Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               













































































































































































































院長のコラム 2020年6月10日 

ネズミの話19ネズミと病気 ハンタウイルス感染症U






ネズミの話19  ネズミと病気 ハンタウイルス感染症U




2020年6月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ハンタウイルス感染症の概論の第2回目です。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


https://ja.wikipedia.org/wiki/ネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Dipodidae


ドブネズミ

https://en.wikipedia.org/wiki/Brown_rat


Rodent-borne diseases and their risks for public health

Bastiaan G Meerburg, Grant R Singleton & Aize Kijlstra

Pages 221-270 | Received 28 Nov 2008, Accepted 22 Apr2009, Published online: 23 Jun 2009

Download citation https://doi.org/10.1080/10408410902989837

https://www.researchgate.net/publication/26313283_Rodent-borne_diseases_and_their_risks_for_public_health

全文無料で読めます


https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンタウイルス


ハンタウイルス肺症候群

https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンタウイルス肺症候群


Mayo Clinic

Hantavirus pulmonary syndrome

https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/hantavirus-pulmonary-syndrome/symptoms-causes/syc-20351838

https://en.wikipedia.org/wiki/Hantavirus_pulmonary_syndrome









セスジネズミ Apodemus agrarius

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e8/Mysz_polna2.jpg

w:pl:Wikipedysta:Gower / CC BY-SA (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.5)


本邦には魚釣島のみに分布しますが、中国、朝鮮、ヨーロッパに至るまで広く分布します。

アカネズミに近縁な種です。重症型の腎炎を起こす、ハンタウイルスの内の Hantaan 型と

Dobrava 型 の自然宿主となります。





ハンタウイルス感染症 有川二郎 ウイルス vol46,119-129, 1996 から転載



上から、軽症型腎炎を起こす Puulama 型 (主にヨーロッパで流行)及びそれに近縁な型はヤチ

ネズミを自然宿主とします。肺炎型の Prospect Hill 型は新世界のハタネズミを、SinNombre型

は新世界のアメリカネズミ亜科を自然宿主とします(新世界のものは共に劇症型肺炎)。腎炎型

のSeol 型(ややマイルド)はドブネズミを、Hantaan と Dobrava 型(劇症型)はセスジネズミを

自然宿主とします。


ハンタウイルスの分子系統樹がネズミの分子系統樹に重なることになります。各ハンタウイルス

の型は、この様にヒトに対する病原性の有無、強弱に違いを持ちますが、自然宿主であるネズミ

には病原性を示しません。


お気づきかと思いますが、古い系統のハンタウイルス(下の方)ほどヒトに対する病原性が高く、

新たに分化した型はマイルドになる傾向があります。このことの生物学的意味は面白そうです。






 ハンタウイルス全般に関する内容は、四半世紀前のものとなりますが、北大の有川氏に拠る以下の総説に分かり易く説明されています。


ハンタウイルス感染症 有川二郎 ウイルス vol46,119-129, 1996

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsv1958/46/2/46_2_119/_pdf/-char/ja

(全文無料で読めます)


 ハンタウイルスは現在おおまかに6つの血清型 (遺伝子の違いに拠り血清反応が異なる; 亜種、品種の様なもの)に分類されていますが、それぞれが自然状態で感染する(=自然宿主の)ネズミの種類が明確に分かれています。Puumala 型 (軽症腎炎型)はヨーロッパのヤチネズミ属 Cleth-rionomys のネズミを、Sin Nombre型 (劇症肺炎型)は新世界のアメリカネズミ亜科 Sigmodontinae 、Prospect Hill 型 (劇症肺炎型)はこれも新世界のハタネズミ属 Microtus を、Seoul 型 (ややマイルドな腎炎型)はドブネズミ属 Rattus を、Hantaan 型と Dobrava 型(劇症腎炎型)はセスジネズミ属  Apodemus を、おのおの自然宿主とします。これらウイルスの血清型の遺伝子系統樹と自然宿主とするネズミの遺伝子系統樹とが一致するところから、もともとこれらネズミの共通祖先に感染していたウイルスが、ネズミが進化して枝分かれする際に共に進化して枝分かれしていったことを示す(共進化と言う)例として知られています。もし系統関係に疑問が残る動物がある場合、感染しているウイルスから進化系統がより明確になる場合もあり得ますね。傍証になる訳です。ドブネズミに感染する Seoul 型は世界の各地で捕獲される個体間で差が小さく、これはドブネズミが世界に拡散してからそれほど長い時代を経ていないことを裏打ちする、との興味深い考えも提出されています。まぁ、どこの国のドブネズミも似た様なもんだ、との塩梅ですね。

 因みに、これらネズミにはハンタウイルスは病原性を示さず、不顕性感染の形となり、一年程度で感染個体からは自然に抜け落ちてしまいます。ウイルスが感染して病原性を発揮すると言うことは、ウイルスが体内の特定の細胞の表面にある受容体に結び付き細胞内に侵入し、この細胞内で増殖しこの細胞を数多く破壊する一連の過程の出来事になります。病原性を示さないとは、感染が成立してもそれ以上殆ど細胞を壊すこと無く、<大人しくしている>関係が生じたことを意味します。ウイルス側が突然変異して宿主側に反応しなくなったか、宿主側がウイルスの取り付けない細胞に進化したのか、宿主側がそのウイルスに対する免疫能を進化させたのか、或いはこれらの組み合わせの場合が考えられます。これが、この様なウイルスと宿主側との<馴れ合い関係>の成立していない別の種に感染すると、烈しい感染爆発を起こすに至る場合があり得ます。今回のコロナウイルス感染症に関しては、由来についてあれこれ説が提出されていますが、もし野生動物由来の新興感染症  emerging diseases であれば、これと似た様な観点から感染拡大並びに病原性についての説明が出来ると院長は考えて居ます。まぁ、獣医学の素養の有る者であれば皆同様の事は考え付くだろうと想像はしますが。森の中の野生動物の間で人知れず温存されていたウイルスが、ヒトが森に踏み込んで感染動物の肉を食べる、咬傷を受けるなどしてヒトの世界にウイルスが導入されるとの図式です。

 興味深いことに、新しい方のハンタウイルス、例えば Puumala 型などのものほど、ヒトに対する病原性が低下していることです。ネズミには元々不顕性感染の状態が成立し、ヒトに対して強毒、弱毒の違いは存在しますが、ネズミの個体数には進化的圧力(=進化圧)とはなっていません。ネズミとの共存が長くなり、ウイルスが進化すると、他種にとっても病原性が低下するとの面白い現象が起きていることになります。まぁ、ネズミもヒトも同じ哺乳動物であり共通の生物学的機構で生きていますので、ネズミの身体に<馴染んだ>ウイルスは基本的にヒトにも優しくなっている、と大まかには考えても良さそうには思えますが。

 動物細胞内にはミトコンドリアと言う酸素呼吸を効率よく進めるための細胞内小器官が存在しますが、これは元々は別の微生物だったものが動物の細胞内に侵入し共生を開始したものだとの説(二量体説)がよく知られています(院長コラム 2019年5月15日 『イヌ科の系統分類A 遺伝分析』にてチラと触れています)が、ウイルスが動物細胞内に取り込まれ、動物の進化自体にも直接関与しているとの報告は幾つか提出されています。大変面白い進化学説ですが、これについては、ウイルスとの<馴れ合い関係>を含め後日纏められればと考えています。ひょっとすると、ヒトがヒトとして進化し得たのもウイルスのお蔭かも知れず・・・。

 それでは次回からは、ハンタウイルス関連感染症  (hantavirus-associated infectious diseases これは院長の命名) を、腎炎と肺炎の2つに分け、順に解説を進めます。