Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               






























































































































































































































v
















































院長のコラム 2020年5月1日 ネズミの話J ドブネズミとは






 

ネズミの話J  ドブネズミとは




2020年5月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 日本の野生ネズミについてお話してきましたが、皆様お待ちかね!の家ネズミと行きましょう。ハツカネズミも家ネズミでもあるのですが、野生ネズミの項で既に触れています。それ以外と言うと・・・。苦手な方はこの先を読まない方がいいかもしれません。


本コラム作成の為の参考サイト:


https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Dipodidae


ドブネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Brown_rat









ドブネズミ

Brown rat  Rattus norvegicus




 和名ではドブネズミとの非道い命名!ですが、英語名は Brown rat 茶色ネズミとだいぶマシな命名です。いわゆるネズミとして世界中で最もよく知られ、また普通に見られるネズミになります。

 ネズミ上科では最大級のものの1つです(中国で食用とされるタケネズミも巨大)が、頭胴長は27.5cmに達し尻尾はそれよりは幾分短い程度です。体重は140〜500g 程度、茶色、或いは灰色の体毛に覆われます。院長が学生時代に実験で利用された残りの個体を引き取って研究室内で飼育していました(自宅に引き取って飼育していた個体もあります)が、その個体は吻先から尻尾の先まで50cm程度に育ちました。畑から掘り出した巨大なサツマイモ並のサイズで、マウス飼育用のアルミ製ケージに押し込むと身動きが取れなくなる程のサイズでした。実験用に供されるドブネズミは日本では通称ラットと呼ばれますが、系統群により成体のサイズには可なりのバリエーションが存在します。30年以上前に渋谷で呑んで朝帰りする際に山手線のガード下に巨大なドブネズミが蠢くのを目撃しました。コロナ禍で人出の途絶えた渋谷ではドブネズミの目撃がまた相次いでいる様ですが、その大きさに驚く方も多いと見えます。渋谷は地名通りの谷底で、地形的にはすり鉢の底に位置し、明治通り沿いに原宿に進む以外は全て上り坂になります。渋谷川が暗渠化されて下を流れています(元々川だったところが遊歩道として舗装され山の手通りと平行に原宿まで伸びています) が、ドブネズミには理想的な住まいになりそうです。

 ヘタに保定しようとすると暴れて噛み付かれますので、尻尾の先端をさっと摘まみ、一瞬で後頭部から背中に掛けての皮膚をがっちり掴むと良いでしょう。尤も、これは研究用に飼育されている微生物学に素性の知れたラットの場合であり、<そこら辺>に棲息しているドブネズミはどんな危険な感染症を持って居るか不明ですので絶対に手出しは出来ません

 中国北部原産と考えられていますが現在は南極大陸を除く全大陸に広がり、ヒトに次いでこの惑星の地上で最も成功した哺乳類と言えるでしょう。稀な例外を除き、ヒトが棲息するあらゆる環境に生存可能です。選択的交配を通じてペット用、動物実験用の各種ラット(正確には品種)が作出されて来ています。

 以下、英語版 Wikipedia https://en.wikipedia.org/wiki/Brown_rat の記述を中心として詳しい解説に入ります。






Norwegian Wood (This Bird Has Flown) 2018/06/17 The  Beatles

https://youtu.be/Y_V6y1ZCg_8


Norwegian Wood をノルウエーの森と誤訳して歌詞内容に神秘性を勝手に見いだし、

ビートルズは偉大などと勘違いする者も多々見られた模様です。


Norwegian Wood はノルウェーの森ではなく、ノルウェから船便で運んできた材木、或いは丸太

timberのことです。歌詞内容的には、引っかけた(引っかけられた)女に誘われて宅呑みし風呂

場で寝たが、朝起きると女は仕事に出掛けて一人残された。それでノルウェーの材木(で出来た

家具、家)に火を付けて遣った、となります。英国にはまともな森が無く、材木は北海を挟んだ対

岸のノルウェイから輸入するしかありませんでした。現今の日本の建て売り木造家屋の材木を

カナダなどからの輸入に頼る(国内の材木を利用するより遙かに安価です)状況と同じです。






学名の由来




 このネズミはノルウェーのネズミを意味する学名 Rattus norvegicus  ラットゥス ノルウェギクス を附けられていますが、ノルウェー原産ではありません。しかし、1769年出版の 『英国自然史の概略』 の著者である John Berkenhout がこの誤った命名を附けた本人です。彼は、1728年のノルウェーからの船舶が英国に悪しき導入を招いたと信じ、この学名を与えたのでした。

 19世紀の初頭から中頃まで、英国のアカデミーはドブネズミはノルウェイ原産ではなく、アイルランド、ジブラルタル由来、或いはウィリアム征服王(に拠るノルマン・コンクエスト)に伴い英国海峡を渡りもたらされたのだろうと誤って仮説を唱えていました。しかしながら、早、1850年にはドブネズミの原産に関する新たな仮説が広まりつつありました。チャールズディケンズが自身発刊の週刊誌にほぼ丸一年に亘り、以下、したためています:「今や最も良く知られたネズミであるドブネズミの原産国に関しては謎が存在する。書物その他でノルウェーラットと頻繁に呼ばれるがノルウェーからの材木船に乗り英国に移入されたと言われている。だがこの仮説に反することだが、我が国でドブネズミが普通に見られる様になった時、ノルウェーにはレミング以外に小さなネズミは居たものの、ドブネズミは知られていなかったのである。」

 何故ノルウェーから材木を輸入していたか、ですが、ブリテン島にはまともな森がなく、家具や住宅建材の材木を対岸のノルウェーから手っ取り早く買い付けるしかなかったからです。余談ですが、ビートルズの Norwegian Wood とはそのままノルウェーの材木(からこしらえた家具、家そのもの)の意味であり、ノルウェーの森、a forest in Norway の意味はありません。材木が不足していますので古びた家具を再生して長く使い続けるなどの伝統も見られますが、日本では森林資源が豊富でしたので家具も家屋も朽ちるとあっさり廃棄、更新する文化であり、大きく異なっています。但し、劣化した木材そのものは惜しみなく廃棄はするものの、設計図、木工芸の技能は大切に守る文化はあります。まぁ、ドブネズミが何故ノルウェーのネズミと呼ばれるかの経緯を知っていればこの誤訳も避けられたかもしれませんね。学術の世界に限らず言葉一つ一つの背景を煮詰めることが肝要で、勝手なイメージを膨らませて一人で喜んでいては笑止です。

 さて、19世紀の終わりに向かい、英国アカデミーも Brown rat なる別称を好んで使うようになり始めました。例えば、アメリカ人の学者である Alfred Henry Miles は1895年の自然史(=博物学)の中で、「ブラウンラットは英国では普通に見られる種であり、世界あまねく最も良く知られた種である。過去200年以内にペルシャから英国に旅をし、そこから英国船舶が訪ねた国々に広まったと言われている。」と書いています。

 このネズミの起源を取り巻く当時の仮説は近代のものとはまだ全く同じでは無かったものの、ドブネズミはノルウェー起源ではない、いや寧ろ中央アジアと(おそらく)中国から遣って来たのだと博物学者の間では信じられていました。







国立国会図書館デジタルコレクション 和漢三才図会巻第三十九鼠類  1712年

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2569723 (ここからの図を院長がトリミングしたもの)


18頁に亘り各種のネズミの解説が記述されますが、イタチもネズミに分類されます。

尤も、イタチの漢字である鼬は鼠偏ですね。第一頁のネズミは明らかに家ネズミの

記述ですが、ドブネズミとクマネズミを混同した可能性はあります。五臓が全て備わり、

肝臓は七葉に分離する云々との記述は、医者である寺島良安が自身で実際に観察し

た記述かもしれません。胆嚢は小葉間にあって大きさは黄豆(=大豆)大で白色で貼

り付いて垂れないとありますが、確かドブネズミでは胆嚢が独立的に存在しなかった

筈であり、袋として垂下していないと言う点ではその通りの記述です。これをもってドブ

ネズミの記述であると考えて宜しいと院長は考えます。因みに和漢三才図会は

150万円ほどで東京神田の古書肆にて全巻が入手出来ます。


どなたか暇な方にお願いしたいのですが、自然史部分を翻訳し、豪華本に仕立てて

刊行して呉れませんか? と言っても殆ど売れないかも。