羽ばたきロコモーション 海鳥21 |
||
2021年10月1日 KVC Tokyo 院長 藤野 健です。 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきました。最終的にビーバーの尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察しようと思いますが、その前に途中追加的にロコモーション関連の話をまた〜りと採り上げます。運動性に関することですので、youtube からの動画資料を多くお借りしての解説です。 ウミガメの様な水中羽ばたき型の遊泳ロコモーションを示す各種の動物を引き続き見て行きましょう。今回はなぜペンギンがマイナス70℃にも達する極寒の地、南極大陸で生息出来るのかについて考えます。 以下本コラム作成の為の参考サイト:https://en.wikipedia.org/wiki/Penguinhttps://ja.wikipedia.org/wiki/ペンギンhttps://www.gbif.org/species/113360689Pinguinus impennis (Linnaeus, 1758) In: English Wikipedia - Species Pageshttps://en.wikipedia.org/wiki/Emperor_penguinhttps://ja.wikipedia.org/wiki/コウテイペンギンhttps://ja.wikipedia.org/wiki/八甲田雪中行軍遭難事件1902年(明治35年)に起きた近代の登山史における世界最大級の山岳遭難事故https://ja.wikipedia.org/wiki/愛知大学山岳部薬師岳遭難事故https://aichiu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=8430&file_id=22&file_no=1山岳部「薬師岳遭難」 山田 義郎 愛知大学史研究,(1),83-95 (2007-10-31)(クリックすると pdf 形式で全文が得られます)https://ja.wikipedia.org/wiki/吾妻連峰雪山遭難事故 |
||
ペンギンの寒冷適応戦略 コウテイペンギンはボディサイズを大型化しましたが、これは、体重当たりの表面積を減らして体熱の損失を減らすのに適応的です。実際、或る研究者が体熱の損失と恒温性の維持に関して計算したところ、殆どの現生のペンギンはコウテイペンギンの棲息する極寒の環境下で生存するにはボディサイズが小さすぎる事が判明しました。 温暖な環境に棲息する種を含め、全てのペンギンは上腕叢 humeral plexus と呼ばれる熱交換装置を持って居ます。ペンギンのヒレは腋窩動脈の枝を少なくとも3本持っていますが、冷たくなった血液を温かい血液に触れさせて熱交換しヒレからの熱損失を押さえます。足についても同様の機構の存在が考えられますが、この様に四肢への血流量をコントロールする機構を持つことで、手足の凍結を最低限防止しつつ体熱の放散を防止する事も出来ます。哺乳動物に於いても、例えば極寒の地に棲息するイヌ科のホッキョクギツネも同様の熱交換機構を持って居ます。ちよっとうろ覚えなのですが、この様な熱交換機構はマグロなどにもあると聞いた記憶があります。 ペンギンの聴覚は他の一般的なトリと同等ですが、混雑するコロニーの中で親子が互いの位置を知るために利用されます。目は潜水中の視覚確保に適しており、第一に餌の位置を知り捕食者を避けるためのものになります。目のサイズは小さく感じますが、極寒の地では大きな眼球は却って凍結の危険性を高めるのかもしれません。フクロウの様に夜間活動する為の受光面積を確保する必要性もなく、小さいサイズで不足も無いのでしょう。地上ではペンギンは近眼であると示唆されていますが、研究成果はこの説を支持していません。 血液から過剰な塩分を眼窩上腺から濾過して排泄できるのでペンギンは海水を飲むことが出来ます。鼻腔を通じて濃縮された液体として塩分が体外に排出されます。マイナス60℃の氷をついばんで水分を得ると体熱の消費が大きくなります(尿は体温で排泄される為)が、マイナス数度の海水を飲めばまだそれが防止出来ますね。 以上の様な、形態機能、生理機構的な寒冷適応に加え、行動面で寒冷に立ち向かう方法も取られます。天候が悪化し吹雪きや寒風に見舞われると、コウテイペンギンは密集し合い団塊を作ります。恒温動物が密集すれば互いの発熱が籠もり加温され、外部の寒冷に抵抗出来る様になるとの仕組みです。一列に並んだコウテイペンギンがこの団塊の最外周に加わり、少しずつ中心部に接近して行きますが、加熱し過ぎた個体は中心部から抜け出て外周部に加わるとの、ローテーション、即ち回転式の入れ替わりを行います。中心域は37℃も温度が上昇するとの説も出ています。立位姿勢を取るが故に密度高く集まる事が出来る訳ですが、ペンギンが二足歩行化したのはこの密集化を成し遂げる為の寒冷適応の為であったと考える事も出来るでしょう。周囲が立位を取る他個体で囲まれれば当該個体は頭部のみ寒冷に晒されるに留まる訳です。 明治時代の厳寒期に八甲田山での大量遭難死亡事故が発生しました(1902年、明治35年に発生、210名中199名死亡、近代の登山史における世界最大級の山岳遭難事故)が、この時もコウテイペンギンに倣い、立位で密集し場所を順次入れ替える策で対応していれば助かる者も多かったかもしれません。院長は生存者の写真を見たことが有りますが、多くは凍傷での両足切断者であり痛ましい姿でした。その他にも山岳遭難事故の記録を目にすると、数名のパーティが雪山で遭難し、最後は低体温由来の脳機能低下に陥り、衣服を脱いで裸になったり或いは錯乱して四方に散ったり、もう私はいいからあなたは逃げてなどと生への意思を低下させてしまい、各々凍死してしまう例が多いのです。脳に向かう血流温が低下すると途端に脳機能が低下してしまい迅速な行動や正しい判断が不可能になりますので、特に頸部に保温装置を装着する方策も取れるかも知れません。遭難時或いは遭難に備え、コウテイペンギンの羽毛を含めた身体構造、行動や生理機構に学べるところが少しはありそうにも思えます。それよりもヒトは寒冷曝露に耐える進化をして居ませんので、雪山になど登らないのが自然の摂理に沿うことであり一番なのですが。 生物学的な寒冷適応の観点から雪男生存の可能性についてコラム化したいのですが、いつ実現できるのやら・・・。 |
||
防寒材としてのペンギンの羽毛 前のコラムで、気温マイナス60℃の地表から、水温がせいぜいマイナス数度に留まる海水中に潜水すると温泉に入った様に暖かく感じるだろうと述べましたが、確かに水中は温度的にはずっと高いのですが、体熱を奪う効果(熱損失)は空気よりは水中の方が格段に高く、氷の下の海水の中で 40℃弱程度の体温を維持するには余程の<防寒機能>が必要になります。ヒトでも剥き出しの手を氷水に浸すとすぐに骨身に沁みて痛くなる程ですが、炊事用手袋を装着するだけでもだいぶラクになりますが、それと同様のものを備えれば良い訳です。 ペンギンは体温を保つ為の厚い羽毛の層を持って居ます。コウテイペンギンは最大1平方センチ当たり9枚の羽根を生やす密度ですが、実はこれは南極の環境に棲息する他のトリよりもずっと低い密度です。しかしながら、コウテイペンギンは少なくとも4種類の羽根、即ち、一般的な羽根に加え、後羽、綿羽、糸状羽の3種を別に持ちます。後羽は主たる羽根に直接付着するダウン様の綿羽で、かつては潜水時に体熱を保持するトリの能力はこれに拠るものと信じられていました。綿羽は、小さなダウン羽根で皮膚に直接付着し、他のトリに比較するとペンギンではずっと密度が高いのです。最後の糸状羽は、長さ1cm以下の小さな軸だけの羽根で、先端に放射状に繊維が開きます。糸状羽は飛ぶ鳥に於いては、羽根がどっちを向いているのか、羽根繕いする必要があるのか無いのかの感覚を与えると信じられて来たので、飛ばないトリであるペンギンではそれの存在が矛盾する様にも見えますが、しかしながらペンギンは広範囲に羽根繕いをします。糸状羽が<乱れ>の感覚を伝えるのでしょう。この様な複数種の羽毛の構造や機構を通じ、羽毛の中に空気層がロックされて保たれ、冷たい水から鳥を断熱するのに役立つと同時に浮力を確実に与えます。コウテイペンギンが浮上して加速を付け氷上に躍り出る直前に、体幹から大量の空気の気泡が漏れ出ますが、体幹を絞り込んで径を細くし、水の抵抗を低下させて加速を図る工夫とも考えられます。将来的には、ペンギンの羽毛を見倣い、起毛部分を外気に合わせて適宜傾け、抱える空気層の厚さを調整可能なダウン類似ハイテクコートなどが世に出されるかもしれませんね。しかしながら、この程度の厚さの工夫された羽毛と体熱放散制御機構、或いは未だ解明されていないはずの寒冷適応の生理学的機序のもとに、極寒の地に良く生き延びているものだ、と驚異の念を覚える他にありません。 ペンギンの黒と白のツートンカラーの塗り分けは、シャチやヒョウアザラシなどの捕食者が水中で下からペンギンを見上げた時に水面の反射の色に紛れ区別が困難となるのに、また空中から見た時に海面に紛れるのに役立ちます。これはイワシの背が青黒く、腹が銀色であるのと同じですね。殆どの種に於いて、約5万頭に1個体の割で黒では無く茶色の羽毛の雛が産まれます。これはイザベラ(色の)ペンギンと呼ばれます。イザベリニズムはアルビノとは異なりますが、ノーマルなペンギンに比べると短寿命で終わる傾向にあります。これは海の色の内に十分にカモフラージュされず敵に襲われ、また他のペンギンから仲間として無視されてしまうからです。アフリカの黒人にアルビノが産まれると非常に目立ちますが、呪術の道具に利用する為に襲われる例が頻発しています。この悲しい事実を連想しました。 さて、ペンギンの立位二足歩行を扱いましたので、次回からは一度番外編として、トリの二足歩行に視点を移してお話を進める事にします。ペンギンの項は今回で終わります。 |
||