羽ばたきロコモーション 海鳥16 |
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2021年9月5日 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。カモのロコモーションのお話の続きです。 以下本コラム作成の為の参考サイト:https://en.wikipedia.org/wiki/Duckhttps://ja.wikipedia.org/wiki/カモhttps://en.wikipedia.org/wiki/Mallardhttps://ja.wikipedia.org/wiki/マガモhttps://en.wikipedia.org/wiki/Domestic_duckhttps://ja.wikipedia.org/wiki/アヒルhttps://en.wikipedia.org/wiki/Tufted_duckhttps://ja.wikipedia.org/wiki/キンクロハジロhttps://en.wikipedia.org/wiki/Swanhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ハクチョウ属https://en.wikipedia.org/wiki/Little_grebehttps://ja.wikipedia.org/wiki/カイツブリhttps://en.wikipedia.org/wiki/Usain_Bolthttps://ja.wikipedia.org/wiki/ウサイン・ボルトPromedica 南山堂医学大辞典 CD-ROM, ver.2.0, 2002https://en.wikipedia.org/wiki/Muscular_dystrophyhttps://ja.wikipedia.org/wiki/筋ジストロフィー |
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カモの地上ロコモーション キンクロハジロやカイツブリの様な、後肢を体幹の後方に据えてパドリングする泳法(後肢伸展維持型)に適応しているトリであれば、その状態とは90度後肢の配置を変えて体幹の腹側から地面へと突き出す地上歩行には、後肢の筋骨格形態は適応的ではない可能性があります。実際、カイツブリの仲間はヨタヨタどころかまともに地表を歩くことが出来ません。空中飛翔するか水面に浮上する或いは潜水するかの性向が非常に強く、地上歩行性を捨て去った変わったトリとも言えるでしょう。多くの海鳥は空中飛翔と海面或いは潜水で殆どの時間を過ごし、上陸するのは繁殖期の営巣時に限定されますが、それでも一応は地表を歩くことが出来ます。カイツブリは営巣自体が水面上に枯れ草などを盛り立てて巣を作ったりするぐらいで、余程地表が苦手の様に見えます。体重も軽いですので、その様な営巣も可能な訳ですが。 潜水動作を全く行わないマガモ並びにその家禽化されたトリであるアヒルは、歩行時には鉛直軸回りに左右に体幹を目立つ様に振り (= yawing ヨーイング)、尻を振りながらのヨタヨタした歩行を示します。この時には体幹−トリの胸郭と骨盤は構造的に一体化して飛行船の胴体の様に一塊で運動します−はほぼ水平位に保たれており、進行方向軸回りの回転即ち rolling ローリングの発生は目立ちません。このヨーイング発生は、片側の足を着地して地面を後方に押すときに生じる体幹の回転−例えばボートの片側を櫓で漕ぐと船体は櫓側への回転運動を発生します−を、股関節回りの筋で逆回転を起こして解消し、体幹の向きを一定して前方に保つ機能に乏しいことを意味します。因みに、我々人間が二足歩行する時には個体差はあるものの骨盤を鉛直軸回り左右に回転させます。例えば右足を空中に浮かせて前に進める時(遊脚期と言う)には、骨盤は左に回転しますが、そのままだと右足のつま先も左側に回転して着地してしまいますが、この時には無意識的に右脚を股関節回りに右に回転させ、つま先の軌跡が後ろから前へと進行方向にまっすぐな平面上を進む様な動作が行われているわけです。これは歩幅を稼ぐのにも役立ちますし、また前方推進力を得るためにも効率的です。骨盤のyawing に対して全く意識せずに後肢を逆 yawing させている訳ですが、その様な筋の動きが生得的に脳に仕組まれている話になります。アヒルにはそれが未熟な状態にあると言っても良いでしょう。水面を左右交互にパドリングして進む時には、体幹のヨーイングは目立ちませんが、これは左右交互に細かくパドリングしてブレを軽減すると同時に、体幹の持つ水の抵抗性がこれを打ち消して問題にならないからかもしれません。 因みにダチョウやレアなどの大型の走鳥が地表を走る場合、この様な体幹の揺れは生じず、安定且つ効率的に前進が可能です。体幹が左右にヨタヨタとブレる様では高速走行もままならず、機能形態面、運動制御面での改良が進んだのでしょう。ヒトでは骨盤の yawing が発生し、走行時には無駄なエネルギーの費出になりますが、これを如何に抑制して走るか−ダチョウ型走行の取り入れ−が陸上短距離種目の1つのカギと言えるかもしれません。院長の見た限りですが、ウサイン・ボルト選手には疾走時の骨盤の yawing が殆ど感じ取れませんでした。これが有利に作用している可能性はありますが、ボルト選手の場合は脊柱側弯症に由来する骨盤の非対称的な動きがあるとも指摘されており、更に解明を進めた方が良さそうです。以上、走るトリのコラムにて詳述する予定です。 他方、カモの仲間に一番近い分類群のガチョウの場合ですが、地表歩行を前方から観察すると体幹が左右に明瞭にブレ、またこれと同時に鉛直軸回りの回転運動も発生します。これは接地している脚の側に体幹がローリングすると同時に、その脚回りにヨーイングが発生する歩行ですが、アヒル以上に稚拙な歩容と感じます。エネルギー面でも、体幹に余計なブレを発生させずに進行方向のみに移動させるのが得策です。ローリングの発生は、ボディサイズが大きく体重が重いので、左右交互に後肢1本で体幹を支えるのが困難度を増してしまうからかもしれません。 |
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動揺歩行 swaying gait とは アヒルの歩行の話のついでに、ヒトの動揺歩行 (動揺性歩行とも) と呼称される歩行について少し触れておきましょう。実は生き物それぞれにはロコモーション時にメインとなる体幹の反復回転運動の軸が定まっては居ますが、直交する3軸回りの回転は全て発生し、瞬間瞬間の回転軸の配置は各軸回りの運動を合成した運動の軸となります。従って厳密に言えば、推進力を稼ぐための反復回転性以外の運動成分を含みます。メインの回転性以外の運動性を無駄なものである、余計なブレが起きていると考える時、その運動性を<動揺>と定義する事も可能です。そして、この動揺の程度がノーマルな値を超えていると視認される場合には、その様なロコモーションを動揺性ロコモーション、ヒトの場合には動揺性歩行と大雑把に呼称することになります。この考え方は身体の各パーツの運動性についても当てはめることが可能で、例えば、体幹の動きが正常な範囲にあっても、後肢だけ特異な運動性を示す場合もあり得ます。尤も、四肢含めて或る部分の動作が異常であれば、それは目立たずとも必ず身体の他の部位に波及して影響はしている筈ですが。院長コラムのイヌの変形性股関節症などの項でも採り上げましたが、歩容 gait を見れば、患者、患畜のどこに異常が起きているのかを、その道のプロであればほぼ一瞬で確実に絞り込む事が可能です。 筋ジストロフィー患者等に観察される歩容 gait の場合ですが、各患者さんの病型や進行程度に拠り個人差はありますが、片足を地面から挙げて前に降り出す時(遊脚期)に、挙上の高さを稼ぐと同時にバランスを保つべく、体幹全体を反対側(接地している側)に傾けてしまう歩行を行い、これを左右交互に繰り返すと、前方から見た時に体幹が時計の振り子の様に大きく左右に反復回転して見える事を言います。体幹が鉛直軸回りにではなく、前後方向軸回りに反復回転する動作 (= rolling ローリング)になります。即ち、体幹回転の軸性がアヒルの歩行の振れとは大きく異なり、どちらかと言えばガチョウの歩行に近いですね。実はこの歩容を動揺(性)歩行と呼称するのも、まだ曖昧性を含んでおり、より正確には異常運動の軸性を明確にしてローリング歩行 rolling gait とでも呼ぶべきですね。因みに横軸回りの回転運動は pitching ピッチングと呼称しますが、四足哺乳類が平地を疾走するロコモーションの際には、四肢と体幹を含めこれが主たる軸性になります。 筋ジストロフィーに関しては、https://www.kensvettokyo.net/column/202002/20200201/ のコラム含め8回に亘り詳細に解説していますのでご覧ください。 因みに、アヒル歩行なる医学用語は、英名 goose gait, 或いは waddling gait で表記され、アヒル歩行では無くガチョウ歩行と和訳するのが正しいのですが、これは、神経麻痺や筋の障害(筋萎縮など)に拠り足関節の背屈筋が正常に動作しない為に遊脚相で下垂足(つま先がダラッと下がってしまう)を呈するところを、足先端部が床面に接触しない様に患肢を通常より高く挙上し、また踵着床時に足底部が床にペタペタと着いてしまう歩容がガチョウの歩行と似ているところから名付けられものです(南山堂 Promedica より引用並びに一部改変)。筋ジストロフィーの場合は、足の背屈筋のみならず全身の筋が萎縮しますが、同様の歩容が発生することになります。この名称に関してですが、元々からして、ヒトの疾患の症状を動物の名前を冠した名で呼称する自体が適切であるとも思えませんので、この様な呼称はもう止めるべきでしょうね。歩容を語るにしては残念ながらロコモーション的な視点、特に運動軸性の概念に欠如している呼び名にも見えます。 上にも述べましたが、正常歩行時のヒトの骨盤は鉛直軸回りに反復回転し、胸郭はこれとは反対に回転しますが、後肢は進行方向軸に沿って振り出され進みます。これは股関節が骨盤とは逆方向の鉛直軸回りの回転を発生させている為ですが、これで後肢を左右にブラさずに効率よく前方に進む事が出来る訳です。筋ジストロフィー患者の<ローリング歩行>時には、この様な体幹並びに後肢の鉛直軸回りの各反復回転性、即ちヒト型の歩行は基本的に全て維持されています。まぁ、正常な gait に異常な運動成分が加わり、その異常部分が目立つと言う訳ですね。 二足歩行と言っても色々なタイプがありますが、ヒトの二足歩行の進化、即ちヒト型二足歩行の進化は院長の専門とする分野であり、後日別コラムで纏める予定です。 |
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