カピバラG マスクラットの泳法との比較 |
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2020年11月15日 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話ですが、カピバラの比較対象としてマスクラットの泳法を採り上げましょう。 本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/カピバラhttps://en.wikipedia.org/wiki/Capybarahttps://en.wikipedia.org/wiki/Hydrochoerushttps://en.wikipedia.org/wiki/Lesser_capybarahttps://ja.wikipedia.org/wiki/マスクラットhttps://en.wikipedia.org/wiki/Muskrat |
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マスクラット Muskrat Ondatra zibethicus マスクラットとは麝香ラットの意味ですが、ジネズミの仲間に和名ジャコウネズミが居り、混同を避けるため、英名のままにマスクラットと呼称するのが良さそうです。南米産の齧歯類とはゆかりが無く、北米原産であり、キヌゲネズミ科ミズハタネズミ亜科に属し、ハタネズミ (ヤチネズミやレミング等含む)に近い仲間ですが、現在では人工的な移入の結果、ヨーロッパからシベリアに掛けて、また本邦でも一部地域に生息が確認されています。毛皮の色調や質を見ると実際レミングなどにもよく似ていると感じます。ヌートリアが寒冷地には棲息出来ないことに対し、本種はより寒いところでも棲息可能です。 全長は40−70 cm ですが尻尾がその半分を占めます。体重は 0.6−2kg程度ですが、キヌゲネズミ科の中で最大種となります。キヌゲネズミ科は種数も多く、生息環境も多岐に亘りますが、本種は水中生活性を高めた種(但し流水中ではなく池や沼などの静水域がメイン)と言えるでしょう。特に寒冷な場所では、ボディサイズを大型化することは体熱の放散を防ぐのに適応的ですが、マスクラットのボディサイズはそれに当てはまります。但し、尻尾は寒冷地では不利な形態ですが、ビーバー同様(後のコラムで詳述します)、体熱放散防止の為の何か特異的な血液循環機構を保持している可能性はありますね。水温は零度以下には下がり得ませんが、低い温度の水中で活動できる秘密を探ると面白ろそうです。 因みに、マイナス70℃でも棲息可能とされるホッキョクギツネの四肢には体熱放散を防止すると同時に足の裏を保温する為の特殊な血管配置と機構が備わっています。詳しくは、以下をご参照下さい。 2019年9月20日 『キツネの話E 本家のキツネ 寒暑対決』https://www.kensvettokyo.net/column/201909/20190920/ |
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手足の指間に水かきは認められませんが、尻尾の断面が左右から押された様に縦長方向に扁平化し、水中でスイングさせれば舵取りに役立ったり、或いは幾らかの前方推進力が得られそうにも一見見えます。尻尾で推進力を得るとすればビーバー型への進化のプロトタイプ(原型、雛形)と一見考える事も出来そうですが、実はビーバーでは尻尾は左右に幅を拡大して偏平化しており、偏圧の向きがマスクラットとは90度異なります。哺乳類の椎骨の構造並びに機能は、基本的に背腹方向の往復屈伸を行うことにあり、鯨類、海牛類などを含め、皆この屈伸運動で前方推進力を産生しており、ビーバーもこれに違いません。因みに魚や魚竜の尾びれは身体の矢状面(身体を左右真っ二つに割った面)上に位置し、体幹を左右にくねらせて前方推進力を得ますが(まともな尾びれの分化していないナメクジウオもこの方法で泳ぐ)、海洋性哺乳類では尾びれは水平に配置しています。従って、マスクラットが左右に尻尾をくねらせて運動させ強い推進力を得ることは、哺乳類の基本的機構として期待出来ず、あったとしても極く補助的な推進力産生能に留まるだろうと予想されます。 実際のところ、水の表面を遊泳中に、マスクラットは尻尾を小刻みにぶるぶると動かしていますが、鞭状に左右の水を大きく打って前方推進力を得ている様には見えません。寧ろ、飛行機の垂直尾翼の様に、体幹の左右のブレを抑えて、まっすぐ進むべく前方推進への安定化(一種の舵取り)を図っている様に見えます。この動作の為に小刻みなブレが生じている可能性があります。体幹の向きを変えるときには尻尾をカーブさせますのでこの様な時には方向舵として明らかに機能させている様に見えます。まぁ、飛行機の垂直尾翼仮説と言う次第で。 マスクラットの尻尾の椎骨(尾椎)の構造並びに運動機能を明らかにしたペーパーがないか現在検索しているところです。一部のアザラシやラッコではこの様な、左右に体幹を振る動作で推進力を得る姿を院長は確認し、一部ビデオ撮りもしていますが、これも補助的動作に留まるものだろうと考えて居ます。例えばラッコは水面に<へそ天>姿勢で浮かび、捕らえた貝を腹の上に載せて食べたりしますが、この際に体幹と後肢を左右に軽度に振り、水流に抗して身体の位置を保ちます。体幹を背腹に動かせば腹面の水平性を維持出来なくなりますので、その様な運動性を得たのだろうと院長は考えて居ます。 以上からマスクラットは、一見形態的にはヌートリアと大差が有りませんが、縦方向に偏平な尻尾を方向舵また前方遊泳の為の安定舵として機能させているだろう点で、ヌートリアよりは一枚上の親水性、水中生活適応性を持つ動物と言えるのではないでしょうか。マスクラットの毛皮も確かに美麗且つ保温性が高そうで、サイズは小さいですが利用価値はありそうです。 |
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