420320American Journal of Medical GeneticsCanine X‐linked muscular dystrophy as an animal model of Duchenne muscular dystrophy: A review(抄録のみ無料)A. Valentine, et al. First published: 1 February 1992https://doi.org/10.1002/ajmg.1320420320 |
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どの程度のジストロフェンを発現させれば機能回復できるのか、についてですが、王立ロンドン獣医大学の比較生物医学部門 神経筋疾患研究グループに属する Dominic J. Wells さんが、7ヶ月前の昨年2019年の7月に以下報告しています。同じ獣医仲間が頑張ってくれていて院長は正直嬉しく思います。比較生物医学部門 Comparative Biomedical Sciences の comparative なる語が、幅広く動物種を見る獣医ならではの視点を端的に表しています。因みに欧米、特に米国では人間の医者が狭く人間しか診る視点しか持たないのに対し、獣医師は幅広く哺乳動物の事を考え視野が広いとのことから、人間の医者よりは格が遙かに上の立場となっており、大学入学も医科大学入学以上に非常に困難です。本邦も早くその様に評価が高まって呉れればと願っています。 Journal of Muscle Research and Cell MotilityJune 2019, Volume 40, Issue 2, pp 141-150 First Online: 09 July 2019https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10974-019-09535-9What is the level of dystrophin expression required for effective therapy of Duchenne muscular dystrophy?DMDの効果的な治療の為にはどの程度のジストロフィン発現が必要か?(抄録のみ無料で読めます)Dominic J. WellsNeuromuscular Diseases Group, Department of Comparative Biomedical Sciences Royal Veterinary College London UK 過去の研究を調べたところ、等しく骨格筋、心筋共におおよそ20%程度のジストロフィンが分布、発現していれば、病気の進行をほぼ防止するのに十分であることが判った、との報告です。詰まり、遺伝子技術をもってこの程度に相当するジストロフィン(or ジストロフィンもどき)を作らせる事が出来れば筋細胞は壊れないと言うことになります。 以上、DMDの治療に対し、王手が掛かる少し前にまで進んで居る様にも院長は感じますがどうでしょうか? 次回からは分子治療の具体例に入ります。 |
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