イヌと筋ジストロフィーF 分子レベルでの治療W |
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2020年3月1日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 筋ジストロフィーのお話の第7回目です。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://www.colliehealth.org/degenerative-myelopathy/American College of Veterinary Internal Medicinehttps://www.acvim.org/Muscular Dystrophy in Dogshttps://wagwalking.com/condition/muscular-dystrophyhttps://en.wikipedia.org/wiki/Muscular_dystrophyhttps://ja.wikipedia.org/wiki/筋ジストロフィー一般社団法人 日本筋ジストロフィー協会 https://www.jmda.or.jp/https://www.mda.org/disease/duchenne-muscular-dystrophyデュシェンヌ型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy:DMD)https://www.jmda.or.jp/mddictsm/mddictsm2/mddictsm2-1/mddictsm2-1-1/https://ja.wikipedia.org/wiki/ジストロフィンhttps://geneticliteracyproject.org/2018/10/25/promising-treatment-for-duchenne-muscular-dystrophy-developed-with-crispr-gene-editing/https://www.actionduchenne.org/what-is-duchenne/duchenne-explained/glossary-of-research-terms/stop-codon-readthrough/iPS細胞を使った遺伝子修復に成功 −デュシェンヌ型筋ジストロフィーの変異遺伝子を修復−2014年11月27日http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2014/141127_1.htmlhttps://ja.wikipedia.org/wiki/福山型先天性筋ジストロフィーhttps://ja.wikipedia.org/wiki/フクチン神戸大、筋ジストロフィー「福山型」治療に道2011/10/6付 日本経済新聞https://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0502M_V01C11A0CR8000/?at=DGXZZO0195591008122009000000https://science.sciencemag.org/content/362/6410/86国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 遺伝子疾患治療研究部https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_dna2/en/research_dystrophy.htmlGENEReviews Japan拡張型心筋症概説(Dilated Cardiomyopathy Overview)http://grj.umin.jp/grj/dcm-ov.htm筋収縮を調整する分子機構https://www.jst.go.jp/pr/announce/20030703/01.html京都大学循環器内科 カルシウム拮抗薬http://kyoto-u-cardio.jp/shinryo/chiryo/00607/0060706/https://ja.wikipedia.org/wiki/核酸医薬https://ja.wikipedia.org/wiki/脊髄性筋萎縮症2020年1月27日プレスリリースiPS細胞から作製した心筋細胞による臨床研究の開始についてhttp://www.med.osaka-u.ac.jp/archives/12498 |
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前回に引き続き、 @ viral vector mediated delivery of a recombinantdystrophin geneA antisense oligonucleotide mediated exon-skipping torestore the open reading frame in the dystrophin mRNAB read-through of premature stop mutationsC genome modification using CRISPR-Cas9D cell based transfer of a functional dystrophin gene.今回はこの内の、最後のDを扱います。 |
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D cell based transfer of a functional dystrophin gene.細胞レベルでのジストロフィン機能遺伝子の移植 股関節形成不全のコラムにて、軟骨細胞の元になる細胞(体性幹細胞)を関節腔に注入して損傷を受けた軟骨を正常に戻す手法が、ヒトの関節リュウマチの治療に革新をもたらしたと述べました。しかしDMD デュシェンヌ型筋ジストロフィー の患者さんの細胞は遺伝子自体に異常を抱えていますので、それの親玉即ち自身の幹細胞を注入したところで異常な心筋細胞が増殖してしまい意義がありません。この問題に対しては、1つには分裂の大本になる細胞であるまともな iPS 細胞を作出して筋に導入しようとの作戦になります。正常者の他人からの、或いは本人の細胞に遺伝子編集を加え、ジストロフィンの正常遺伝子を持つ iPS 細胞を得(これ自体が大変と思います)、それをまず正常な筋細胞に分化させます。 iPS 細胞については詳しくは院長コラム2019年12月10日 『イヌの股関節形成不全E治療V 幹細胞療法とサプリメント』 をご参照下さい。 iPS 細胞の欠点として上記Cの CRISPR-Cas9 法と同様に癌化を起こす可能性があります。増殖させたiPS 細胞から筋のシートを作出し、それを心筋症の患者さんの心臓に貼り付けて治療するとの大阪大の研究計画の報道をつい最近耳にしましたが、開胸し、更には心膜(心臓の表面を覆う薄い膜)を切開してそこからシートを貼り付けるとの結構な手技になるでしょう。上手く細胞が根付いてくれると良いですね。また、本年2020年2月5日付けの産経新聞 web 版に拠ると、慶応大学でも iPS 細胞を利用して心筋塊を作製し、それを特発性拡張型心筋症の患者さんの心筋内に注射器を利用して複数箇所注入し、心臓を再生するとの実験計画が学内で了承されたとのことです。動物実験で移植後に癌化しないことを確認済みだとのことです。まぁ、心筋シートを心臓表面に貼り付ける阪大の方法 vs. 心筋細胞塊を心臓の筋肉に注入する慶大の方法、ですが果たしてどちらが効果的なのか、院長も経緯を見守りたいと考えています。 更に別の方法ですが、他人の(iPS では無い)幹細胞を心筋に噴霧する方法での実験が開始されたとの報道も聞いています。内視鏡を用い、心膜を軽く引き剥がし、鈍的に剥離して作った心膜と心筋との隙間に幹細胞を噴霧するのかと想像しますが、もしその手法が取り得るならば患者さんに対する外科的侵襲が少なく、只でさえ体力の低下しているDMDの患者さんには都合が良いでしょう。但し、噴霧で細胞が田植えの苗の様に根付くのかちょっと心持ち無い気がしないではありません。こちらは iPS 細胞作出までには至らないその<下流>域での細胞療法ですね。 まぁ、以上3つの遣り方は事実上の細胞レベルでの筋移植になりますが、他人の細胞を使う場合は免疫抑制剤との組み合わせになるのかも知れません。仮にこれらの方法が成功すれば、DMDの患者さんの骨格筋、心筋に対し逐次細胞の導入を行い、分裂、定着を図り、少なくとも一部を正常な筋に入れ替えることが出来ます。心不全を来した心臓に対し実際の心臓移植を行うのではなく、<じわじわと進む>移植(部分移植、浸透性移植?)で済ませられるのであれば身体への負担もだいぶ軽く済みますね。但し、これらの方法は理論としては優れていますが、実際の臨床の場に応用するにあたっては幾らか場当たり的なアプローチとなっている様に見え、まだ治療法としては確立された段階には至っていません。まだ実験段階と言うところです。切ったり貼ったりが大好きな院長としてはこの様な治療法には強い興味を抱いては居ますが、特に iPS 関連の技法について、発癌性のリスクをゼロとし得ていない等の欠点を含め、この先が眩いばかりに明るいと断言するにはまだ躊躇するところが正直あります。 |
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以上、分子、細胞レベルでの治療法について一通り触れて来ました。お気づきかと思いますが、全て臨床的に確立された治療法とはほど遠く、治験(要するに人体実験)で安全性を確認してから実際の治療の場に使ってみよう、との初期段階に留まっています。頭で考えた理論通りには行かず、予測されない問題が出る危険性を払拭出来ていません。治験に於いても、場当たり的なアプローチと感じるものもあります。例えば、iPS 細胞のシートを患部に被せたり、注入する、噴霧する、などですが、ここら辺は遺伝子工学的操作とは一気に離れてしまい、臨床現場での大工仕事の切ったり貼ったりの手技になります。或る意味 「ぶっ掛け試験」 的な様相が見てとれます。遺伝子操作面とシート貼り付けや注射器で注入するなどの面での研究手技的ギャップが烈しいと感じますが、もっと「自然」な導入は出来ないものかと思います。また、iPS 技術に関しては発癌性を完全にクリヤー出来てはおらず、疾病は改善を示したが数年後に発癌して死亡した、となる危険性から抜け出ていません。iPS 細胞利用法は本当に治療法の理論としては正しいと言い切れるのかどうか、そこまでには達していないと院長は考えています。但し、幹細胞から生体内の各細胞に分化する過程で、どの遺伝子が作動しそしてその異常がどの様な疾病を発現させるのか、を追及する、言わば試験管内の調査研究には大変役に立つ技法となります。 進化の長い歴史の過程では、異常を抱えて機能不全に繋がる遺伝子は環境圧の中で自ずと淘汰されて行きます。長い視野で見れば「上手く行って」いますし、その様にして生き物は生息環境に適した完成型に近づくべく進化を果たしてきました。まぁ、より良い設計図としてのゲノム(DNAの総体)の生物種にならんとの進化です。野生動物を見ても然りですが医者はいません。 この視点から鑑みるに、医療行為とは、個の存在を極めて重要視する価値観の中に存在する行為であることが改めて理解出来ます。そして遺伝子治療とはその最奥の核心に迫るものですが、技術の成熟と共に十分な倫理面での議論が必要とされるものであることを最後に強調しておきたいと思います。 |
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