ロコモーションの話 ー カメのロコモーションF |
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2021年4月10日 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。その第27回目です。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。 爬虫類についてのお話の23回目です。引き続きウミガメを中心に扱います。 以下、本コラム作成の為の参考サイト:https://ja.wikipedia.org/wiki/カメhttps://en.wikipedia.org/wiki/Turtlehttps://ja.wikipedia.org/wiki/ウミガメhttps://en.wikipedia.org/wiki/Sea_turtlehttps://ja.wikipedia.org/wiki/オサガメhttps://en.wikipedia.org/wiki/Leatherback_sea_turtlehttps://ja.wikipedia.org/wiki/アーケロンhttps://en.wikipedia.org/wiki/Archelonhttps://ja.wikipedia.org/wiki/スッポンモドキhttps://en.wikipedia.org/wiki/Pig-nosed_turtlehttps://ja.wikipedia.org/wiki/スッポンhttps://en.wikipedia.org/wiki/Chinese_softshell_turtlehttps://ja.wikipedia.org/wiki/ココノオビアルマジロhttps://en.wikipedia.org/wiki/Nine-banded_armadillohttps://ja.wikipedia.org/wiki/オオアリクイhttps://en.wikipedia.org/wiki/Giant_anteaterhttps://de.wikipedia.org/wiki/Ameisenb%C3%A4ren |
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オサガメ Leatherback sea turtle Dermochelys coriacea ウミガメの現生種は数が少ないので全種についてざっと概観していきましょう。まずはオサガメからです。 ウミガメ上科 (ウミガメの仲間)はオサガメ科とウミガメ科から構成されますが、要するにオサガメ科が他のウミガメ科とはちょっと毛色が異なるカメだと言いたい訳です。実際、顔付きも身体の様子も明らかに違っています。オサガメ科に属する現生種はオサガメ1種しか有りませんので、分類的にはオサガメ科オサガメ属オサガメの、1科1属1種のカメとなりますが、他とは孤立して生き残っている生き物であると考えて良いでしょう。 オサガメの仲間は他のウミガメ同様、1億1千万年前に出現しましたが、オサガメの仲間の内6種が絶滅し現生種1種はその生き残りとなります。学名は英名と同じ意味ですが、ラテン語の corium = leather. 皮革の形容詞 coriacea は、その派生語が現代英語の coriaceous 革質の、丈夫な、フランス語の coriace 丈夫な、タフな、としても使われています。属名 Dermochelys は dermo = skin + chelys = turtle 詰まりは皮のカメの意味、即ち Dermochelys coriacea = leather like skin turtle 皮革みたいな皮膚のカメ、の意味になります。他のカメの様にケラチン質の板様の構造では無く(オサガメは爬虫類の中では唯一、βケラチンを持つウロコを作りません)、皮革様構造で覆われている点でスッポンやスッポンモドキに類似しています。この皮革様のカバーには微少な皮骨が埋没していますが、これはナマコの骨片−ウニの殻が極小化して結合組織に多数埋没する−を連想させます。オサガメ科の近縁な科である Protostegidae 科 (絶滅しました) のカメには、オサガメ同様に硬い背甲を持たない種が居ましたので、スッポンの様に甲羅を退化させる傾向を持った一群である、或いはひょっとすると甲羅を形成する以前のカメの原始型を維持しているカメの可能性が有る、とも言えそうです。 全ウミガメ種に於いて、オサガメは最も水力学的な適応形態を示すカメであり、甲羅は流滴形で、前肢は偏平化した櫂形状を呈し、爪は失っています。甲羅に縦方向の畝(うね)が7本走っていますが、水力学的に、遊泳時の甲羅の左右のブレを抑制し効率よく直進するのに役立っている様にも見えます。遊泳力が強大ゆえ、特定の海域に限定されるこことなく、寒冷水域を除き汎世界的な分布を示します。まぁ、海洋に限定はされますが地球上最も世界広範囲に分布する爬虫類です。このことは、或る地域の産卵場所が自然災害により失われたとしても、大きな回遊性で別の場所に産卵場所を開拓できることを意味しますので、それなりにしたたかに生存している生き物と言えますが、この様にして1億年以上を生き抜いて来た訳です。1つの意味に於いて、文字通りの オサ、長のカメですね。尤も、近年では最大の産卵場所であったマレー半島−1万箇所の営巣が嘗ては確認されていた−で現地人に拠る根こそぎの採卵が行われるなど、人為的要因に拠る大きな脅威を受けるに至っています。 |
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オサガメの形態と甲羅の起源 オサガメは現生最大種のウミガメであり、成体では背甲のカーブに沿わせた長さ( curved carapace length, CCL) で平均 1−1.75m、全長で 1.8−2.2m、体重は250−700kg、前肢長は大きな個体では 2.7m に達することがあります。海中では浮力が得られますので、重力に抗して身体の位置を保つのにエネルギーは殆ど消費しないと思われますが、雌が産卵時にその巨体で砂浜を遡上するのには困難が伴い、カルシウムを沈着させての重い背甲を形成しないのは、1つには上陸産卵行動への適応かも知れません。 米国スミソニアン博物館にはオサガメの交連骨格標本が展示され、多くの者が撮影した静止画が web 上に見られます。それだけ人々の関心を集めているのでしょう。 その画像を参考にしての考察ですが、脊椎骨から真横に突き出す肋骨は、驚くべき事に、互いに全く癒合することもなく、独立しています。脊椎は肋骨との間の関節構造も維持されている様に見え、各肋骨を独立的に背腹方向にスウィング出来そうです。脊椎骨+肋骨から形成される上半分だけの<胸郭>に対し、その背部を覆う<甲羅>は、これも脊椎骨に癒合することなく、独立的に上に被さっているだけの様です。このカバー中には、微少サイズの皮骨が埋没していますが、これは棘皮動物のウニの殻が微少化して結合組織に埋没、散在するナマコの<皮膚>を連想させます。尤も、最後頸椎の背側付近に蝶型の骨が浮かんでいますが、背甲の中に存在する特異な骨化点に見え面白く感じます。この<甲羅>の骨化、即ちカルシウムの絶対的沈着量は少なく、レントゲン画像では散在する白点として観察されます。やや芯のある堅めの皮革との感触でしょうか?即ち、背甲と真に呼ぶに値する構造は持たず、この点は他のカメとは大きく異なり、一般的な脊椎動物の胸郭形態に似ています。 ところで、哺乳類のアルマジロの<甲羅>は、皮膚が骨化した由来のものであり、皮骨そのものですが、下層の胸郭とは全く癒合することなく浮いています。一方、アルマジロにやや近縁なオオアリクイに於いては、各肋骨の幅が拡大しており、これなら外部からの攻撃に対し、背と心臓をがっちりと守る事が出来そうです。まぁ、半分甲羅化した胸郭です。どちらも歯牙の発達弱く、前肢の爪以外に武器は持ちませんが、その分、体幹の武装を強化した動物と言えそうです。因みに、国内であれば日本平動物園の資料室にオオアリクイの交連骨格標本が展示されていますので、お近くの方は是非現物を目にして下さい。 これらに対し、一般のカメでは、胸郭の肋骨+脊椎骨同士が癒合して一体化し、その上に骨化はしていないケラチン質の薄い板が配列する構造ですが、オサガメでは、胸郭が独立的な構成を保ち、微少サイズの皮骨を含んだ皮革様のカバーが覆う構造、となります。まぁ、<甲羅>の起源にもバリエーションが存在する訳です。 |
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一方、オサガメの腹甲の方ですが、周辺を取り巻くように複数(8本)の骨化した桿状構造が輪となって連結しています。各々、独立性があり、これから判断すると腹甲側は、或る程度の柔軟性を保持し、これは遊泳性時に有利に作用しているのかもしれません。前肢骨を支える基部となる肩帯の骨要素は、幅太く、もの凄く頑丈そうに見えます。他のカメ類と同様に三叉型に枝を伸ばし、その1つは椎骨の側方に接着し、他方、腹側の2つの内の外側の1つは桿状の腹甲に接着しているものの、体矢状面近い(=体中心寄りの)残りの1つは、骨化していない柔らかい腹甲にアンカーしています。しっかりとした板様に骨化した腹甲に結合していないと、アンカーとして前肢骨の動きの起点となり得ないように思えますが、実際、オサガメは強力な漕ぎ出しを可能としていますので、この様な造りでも問題無いと言うことなのでしょう。結合組織で腹甲に結合していると思われますが、柔らかな腹甲をも含めた肩帯の柔軟な動きが寧ろ前肢の円滑な往復運動には好適である可能性もあります。前肢骨の中では、上腕骨が幅を拡大し頑強そうに見えます。強力に土を掘り進むモグラの上腕骨にも類似していて院長は面白く感じました。その幅広い面積に、肩帯また体幹(肋骨)との間に多くの筋を付着させて強力な漕ぎ出しを行うのでしょう。 腰帯の骨構造も頑強な造りをしていますが、これに連結する大腿骨は、短く且つ幅も狭く、前肢ほどには強力な推進力を産生出来る様には見えません。後肢は補助的な推進ブースターとしての役割の他、航空機の水平尾翼の様に、遊泳時の姿勢維持、方向転換に利用されるのでしょう。 運動器以外では、オサガメを含めウミガメの食道の表面には胃の方向に向いた無数のトゲが密生しており、一度呑み込んだ獲物を逆流させない仕組みになっています。これは水圧の変動に拠る胃の膨張に抗する為の形態と思われますが、腹甲が柔らかであり、水圧変動の影響をより強く受けるオサガメでは、特に重要な構造であり得るでしょう。 |
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