ネズミの話25 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症[ |
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2020年7月10日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第8回目です。ハンタウイルス感染症の内の肺症候群 HPS について扱います。 以下の記事を主に参考に感染機序、症状、予防についての説明を行います。 Mayo Clinic Hantavirus pulmonary syndromehttps://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/hantavirus-pulmonary-syndrome/symptoms-causes/syc-20351838 前回までに扱った下記記事と重複するところもありますが、平易なおさらいと考えて下さい。 https://www.cdc.gov/hantavirus/outbreaks/history.html以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンタウイルスハンタウイルス肺症候群https://ja.wikipedia.org/wiki/ハンタウイルス肺症候群https://en.wikipedia.org/wiki/Hantavirus_pulmonary_syndrome厚生労働省研究班 バイオテロ対応ホームページhttps://h-crisis.niph.go.jp/bt/other/28detail/Mayo ClinicHantavirus pulmonary syndromehttps://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/hantavirus-pulmonary-syndrome/symptoms-causes/syc-20351838CDChttps://ja.wikipedia.org/wiki/アメリカ疾病予防管理センターECMO についての詳しい解説がなされていて大変参考になります。https://www.middleeastmedicalportal.com/an-introduction-to-understanding-extracorporeal-membrane-oxygenation-ecmo-in-adults/ECMO の小型化に成功 国立循環器病研究センターhttp://www.ncvc.go.jp/pr/release/181225_press.htmlhttps://ja.wikipedia.org/wiki/体外式膜型人工肺https://en.wikipedia.org/wiki/Extracorporeal_membrane_oxygenation1st Arizona patient survives COVID-19 with rare bloodtreatmenthttps://www.azcentral.com/story/news/local/arizona-health/2020/04/14/phoenix-man-first-arizonan-survive-covid-19-due-ecmo-treatment/2991613001/まだまだ米国でのECMO 利用例は少ない模様ですね。仮に利用出来たとしても莫大な医療費を請求されるでしょう。 |
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HPSの感染機序ハンタウイルスの幾つかの型が肺炎症候群を惹き起こしますが、ハンタウイスの各型はそれぞれ好みとする齧歯類のキャリアーを抱えています。シカネズミ deer mouse は北米で見られる肺症候群の殆どのケースに於いて、その責任ウイルスを運ぶ第1のキャリア−です。他のハンタウイルスキャリアーとしては現在、 シロアシハツカネズミ white-tailed mouse, コットンラット cotton rat, コメネズミ rice rat が知られています。ヒトに対しては、ウイルスに感染した齧歯類の糞尿や唾液からのエーロゾルを通じて第一義的に感染成立します。詰まりは呼吸を通じて肺に容易に吸入されます。例えば屋根裏でマウスの糞を箒で掃除する際、ハンタウイルスを含む糞便の細かな粒子が空気中に舞い上げられ、すぐに肺に吸い込まれる訳です。呼吸で吸い込まれたハンタウイルスは肺の毛細血管壁中に侵入し、その結果血管の透過性が増し肺は液体で水浸しになります。これがハンタウイルス肺症候群に関連するあらゆる呼吸器障害を発現させる事になります。北米型のハンタウイルス肺症候群に感染した者は他の者には感染源となりません。しかし乍ら、南米での感染例ではヒトからヒトへと感染する証拠が示されており、異なる地域では変異した型が存在する訳です。HPSは春から夏の数ヶ月に掛けて米国西部の郊外地域で発生するのが最も普通ですが、南米やカナダでも発生します。他のハンタウイルスはアジアでも起こりますがこちらは肺の問題ではなく腎障害を起こします。*感染成立の機序はユーラシア大陸のハンタウイルス腎症候性出血熱の場合と全く同様です。ウイルスが特に腎臓の尿細管に親和性を持つのか、肺の肺胞及びそれを取り巻く毛細血管に親和性を持つのかの違いになります。 |
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HPSの症状初期には感冒様症状で始まりますが急激に呼吸器障害へと進展し命に関わる危険性があります。治療法は対象療法のみに限られていますので最善の防御法はまず齧歯類とそれらの棲息場所を排除することになります。ハンタウイルス肺症候群は2つの明確な段階で進行します。最初のステージでは、発熱と悪寒、頭痛と筋肉痛、吐き気、下痢或いは腹痛と言った感冒様症状を示し、初期にはインフルエンザ、肺炎、他のウイルス感染症と区別するのは難しいのです。4乃至10日後に、より重篤な症状が始まります。それらは、典型像としては湿性の咳、頻拍呼吸、肺内の水分貯留(肺水腫)、低血圧、循環不全を示します。ハンタウイルスの型に拠りますが、北米の様々な型のHPSの致死率は 30%を超え得ます。ハンタウイルス肺症候群の徴候並びに症状は突然に悪化し得、急速に生命に拘わる状態に陥る場合があります。もし周囲に齧歯類が棲息する、排泄物がある、そして発熱、悪寒、筋肉痛、呼吸困難を覚えるなら直ちに医師の診断を受けるべきです。*肺炎球菌などに拠る細菌性の肺炎の場合は抗生剤で基本的に治療可能ですが、ウイルス感染症に対しては一般的に直接ウイルスを殺す療法は極く限定され、HPSの場合も肺炎等に対する対象療法(=姑息的療法)しか現状では取り得ません。コロナウイルス新型肺炎の治療とほぼ同じ対応になるでしょう。身体が酸素不足になりますので、酸素濃度の高い空気を口経由で肺に送り込むか、血液を体外に流し、そこで酸素を混ぜて戻す(Extracorporeal Membrane Oxygenation 体外式膜型人工肺 (ECMO) 利用)程度のことしか取り得ず、あとは患者の免疫力がウイルスを制圧・排除することに賭けるしか有りません。少し前迄はこの様な呼吸管理機材や酸素添加の体外装置も存在せず、他の種類を含め肺炎で皆バタバタと死んで行った話になります。因みに、2020年現在、本邦では 1400基以上の ECMO が有りますが、米国では 2019年時点で 270基程度しか備わっていません。利用出来るのはごく僅かの患者のみとなりますね。HPSの方が致死率が高いのですが、こちらはコロナとは異なり、まだしも幸いなことに、一部を除き、ヒト−ヒトの伝染を起こしません。安全性の担保されたワクチンが製造されれば救いですがまだその話を耳にしません。 |
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HPSの予防齧歯類が棲息する場所に住んだり働いたり或いは遊ぶ者にとってはHPSを発症する機会はより大きくなります。以下は危険性を増す活動です:長期間使用されていない建物や物置を開いたり掃除したり特に屋根裏や人の余り行き来しない場所の掃除をしたり齧歯類が行き来する家や作業場を抱えていたり建設、設備工事、病害虫駆除と言った齧歯類に晒される様な仕事に従事したりキャンプ、ハイキング、狩猟をしたりすることです。住居と仕事場から齧歯類を遠ざけておくことがハンタウイルス感染のリスクを低減させ得ます。接近を遮断すぺく以下を試して下さい:・マウスは僅か直径6mmの小さな穴を抜ける事が出来るので金網、金属板、コンクリートで穴を塞ぐ。・食事場所は開放せず、皿は迅速に洗い、カウンターと床は掃除する。ペットのものも含め食物は齧歯類がアクセス出来ない容器に保存する。ゴミ箱はきっちり締まる蓋をする。・ネズミの住処となる素材を除去する。建物の基礎部分からガラクタ等を片付ける。・バネ仕掛けの罠を壁の下に沿って配置する。毒餌の罠を利用する時はヒトにもペットにも有害ゆえ注意する。齧歯類の死体が見付かった場所、齧歯類が居た場所をアルコール、家庭用除菌剤や漂白剤で十分に濡らします。これはウイルスを殺し感染した塵埃が空気中に舞い上がるのを防止する助けになります。この後、湿ったタオルで汚染物を取り上げます。更に消毒剤でモップ掛けしたりスポンジで擦ります。掃除すべき建物に齧歯類の蔓延が烈しい時には、掃除担当の者が呼吸装置を装着するなどの特別な予防策を採るべきです。*<前近代的な>木造家屋は避け、密封性の高い住居を建てるべきですが、北米での竜巻やハリケーン後に倒壊した住宅を報道画像にて見ると、郊外では重厚な建築物は見られない様に感じます。開拓農家であればそこそこの木造家屋を建てて妥協すると想像しますが、これでは幾らでもネズミ類の侵入を許してしまいそうです。この様な場所で特に古びた納屋の掃除などをするのが一番の危険因子となります。清掃、解体などは行わず、消防署と連携を取り、思い切って焼却処分する手も考慮に入れるべきでしょう。何しろ発症すると3人に1人は重篤な肺炎で死亡する感染症ですので。*戦前の子供向けの保健衛生の本を見たことがありますが、町ぐるみで清掃したり布団を日照に当てたり、古畳を集めて燃やしたりと、伝染病に対する町内ぐるみでの警戒と対応の挿絵に強い印象を抱きました。抗生剤も開発されていない時代ゆえ、冷や奴を食べて同級生の女の子が疫痢で亡くなったなどは日常茶飯のことだったと院長の母親(海軍基地の横須賀で育つ)の言ですが、抗生剤の手に入る現代も感染症に対して甘い対応を取るべきではありません。*北米に旅行或いはホームステイ等で滞在される方は、事前に HPSに纏わる最新の危険情報を探ることをお勧めします。 |
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ネズミは身体が小さく容易に人家にも侵入してしまいますが、当然、トイレの場所としても利用することになり、侵入を許せば糞便等で必ず汚染されていることになります。古い民家の屋根裏や床下などはほぼ汚染されていると考えた方が良く、公衆衛生学的観点からは、一般の民家は時々更新するのが最善でしょう。古民家を再利用する場合は徹底的な清掃と消毒を行うべきですが、専門家であっても入り組んだ屋根裏に上っての作業がどれ程行えるのか疑問が残ります。文化財に指定されるレベルの建物は別として、矢張り住居は基本的に新しく、近代的な設計のものの方が良さそうです。木材で軽量な家を建て:(実はテントの延長とも言えそうです)、古びたら潰して建て替えるのも日本の知恵であり、これに関しては<勿体ない>の精神は脇に置き、<仕方無い>と考える方が良さそうです。 ヒトに対して致命的な感染症をもたらすネズミに関しては、容赦なく駆除対象とし、誰も殺処分には疑義を感じません。一方、ファンシーラットやハムスターを可愛がる者も大勢居ます。同じ地球上の命であるから大切にしたいと理念的な綺麗事は言っていても、現実的にはヒトは命に対して絶対性な視点を持たず、相対的な、正確に言えば、その時々の価値の上下で命を扱っていることが良く判ります。まぁ、根本は自己(人間)にとって価値の有る命と価値の無い命の単純な区別ですが、人間対人間の戦争行為然りで、同じヒトであっても敵対すれば容赦なく殺します。詰まるところは動物であるヒトの生態としての自己保存の本能、情動の発露なのではと思いますが、そこに頭で考えた、自分の側の正義の理由付けをする訳です。生き抜く上で正しくもあり、浅ましくもありますが、生物学視点に立つ人間性の洞察です。皆さん、どうお考えでしょうか?ヒトと動物との関係に関する哲学的考察を深めて戴ければと思います。 ハンタウイルス関連のお話は今回で終わります。 |
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