ネズミの話4 形態U |
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2020年3月25日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 ネズミのお話の第4回目、形態について引き続き扱います。前回はだいぶ砕けてしまいましたので今回は形態学らしく硬派な話を送りますね。まぁホネの話がメインですので確かに硬派ではあります・・・。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ラットhttps://sketchfab.com/3d-models/rat-skeleton-ss2yfIMP3sMWoh3BTVosYMlLJG2ラットの3D骨格が見れます。https://apps.apple.com/jp/app/3d-rat-anatomy/id1038258757apple 対応のラット3D解剖図ネズミの歯式http://www.vivo.colostate.edu/hbooks/pathphys/digestion/pregastric/rodentpage.htmlhttps://en.wikipedia.org/wiki/Broad-faced_potoroohttps://ja.wikipedia.org/wiki/ワラビーhttps://en.wikipedia.org/wiki/Wallabyアクロイド殺人事件https://en.wikipedia.org/wiki/The_Murder_of_Roger_Ackroydネタバレしますのでご注意ください。 |
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ラット (正確にはドブネズミ Rattus norvegicus) は実験動物として多用されていますが、その利用に供すべく解剖図譜も多数出版されています。数多くの家畜解剖学、人体解剖学の書物と同じく、骨学、内臓学、神経学、脈管学などの配列で構成されています(各種動物の解剖図譜に関しては後日纏めて扱いたいと思います)。その様な書籍にてラットの交連骨格 (バラバラの骨ではなく生体の様に連結した状態)図を見ると分かりますが、頭蓋骨より後ろ (post cranial skeleton) は哺乳類の基本的な骨格要素をほぼ保っています。我々ヒトや大小類人猿には尻尾が殆ど退化していますがラットには立派な長い尻尾があります。イヌでは痕跡的に遺るだけの、またネコでは退化的な、鎖骨も完全な姿で存在しています。手足の指も5本ずつあります。例えば下腿の骨である脛骨(けいこつ、向こうずねの骨)に腓骨(ひこつ)が融合していることなど幾らかの特殊化は観察されますが、基本的な骨格構成要素並びに形態をそのまま遺していることから、哺乳類としてはあまり特殊化していない構造を維持している動物と言えるでしょう。因みにサル、特に旧世界のオナガザル類も哺乳類としての post cranial skeleton を温存している動物群と言えるでしょう。 これに対し、ラットの頭蓋骨 (とうがいこつ) はだいぶ特殊化を遂げています。文字通りの齧歯類の名の通り、上顎と下顎から2本ずつの切歯(せっし、前歯のこと)が伸び、鑿の様に先が平らに削り取られています。窮鼠猫を噛むと言いますが、院長も実験室の片隅に逃げ込んだマウスを捕まえようと隙間に手を差し込んだところ、指先を噛み付かれてスパッと皮膚が切れ結構出血した経験があります。カミソリで切られたように皮膚が抉れましたがそれぐらい歯の先端が鋭利に研がれています。余談ですがモグラにも咬まれたことがあり、指と指との間の水かき?部分に2箇所針穴のような傷が付きました。これはこれでギャッと思わず声を挙げるほどの鋭い痛みがあります。更にはアライグマにも咬まれ・・・。 |
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上顎の切歯 2本の前面はオレンジ色を呈していますが、これは歯に鋭さを与える色素と考えられています。例外は有るものの齧歯類共通に見られる特徴です。上下合計4本の切歯は爪の様に生涯伸び続けますので、せっせせっせと何かを囓り丁度良い長さに保つ必要があります。切歯の1本が事故等で欠けてしまうと対する切歯がどんどん伸びてしまい、口腔内に丸くカーブして伸びた歯で口が閉じられなくなると同時に採食が不可能となり餓死するに至ります。野生下では切歯が欠ける事は死を意味する訳ですね。ペットのハムスターなどで切歯が欠けた場合は、上下が上手く対する様に生え揃うまで、欠けていない方の切歯を適宜削り取る必要があるのですが、小型ゆえ鎮静剤或いは麻酔量の算定が難しく、或いはそれを繰り返す必要性から獣医師は敬遠する仕事でしょう。齧歯類では鑿の様な歯が武器であり道具ですが、自分の命を奪うこともある訳です。 歯式 dental formula は 1 0 0 3/ 1 0 0 3 = 8 で、上下左右合わせて計 16本です。片側で上顎、下顎共に切歯が 1本、犬歯と前臼歯が ゼロ、後臼歯が 3本です。この式の通り犬歯が存在しません。切歯と臼歯との間の、順番として犬歯が生えているべき場所は大きな空隙となっています。武器ともなる強大な切歯がありますのでこの場所に犬歯が生えていても意味を成さないと言うか寧ろ邪魔になりそうです。切歯のサイズに比べると臼歯はだいぶ小型になります。 |
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前のコラムにて、他人のそら似でネズミに似ている有袋類の ネズミカンガルー Rat Kangaroo を紹介しましたが、歯に関して話をすれば、下顎の切歯はネズミのそれに似て強大で、また犬歯はありませんが、上顎では切歯が片側に 3本あり、また小さいながらも犬歯があります。上下の前臼歯が大型化して独特な形状であるのが大変興味深いところですが、下顎の方だけネズミにちょっと類似すると言っても良いと思います。同じ有袋類の仲間の内では、上下両顎に犬歯がなく空隙となっているワラビーなどの方が歯の構成上は寧ろネズミに近いと言えるかもしれません。尤も、下顎からの強大な切歯はネズミと違って前方に突出しており、それの上面に上顎の3本の切歯が相対しています。顎の動かし方がだいぶ異なる様に見えますが、 biomechanical な観点から筋群の配置を見たら面白ろそうです。ネズミと違って切歯が伸び続けるとの構造には見えません。 ところで、ウサギもモノをガリガリ削っていて前歯が上下2本ずつに見えるが齧歯類の仲間ではないのか、耳が長いだけではないのか、とお考えの方もおられると思いますが、実は違います。肝心な歯式が違っているのですが、ウサギに付いてはネズミとの系統関係も含め後日別コラムシリーズで執筆予定です。 |
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院長は形態学を専門としていますが、只、提示された生き物を観察し文章で記述する(記載と言う)だけでは論点が霞んでしまい掴みどころが無い記述になってしまいます。それを異なる生き物と対比することで、初めて形態の特徴や意義を考察する手掛かりが浮上してきます。まぁ、比べてナンボのもんぢゃい、ですが、ここに比較解剖学 comparative anatonyが始まるとの按配です。ネズミの頭蓋骨の特殊性も似た様な他種と比較解析することで意義が明瞭に理解出来る訳ですね。この比較の概念は全ての学問共通に生かせる基本的な考え方です。この、comparative の基本的学問姿勢、概念を持つ事は、幅広く動物を扱い考える獣医学教育を受けた者の、圧倒的な強みと考えますが、院長も指導教官であったM先生にこれをたびたび強調されました。 話がズレますが、人間が何か問題を抱えていて悩んでいる時、一人で考えているといつの間にか堂々巡りに陥り、精神的にも疲弊してしまうことになりがちですが、他人詰まり異なる人間の考えを聞いて比較することで、自分の考えの問題点が明確に浮上し、問題解決に繋がる事が多いのではと思います。モノの考え方を意識的に他人と比較することが大切な訳ですが、こっちは比較悩み解決法とでも言えそうです。真相を解明せんと煮詰まって仕舞った名探偵ポワロが、ふと耳にした通行人の会話の言葉を元に、一気に灰色の脳細胞が動き出し真犯人を探り当てるなども似たところがあるでしょう。 |
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