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2020年4月15日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 本邦に棲息する野生のネズミの内、哺乳動物学的にもちょっと特異なところのあるトゲネズミをを紹介します。トゲネズミもネズミ科の動物です。 以下本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミhttps://en.wikipedia.org/wiki/Dipodidaeネズミ科https://ja.wikipedia.org/wiki/トゲネズミ属https://en.wikipedia.org/wiki/Tokudaiahttps://en.wikipedia.org/wiki/Nilgaihttps://en.wikipedia.org/wiki/Sitatungahttps://en.wikipedia.org/wiki/Lesser_kuduhttps://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10577-011-9268-6The Y chromosome of the Okinawa spiny rat, Tokudaia muenninki, was rescued through fusion with anautosomeChie Murata, Fumio Yamada, Norihiro Kawauchi, YoichiMatsuda & Asato KuroiwaChromosome Research volume 20, pages111-125(2012)(全文無料で読めます)https://ja.wikipedia.org/wiki/花はどこへ行った |
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トゲネズミの名を初めて耳にされる方も多いのではと想像しますが、沖縄の島嶼に封入され長時間が経過し、独自の進化を遂げてきたネズミと考えて間違いは有りません。まぁ、世界から何かとガラパゴス呼ばわりされる本邦の中の、更にお師匠様級のガラパゴスネズミと言っても良さそうです。 トゲネズミ属は、南西諸島の森林に生息する本邦固有種(いずれも天然記念物)であり、全身が先の尖った毛で覆われています。染色体数及び性染色体の構成の違いから以下の3種に分類されています。 オキナワトゲネズミ Tokudaia muenninki 染色体数 2n=44、性染色体 XY型、沖縄本島北部。 アマミトゲネズミ Tokudaia osimensis 染色体数 2n=25、性染色体 XO型、奄美大島。 トクノシマトゲネズミ Tokudaia tokunoshimensis 染色体数 2n=45、性染色体 XO型、徳之島。 哺乳類一般の性染色体は雌個体でXX、雄個体でXYですので、染色体数が奇数であることも含め、アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミは一体どうなっているんだと疑問に思われたのではないでしょうか?ヒトの場合、Y染色体を持たずに生まれるとXOとなりますが、外形は女性形であるもののターナー症候群と呼ばれる状態になります。逆にOYの場合は出生はしません。まぁ、母は強しでX染色体の力がある意味強く、Xが無いと生存出来ず、Y染色体が伴うとやっとこさ男になるとも言えそうです。アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミは雌雄がそれぞれXO型の性染色体セットを持つのですが、雌雄が現に存在し交配して子孫を遺していますので、Y染色体に代わる、雄の性を決定づける「因子」がどこかに必ず存在していなければなりません。 オキナワトゲネズミの方は哺乳類一般型のXY型ですが、X,Y染色体共に異常に巨大化しています。これに関してもなにやらありそうですね。 |
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<Y染色体はどこへ行った?>の問題に関しては、トゲネズミ属の進化を含め、北大の村田氏らが2012年に以下の大変面白い論文を発表しています。 https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10577-011-9268-6The Y chromosome of the Okinawa spiny rat, Tokudaia muenninki, was rescued through fusion with anautosomeChie Murata, Fumio Yamada, Norihiro Kawauchi, YoichiMatsuda & Asato KuroiwaChromosome Research volume 20, pages111-125(2012)(全文無料で読めます) 結論を言えば、オキナワトゲネズミが巨大なX,Y染色体を持つのは、常染色体 (染色体は常染色体と性染色体とのセットから成ります)の一部が性染色体に融合したからであり、アマミ並びにトクノシマトゲネズミは別の進化過程でY染色体を失ったのだろうとの考察です。 アマミ並びにトクノシマトゲネズミがY染色体を失ったのには3通りの過程が考えられます:@Y染色体が常染色体に転座して融合した、AY染色体にリンクしている性決定の遺伝子がX染色体或いは常染色体上の別の遺伝子に取って代わられた、BY染色体の性決定遺伝子を含む部分がX染色体に転座した。これを考察しようとの論文です。 Y染色体全体が雄への性決定に責任を持つ訳では無く、一般的な哺乳類では、Y染色体の中に位置するSRY遺伝子が性決定への責任遺伝子となります。しかし、アマミ並びにトクノシマトゲネズミではSRY遺伝子自体も消失していますので、それに成り代わる性決定遺伝子が常染色体上に存在するのではと検索を進めたところ、CBX2なる遺伝子が常染色体にあり、これがアマミ並びにトクノシマトゲネズミでは雄は雌に比して数倍遺伝子コピーの数が多いことが過去に判明しています。まぁ、上のA+@が答え、即ち、Y染色体がX染色体に融合して姿を失い、常染色体中の別の遺伝子が雄の性を決定づける、と言うことになります。 オキナワトゲネズミはY染色体を保有するものの、SRY遺伝子の性決定タンパク質を発現する作用が弱いことも判明しています。常染色体がY染色体に融合し巨大化しましたが、これを通じて、トゲネズミの共通祖先の段階で作用の弱くなっていたSRY遺伝が数を増やしまだなんとか性決定を担っているが、一方、アマミとトクノシマトゲネズミでは、3種のトゲネズミの共通祖先の段階でCBX2 遺伝子がコピー数を増やしSRYに成り代わり雄の性決定に強く関与していた状態のままに、Y染色体並びにSRY遺伝子も失った (実際にはY染色体の遺伝子の多くはX染色体に転座している)とのストーリー展開です。 トゲネズミ属は性染色体の独立存在性が弱くなり、常染色体や性染色体同士で fusion し易くなる性質に突然変異を来した動物群と言えそうですが、それが各々特殊な遺伝子変異 modification を遂げて現在の3種が成立したとのことでしょう。この様な独立性に関する或る種の脆弱性を抱えていることから、性染色体にまつわるバリエーションがこの先にも起こりそうに見えます。 この論文の中でも触れられていますが、常染色体の一部がX,Y性染色体共に融合する例は哺乳類では稀であり、僅かに、オオモグラネズミ giant mole-rat Fukomys mechowii、アフリカピグミーマウス African pygmy mouse Musminutoides、それと3種のウシ科 ニルガイ Boselaphus tragocamelus、シタツンガTragelaphus spekei、及びレッサークドゥTragelaphus imberbis のみが知られている、とされています。この内の giant mole-rat については次回のコラムにて触れる他の mole-rat とは近縁な仲間です。精査すれば、まだまだ変わった方式の、雄の性決定機構を持つ哺乳類が見付かりそうにも思います。ヤギに数多く見られる間性(雌雄の中間型)の問題と絡めて執筆出来ればと考えています。 |
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