Ken's Veterinary Clinic Tokyo

相談専門 動物クリニック

                               





























院長のコラム 2020年8月1日


ネズミの話29 腺ペスト 原因・診断・治療






 

ネズミの話29 腺ペスト 原因・診断・治療




2020年8月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第12回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第3回目です。

 まずは https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びに https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) 、https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/514-plague.html その他の記述をメインに、数回に分けて解説を加えて行きましょう。



以下、本コラム作成の為の参考サイト:


https://ja.wikipedia.org/wiki/腺ペスト

https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague


https://www.etymonline.com/word/bubonic


https://ja.wikipedia.org/wiki/ペスト

https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease)


国立感染症研究所 ペストとは

https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/514-plague.html


横浜市 ペストについて

https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kenko-iryo/eiken/kansen-center/shikkan/ha/plague1.html


https://en.wikipedia.org/wiki/Oriental_rat_flea


https://ja.wikipedia.org/wiki/疫学

以下引用:

疫学(えきがく、英語:Epidemiology)は、個人ではなく集団を対象として

病気(疾病)の発生原因や流行状態、予防などを研究する学問。元々は

伝染病を研究対象として始まったが、その後、公害病や事故などの人災、

地震などの天災、交通事故、がんなど生活習慣病など、研究調査対象は

多様化している。疫学は公衆衛生と予防医学への基礎を提供する領域と

して、また、疾患への危険要因および最適な治療方針決定への実証的な

根拠に基づく医療(evidence-based medicine, EBM)として評価されている。


https://en.wikipedia.org/wiki/Epidemiology_of_plague


https://ja.wikipedia.org/wiki/ペスト菌


https://ja.wikipedia.org/wiki/グラム陰性菌

https://en.wikipedia.org/wiki/Gram-negative_bacteria


https://en.wikipedia.org/wiki/Gram-positive_bacteria

https://ja.wikipedia.org/wiki/グラム陽性菌


https://ja.wikipedia.org/wiki/通性嫌気性生物

https://en.wikipedia.org/wiki/Facultative_anaerobic_organism


https://ja.wikipedia.org/wiki/バイオフィルム


https://ja.wikipedia.org/wiki/ペストの歴史


https://en.wikipedia.org/wiki/Plague_of_Justinian


https://ja.wikipedia.org/wiki/ペスト医師

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/031600175/


伝染病とマスクの歴史、20世紀満州でのペスト流行で注目

AFP BB NEWS2020年6月7日

https://www.afpbb.com/articles/-/3284745








https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/1/15/Yersinia_pestis_fluorescent.jpeg

Photo Credit=Content Providers= CDC/ Courtesy of Larry Stauffer, Oregon State Public Health Laboratory / Public domain


ペスト菌はグラム陰性の通性嫌気性桿菌であり腸内細菌科に属します。桿菌の名の

通り、棒状ですね。仮性結核菌が進化して毒性を発現するプラスミド(細菌や酵母の

細胞質内に存在し、核様体のDNAとは独立して自律的に複製を行うDNA分子で一般

に環状2本鎖構造を取る 高等生物のミトコンドリアDNAとちょっと似ていますね)を獲得

したものがペスト菌であると考えられています。蛍光抗体法(蛍光物質を含む抗体を

菌に結合させ、紫外線を当てて発光させる)で光らせていますね。






https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kenko-iryo/eiken/kansen-center/shikkan/ha/plague1.html

横浜市のHPから


東洋ネズミノミと宿主のネズミの間で生活環が成立していますが、ネズミから

落ちた感染ノミが咬んだイヌ、ネコ等のペットからヒトに感染が成立した例が

あります。ヒトからヒトへの感染は主に肺ペスト患者からの気道内分泌液の

飛沫を通じての経気道感染となります。







原因




 グラム陰性(細胞膜の構造の違いに拠りグラム染色に染まらない)の通性嫌気性桿菌(エネルギー獲得のため、酸素が存在する場合には好気的呼吸によってATPを生成するが、酸素がない場合においても発酵によりエネルギーを得られるように代謝を切り替えることのできる生物)であり腸内細菌科に属するYersiniapestis 菌が原因菌である。吸血しこれに感染したケオプスネズミノミ (英名 Oriental rat flea、東洋ネズミノミ、中国語表記 印度鼠蚤、学名Xenopsyllacheopis) の消化管内には菌を含む黒い塊を持つのが見て取れる。このノミの消化管の胃の前方部分はペスト菌が作るバイオフィルムで通行を遮断されており、ノミが未感染の宿主に吸血しようとする時、そこからペスト菌が吐き戻され、感染を惹き起こす。


 腺ペストはリンパ系の感染をもたらし、通常は感染したノミであるXenopsylla cheopis(ケオプスネズミノミ or 東洋ネズミノミ)に刺された結果である。ごく稀なケースとして、敗血症ペストの場合の様に、感染組織に直接接触したり他人の咳に暴露されることで腺ペストの感染が成立し得る。このノミは家ネズミ及び野生ネズミを宿主とする外部寄生虫であり、通常、自然界ではペスト菌はネズミ−ネズミノミの生活環を回っているが、宿主の齧歯類が死亡すると感染ノミはその個体を離れ他の餌食を探し求める。この落ちたノミがヒトに取り付いて吸血する際に感染が成立する。菌はノミには無害のままであり、斯くしてノミは生存し続け、新たな宿主が菌を周囲に拡散するのを手助けすることになる。上述の様に菌は感染ノミの消化管内で集合体を作り、下部消化管には流れなくなる。この結果、ノミが新たな齧歯類やヒトを刺す際に、感染源となる摂取した血液を傷口に吐き戻すのである。感染が成立すると、菌は速やかにリンパ節に移行し増殖を始める。


 ペスト菌は(白血球からの)貪食に抗し得、更には大食細胞内で増殖しこれを殺すことも可能である。詰まりは免疫担当細胞を攻撃し短時間の内に著しく増殖し得る。病勢が進行するにつれ、リンパ節は出血し腫大し壊死し得る。腺ペストは致命的な敗血症ペストに進行することもある。腺ペストは肺にも拡大し肺ペストとして知られる疾患になることも知られている。


*爆発的な流行を来すには、1つには生体側の免疫系に対して積極的に攻撃を加え、免疫能を抑制して宿主側を<巣喰う>機序を持つ戦略が考えられますが、ペスト菌はこの性質を持つ細菌と言う訳ですね。この点は後天性免疫不全を起こすAIDS ウイルスやその他の白血病ウイルスにも類似します。獣医臨床面で重要なネコ白血病に関しては後日ヒトの伝染性の白血病と併せ解説する予定です。







https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/5/57/Paul_F%C3%BCrst%2C_Der_Doctor_Schnabel_von_Rom_%28Holl%C3%A4nder_version%29.png

I. Columbina, ad vivum delineavit. Paulus Furst Excud〈i〉t. / Public domain


1656年に描かれたローマのペスト医師


ヨーロッパにおける17世紀のペストの大流行の際、ペストに襲われた町が公金でペスト治療

専門の医師を雇いました。医師は、ゴーグル付きのクチバシ型マスク、革手袋、帽子、長い

コートを着用し、感染を防ごうとしました。奇怪なクチバシの中には香料が詰め込んであった

のです。しかしながら感染して命を落とす医師も少なくはなかったでしょう。治療とは言っても

抗生剤も無い時代であり本質的な治療は果たし得なかったと思われます。医者と言うよりは

寧ろ死の象徴を思わせゾッとしますね。この防御衣類は現代にも通じるものがあります。今

回のコロナ禍に際して欧米人がマスク着用に抵抗を示したのは、ペスト医師の不吉な記憶が

連綿と続いている所為なのかもしれません。マスク= 強烈な伝染病防御或いは感染患者で

あって、マスクを気軽に着用できる文化ではないと言う話です。


今回のコロナ禍については、マスクは無効だと訴えるヨーロッパの感染症専門家も居ました

が後にそれを撤回し、マスクの唾液等の飛散防止効果をしぶしぶ認めた模様です。不織布

の隙間をウイルスが抜けるから無効だと見做したのだろうと思いますが、感染症の専門家と

言えどもその程度の考察しかできないのかと院長は呆れました。ウイルス排出量を10分の

1に軽減できるとすれば大きな違いが生じます。専門性が進みすぎて木を見て森を見ずとな

っているのでしょうか?微生物学の研究者=公衆衛生の感染防御の専門家とは限りません

が、これは本邦でも当てはまります。各自が極く狭い範囲を探索しているに過ぎない訳です。






診断




 ペストと診断し確定する為には検査室でのテストが要求される。患者試料から培養したペスト菌の同定を通じての確定診断が一番望ましい。テストの為に採取される試料は、腺ペストに特徴的である腫れたリンパ節からの注射針で得られた液体試料、血液、また肺、気道分泌物からの試料などである。

 感染の確定診断は感染初期から後期を通じての血清値の変動を調べることでも可能である(診断用抗原に対する回復期の抗体価が,感染初期の抗体価に対し4倍以上上昇していること)。ペスト菌固有の遺伝子配列をPCR法で検知すること、菌体の光顕像、化学的性状などからも総合的に診断される。現場にて手早くスクリーニングして患者を見つけるべく、ペスト菌抗体を検知する為の急速試験紙法が開発されている。




予防



 化学的予防(暴露後に抗菌薬ドキシサイクリン、シプロフロキサシンの内服)、環境面での衛生確保(家ネズミの侵入防止等)、また媒介生物(内外のネズミとノミ)の制御が2003年のオランでの腺ペスト流行の制御に役立った。誰でも思いつくことだが、感染報告地での殺蚤剤等の噴霧、忌避薬の人体への噴霧も有益である。当然ながら感染動物への接触を避けることが大切で、ペスト汚染地区には立ち入らないのが予防となる。有効性のあるワクチンはまだ作出されていない。ヒト−ヒト間の感染拡大の主たる伝搬様式である肺ペストの患者からの飛沫感染を防御すべくマスクを着用するのは意義がある。17世紀のペスト医師(公金で雇われたペスト治療専門医師)は経験的に感染防御策としてゴーグルやマスク、手袋、帽子、ロングコートを羽織っているが、これは現在の防護服、防御具着用に通じるものである。



*以下面白い記事がありますので以下一部引用:

伝染病とマスクの歴史、20世紀満州でのペスト流行で注目

AFP BB NEWS2020年6月7日

https://www.afpbb.com/articles/-/3284745?page=3

■くちばしの形をした中世のマスク

 一方で人々は、病原菌という概念が生まれるずっと前から何百年も病気を遠ざけるために顔を覆ってきた。

 中世の腺ペスト流行時、欧州の医師の何人かは腐った物質や悪臭によって空気が汚染されているのだと考え、「ミアズマ(瘴気、しょうき)」から身を守るためにくちばしのような形をしたマスクを着用した。

 エール大学の歴史家フランク・スノーデン(Frank Snowden)氏は、著書「Epidemics and Society: From the Black Death to the Present(伝染病と社会:黒死病から現在まで)」の中でこう述べている。「大きなつばの付いた帽子は頭を守るため、鼻から突き出したくちばしのようなマスクは致死的なミアズマの臭いから身を守る薬草を入れるために利用される場合もあった」




治療




 腺ペストの治療には幾つかのクラスの抗生剤が有効である。これには、ストレプトマイシン、ゲンタマイシン、テトラサイクリン(特にドキシサイクリン)と言ったアミノグリコシド系抗生物質、またフルオロキノロン薬のシプロフロキサシンなどがある。抗菌剤投与の治療を施した場合、腺ペストの致死率は約1〜15%であり、対するに未治療では40〜60%となる。

 ペストに感染した可能性のある者はただちの治療が必要であり、死を避ける為には最初の症状が出てから24時間以内に抗生剤を投与せねばならない。標準的な投薬期間は10-14日間,もしくは解熱後2日間までとされている。適切な抗菌剤が投与されると72時間以内に解熱を見ることが多い。補助的治療法としては、酸素補給、輸液、呼吸補助などがある。肺ペスト感染者に接触した者−患者の肺からのエーロゾルに暴露されている−は抗生剤を予防投与される。抗菌スペクトルが広いストレプトマイシン製剤の使用は感染後12時間以内であれば腺ペストに対して劇的に改善作用することが判明している。




疫学




 地球規模では2010〜2015年の間に3248名の患者が記録され内584名が死亡した。患者数が最も多い国々はコンゴ民主共和国、マダガスカル、ペルーである。

 2001年以降10年に亘り、ザンビア、マラウィ、アルジェリア、中国、ペルー、コンゴ民主共和国は最も腺ペスト発生が多かったが、この内コンゴのみ1100名を超えており、毎年1000〜2000名の患者発生が変わる事無くWHOに報告されている。2012から2017年まで、政情不安、貧しい衛生状態を反映しマダガスカルが毎度お決まりの主たる流行国になり始めた。

 1900年から2015年の間、米国は1063名のペスト感染者を数えるが毎年平均9名の発生となる。2015年には米国西部で16名のペスト発症者を見たが、内2名はヨセミテ国立公園での発症である。これらの米国での発症は、通常、ニューメキシコ北部の郊外、北アリゾナ、コロラド南部、カリフォルニア、オレゴン南部、ネバダ最西部で起きている。

 2017年の11月に、マダガスカルの保健省は、同国での、最近では前例の無い数の患者発生と死者数をWHO に報告した。感染者2,348名、死亡者が202例であるが、内肺ペストの患者数は1,791名であり、ヒト-ヒト間の飛沫感染が感染拡大の一因であると考えられている。2018年の6月は、アイダホの子供が、過去30年ほどの間で腺ペストに感染した初めての患者として確定診断された。2019年5月にモンゴルでマーモット(地リスの仲間、ペスト保菌動物)狩猟に従事する2人が死亡した。2019年11月には中国内モンゴル自治区の別の2人がペストの治療を受けた。

 本邦に於いては、1899年のペスト侵入以降1926年まで間に大小の流行が起こり,感染者2,905名 (死亡者 2,420名、致死率83%) の報告を見た。抗菌剤の発見されていない時代ゆえ致死率は相当に高度である。1927年 (大正15年)以降は国内感染例の報告はない。



ペスト多発国に出掛ける際は、ネズミの出没しない一定水準以上のホテルに宿泊し、おきまりの観光コースを辿り、「冒険」はしないことが肝要です。








 これまでの解説でペストの概略が掴めたのではと思います。次回以降はペスト菌の生物学的位置づけ、進化並びペストと人類史との関係について扱います。内容的に一部重複する箇所が出て来ますがご了承下さい。