Ken's Veterinary Clinic Tokyo

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院長のコラム 2020年7月25日 ネズミの話28 腺ペスト 臨床症状






 

ネズミの話28 腺ペスト 臨床症状




2020年7月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第11回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人間の歴史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第2回目です。

 まずは https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びに https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) その他の記述を参考に、数回に分けて解説を加えて行きましょう。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


腺ペスト

https://ja.wikipedia.org/wiki/腺ペスト

https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague


https://www.etymonline.com/word/bubonic


https://haleveterinaryhospital.co.uk/mice-and-rats-viral-and-bacterial-infections-2/


https://ja.wikipedia.org/wiki/ペスト

https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease)


https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_of_Justinian


https://ja.wikipedia.org/wiki/ペストの歴史


https://ja.wikipedia.org/wiki/デカメロン


https://en.wikipedia.org/wiki/Epidemiology_of_plague


https://ja.wikipedia.org/wiki/アミノグリコシド系抗生物質


https://ja.wikipedia.org/wiki/ストレプトマイシン


https://ja.wikipedia.org/wiki/シプロフロキサシン


https://en.wikipedia.org/wiki/Oriental_rat_flea


日本薬学会 薬学用語解説

https://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?バイオフィルム

 「バイオフィルム(biofilm)は,水と接触する物質表面に付着し形成される微生物の共同体のことである.菌体外多糖などの有機物に覆われた内部では多くの微生物が共存し,外部環境から保護されている.川底の石や不衛生な台所のぬめりはバイオフィルムによるものである.動物消化管内の正常細菌叢の一部も,バイオフィルムを形成し生息していると考えられている.また,ヒトにおける歯周病,慢性呼吸器感染症,及び結石,カテーテル留置による尿路感染症の多くは,バイオフィルムによるものと考えられている.β-ラクタム系及びアミノグリコシド系抗生物質は,バイオフィルム内へ透過しないため内部の細菌には無効である.[FYI用語解説(ファルマシアVol.44,No.1)より転載]」









腺ペスト




概要


 腺ペストはYersinia pestis 菌が引き起こす疫病である。この細菌に暴露 1〜7日後、感冒様の症状が出現する。これらの症状には発熱、頭痛、吐き気などがある。この細菌が侵入した皮膚から最も近い場所のリンパ節が腫脹し疼痛を起こす。時に、腫脹したリンパ節が破れ皮膚に口を開くこともある。


 3つのタイプのペストである腺ペスト、敗血症ペスト、肺ペストは感染経路の違いの結果である。腺ペストは小動物からの感染ノミに拠り主に広まるが、死んだペスト感染動物からの体液への暴露の結果でもあり得る。腺ペストの形を取るペストでは、ノミが咬んだ皮膚を通じて菌が入り、リンパ管経由でリンパ節に達し、それを腫脹させる。診断は血中に或いはリンパ節内の液中に菌を見つける事により確定される。


 予防は例えばペストが流行している場所では死んだ動物を手にしないと言った公衆衛生学的手法を通じてのものになる。ワクチンはペスト予防に対しては役に立たないとされている。治療にはストレプトマイシン、ゲンタマイシン、ドクシサイクリンを含む幾つかの抗生剤が有効である。治療無しでは、感染者の30〜90%に死をもたらす。死は起きるとすれば典型的には10日以内である。地球規模では 2010〜2015年の間に 3248症例が記録され、その内の 584名が死亡した。感染事例の最も多い国はコンゴ民主共和国、マダガスカル、ペルーである。


 ペストは 14世紀にアジア、ヨーロッパ、アフリカを席巻しおよそ 5000万人を殺した黒死病の原因である。これは当時のヨーロッパの人口の約 25〜60%に相当した。ペストで労働人口の多数が死亡したため、労働力への要請から賃金が上昇した。これがヨーロッパの経済発展のターニングポイントとなったと考える歴史家も居る。この疾患はまた紀元 6世紀の東ローマ帝国に発したユスティニアヌスの疫病、同様に、1855年に雲南省に発し中国、モンゴル、印度で流行した第3の疫病の原因でもある。




*14世紀のペスト流行時 (1348年)に、その難から逃れるためフィレンツェ郊外に引きこもった男3人、女7人の10人が退屈しのぎの話をするという設定で、10人が10話ずつ語り、全100話からなる物語が有名なデカメロンになります。







https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/cb/Hand_necrosis

_caused_by_plague.jpg  CDC/Dr. Jack Poland / Public domain


激烈な皮下出血で皮膚が黒変し、指先は循環不良で壊死しています。この指先の像

は一見凍傷での壊死像に類似しますが、凍傷の場合は更に乾燥が進みミイラ様にな

りますね。主に両腕全体が黒くなって死に至りますが全身が黒いアザで覆われる場

合もあります。黒死病と称される所以です。抗生剤の無い過去の時代には一度流行

が始まると抑えるのが困難となり、感染地域は<病、猖獗を極める>状態となります。

これぞ疫病と言う以外に表現は有りません。感染ノミからの吸血、患者からの咳、死

体から流れ出る体液に触れると感染しますので早めに街を捨てて逃げるしか確実に

生き延びる方途が有りませんでした。ボッカチオのデカメロンは黒死病を逃れて疎開

した者達が物語を紡ぐむとの想定ですね。鼻先、口唇、指先が壊死した場合、命が

助かっても機能障害、醜形が遺り、辛い人生となったでしょう。




ショッキングな画像を含みますのでご注意下さい。

2014/02/08 NewsBreaker

BUBONIC PLAGUE: Man Miraculously Recovers

After Contracting Life-Threatening Illness from his Cat

https://youtu.be/22_IfMxnu6Q


オレゴン州在住のゲイロード氏 61歳がネズミを喉に詰まらせた飼い猫からネズミを引き抜こうと

した際に両手を噛まれてしまいました。数日後にリンパ節がレモン大に腫れ診察を受けたところ

腺ペストと診断されました。その後急激に悪化し昏睡に陥りその間手足は壊疽を起こして黒変し

ましたが(手足とも切断された)27日後に奇跡的に意識が戻りました。患部が墨を塗ったかの

様に黒変しています。感染ネコからの咬傷を介してのペスト感染のケースですね。






徴候と症状




腺ペスト


 最も良く知られている腺ペストの症状は1個またはそれ以上の数の感染し拡大した、有痛性のリンパ節であり、横痃(おうげん)として知られる。感染したノミの咬み傷を経由して感染した後、ペスト菌は腫脹したリンパ節にを本拠地とし、やがて周囲リンパ節に拡大を始める。腺ペストに関連する横痃は普通は腋窩、大腿上部、鼠径部、頸部に見られる。腺ペストの症状は菌への暴露後 2、3日〜7日の潜伏期の後に突如現れる。


 症状には、悪寒、倦怠感、39℃以上の高熱、筋痙攣、痙攣発作、また横痃と称される表面が平滑な有痛性のリンパ節の腫れが鼠径部に通常発現するが、腋窩や頸部に現れることもある。これはノミの咬み痕や掻き傷から菌が侵入した近い場所のリンパ節(所属リンパ節)に最も見られる。腫れが現れる前にその付近に疼痛を感じる場合もある。四肢の指先、口唇、鼻端の壊疽が観察される。


 重篤化して敗血症ペスト或いは肺ペストに移行した場合、重度の呼吸困難、持続性の吐血、四肢の疼痛、咳嗽、生存中にも拘わらず分解腐敗する皮膚からの極度の疼痛などが見られる。羸痩 (るいそう 極度の痩せ)、消化器の問題、全身に散在する黒斑、譫妄 (せんもう 精神錯乱)、昏睡なども起こり死の転帰を取る。


 本疾患の他の病態として敗血症ペスト、肺ペストがあるが、菌がおのおの血中と肺で増殖するタイプである。




「黒死病」に感染するとどうなるの!? 生死の境をさまよった末に生還した、元感染者が語る!

https://tocana.jp/2014/02/post_3612_entry.html

米国にてペストに罹患した飼い猫に噛まれ、両手の指が黒変し壊疽した患者。奇跡的に回復。


https://www.dailymail.co.uk/news/article-2550896/Man-contracted-BUBONIC-PLAGUE-cat-speaks-ordeal-left-deaths-door.html


 オレゴン州在住のゲイロード氏 61歳がネズミを喉に詰まらせた飼い猫からネズミを引き抜こうとした際に両手を噛まれてしまいました。数日後にリンパ節がレモン大に腫れ診察を受けたところ腺ペストと診断されました。その後急激に悪化し昏睡に陥り一時心停止し、またその間手足は壊疽を起こして黒変しましたが(切断された)27日後に奇跡的に意識が戻りました。患部が墨を塗ったかのように黒変しています。感染ネコからの咬傷を介してのペスト感染のケースですね。







https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/24/Xenopsylla_cheopis

_flea_PHIL_2069_lores.jpg CDC/Dr. Pratt / Public domain

Plague infected male Xenopsylla cheopis 28 days after feeding on an inoculated mouse.

During feeding, the flea draws viable Y. pestis organisms into its esophagus, which multiply

and blockthe proventriculus just in front of the stomach, later forcing the flea to

regurgitate infected blood unto the host when it tries to swallow.

Content Providers(s): CDC/Dr. Pratt Creation Date: 1948 (C) Copyright


ペスト菌を接種したマウスに吸血させて28日後の雄の感染ケオプスネズミノミ個体。吸血中、

ノミは生きているペスト菌をその食道に呑み込み、菌はそこで増殖し、胃の直前にある前胃を

ブロックする。その後、ノミは吸血時に感染血を宿主に吐き戻さざるを得なくなる。


黒く写った塊が感染血で、菌が産生するバイオフィルムがバリアとなり胃に進めずに前胃に

留まっている訳ですね。下方に延びるカーブしたものは空気の泡の縁ですね。院長も子供の

頃ノラの子ネコを拾って持ち帰ったことがありましたが、ノミが周囲を撥ね飛んで非道かった

記憶があります。幸いに見るべき感染症には罹患しませんでした・・・。






敗血症ペスト


 ペスト患者の約 10%は,腺ペストの像を発現せず、ペスト菌が血液に感染し (菌血症)、更に重篤化 (敗血症)することがある。治療されなかった腺ペストで、菌がリンパ流、血流を介して全身に播種し敗血症ペストに移行する場合もある。発症後 3〜4日経過後に急激なショック症状、昏睡、手足指の壊死、紫斑などの症状を呈し 2〜3日以内に死亡する。死を免れた敗血症ペスト並びに肺ペストからの回復患者に、鼻、口唇、指の壊死、及び両腕、或いは全身を覆う黒斑が観察される。稀に眼などの臓器や皮膚に化膿性潰瘍や出血性炎症を形成する場合があり、各々皮膚ペスト、眼ペストと呼称する場合もある。




肺ペスト


 腺ペスト末期の敗血症型ペストの経過中に肺に菌が侵入して肺炎を続発するケースである。肺胞が破壊され患者は菌を含んだ気道分泌液(血痰など)を排出する。患者の咳で飛散する体液のエーロゾル中の菌が感染源となり、ヒト-ヒト間で多菌性の濃厚な飛沫感染が起こる。経気道感染の潜伏期間は通例 2〜3日であるが、12〜15時間の例もある。肺ペスト発症後は通常24時間以内に死亡する。臨床症状としては、激烈な頭痛、嘔吐、40℃前後の高熱、重度の呼吸困難、持続性の泡沫性吐血、咳嗽を伴う重篤な肺炎像を示す。歴史的に見られたヒト集団間での多数感染の成立並びに死者の発生は主にこの機序に拠るものと考えられる。




 ノミに咬まれず感染個体の体液に触れずとも、肺ペスト患者からの飛沫感染でつぎつぎと感染拡大が起きていく訳ですね。過去に於いては、肺ペスト患者が出た時点で感染を逃れる為には、患者や街を見捨てて逃げる以外に方途は有りませんでした。








 獣医診療はまずは診察に当たる動物の外部寄生虫のノミとの戦いとなりますが、昆虫学的な側面も含め、ノミについては後日コラムに纏めて扱いたいと考えて居ます。次回はペストの原因、感染機序、診断、治療の話に入ります。