ロコモーションの話 ー ヘビの rectilinear locomotion A |
||
2021年3月1日 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第19回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。 爬虫類についてのお話の15回目です。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/有鱗目_(爬虫類)https://en.wikipedia.org/wiki/Squamatahttps://ja.wikipedia.org/wiki/ヘビhttps://en.wikipedia.org/wiki/Snakeボアの直進型ロコモーションの機構と運動学Newman, Steven J., and Bruce C. Jayne.“Crawling without Wiggling: Muscular Mechanisms and Kinematics of Rectilinear Locomotionin Boa Constrictors.” Journal of Experimental Biology,The Company of Biologists Ltd, 15 Feb. 2018, jeb.biologists.org/content/221/4/jeb166199.https://jeb.biologists.org/content/221/4/jeb166199全文無料で読めます。https://ja.wikipedia.org/wiki/パフアダーhttps://en.wikipedia.org/wiki/Puff_adderパフアダーはサハラ以南のアフリカに広く棲息するクサリヘビ科のヘビですが、マムシやハブ、またガラガラヘビにも近い生き物です。 |
||
rectilinear locomotion は如何に獲得されたか 如何にしてこの様なロコモーション様式が得られたのかを考えてみましょう。爬虫類の体幹運動性の基本は左右方向への反復回転運動にあると考えられます−水中生活で推進力を得る魚の遣り方の名残−ので、ヘビのロコモーションの当初の基本形も体幹をS字型にくねらせて前進する方式だったでしょう。尤も、砂上のマンバの様に大きく蛇行するのでは無く、浅いS字カーブを描きつつ、次第に四肢が小さくなり体幹が長くなったのでしょう。 アシナシトカゲのロコモーションを観察すると、ヘビと同様にS字蛇行で進みますが、ヘビの様に体幹に沿って伸縮の、即ち疎密の波動を生成する遣り方が見られない様です。尤も、実際には幾らかは発生させているのかも知れませんが。身体にヘビに見られるビロード布様のしなやかさも無く、これらからアシナシトカゲは体幹が硬いと表現されるのかもしれません。体幹は確かに伸張して四肢も失っていますが、まだトカゲの面影を<引きずって>いて、ヘビほどの完成度には達していない生き物に見えます。 これに対し、ヘビのロコモーションを観察すると、例えば樹上で水平な枝を這い進む場合などに、軽度のS字蛇行に加え、明らかにこの rectilinear locomotion 方式が同時に行われていますので、爬虫類の基本形としてのS字蛇行方式に加え、ヘビに分岐する初期の内にこの方式が獲得され併用されて居た可能性はあります。この方法はミミズの様にトンネルを抜けるのも適応的ですので、ヘビ形態への進化が<隙間産業>への適応をやや強く目指すものであったとすれば、初期の段間にこの習性を獲得し得ていたことは合理性がありそうです。それが後に、直線型を捨てたS字蛇行強化の高速タイプと、逆にS字蛇行を捨てた直進低速タイプに特殊化して更に枝分かれした可能性も考えられます。強度S字蛇行高速型が、砂地への適応として、おそらくはS字の左側と右側のカーブ付近に掛かる押し出しの力の不均衡を作り sidewinding へと進化したのでしょう。 |
||
S字のカーブを次第に緩く浅くして身体全体が直線に近くなる様にまで移行させる場合ですが、地面の上の着地点、即ちアンカーポイントも直線的に配列する様に至ります。従ってスケートの刃が斜めに出来ませんので刃にエッジを効かせてそれに対して90度方向の押し出し力を得ようにも、その力の前方方向の力成分が非常に少なくなります。まぁ、頑張っても前方には進めない訳です。 これに対する解決法としては、各太鼓橋を錦帯橋の様に直線的に配列し、尺取り虫の様に縦方向にS字で波打たたせ、地面を下後方に蹴り上げ、その反作用の力の内の前方推進成分で進むことになります。まぁ、長崎くんちの龍の様に体幹を上下方向に波打ちながら進行させる−哺乳類型のロコモーション−事になりますね。多重バタフライ方式です。ところがヘビの椎骨は背腹方向にダイナミックに曲がる機構に無い為、体幹の上下動を自ずと極く小さいものとすべく、このアンカーポイント間の幅を小さくし、更に脊椎骨の動きでは無く主に筋肉+肋骨の動きで腹鱗の波を作り送り、下後方に対する押し出しの力を産生すれば、その和として、静かに滑らかに前進する直線型ロコモーションの出来上がりとの按配です。 院長は高校生の頃に晴海埠頭から那覇まで46時間の航路で出掛けたことがありますが、途中イルカの群れに出会いました。複数頭が体幹を背腹方向に屈して海面を泳いでいるシーンは、遠目には一体の龍が体幹を波打たせて泳いでいるシーンを思わせ。龍伝説がこの様にして成立したとの従来からの説に合点もした次第です。爬虫類の体幹構造の特徴を考えれば龍方式は成立せず、骨格構造抜きでのロコモーションを獲得するしかあり得ません。詰まり直線型ロコモーションはヘビに取っては苦肉の策でもあった訳です。 以上のの進化シナリオは院長の考えになりますが、直線型ロコモーションの成立並び各ヘビ型動物のへのロコモーションの派生・分化の詳細は、論文発表前につきこの場で述べるのは控えますね。 |
||
ヘビの rectilinear locomotion への進化は、以上の様にメカニカルな観点からシミュレーションは可能です(実際のヘビを探って実証する必要があります)が、院長の感想としてはカタツムリの rectilinear locomotion の機構の解明自体の方が余程難しい様には感じています。 哺乳類に於いては、肋骨は胸郭を構成し、肺と心臓を守ると同時に、内腔の容積を変動させて陰圧−陽圧を繰り返し発生させて呼吸を行うのに欠かせない構造体ですが、ヘビがほぼ体全長に亘り肋骨を発達させているのは、肋間の筋を収縮させて肋間距離を変動させる装置としての役割が大きそうです。S字に蛇行する場合は左右サイドの肋間の距離を異なものとし、一方、直進型では左右の肋間距離を等しく保ちながら変動させるように、体幹軸に沿い波動の刺激信号を送る機構ですね。考えて見れば、肋骨がヤスデの脚の様な動きをしている訳で、肋骨を<間接的な脚>化させた生き物がヘビである、とも言えそうです。 次回は更にミミズの動きに近づいているヘビもどきを採り上げましょう。 |
||