ネズミの話F 日本の野生ネズミV |
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2020年4月10日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 本邦に棲息する野生のネズミの第三弾です。ネズミ科に属する ハツカネズミを紹介します。 本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミhttps://en.wikipedia.org/wiki/Dipodidaeネズミ科https://ja.wikipedia.org/wiki/ハツカネズミhttps://en.wikipedia.org/wiki/House_mouseロバートソン融合https://www.mun.ca/biology/scarr/Robertsonian_fusion_in_Homo.htmlhttps://en.wikipedia.org/wiki/Of_Mice_and_Menhttps://ja.wikipedia.org/wiki/二十日鼠と人間 |
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ハツカネズミ House mouse Mus musculus ハツカネズミは野生動物として生存もしていますが、人間の生活環境の場で棲息する個体数の方が野生のものよりは多いのが実状です。船の移動に伴い本邦にも史前移入種として到来し、草地、畑のみならず家ネズミとして全ての島嶼に棲息しています。院長は数年前に文京区本郷3丁目の東大横の医学機材、理化学機器問屋街を歩いている時に灰色の毛色のハツカネズミを目撃しましたが、こんなところにも居るのかとちょっと驚きました。もっとも、大型のドブネズミが深夜、早朝に渋谷駅のJR ガード下辺りをのそのそ歩いているのを目撃などする率に比べると、実物を目にする機会はそれほどでもありません。野生ネズミ field mouse として扱うべきかは微妙なところがあるのですが、人家を離れても棲息可能な点を踏まえ、この項で扱いますね。当然のことですが、元々は人類とは別個に棲息し、進化を遂げてきた動物です。アジア(おそらく北インド)原産ですが紀元前 13000年には東地中海域に拡散しましたが、他のヨーロッパ地域に広がったのは紀元前 1000年頃です。このタイムラグの理由ですが、ハツカネズミがヒトの一定規模以上の農業定住地を必要とするからと考えられています。これ以降、人間に伴い地球上に広がりました。植民に伴い離島にも拡散しました。例えば、ヒトが入植する以前にはニュージーランド島には哺乳類は2種類のコウモリ以外棲息していませんでしたが、ハツカネズミの侵入に拠り、鳥と食餌が競合し、爬虫類を殺したり、昆虫が影響を受けるなどしています。因みにニュージーランドにはキウイなどの他に飛べないオウムであるフクロウオウムも棲息するなど、地上性哺乳類の侵入していない土地固有の動物相を示し大変興味深いのですが、後日別項で扱う予定です。 スタインペッグの小説 『二十日鼠と人間』 を思い浮かべられた方も少なくはないと推察しますが、このタイトルは 1785年作の詩人ロバート・バーンズの詩 『To a Mouse』 から採られています。「農夫の鋤で巣を破壊されたハツカネズミ」の悲劇をうたった詩ですが、居所を構えても世情に押し流されて流れ者として生きる者らになぞらえて採り入れたのでしょう。 サイズは頭胴長約 75〜100mm、尾長約 50〜100mm、体重約 40〜45g ほどで、毛色は野生状態で灰色、薄茶から黒までと変異に富みます。背中は赤茶色、腹部は白色〜クリーム色を呈します。飼育下の個体では全身が白色、シャンパン色から黒色へと亘ります。 尻尾に毛は少なく、耳や手足と共に放熱機関としても機能します。動静脈吻合の存在で尻尾の皮膚温度を環境温度に合わせてコントロール可能であり、10℃も上昇させる事が出来ます。この動静脈吻合についてはホッキョクギツネのコラムでも触れましたが、確かマグロなどの魚類にも観察されている筈です。いずれも体熱制御装置として機能します。 尻尾の長さは生息環境の影響を受け、寒冷な地域で成長すると短くなります。尻尾は登攀時走行時にバランサーとして利用されますし、両足と尻尾の基部を3点支持をして立ち上がることも出来ますが、これらは他の哺乳類でもしばしば観察され特筆すべき動作でもありません。他のハツカネズミに出会ったときには尻尾で優劣の情報を示します。ニホンザルでもボスザルは尻尾を挙げていますが何か似た様なシグナルを送るのでしょうか? |
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通常の豆粒大の胸腺を胸に持つ他、頸部の気管の横に針頭大の第2の胸腺を持っています。染色体数は 40個ですが、西ヨーロッバには染色体がRobertsonian fusion ロバートソン融合 (2つの異なる染色体の短い方の部分同士が結合する現象)由来の融合を来たし、染色体数の少なくなった数多くの個体が存在します。因みに、チンパンジーなどの大型類人では染色体数は 2n= 48本ありますが、ヒトでは 2番の染色体が大型のものとなっており、ヒトへの進化の過程で大型類人の染色体の 2つがロバートソン融合に拠り1つに融合したものであることが分かります。この結果 2n=46本となりました。融合した部分にチンパンジーの染色体のテロメア (細胞分裂の度に長さが磨り減る、言わば分裂回数に制限を与える部分)に似た部分があることが分かりました。 常に垂直な壁面に接していると安心するとの接触走性 thigmotaxisを持つと考えられていますが、これはモグラが常にトンネルの壁面に触れていると安心するのに似ています。ヤドカリが殻に収まっていないと落ち着かないのも同様でしょう。<手持ちぶさた>なる言葉が有りますが、ヒトに於いて<ご先祖様が枝を握っていたり物に捕まっていた手が空いてしまうと落ち着かなくなる>ことを意味するのではと院長は考えています。まぁこれが理由でご婦人がハンドバックを握っていたり、聖徳太子が杓を握っていたりするのかもしれません。 野生下では通常 1年以下の寿命ですがこれは厳しい生存環境に生き、また高頻度で捕食される為です。飼育下では2,3年は生きます。何らの遺伝的操作、薬剤投与、食餌投与しなかった個体が 4年3ヶ月生きた記録があります。 縄張りを持ち、互いに縄張りを尊重し侵入しません。一匹の優勢な雄が数匹の雌と子供を従えて生活します。 ハツカネズミは捕食者である ドブネズミや クマネズミを怖れますが、森の中などではこれらが共存する場合もあります。一般的には他の動物との競合には弱く、人里を離れては生存できません。衛生害虫などと同じく片利共生ですね。 雌の発情周期は 4〜6日ですが発情自体は 1日未満です。数匹の雌を込みいった環境で飼育するとしばしば全く発情を示さなくなりますが、雄の尿に晒されると 72時間後に発情に入ります。雄は雌が発するフェロモンを感じ取り、雌の匂いを嗅いだり後を付けながら 30kHz〜110kHzの超音波を発して求愛しますが交尾中にはこれは続けられます。交尾後に雌にはプラグが出来ますが、これで丸 1日程度次の交尾が妨げられます。妊娠期間は 19〜21日で 3〜14頭 を出産しますが、6〜8頭 が平均です。雌は年間に 5〜10頭 を出産しますので文字通りのネズミ算式に数が増えます。野生下のものは冬場は生殖しませんが人家の個体は周年繁殖します。仔ネズミは生後 21日で離乳し、6〜8週齢で性成熟します。 ハツカネズミと感染症、特に zoonosis 人畜共通感染症については、のちほど<ネズミと感染症>の項で扱います。また、実験動物としてのハツカネズミに関しては<ネズミと飼育>の項で扱う予定です。 |
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