ネズミの話17 ドブネズミと飼育 |
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2020年6月1日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 家ネズミの筆頭格?であるドブネズミのお話の第7回目です。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミhttps://en.wikipedia.org/wiki/Dipodidaeドブネズミhttps://en.wikipedia.org/wiki/Brown_rathttps://en.wikipedia.org/wiki/Rat-baiting |
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飼育されるラット−ペットのラット ちょっと前までは一般の家庭でラットをペットとして飼育することは稀だったでしょう。ネズミ=悪さをする不潔な害獣とのイメージそのものだったからです。だいぶ昔の話になりますが、院長が3,4歳の時に都下北多摩郡保谷町(現保谷市)の武蔵野市との境に近いところに一時的に住んでいたのですが、近所の若奥さんがネズミが罠に入ったと言うので金網製の捕獲罠(現在でも全く同じ物が売られていますが、かまぼこ形で真上に落とし穴が開いているタイプです)を持って武蔵野市との境を流れる仙川に沈めるところに他の子供達と共にぞろぞろ着いていきました。そのすぐ先は電電公社の施設が有り、従軍して負傷したのか足を引きずって歩いて毎朝通う壮年男性の姿が脳裏に蘇ります。若奥さんが稲わら製の縄をネズミが入った罠に取り付け、それを川に沈めてそろそろいいかと引き揚げると腹を上に向けて固まって絶命している灰褐色のネズミが目に入りました。子供でしたので生き死にが理解出来ずにふぅ〜んと眺めただけでしたが今でも鮮明にその一連のシーンを思い浮かべることが出来ます。その様なことを経験しているとペットとしてネズミを飼うには矢張り抵抗を感じるでしょうね。因みに google maps でその付近を探索してみましたが全く光景が変わり今浦島状態でした。当時は舗装もされていない凸凹の道路を時たまオート三輪のトラックが走り、降雨の後の水たまりに車から漏れたオイルの七色の輪が広がり(何と綺麗なんだろうと思いました)、ムラサキトビムシがぴょんぴょん撥ねている塩梅です。武蔵野台地の片田舎ですので家にはまだ水道が通らず井戸を汲み上げていました。土間の竈でメシを炊き、煮炊きの補助は石油コンロを利用していました。父親が新しモノ好きだったのかモノクロTVを買い込んでいて真空管ラジオと娯楽は二分していました。左隣に桜井さんと言う農家の大きな庭が有り院長は毎日生け垣の隙間から侵入して草木や昆虫を観察していましたし、近場の雑木林に繰り出したりで、自分の生物学を目指す基盤、原風景となったとつつくづく感じます。 その16,7年のちに、院長は大学で実験利用した余りのラットの内、性格の良さそうに見えるものを自宅に持ち帰って飼育し始めたのですが、矢張り、そんなものは家で飼う動物ではないと家人に反対されました。白いネズミは大黒様の遣いであり昔から縁起が良いと言われている(和漢三才図会にこの旨の記述が有ります)などとの理由を付けて押し通してしまいましたが、非常になついて来、また顔もなかなか可愛い?と分かったのか家族にも受け入れられました。3年程生きましたが、亡骸を自宅濡れ縁の下に埋葬し(今もそのままです)、どうかこの家を守ってくれと密かに願ったのが効いたのか、院長の父母は共に90歳以上まで生き、母親の方はまだ健在です。このラットのことを思い出すとなんとも切なくなりますね。まぁ、身近な動物と人間との関係は楽しい話もあれば辛い話もあるとのことです。 珍獣を飼育するのではなく、人間の身近に居る動物を飼育するのが容易なのは当然で、大方の家畜の起源はこれに由来するでしょう。只、齧歯類の場合は金属製の籠が入手出来ない時代には飼育は容易ではなかったでしょう。竹ヒゴで拵えた鳥かごの様なものでは瞬時に脱走されてしまいます。大きめの陶器製の甕(かめ)にでも入れて木の蓋でも被せて飼育するぐらいでしょうか。 現在、ラットをペットとして飼育するのは世界的にあまり珍しくも無い事ですが、特に英語圏のオーストラリア、英国、米国では、イヌのケンネルクラブなどと同様に、ファンシーラット協会が設立されており、飼育標準を確立したり、イベントを企画したり、ラットの責任有る飼育を推進したりと活動しています。毛の色や模様のパターン、毛の有無、ミニチュアや無尾と言ったサイズや格好の違いなど、様々なものが育成されています。youtube の投稿動画でも飼育の工夫に関するものが投稿されていますが、良く工夫しているなぁと感心させられるものがあります。院長は自宅で飼育していたラットを籠から出して遊んでいる内に押し入れの中に入られてしまい、捕まえるのに一苦労した経験が有りますが、どうも三次元にモノがごちゃごちゃ積んである空間を冒険するのが大好きと見えました。ジャンプ力も強く50cm程度上の物体によじ登れますので、飼育ケージも或る程度のマスがあった方が良さそうです。普段はハムスターケージに入れておき、時々折り畳みメッシュ式の大きな空間に放ち遊ばせる遣り方も採れそうです。但し目を離した隙に穴を開けられぬよう。 注意すべきは、勝手に家に住み着いている家ネズミとの接触を警戒することです。感染症、寄生虫を受ける事の無きよう人間の完全な飼育下に置き、周辺環境もクリーン化すべきです。北米でペットとして飼育されるラット(=ファンシーラット)が、ヒトに重篤な肺炎を起こすハンタウイルスに感染している例があることが判明し、注意が呼び掛けられてもいます(後日、ネズミと病気のコラムにて採り上げます)。寄生虫のエキノコックスの被害の出ている北海道ではラットをペットとして飼育することは避けた方が良いかもしれません。尤も、エキノコックスの life cycle 生活環の中にキタキツネと共に位置するエゾヤチネズミは、人家には寄って来ませんのでこれは心配し過ぎかもしれませんが。 |
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飼育されるラット−働くラット 何か特殊な任務の為にラットを調教して利用する場合があります。大半は実験用のラットの転用ですが、アフリカに棲息する巨大なネズミ、ガンビアホホブクロネズミ Gambian pouched rat (Cricetomys gambianus) が良く利用されます(頬袋はハムスターやリスなどでも良く発達していますが実はニホンザルにもあります)。一定のサイズがあり、人間には使い易いからと言うこともあるでしょう。嗅覚の鋭さと小回りの利くサイズと低体重を利用して地雷発見用途に利用される例もありますし、検体を嗅がせ結核感染の有無を判別する用途にも実際利用されています。ラットは嗅覚に優れるのは確かと見え、これは裏を返せば視力が弱いからでもあります。捕食者を避けるべく日中では無く夜間に、或いは日の差さない地下空間で活動するのであれば視力は余り意味を持たないとも言えます。吻先を上方に突き出して匂いを嗅ぐ動作を頻繁に行いますが、匂いで彼らなりの空間情報を得ているのでしょう。同様のしぐさはモグラでも良く観察されますが、こちらも矢張り視覚は弱く、芥子粒大の眼球しか持たず、明暗を感じる程度と言われています。 |
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飼育されるラット−実験用ラット 現在は違法となっている rat baiting (ラット ベイティング、主にテリア犬を利用し、ラットを一定時間の内に如何に多く噛み付いて殺すかを賭けた興業)にて、殺されることなく助け出されたアルビノラットを選別育種したものが、今日の実験用アルビノラットの元になりました。ラットを街中から捕獲する専門業者も現れるなどしたのですが、19世紀の最盛期にはロンドンにこの様な興業場所が70箇所もあったとのことです。5秒に1頭殺せば優秀犬とされた様です。昔はこの種の残酷なショーが平然と行われていましたが、院長が学生時代に沖縄に旅行した際にも、マングースにハブを殺させるショーはどこにでもありました。害悪をもたらす生き物だから見世物として殺しても良いとの考えですが、rat- bait にも通底する考え方でしょう。人間とは勝手なもので、現在はマングースが捕獲され処分される側です。秋田犬のコラムにて触れましたが、闘犬として利用もしていた秋田犬に、明治期に入り獰猛性と体格を増すために洋犬を混血させてしまい、後にその血の影響を抜くのに苦労した経緯があります。この様な、動物対動物、また動物対人間を戦わせる類いの興業、娯楽についてはその歴史を含め別項で纏めたいと考えて居ます。 さて、ハツカネズミと同じく、ラットは医学、心理学や他の生物学的実験の材料として頻繁に利用されていますし、重要なモデル動物(特定の疾患などを発現し、その疾患を研究するためのモデルとして利用出来る動物)の1つでもあります。これは、成長が早くすぐに性成熟に達し、飼育下での維持繁殖が容易だからです。現代の生物学者がラットと言及する時はほとんど常にドブネズミ Rattus norvegicus を意味します。実験に利用する為には、遺伝子のばらつきが存在するとデータの解釈が難しくなりますので、兄妹(けいまい)交配を繰り返し、遺伝子を均一に煮詰めていきます。この様にして様々な実験用の系統が作出され利用されるに至っています。研究者の国が異なっていても同じ或いは近い系統のラットを用いて結果を出せば、それは実験の結果がダイレクトに反映されたものと解釈し比較が出来ることになります。この様な実験用のラットやマウスその他を繁殖して販売する企業は国内にも幾つかあります。 |
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次回からは、ラットを中心に据え、齧歯類の感染症の中でもヒトとの関係に於いて重要なものを採り上げて解説していきます。まぁ、公衆衛生分野の話題がメインとなります。 |
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