ネズミの話30 腺ペスト ペスト菌とゲノム |
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2020年8月5日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第13回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を知り、そしてそれを元にして如何にコロナ禍に対応すべきかを考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第4回目です。 烈しいpandemic を惹き起こすペスト菌とはそもそもどの様なものなのか疑問をお持ちの方々も多いだろうと想像し、今回から数回に亘り、ペスト菌の細菌学的な側面について扱いましょう。その後、ペストに纏わる最後のコラムとして人類史との関係について触れる予定です。 ペスト菌の細菌学的な記述に関しては https://en.wikipedia.org/wiki/Yersinia_pestis の内容が、未整理なところがあるものの、まだしも充実していますのでその記述をメインに、和文への訳出+解説を加えて行きましょう。これまでの内容と重複する内容がありますが、復習と思って読み進めて下さい。尚、院長の専門である肉眼解剖学、機能形態学とは大きく離れる分野ですので、専門用語の訳出上の誤りも少なくなかろうと思いますが、ご寛恕戴ければと思います。 今回、微生物学、遺伝学の専門家以外には理解が困難な用語も頻出しますが、ペスト菌に関しその様な取り組みも為されているのかとざっと斜め読みして戴ければ十分かと思います。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/腺ペストhttps://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plaguehttps://www.etymonline.com/word/bubonichttps://haleveterinaryhospital.co.uk/mice-and-rats-viral-and-bacterial-infections-2/https://ja.wikipedia.org/wiki/ペストhttps://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease)国立感染症研究所 ペストとはhttps://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/514-plague.htmlhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ペストの歴史https://en.wikipedia.org/wiki/Epidemiology_of_plaguehttps://en.wikipedia.org/wiki/Oriental_rat_fleahttps://en.wikipedia.org/wiki/Yersinia_pestishttps://ja.wikipedia.org/wiki/ペスト菌https://ja.wikipedia.org/wiki/仮性結核https://ja.wikipedia.org/wiki/エルシニア・エンテロコリティカ感染症エルシニア感染症https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/364-yersinia-intro.html千葉県鴨川市 亀田総合病院 感染症科 泉熱http://www.kameda.com/pr/infectious_disease/post_94.htmlhttps://en.wikipedia.org/wiki/Plague_of_Justinianhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ユスティニアヌス1世https://en.wikipedia.org/wiki/Justinian_Ihttps://en.wikipedia.org/wiki/Cucuteni%E2%80%93Trypillia_culturehttps://ja.wikipedia.org/wiki/ククテニ文化https://ja.wikipedia.org/wiki/通性嫌気性生物https://ja.wikipedia.org/wiki/プラスミドhttps://ja.wikipedia.org/wiki/III型分泌装置https://ja.wikipedia.org/wiki/プロテオーム解析以下引用:プロテオーム解析(Proteomic analysis)、またはプロテオミクス(Proteomics)とは、特に構造と機能を対象としたタンパク質の大規模な研究のことである。タンパク質は細胞の代謝経路の重要な構成要素として生物にとって必須の物質である。「プロテオミクス」という言葉は、遺伝子を網羅的に研究する「ゲノミクス」という言葉と、タンパク質を意味する英語「プロテイン」とを合わせて作られた造語である。ゲノムがある生物の持つ全ての遺伝子のセットを表すのに対して、プロテオームはある生物が持つ全てのタンパク質のセット、またはある細胞がある瞬間に発現している全てのタンパク質のセットを意味する。 |
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ペスト菌とは要約Yersinia pestis (以前の学名はPasteurella pestis) は、グラム陰性、不遊性(=非運動性)、桿状の球桿菌であり芽胞を生じない。通性嫌気性生物(エネルギー獲得のため、酸素が存在する場合には好気的呼吸によってATPを生成するが、酸素がない場合においても発酵によりエネルギーを得られるように代謝を切り替えることのできる生物、実は我々ヒトの細胞も酸素が有ればクエン酸回路経由にて酸素呼吸するが、酸素が無い場合には解糖系回路により呼吸する事も可能な場合が有る)であり、東洋ネズミノミ (Xenopsylla cheopis) を介してヒトに感染する。感染症ペストを発症させるが、これには肺ペスト、敗血症ペスト、並びに腺ペストの3型を取る。3つの型全て人類史を通じての致死率の高い疫病−6世紀の<Justinian ユスティニアヌスの疫病>(東ローマ第2代皇帝ユスティニアヌス1世、JustinianusT、在位527 〜 565 の名に由来)、また、1347〜1353年に発生しヨーロッパ人口の少なくとも1/3に死をもたらした<黒死病>、そして19世紀晩期に中国に始まり蒸気船に乗ったネズミで拡大し1000万人近くの命を奪った<近代の疫病 Modern Plague >と呼ばれるもの−の原因である。これらのペストは中央アジアや中国に起源を持ち貿易ルートを通じて西にもたらされた可能性があるが、2018年の研究では古代のスウェーデンの墓からペストの病原菌が発見され、これは紀元前3000年付近の新石器時代に於ける、ヨーロッパ人口の大きな減少として記述されるものの原因であった可能性がある。これは、ペスト菌がアジアでは無く ククテニ文化時代のヨーロッパに起源する可能性を示唆するものである。ペスト菌は香港でのペスト流行中の1894年にパスツール研究所のフランス系スイス人で内科医兼細菌学者である Alexandre Yersin により発見された。Yersin はパスツール学派のメンバーだった。北里柴三郎はコッホの方法論を学びドイツで修行を積んだ日本人細菌学者であるが、彼もまた当時ペストの原因菌を探ることに従事していた。しかしながら、実際にペストをペスト菌に関連付けたのは Yelsin である。本菌は以前にはPasteurella pestis と命名されていたが、1944年にYersinia pestis と改称された。毎年、依然として幾千例のペスト症例がWHOに報告されている。尤も、今や適切な治療が為されており、犠牲者の予後はずっと改善されてはいるが。ベトナム戦争時にアジアの症例が5〜6倍に増大したが、これは生態系が崩壊しヒトと動物との距離がより接近したことに拠るからかもしれない。現在ペストはサハラ以南のアフリカとマダガスカルで稀では無く、これらの地域で報告例の 95%以上を占める。ペストはまた、ヒト以外の哺乳類にも害を及ぼす。米国では、オグロプレーリードッグや絶滅危惧種のクロアシイタチと言った哺乳動物がペストの脅威に晒されている。 |
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一般的な特徴Y. pestis は両極性の2極小体を伴う非運動性の、桿状、通性嫌気性細菌で安全ピン様の外見を示し、抗食作用性の粘稠な膜を産生する。他のYersinia 種に非常に類似して、ウレアーゼ、乳糖発酵性、インドールに対して陰性である。最も近い親類は胃腸の病原菌Yersinia pseudotuberculosis (仮性結核の原因菌)であり、これよりやや離れてYersinia enterocolitica (エルシニア・エンテロコリティカ感染症の原因菌)がある。これらが惹き起こす感染症をエルシニア感染症と総称するが人畜共通感染症である。ゲノムペスト菌の3亜種の内の2つに対しては完全なゲノム配列が得られていた。これらはKIM 系統(Y. p. medievalis 中世ペスト菌の生物型)とCO92 系統(Y. p. orientalis 東洋ペスト菌の生物型だが米国で臨床的に単離された)の2つである。2006年時点で、生物型 Antiqua の系統のゲノム配列が完全に得られた。これらは他の病原性の系統に非常に類似しているが、機能消失の変異徴候が見られる。KIM 系統のクロモゾームは長さ4600755塩基対で、一方、CO92 系統は4,653,728塩基対である。Y. pseudotuberculosis 並びにY. enterocolitica と同様、ペスト菌はプラスミド pCD1のホスト(桿状のDNAであるプラスミドを抱える宿主との意)である。ペスト菌はまた、他の2つのプラスミドである pPCP1 (pPla o または pPstとも呼称される) と pMT1 (pFra とも呼称される)の宿主であるが、これらは他の Yersinia 種では保有されない。pFra はホスホリパーゼD をコードするが、これはノミがペスト菌を運ぶのを可能とするのに重要である。pPla はタンパク分解酵素 Pla をコードするが、これはヒトホストに於いてプラスミンを活性化し肺ペストの病毒性の発現要因として非常に重要である。これらのプラスミド並びに HPI と呼称される病原性アイランドは、共にペスト菌を悪名高くする病毒性要因であるが、ホスト細胞に細菌が固着し、種々のタンパク質を注入し、細菌が (a type-III secretion system IIII型分泌装置経由で)宿主細胞に侵入し、赤血球からの鉄を獲得し連結する (これはシデロホア 鉄運搬体に拠る) のに必要とされる。ペスト菌はY. pseudotuberculosis に由来する子孫と考えられ、それとは特異的な病毒性プラスミドを保有している点のみが異なっている。ペスト菌のKIM系統の包括的な比較プロテオーム解析が2006年に行われた。この解析は ペスト菌が侵入した宿主細胞に於いて如何に増殖状態へと移行し、宿主細胞の増殖を模倣するのかの機序に焦点を当てたものである。数多くの細菌性の非コードRNA が調整機能を持つことが見いだされた。中には病毒性遺伝子を調整し得るものもあった。63個の新規と推定される sRNAが、ペスト菌 sRNA-ome の高重複度塩基配列解析を通じて見いだされた。それらの中に、Yersinia-特異的な (Y. pseudotuberculosis とY. enterocolitica にも存在する) Ysr141 (Yersinia small RNA 141)が見付かった。Ysr141 sRNA は III型分泌装置 (T3SS) エフェクタータンパク質 YopJ を調整することが示されている。Yop-Ysc T3SS は Yersinia が病毒性を持つのに決定的な構成要素である。インビトロで培養されるペスト菌並びに感染したマウス肺からは多くの新規な sRNA が見出されたが、これらは細菌の生理機構或いは病原性に役割を果たすものと示唆されている。これらの中では、sR035 が熱感受性レギュレーター vmoA のSD領域並びに初期転写サイトとペアを組むものと予測され、sR084 は柔毛即ち金属イオン取込レギュレーターとペアを組むと予測される。*院長は上ゲノムの項を和訳したものの、各専門用語が実際にどの様な正しい意味を含むのかその詳細の脳内図式化が為し得ません・・・。因みに英文構成自体は文学的修辞などもなく単純明快です。病原性の発露に関しては、遺伝性疾患の発現作用機序を探る遺伝子を元にした生化学レベルの詳細な解析方法に非常に似ているとの印象を持っています。 |
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