ネズミの話D 日本の野生ネズミT |
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2020年4月1日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 本邦に棲息する野生の ネズミ は ネズミ科 と キヌゲネズミ科 から構成されますが、ネズミ科 に属する動物を最初にご紹介します。 家ネズミの ドブネズミでは大型個体では 300g を超える時がありますが、それに比べると野生のネズミは皆小型です。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミhttps://en.wikipedia.org/wiki/Dipodidaeネズミ科https://en.wikipedia.org/wiki/Large_Japanese_field_mousehttps://ja.wikipedia.org/wiki/アカネズミhttps://en.wikipedia.org/wiki/Mast_(botany)#Mast_seedinghttps://en.wikipedia.org/wiki/Small_Japanese_field_mousehttps://ja.wikipedia.org/wiki/ヒメネズミ |
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アカネズミ Large Japanese field mouse Apodemus speciosus アカネズミは日本固有種であり、北海道から九州までの日本全域に生息しています。体の色は口から尾の先端まで背中側が橙褐色、腹側が白のツートンカラーです。体重約 20g〜60g、頭胴長約 8cm〜14cm、尾長約 7cm〜13cmです。日本各地の低地の草原から 2,000mを超す山地の森林までいたるところに棲息していますが、どちらかと言えば開けた二次林 (いわゆる里山)を好みます。これに対し、よく似ていますがサイズが小さい ヒメネズミは、枝の茂った樹冠部を好みます。アカネズミは捕食を避けるべく夜行性で、特に秋から冬場に掛けては主に植物の種子や堅果などを餌とし、ドングリやクルミ食が 13〜100% を占めます。木の実をせっせと集めて土に埋めてくれますので、食べ残した木の実から芽が出て、堅果の森が成長することになりますが、これがこのネズミの生息数の増大、生殖、個体密度などに大きな効果を生み出します。期せずして種子を撒布して植林し、それが自分たちの生存に好適な環境の増大に繋がる訳ですね。ネズミを単なる農作物への害獣と見るだけではなく、自然のサイクルの中での意義を考えることも大切だ、との一例です。元々が農業自体が自然を利用した人間側の一つの産業であり、自然破壊をももたらしますので、野生のネズミに対して実は強いことを主張するのが 「不自然」 と言えるかもしれません。時に昆虫を捕食することもあります。 アカネズミを光量の強い環境下で飼育すると、巣の外に出て外を歩き回る時間、並びに食餌量が低下することが知られています。暗い時には巣外で餌を食べますが、明るいと巣の中に餌を運び込んで食べる様になります。これは明るい場所では捕食され易いのを避ける生得的な (=生まれついての) 行動と考えられています。また光に対する行動反応性を異にする ヒメネズミ とは生態的地位 (ニッチ)を重なら無くする効果があります。ボディサイズの違いがこの様な違いをもたらす理由と考えられています。上にヒメネズミが樹冠 (木のてっぺん)を好むと書きましたが、これはサイズが小さいのでするするとラクに木登りが出来るからでもあります。 ドングリや木の実には多量のタンニン (有毒物質)が含まれていますが、堅果を多食するアカネズミは、特異な生理学的、また行動学な遣り方でこの害を防止しています。タンニンに対して特殊なタンパク質を分泌し、また細菌の助けを得ることで高濃度のタンニンを持つナッツ食に順応しています。またタンニン及び関連有毒タンパク質の低濃度のドングリを率先して好んで食べる習性も観察されます。生理学的な対応は進化的な適応の結果得られたものであると考える以外にありませんが、堅果を巧みに食べたりタンニンの多い堅果を避けたりする能力は、遺伝的に生得的に備わっている行動では無く、学習の結果であり、すぐに効率の良い食べ方などを習得することが出来ます。この様な学習能力は、ネズミ類が異なる環境にすぐさま適応し繁栄する基礎を与えるものでしょう。ネズミは頭が良いから繁栄していると言う事ですね。 院長は子供の頃、ドングリを食べると吃音になるよと年長の子供達や大人から聞かされてきました。生のドングリを剥くと手指が茶褐色に染まりますので相当量のタンニンが含まれている事が分かります。渋柿を食べたときと同じで口が収斂してしまい、確かに発話も困難になりそうです。縄文人はドングリを食べていた筈ですが、アク抜きをして利用していたのでしょうね。さすがに品種改良してタンニンの少ないドングリを育種するまでには至らなかったでしょう。ツキノワグマなどもドングリを食べますがタンニンをどの様に処理しているのかちょっと気になります。10年程前に東大の秩父演習林内を I先生にご案内戴いたことがあったのですが、途中結構な高さの木があり枝が折れていました。I先生によるとツキノワグマが木登りしてドングリの実を食べた痕だ、との事でしたが、ツキノワグマの体重を維持するには相当量の食べ物を摂らないと遣っていけないと思いますが、野生動物もなかなか大変そうです。 |
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ヒメネズミ Small Japanese field mouse Apodemus argenteus アカネズミと同じくアカネズミ属 Apodemusに属するネズミです。頭胴長 65-100mm、尾長 70-110mm、体重 10〜20g とアカネズミの半分以下の体重です。ハツカネズミと大差ないサイズの小型のネズミです。背中側が栗色、腹側が白色の体毛で覆われます。同属のアカネズミに似ていて、特にアカネズミの子供とは区別が難しいのですが、尻尾の長さが相対的にやや長いことなどで区別出来ます。 頭蓋骨形態で分別可能とされますが、サイズが小さく計測上の誤差が大きくなることに加え、同属の動物間での僅かな差異に依拠することになり、形態学を専門とする院長は正確性には疑問を覚ます。違いを見つけるために鵜の目鷹の目でどこが違うのか、2点間の距離が違っているなどを見つけることは、分類して異なる命名を与える為の手技に留まり、異なる形態を元にどうしてその様な違いが進化的に得られたのかを考える学問である形態学とは基本的に別個の考え方になります。第一義的に違いを見つける為の骨計測学ですが、この様な形態を取り巻くく分類学者の姿勢には、形態学をメインとする立場からは正直常に違和感を感じています。 形態学、時に機能形態学では、@ AとBと言う動物が存在し、運動特性が違っていることが判明した(観察)、AこれはC部位の筋骨格系に違いをもたらしている可能性がある(仮説)、B C部位の筋骨格系を機能形態学的に解析したところ Dなる考察が得られた(仮説の検定)、とのシナリオ展開ですが、@ AとBとはCの形態が異なっている、A AとBとは運動特性に違いがある、B解析の結果、その特性の違いが Cの形態の違いに関係することが考察された、でも OKです。要は、形態の持つ意義について考える事が形態「学」であり、違いを単に見つける為の計測ではありません。また、イヌ科の分類・系統のコラムでも触れて来ましたが、形態に基づく系統分類は大まかには正しいのですが、間違いも含まれます。それ単独では無く、遺伝子の比較・解析との組み合わせでより精確な系統関係が判明することを忘れるべきではありません。 世間一般の方は形態学なる学問と分類学とを混同しているところもあるかと思いますが、前者は形態そのものの成立の意義を考究する学問であるのに対し、後者は形態を違いを見つける為の道具とします。厳しいことを言えば、分類学に顔を突っ込んで新種を見つけたなどと喜んでいる様な形態学者は真の形態学者とは言えず、脇に流れた亜流でしょうね。勿論、この考えは分類学の重要性を何ら否定するものではありませんが。 さて、ヒメネズミの生息域はアカネズミと重なりますが、小型のヒメネズミがそのボディサイズゆえに木登りを容易とし、より樹冠部を好む傾向にあり、また光に対する行動特性が異なり、活動時間帯がズレることから、生態的地位ニッチが重ならず、競合を上手く避けていると考えて良いでしょう。いわゆる棲み分けが成立しています。 人間で言えば、マンションの下の階に住む者 vs. 上の階に住む者、昼型人間 vs. 夜型人間のダブルの生活形態を取って居る様なもので、廊下ですれ違う率は小さくなりますね。共通祖先が同一の場でサイズを異にして別の種に種分化した可能性を考えると大変面白いです。これこそ棲み分け学説を煮詰める好適なモデルとなりそうです。興味をお持ちの方は今西進化論をまず紐解いてみて下さい。 |
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