Ken's Veterinary Clinic Tokyo
哺乳動物学・獣医療・自由研究・学術 相談専門 動物クリニック

                             



院長コラム記事





ロコモーションとはなにか − 風変わりなロコモーション

2020年12月1日


カピバラI ビーバーの泳法との比較U

2020年11月25日


カピバラH ビーバーの泳法との比較T

2020年11月20日


カピバラG マスクラットの泳法との比較

2020年11月15日


カピバラF ヌートリアの泳法との比較

2020年11月10日


カピバラE なぜ半水棲なのか

2020年11月5日


カピバラD ウマのロコモーションとの比較

2020年11月1日


カピバラC 骨格形態

2020年10月25日


カピバラB カピバラの仲間

2020年10月20日


カピバラA 食用 or ペット?

2020年10月15日


カピバラ@  和名に物申す

2020年10月10日


ネズミの話42 ネズミと病気 腺ペスト16

2020年10月5日


ネズミの話41 ネズミと病気 腺ペスト15

2020年10月1日


ネズミの話40 ネズミと病気 腺ペスト14

2020年9月25日


ネズミの話39 ネズミと病気 腺ペスト13

2020年9月20日


ネズミの話38 ネズミと病気 腺ペスト12

2020年9月15日


ネズミの話37 ネズミと病気 腺ペスト11

2020年9月10日


ネズミの話36 ネズミと病気 腺ペスト10

2020年9月5日


ネズミの話35 ネズミと病気 腺ペスト9

2020年9月1日


ネズミの話34 ネズミと病気 腺ペスト8

2020年8月25日


ネズミの話33 ネズミと病気 腺ペスト7

2020年8月20日


ネズミの話32 ネズミと病気 腺ペスト6

2020年8月15日


ネズミの話31 ネズミと病気 腺ペスト5

2020年8月10日


ネズミの話30 ネズミと病気 腺ペスト4

2020年8月5日


ネズミの話29 ネズミと病気 腺ペスト3

2020年8月1日


ネズミの話28 ネズミと病気 腺ペスト2

2020年7月25日


ネズミの話27 ネズミと病気 腺ペスト1

2020年7月20日


ネズミの話26 ネズミと病気 Q熱

2020年7月15日


ネズミの話25 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症[

2020年7月10日


ネズミの話24 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症Z

2020年7月5日


ネズミの話23 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症Y

2020年7月1日


ネズミの話22 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症X

2020年6月25日


ネズミの話21 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症W

2020年6月20日


ネズミの話20 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症V

2020年6月15日


ネズミの話19 ネズミと病気 ハンタウイルス感染症U

2020年6月10日


ネズミの話18  ネズミと病気 ハンタウイルス感染症T

2020年6月5日


ネズミの話17 ドブネズミと飼育

2020年6月1日


ネズミの話16 ドブネズミの生殖

2020年5月25日


ネズミの話15 ドブネズミの食性

2020年5月20日


ネズミの話M ドブネズミの社会とコミニュケーション

2020年5月15日


ネズミの話L ドブネズミの外観・感覚・行動

2020年5月10日


ネズミの話J  ドブネズミの分布

2020年5月5日


ネズミの話J  ドブネズミとは

2020年5月1日


ネズミの話I 日本の野生ネズミY キヌゲネズミ科A

2020年4月25日


ネズミの話H 日本の野生ネズミX キヌゲネズミ科@

2020年4月20日


ネズミの話G 日本の野生ネズミW トゲネズミ

2020年4月15日


ネズミの話F 日本の野生ネズミV

2020年4月10日


ネズミの話E 日本の野生ネズミU

2020年4月5日


ネズミの話D 日本の野生ネズミT

2020年4月1日


ネズミの話C 形態U

2020年3月25日


ネズミの話B 形態T

2020年3月20日


ネズミの話A 分類

2020年3月15日


ネズミの話@ ネズミもどき

2020年3月10日


イヌと筋ジストロフィーG その他の治療

2020年3月5日


イヌと筋ジストロフィーF 分子レベルでの治療W

2020年3月1日


イヌと筋ジストロフィーE 分子レベルでの治療V

2020年2月25日


イヌと筋ジストロフィーD 分子レベルでの治療U

2020年2月20日


イヌと筋ジストロフィーC 分子レベルでの治療T

2020年2月15日


イヌと筋ジストロフィーB 病因と診断

2020年2月10日


イヌと筋ジストロフィーA デュシェンヌ型筋ジストロフィー

2020年2月5日


イヌと筋ジストロフィー@ 概論

2020年2月1日


イヌの退行性脊髄症B 診断と治療

2020年1月25日


イヌの退行性脊髄症A 病態と原因

2020年1月20日


イヌの退行性脊髄症@ 概要

2020年1月15日


イヌの前十字靭帯断裂B 治

2020年1月10日


イヌの前十字靭帯断裂A 症状・診断・治療

2020年1月5日


イヌの前十字靭帯断裂@ 概要と原因

2020年1月1日


イヌの股関節形成不全H 外科手術V

2019年12月25日


イヌの股関節形成不全G 外科手術U

2019年12月20日


イヌの股関節形成不全F 外科手術T

2019年12月15日


イヌの股関節形成不全E 治療V 幹細胞療法とサプリメント

2019年12月10日


イヌの股関節形成不全D 治療U 理学療法

2019年12月5日


イヌの股関節形成不全C 治療T 医薬品の利用

2019年12月1日


イヌの股関節形成不全B 診断

2019年11月25日


イヌの股関節形成不全A 原因と症状

2019年11月20日


イヌの股関節形成不全@ 病態

2019年11月15日


キツネの話O 俗信と精神医学V

2019年11月10日


キツネの話N 俗信と精神医学U

2019年11月5日


キツネの話M 俗信と精神医学T

2019年11月1日


キツネの話L  キツネとエキノコックスU

2019年10月25日


キツネの話K キツネとエキノコックスT

2019年10月20日


キツネの話J 馴化と遺伝子U

2019年10月15日


キツネの話I 馴化と遺伝子T

2019年10月10日


キツネの話I 馴化と遺伝子T

2019年10月10日


キツネの話H 馴化とルイセンコ学説

2019年10月5日


キツネの話G 本家のキツネ アカギツネ

2019年10月1日


キツネの話F 本家のキツネ 喜望峰とコサック

2019年9月25日


キツネの話E 本家のキツネ 寒暑対

2019年9月20日


キツネの話D 本家キツネ 概論U

2019年9月15日


キツネの話C 本家キツネ 概論T

2019年9月10日


キツネの話B 南米のキツネU

2019年9月5日


キツネの話A 南米のキツネT

2019年9月1日


キツネの話@ ご先祖キツネ

2019年8月25日


タヌキと木登り

2019年8月20日


ジャッカル と コヨーテ

2019年8月15日


wild dog とは A リカオンとドール

2019年8月10日


wild dog とは @ ディンゴ

2019年8月5日


ゾウは癌になりにくい? ゾンビ遺伝子LIFの働きA

2019年8月1日


ゾウは癌になりにくい? ゾンビ遺伝子LIFの働き@

2019年7月25日


逆立ちする動物 F 二足歩行との関係

2019年7月20日


逆立ちする動物 E 逆立ちとボディサイズ

2019年7月15日


逆立ちする動物 D ヒトの逆立ち

2019年7月10日


逆立ちする動物 C ヤブイヌ

2019年7月5日


逆立ちする動物 B 飼いイヌの例

2019年7月1日


逆立ちする動物 A マダラスカンク

2019年6月25日


逆立ちする動物 @ コビトマングース

2019年6月20日


ハイエナC 形態と行動

2019年6月15日


ハイエナB 系統分類

2019年6月10日


ハイエナA 進化

2019年6月5日


ハイエナ@ 概論

2019年6月1日


イヌ科の系統分類C分類の実際U

2019年5月25日


イヌ科の系統分類B 分類の実際T

2019年5月20日


イヌ科の系統分類A 遺伝分析

2019年5月15日


イヌ科の系統分類@ 形態分析の話


2019年5月10日


なぜゾウは癌にならないのかA

2019年5月5日


なぜゾウは癌にならないのか@

2019年5月1日


忠犬ハチ公と農科大学

2019年4月25日


はしかとジステンパー

2019年4月20日


犬は噛み付いて当たり前

2019年4月15日


ザギトワ選手と秋田犬マサル

2019年4月10日


狂犬病の話

2019年4月5日


剽窃 と 捏造

2019年4月1日


性格を激変させる病気 - 甲状腺の話

2019年3月25日


破傷風の話

2019年3月20日


ミツバチは家畜か?

2019年3月15日


働き者のナマケモノ

2019年3月10日


オンライン診療について

2019年3月5日


奥多摩のオオカミ信仰

2019年3月1日


幻の動物 カワネズミ

2019年2月25日


動物好きは獣医に向くのか?

2019年2月23日


動物看護師の国家資格化

2019年2月22日


 「飼いならすapprivoiser」考 ー 星の王子さまを巡る解釈

2019年2月21日


野良ネコは拾う勿れ

2019年2月20日


  獣医師が取り扱う動物とは

2019年2月19日


愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律

2019年2月18日


 ネコは飼育動物か?

2019年2月17日


いつ、どこでオオカミはイヌになったのか?

2019年2月16日


ビタミンDの話

2019年2月15日


子ネコの拾い方

2019年2月14日


イヌの躾の話

2019年2月14日


スマートフォンでの表示について

2019年2月12日


ホームページ開設のご挨拶

2019年2月9日










 院長のコラム (随時掲載・簡易版) 




院長のコラム 2020年7月〜12月掲載分(テキストのみ)


院長のコラム 2020年1月〜 6月掲載分(テキストのみ)


院長のコラム 2019年7月〜12月掲載分(テキストのみ)


院長のコラム 2019年2月〜 6月掲載分(テキストのみ)



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*内容的には、ペットを含め動物に対し、一定水準以上の知識、興味、関心をお持ちの方向きのものとなります。web 上では残念ながら、動物に関心を持つものの、動物学や獣医学の基礎に欠ける様な者が書いた内容の薄い記事や底の浅い投稿動画などが少なくありませんが、それに飽き足らずに問題意識をお持ちの方々に。単に動物が好きと言うことと、動物に興味を抱き正しく理解しようとすることとは別の問題です。見てお分かりの様に、本コラムは後者に力点を置いています。








ロコモーションとはなにか − 風変わりなロコモーション




2020年12月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 カピバラと他の水棲齧歯類との運動特性の比較をこれまで行ってきましたが、最終的に尻尾の扁平化の持つ機能的意義について考察を行う前に、動物の移動運動性について周辺の話を交えながらまったりとお話しして行きましょう。最初にロコモーションとは何のことかを説明して行きます。動作に関することですので動画を多めに利用しますね。




風変わりなロコモーション




 ロコモーションとは動物が移動する動作そのもののこと、或いはその移動の方法、様式などを差す言葉です。特に手足を持つ動物の場合には<歩容>とも表現されますが、四肢を持たないヘビの各種の前進方法、或いは巻き貝の仲間のカタツムリが腹足の筋肉の収縮波 (運動波)を後ろから前へとエスカレーターの階段の様に次々と送りながらヌメヌメと這う場合には、この言葉は適当では無い様に見えます。尤も、巻き貝でもサザエやカサガイの仲間は腹足が左右に分かれていて、右左、右左と交互に滑らせながら進みますので<歩容>でも良いかもしれません。院長は中学生の頃に礒の生物の飼育に夢中になっていたのですが、その時にガラス面を這うサザエ科のスガイやアクキガイ科のイボニシが左右交互に摺り足で<歩行>するのを知り驚いたことを思い出します。残念ながら youtube ではその様な画像を見つけることが出来ませんでした。思い出しましたが、腔腸動物のウメボシイソギンチャクもガラスの上をゆっくりと移動可能で、翌日に観察すると別の場所に貼り付いていることもありました。

 以前に沖縄の海岸で細長い蓋を杖にして砂上をひょっこりひょっこり歩く巻き貝(名前が分からないのですがソデ貝の仲間でしょうか?)を見つけたのですが、身体の軟らかい動物の多様なロコモーション様式には驚嘆するばかりです。イカの高速遊泳然り、また二枚貝のホタテ貝も殻を羽ばたいて水中移動することもあるぐらいですし。




脊椎動物のロコモーションの特徴




 ホネを身体の芯に持つ脊椎動物の身体には無限回転可能なタイヤの様な前方推進装置は存在せず、従って、前に進む動力を得るためには、基本的に関節回りに配置した筋肉を収縮したり延ばしたりさせ、身体の一部を往復運動させて(これ自体波動と言えます)推進力を得るしかありません。体育館のマットの上ででんぐり返しを繰り返せば屈伸なしで進めるのではないかと考える方も居られるやも知れませんが、実は手足や体幹を一見分からない様に反復屈伸させて前方推進のための馬力を得ています。

 敵に襲われたアルマジロが丸まって坂道を転がって遁走すると聞いたことがあるのですが、この場合は重力により落下運動をしていることになります。他にクマやアザラシが斜面を自分から転がるシーンも時々は観察されますが、これは知能が高い動物に良く観察されることですが遊びの色彩が強いですね。この様な、その種にとって共通に、普遍的に観察される移動様式では無く、個体レベルでの遊びと見做せられる類いの移動方法はロコモーションとは呼べません。

 他方、種として共通に観察される移動様式であり、重力或いは空気からの揚力を上手く利用する為の姿勢保持を元にして行われるトンビやムササビの滑空は、ロコモーションと呼んでも良さそうには見えます。この様な場合を除き、通常は身体の一部を媒体と接触させつつ関節回りの往復運動を行いながら前に進むのが動物のロコモーションの基本になります。まぁ、簡単に言えばボート漕ぎと同じ原理です。但し、rectilinear  locomotion と呼称される一部のヘビに観察されるロコモーションに於いては、体幹筋の筋収縮の粗密波を発生させて前進する方法が採られますが、これには関節運動は関与していない可能性がありそうです。

 ヒトの二足歩行を思い浮かべても、左右交互の脚を前後に往復運動させてている事が理解出来ると思います。

 斯くして、脊椎動物のロコモーションの進化を理解する事とは、


@どの部位の筋骨格系を利用してどの様な往復運動、即ち波動生成を行うのかの機能形態学的解析、


A<足掛かり>となる媒体空間に対し、なぜその様なロコモーション様式を選択するに至ったのかの考究

 

 この2点に絞り込めるでしょう。









カピバラI ビーバーの泳法との比較U




2020年11月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話ですが、カピバラの比較対象としてビーバーの泳法を採り上げましょう。ビーバーの形態と泳法の核心に迫りましょう。




ビーバーの形態と泳法




 ビーバーの交連骨格標本を見て第一に思うことは、身体の後ろ半分の骨要素の頑丈さです。太い骨要素の周囲にはそれに見合う大量の筋肉が配置すると考えて良いのですが、ビーバーに於いては地上及び水中での前方推進力産生に<下半身>が強力に関与していることを示します。<上半身>の方は、工具の「食い切り」にもよく似た、削るマシーンに特化した頭蓋骨と、進行方向選択と小物握りに役立つ短く骨細な前肢の組み合わせです。

 指の数は前後とも5本ずつ有りますが、前肢の手には水かきがなく後肢の足には水かきが良く発達しカモの足にも類似します。これは前肢の手を推進力を得るためのパドルとして利用するのではなく、小物を把握するのに利用することを明確に示しています。web 上の複数の投稿動画を見ても、ビーバーの前肢は推進力産生には殆ど関与していない様に見えます。前後枝の機能的分化の程度が弱く、四肢を用いた犬掻き型で水中での前方推進力を得るカピバラやヌートリアとはこの点が大きく異なっている訳です。

 潜水時には体幹を背腹方向に屈伸し聖徳太子の持つ杓の様な形の扁平な尻尾を強力にスイングさせ、後肢の蹴り出しと併せて前方推進力を得ています。これはクジラや海牛類の水平に張りだした尻尾(正確には尾びれ)と同じ機能的意義を持ちますが、クジラや海牛の尾びれと類似する構造をビーバーが獲得していることへの言及は院長は見た事がありません。ビーバーは、水中での前方推進力産生に当たり、哺乳類の特徴である背腹方向への屈伸力を<尾びれ>を備えて効率良く利用している動物の1つと言う訳です。

 この様に、効率的且つ特殊化したな潜水泳法と形態を獲得している点に於いて、ビーバーは齧歯類中最強の水中生活適応ロコモーション性を示す動物と言えます。

 尚、各種動物の尻尾の扁平化が意味するところについては、次回、番外編として扱う予定です。




齧歯類の水棲環境への適応戦略




 齧歯類の水棲環境への適応性を考えて来ましたが、齧歯類で親水性を持つ動物には、

@いずれもそれが属する同一系統群の中でボディサイズが最大級である

A水中での推進力を得る際に、前後枝の機能的分離の程度に違いが見られる

B尻尾の形態に違いが大きい

C祖先系動物に掘削型の動物が居たものがある

 などの特徴が観察されました。

 今回考察を加えた、カピバラ、ヌートリア、マスクラット、ビーバーは、各々独立的に水中生活性を高める方向に進化したものと考えて居ますが、齧歯類ではない他の目、例えば食肉目の動物でもイヌ科のヤブイヌが潜水を得意としたり、カワウソが水に遊ぶ、また少し離れたアザラシの一派(鰭脚目)が高度な適応形態を示したりと、様々な、<水の入り方>の像を示しています。偶蹄目では、カバが居ますし、やや離れてクジラが完全に魚類体型を獲得しました。ハイラックスの仲間が海棲のマナティやジュゴンになったり例もあります。はたまた所属不明?のデスモスチルスの様な絶滅種もいます。まぁ、一度丘に上がって進化した哺乳類が再び水中に戻る姿に関しては、面白ろおかしい、また進化とは何かを考察するに当たり、非常に有益な書き物が出来そうですが、のちに纏めることが出来ればと考えて居ます。

 院長の専門は霊長類の運動性がどのようにして変遷し、最終的にはヒトの二足歩行能獲得に至ったのかを解明することにあります。言わば、高いところが好きで木に上った霊長類、ヒヨケザル、コウモリの様な互いに近い一群を視野に入れた仕事ですが、この中でヒトを対象とすることは再び木から下りた生き物の進化の道筋を解明する事に他なりません。同じ様に、陸地から重力の反対方向の<水たまり>に踏み出す動物の進化を考えるのも大変に面白ろそうですね。哺乳類の食虫目を含めた幅広い目から水中に進出した動物が出ており、その有りようも各々異なってもいますので、霊長類なる1つの目のロコモーション進化を考えるよりは、動物学的には遙かに豊かな考察をもたらしそうです。

 その内、水棲哺乳類学会などが立ち上がるととても面白いと思います。ヒトの直立二足歩行は水中で立ち上がったことに由来するとの考えも提出されていますので、霊長類も扱われるのかもしれません。








カピバラH ビーバーの泳法との比較T




2020年11月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話ですが、カピバラの比較対象としてビーバーの泳法を採り上げましょう。2回に分けてお話しますが最初はまずビーバーの習性について概観しましょう。実はこれも泳法の進化適応と密接に関連しています。




ビーバー Beaver


アメリカビーバー North American beaver  Castor canadensis


ヨーロッパビーバー Eurasian beaver  Castor fiber




 ビーバーは擬人化され、様々な企業のロゴマークにも採用されている、人気をマウスと二分する?齧歯類界屈指の愛されものですが、実態となると何だか良く判らないと感じられる方々が多いのではないでしょうか?せいぜいのところが、樹木をガリガリと前歯で削り倒し、ダムを造り水流をせき止める動物だ、程度の認識かと思います。ベラルーシの男性が撮影中に突然ビーバーに襲われ、その強力な鑿の様な切歯に咬み付かれ出血多量で死亡したなどの話も web上には流れています。実はその文字通りの最強の<齧歯>のみならず、齧歯類の中で最強と表現して良い水中適応性を示す進化を遂げた動物なのですが、これは後ほどに。

 北米大陸並びにヨーロッパ〜北ユーラシア(全北区と言う)に棲息する半水棲の大型齧歯類で、齧歯類の中ではカピバラに次ぐボディサイズの持ち主です。頭胴長は80−120cm、尾長は25−50cm、肩までの高さは30−60cm、体重は11−30kgに達します。大型個体に挑まれたらヒト側に勝ち目はなさそうですね。現生種はアメリカビーバーとヨーロッパビーバーですが、これら2種は毛皮目的で乱獲され一時は激減しましたが、100年程前からの保護策が実を結び、現在では保護の対象とはならない程までに個体数が回復しています。アメリカビーバーの染色体数は40個、一方、ヨーロッパの方は48個で、前者は頭蓋骨が大きく尻尾もより幅が広く、鼻頭形態が四角であるのに対し、後者では三角形です。元々は北米に起源を持つ動物ですが、ベーリング海峡が陸続きだった750万年ほど前にユーラシアに亘り分化を遂げました。

 ビーバーは地中に広大なトンネルを作るホリネズミや前肢が小さく後肢が発達したカンガルーラットに極く近い仲間で、齧歯目 Castorimorpha 亜目に属しますが、ラットなどを含むネズミ亜目にも近い仲間です。

 祖先系の仲間の1つである Palaeocastorinae (昔ビーバー)亜科は、相対的に大きな前肢を持つ掘削性の動物で、低く幅広の頭蓋骨と短い尻尾の持ち主でした。2400万年前にはビーバー科は半水棲動物へと進化し、樹木を切り倒し一連の構造物を造る能力を発達させましたが、このお蔭で高緯度地域の過酷な冬を生き延びることが出来たのです。これは樹木を囓り食餌とする習性に副次的に派生した習慣ものの様に見えます。現生のビーバー並びにジャイアントビーバーの仲間はこの頃に出現しましたが、ジャイアントビーバーの仲間は現生のビーバーほどには水棲生活には特殊化を遂げて居なかった様に見えます。


 1万年ほど前迄は北米大陸に Giant beaver が棲息しており、体重は 100kg にもなりましたが、尻尾が現生のビーバーと異なり平たくなく鞭状である −これは潜水時の前方推進力を強力に産生できなかった点で上述の様に水棲に向けての特殊化の程度が低いことを意味します−点に於いて、また歯牙、特に切歯の形態が現生のビーバーとは幾らか異なります。現生ビーバーに最も近い別属に属する絶滅種との扱いです。詳しくは以下をご参照下さい。

https://theconversation.com/why-giant-human-sized-beavers-died-out-10-000-years-ago-117234




ビーバーのダム造り





 良く知られていることですが、川をせき止めて池を造り、その中央に木を積み上げて巣を作る習性があります。巣の室内に入る出入り口は水面下に有り、これで大方の外敵の侵入を防止する事が出来ます。ビーバーが繁栄したのは矢張りこの様な極めて高度に防御性の高い営巣を行う習性からと思われますが、その様な習性の強い個体が生き延びて、一層ダム造り行動が強化される方向に進化したのでしょう。当然乍ら、太い樹木を口で咥えながら潜水移動し強力に遊泳する必要性から、固有の水中運動性への適応的改変を受けています。単に自己の身体の身一つで遊泳したり潜水したりするのとは違い、荷物を運ぶ<水中土木事業家>ならではの強力な推進機構を持って居る訳です。

 木の枝や石を積んで後、藻や泥で丹念に隙間を埋めてダムを造り、また維持します。縄張り意識が強く、尿や海狸香(肛門近くの嚢腺から分泌されるマーキング物質、Castoreum カストレウム)でダム含め各所に匂い付けを行います。池は次第に富栄養化し水鳥含め様々な生き物の生活場ともなり、最終的には土砂で埋まり草原化、次いで森林化します(遷移、Ecologicalsuccession と言う)。カナダや北ヨーロッパ〜北ユーラシアの地形をグーグルマップの衛星写真で眺めると、ヒトがなかなか立ち入れないような、うねった川と小さな湖沼だらけの広大な林地が広がるのが確認出来ますが、その様な場所でビーバーがせっせとダム造りに励んでいるのでしょう。完全に草食性で、木の皮始め何でも食べてしまい、その大きなボディサイズを維持します。








カピバラG マスクラットの泳法との比較




2020年11月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話ですが、カピバラの比較対象としてマスクラットの泳法を採り上げましょう




マスクラット Muskrat  Ondatra zibethicus




 マスクラットとは麝香ラットの意味ですが、ジネズミの仲間に和名ジャコウネズミが居り、混同を避けるため、英名のままにマスクラットと呼称するのが良さそうです。南米産の齧歯類とはゆかりが無く、北米原産であり、キヌゲネズミ科ミズハタネズミ亜科に属し、ハタネズミ (ヤチネズミやレミング等含む)に近い仲間ですが、現在では人工的な移入の結果、ヨーロッパからシベリアに掛けて、また本邦でも一部地域に生息が確認されています。毛皮の色調や質を見ると実際レミングなどにもよく似ていると感じます。ヌートリアが寒冷地には棲息出来ないことに対し、本種はより寒いところでも棲息可能です。

 全長は40−70 cm ですが尻尾がその半分を占めます。体重は 0.6−2kg程度ですが、キヌゲネズミ科の中で最大種となります。キヌゲネズミ科は種数も多く、生息環境も多岐に亘りますが、本種は水中生活性を高めた種(但し流水中ではなく池や沼などの静水域がメイン)と言えるでしょう。特に寒冷な場所では、ボディサイズを大型化することは体熱の放散を防ぐのに適応的ですが、マスクラットのボディサイズはそれに当てはまります。但し、尻尾は寒冷地では不利な形態ですが、ビーバー同様(後のコラムで詳述します)、体熱放散防止の為の何か特異的な血液循環機構を保持している可能性はありますね。水温は零度以下には下がり得ませんが、低い温度の水中で活動できる秘密を探ると面白ろそうです。

 因みに、マイナス70℃でも棲息可能とされるホッキョクギツネの四肢には体熱放散を防止すると同時に足の裏を保温する為の特殊な血管配置と機構が備わっています。詳しくは、以下をご参照下さい。

2019年9月20日 『キツネの話E 本家のキツネ 寒暑対決』

https://www.kensvettokyo.net/column/201909/20190920/




 手足の指間に水かきは認められませんが、尻尾の断面が左右から押された様に縦長方向に扁平化し、水中でスイングさせれば舵取りに役立ったり、或いは幾らかの前方推進力が得られそうにも一見見えます。尻尾で推進力を得るとすればビーバー型への進化のプロトタイプ(原型、雛形)と一見考える事も出来そうですが、実はビーバーでは尻尾は左右に幅を拡大して偏平化しており、偏圧の向きがマスクラットとは90度異なります。哺乳類の椎骨の構造並びに機能は、基本的に背腹方向の往復屈伸を行うことにあり、鯨類、海牛類などを含め、皆この屈伸運動で前方推進力を産生しており、ビーバーもこれに違いません。因みに魚や魚竜の尾びれは身体の矢状面(身体を左右真っ二つに割った面)上に位置し、体幹を左右にくねらせて前方推進力を得ますが(まともな尾びれの分化していないナメクジウオもこの方法で泳ぐ)、海洋性哺乳類では尾びれは水平に配置しています。従って、マスクラットが左右に尻尾をくねらせて運動させ強い推進力を得ることは、哺乳類の基本的機構として期待出来ず、あったとしても極く補助的な推進力産生能に留まるだろうと予想されます。

 実際のところ、水の表面を遊泳中に、マスクラットは尻尾を小刻みにぶるぶると動かしていますが、鞭状に左右の水を大きく打って前方推進力を得ている様には見えません。寧ろ、飛行機の垂直尾翼の様に、体幹の左右のブレを抑えて、まっすぐ進むべく前方推進への安定化(一種の舵取り)を図っている様に見えます。この動作の為に小刻みなブレが生じている可能性があります。体幹の向きを変えるときには尻尾をカーブさせますのでこの様な時には方向舵として明らかに機能させている様に見えます。まぁ、飛行機の垂直尾翼仮説と言う次第で。

 マスクラットの尻尾の椎骨(尾椎)の構造並びに運動機能を明らかにしたペーパーがないか現在検索しているところです。一部のアザラシやラッコではこの様な、左右に体幹を振る動作で推進力を得る姿を院長は確認し、一部ビデオ撮りもしていますが、これも補助的動作に留まるものだろうと考えて居ます。例えばラッコは水面に<へそ天>姿勢で浮かび、捕らえた貝を腹の上に載せて食べたりしますが、この際に体幹と後肢を左右に軽度に振り、水流に抗して身体の位置を保ちます。体幹を背腹に動かせば腹面の水平性を維持出来なくなりますので、その様な運動性を得たのだろうと院長は考えて居ます。

 以上からマスクラットは、一見形態的にはヌートリアと大差が有りませんが、縦方向に偏平な尻尾を方向舵また前方遊泳の為の安定舵として機能させているだろう点で、ヌートリアよりは一枚上の親水性、水中生活適応性を持つ動物と言えるのではないでしょうか。マスクラットの毛皮も確かに美麗且つ保温性が高そうで、サイズは小さいですが利用価値はありそうです。







 

カピバラF ヌートリアの泳法との比較




2020年11月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話ですが、カピバラの比較対象としてヌートリアの泳法を採り上げましょう




ヌートリア Nutria  Myocastor coypus





 米国では Nutria とは呼ばずに Coypu (コイペと発音します)と呼ぶ動物です。元々は南米産ですが、毛皮を目的とする養殖のために北米、ヨーロッバ、アジア、アフリカの各地に移入され、その後、毛皮価値の暴落に伴い現地で遺棄され、繁殖した個体が各地の河川に棲息し生態系を破壊し大きな問題になっています。本邦では特定外来生物に指定され駆除の対象とされています。勿論、ペットとして飼育することは出来ません。昔は生態系を守るとの意識無く、例えば養殖の為にウシガエルを移入し、またその餌用としてアメリカザリガニが持ち込まれましたし、院長が子供の頃にはボウフラを食べて呉れる「益魚」の名目でカダヤシ(タップミノウ)なるグッピーの一種が大量に放たれ、在来種のメダカが絶滅に追いやられたところもありました。当時の者達は自分がマズいことをしているとの意識が全く無く、心の底からの善意或いはゼニ勘定からこの種のことを平然と行って来た訳です。この様な外来種の移入には、例えば東大の動物、水産関連の教授が事業の助言を勧めるなど積極的に関与して来たのですが、これらについては、何故外来種が導入されたのかのテーマで、後日シリーズコラム化する予定でいます。

 属名 Myocastor は、ギリシア語の myo (rat, mouse) + castor  (beaver)の組み合わせで、beaver rat の意味になります。漢字で表記すれば海狸鼠です。確かにネズミとビーバーの合いの子の様な姿形です。新熱帯区(新世界の熱帯)のトゲネズミを含む Echimyidae 科に属しますが、カピバラの属するテンジクネズミ科 (モルモット、マーラ、カピバラ、モコから成る)とは同じく南米同士の齧歯類の仲間関係にありますが、これらとは幾らか離れています。Echimyidae 科は南米系統のネズミ型動物集団の一派と考えて良く、ヌートリアはその中で水中適応性を高めたネズミであると見做して間違いではありません。齧歯類に関してもそうですが、霊長類で言えば新世界ザル、イヌ科で言えば南米キツネの一群など、南米大陸の動物相 fauna は矢張りちょっと面白いところがあると感じます。

 尻尾が鞭状で扁平化が見られず、水中での推進力産生或いは舵取りなどに役立っている様には見えません。地上移動時のバランサーとしては機能しそうに見え、只のネズミの尻尾に見えます。後肢の足の一部指間に水かきが見られます。被毛の撥水性能が弱く水から上がるとずぶ濡れです。泳法はカピバラ同様に犬掻き型です。これらから考察すると、相当程度に親水性のネズミではあるものの、水中生活への形態的適応度はまだ高くは無いままに留まっていると言えそうです。

 1つのロコモーション進化のあり方として、行動が先に変化し、後になって形態的な適応進化がそれに追いついて行くとの概念を、特に霊長類のロコモーション進化の面で院長は考えて居るのですが、これに立つと、化石種を見てもその動物がどの様なロコモーションを採っていたのか正確には不明となりますし、形態変化は新たなロコモーションを採用するに至ったそもそもの理由を教えては呉れません。まぁ、冷静に考えれば当然とも言えることなのですが、形態的適応は後から着いてきたと言う考えです。

 ヌートリアの大方の形態的特徴はこの1例を示すものではないかと考えます。只のネズミ風の動物がしっかり水に親しんでいる訳ですので。尤も、ヌートリア類似の動物の化石を見た者が、現生のヌートリアの形態機能をちゃっかりと参照しつつ、後肢の足の中足骨が(扇子を開く様に)開き易い関節構造を呈しており、長さも長い、従って指を開いてその間に存在したであろう水かきを利用して水中で泳いだだろう程度の、誰でも思いつくような考察を鹿爪顔で行うかも知れませんが。そして次に別のロコモーション学説が有力になると、骨を解析し直したらそれも言えるなどと主張し始める者も出るのかも? 骨は何ら変化しませんがそれを扱う人間の主張が変化してくる訳で、或る意味、形態学徒−自分もその一味で!−とは、真面目顔した剽軽者の集まりなのかもしれません・・・。

 成体の体重は通常4.5〜7 kg程度、頭胴長は40〜60 cm 、尾長は30 〜 45 cm  程度に達し、結構な大型齧歯類と言えます。ビーバー同様、噛み付かれたら深手を負いそうですね。








 

カピバラE なぜ半水棲なのか




2020年11月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。院長の専門分野であるロコモーション絡みの話の第二段として、泳法についてお話しましょう。




カピバラのロコモーション


なぜ半水棲なのか?




 モルモットに近い仲間のカピバラとヌートリアは好んで水に入る齧歯類です。河川や沼などの水域に近い場所で食物が豊富に存在する土地であるものの、しばしば雨期には洪水に見舞われ水浸しになってしまう様な土地であれば、水を嫌って樹上に生活するか、洪水の度に高地に移動するか、或いは進んで水に慣れ親しむ道を選ぶのかの3択になります。カピバラの祖先系動物は、<水に対してつべこべ言わない>道を選んだのでしょう。ここら辺は、水中生活性を高めたヤブイヌなどとも似た選択だったとも言えそうです。

 水中ならではの栄養に富む食物を採取することも出来ますし、地上肉食性哺乳類からの襲撃の危険性から逃れることも可能になります。尤も、カピバラと同じ場所に生息するジャガーはネコ科で唯一泳ぎが得意であり、視力の弱いカピバラは犠牲になりがちです。嗅覚は優れていますのでジャガーの体臭を風下で察知し、急いで濁った水中に没して姿を隠す、或いは川から岸に退避して土手の樹林帯に身を潜めもします。岸から近い水中に居る場合、ジャガーが狙いを付けて飛び込み襲撃されますのでので、水中は100%安全とは言えませんが、相当程度に避難場所として機能しています。但し、ワニなどに襲われる危険性も生じてしまいます。カピバラはちょっと鈍くさいところを感じると言うか、彼らからの襲撃を完全にかわせる迄の俊敏な水中活動能力を得ている動物ではないと言う事になりますね。

 水陸両棲性を持つ他の利点としては、広大な大河を、自由に行き来できる平地の延長として手に入れることも出来ます。河川に分断されることもなく生息域を拡大できることになります。




水中生活への適応形態とは




 水中生活性を高めるに当たり、素潜り時に抵抗となる耳介などの突出部を減らし、体型もサツマイモの様な紡錘形に接近させているのが適応的です。尻尾はビーバーやカワウソなどの様に扁平化させて遊泳に利用する以外では基本的に不要ですね。パドルとなる手足を大きくしたり指間に水かきを備えるのも良いことですし、潜水時に耳介を縮めたり鼻孔を閉じたり出来れば格段に快適になる筈です。一般的には、ボディサイズを大型化して体重当たりの体表面積を減少させて水温、特に寒冷からの影響を低下させるのも有利です。断熱材としての被毛層を分厚くしたり皮下脂肪を貯留する−これは浮力を増す−のも役立ちます。但し、カピバラの場合は、特に気温の上がる乾期に水中に入っていた方が涼しくて良いとの意味もあり、寒冷適応としてのボディサイズの大型化ではなさそうです。浮力の効く水中生活性が大型化−生存に有利な面がある−へのタガを打ち破ってくれた可能性もあるかもしれません。大型半水棲動物であるカバについての考察がカピバラ大型化への何かヒントを与えて呉れそうにも思えます。

 まぁ、水中生活性への究極の姿形は鯨類や海牛類の様な魚類形態への接近、或いはアザラシなどの様なイモムシ系への改変ですが、カピバラの場合は四肢を用いての地上疾走性も維持していますので、まだ水中生活性への適応度は幕下と言った立ち位置でしょうか。以前にクジラのコラムにて触れましたが、クジラでは筋肉中のミオグロビン濃度を高め(それゆえ赤黒い肉になる)、ここに酸素分子を貯留してアクアラングの様に利用し、長時間の潜水を可能としていますが、魚類型の姿形への進化に留まらず、<中身>の生理特性までも改変している訳です。

 同じ齧歯類の仲間ですが、ヌートリアやビーバーの他に、ネズミに近い仲間にマスクラットと言う水中生活性を高めた動物が存在しています。

 次回コラムにて水中生活性を持つ齧歯類を紹介がてら、その泳法を一通り観察し、最後にカピバラの立ち位置を再び考えてみることにします。







 カピバラD ウマのロコモーションとの比較



2020年11月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。今回からは院長の専門分野であるロコモーションの話としましょうか。




カピバラのロコモーション


平地走法 −ウマとの比較−




 水陸両棲動物であるカピバラは地表ではどの様なロコモーション(移動に際しての運動特性)を示すのでしょうか? − 骨格像からも判断できますが、ウサギほどではありませんが前肢に比べて後肢が長くまた強大で、更に後肢はつま先で接地するだけですので、踵(かかと)までの長さが後肢長に加味され、四足姿勢時には:結構な腰高の姿勢になります。

 この様なプロポーションの為、ゆっくりと平地を歩行する場合には、幾らかよたよたした歩容になりますが、基本イヌの歩行などと大差は見られません。一方、走行時には後肢2本を揃え、体幹を背腹方向に屈伸させて跳躍する要素を加え前方推進力を得る方式に切り替わります。ウマの全力疾走時にもこの様な後肢を揃えて走る歩容である  gallop ギャロップが採られますが、それにウサギの跳躍を幾らか足した様な走法ですね。

 <究極の>cursorial animal 地表疾走性動物であるウマの疾走時のギャロップ走法では、体幹の背腹方向の屈伸は目立たず、体幹はほぼ水平に保たれます。鞍に腰掛けての上下動はせいぜい15cm程度でしょうか。これ故、人間が騎乗出来る訳ですが、ウマとしては上下動方向の無駄なエネルギーを使わず、重力とは90度方向の水平方向への移動効率を最優先するロコモーションとして完成させたのでしょう。それゆえ時速60kmで安定して長時間疾走が出来る訳ですが、ズングリした姿形のカピバラの上記の様な走法では、長時間の疾走は苦しく、ジャガーやハンターから逃げ去る時の短時間の走法に限定されるだろうと想像出来ます。尤も、ジャガー自身が全速力疾走を可能とするのは極く短時間に限定され、ジワジワ型の策略に立脚するヒト祖先系の執ったであろう持久走型ハンティングとは形態が大きく異なります。


 因みにウマの歩容パターンですが、速度が低速から高速に移行するに連れて、walk  (なみあし)< trot (はやあし)< canter (かけあし)< gallop (襲歩 しゅうほ)へと切り替わるのですが、各速度に於けるウマとしての<巡航>走法、詰まりは無駄なエネルギー消費を抑え、最大効率的で疲れの少ない走法に切り替えると考えて良かろうと思います。多段のギアシフトですね。カピバラの場合は、ここまでの違いは無く、walk なみあしと  gallop しゅうほ、の2パターン程度と見なせそうです。他の多くの哺乳類の地表ロコモーションも大まかな括りとして2パターンから構成されると見なしても大きな間違いでは無いと院長は考えて居ます。ヒトの二足歩行についても通常の歩行と駆け足の2通りがメインで有り、持って生まれた本質としては一本通してジョギングしたりマラソンする習性はない−後付けとしての運動性である−様に院長は考えて居るのですが如何でしょうか?他に、子供がおそらく学習した歩容として行う、スキップ(片足を2歩連続し左右交互に行う)やウマのgallop に類似した歩容も観察されます。また、霊長類の一部のものに前肢2本でぶら下がりながら前進する腕渡り brachiation ブラキエーションと言うロコモーションが観察されるのですが、<低速腕渡り>と<高速腕渡り>時で何かこの様なロコモーションの切り替わりが発生するのか、或いは1つの種に於いては腕渡りの速度の差と呼べるものが存在しているのか否か、興味深いです。

 カピバラの後肢が何故強大化し長くなったのかについてですが、皆さんお考えの通りで、1つには水中での推進力を得る装置としての目的があったからだろうと想像します。




 次回から数回に亘り、水陸両棲動物であるカピバラのもう1つの方の重要なロコモーション、即ち泳法について比較・検討して行こうと思います。








 カピバラC 骨格形態



2020年10月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」 カピバラに関するトピックスを採り上げます。



カピバラの骨格形態




 骨格形態ですが、ラットのものを骨太にし、尻尾を短縮した様な姿形です。第二頸椎(軸椎、じくつい)の背側方に突出する三日月型の突起(棘突起)が目に付きますが、これは、この突起と胸椎(肋骨を従える脊椎骨を胸椎と定義します)の棘突起とを項靭帯(こうじんたい)が連結し、重い頭部をコラーゲンの弾力ある帯で支える仕掛けになります。尾椎の長さは全脊椎骨長の1/5程度ですが、頭側方半分程度には背側に棘突起が発達し、この左右に強大な筋肉が付着することを示しています。詰まりは普段下垂している短い尻尾を強力に背側に反らすことが可能な訳です。前肢の手指は4本、後肢の足指は3本で、手首や踵(かかと)を地面から浮かして歩行します。指の間には軽度の水かきが観察されます。

 頭部から後ろ (post-cranial)の骨格形態は、哺乳動物としての基本形から大きく外れる事の無いものですが、頭蓋骨に関しては、齧歯類固有の特徴を保持しています。歯牙は、生涯に亘り伸び続ける上下各2本ずつの切歯、その後ろの犬歯があるべきはずの空隙、その後ろに続く臼歯列、から構成され、歯式 dental formula は 1.0.1.3/ 1.0.1.3 で合計20本です。顎関節の構造から、カピバラは植物を臼歯ですり潰すときには下顎を前後に動かして行い、ラクダのように下顎を左右に動かして咀嚼する事は行いません。側方から観察すると、ラットなどとは異なり、全体として長方形を示します。後頭骨の脊髄が出る孔(大後頭孔)の左右に顆傍突起と呼ばれる下方に伸びる突起が著しく発達しているのが特徴的です。これは近縁なヌートリア Coypu  Myocastor  coypus  にも観察されます。顆傍突起はモルモットにも存在しますが、サイズはだいぶ小さくなります。



 カピバラの頭蓋骨形状に関しては以下の論文が最近発表されましたので苦言も交えつつご紹介しましょう。とは言うものの、無料で手に入るのは抄録と付図のみになります。

『レントゲン並びに3D CTを用いたカピバラ頭蓋骨の解剖』


https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/ahe.12531

Anatomy of the skull in the capybara (Hydrochoerus hydrochaeris) using  radiography and 3D computed tomography

F. Pereira, et al., First published: 25 January 2020

Anatomia Histologia Embryologia, Volume49, Issue3, May 2020, Pages 317-324

https://doi.org/10.1111/ahe.12531


Abstract

The capybaras (Hydrochoerus hydrochaeris) are the largest rodent found  throughout South America and are present in almost all the Brazilian  territory,however, still lack basic descriptions about the species, such  as  about theircranial anatomy. This study was carried out to  investigate  the anatomicalfeatures in the capybara skull. Eight skulls  and two heads, without sexualdistinction, were used for the  osteological,  radiographic and tomographicidentification of their  structures. The skull of the capybara could be divided intoa  neurocranium and a viscerocranium. The capybara had a more robust and  rectangular skull, elongated face caudally, thinned in the nasal region  and  slightly convex in the parietal region. The zygomatic arch was  expanded andwide, the orbit had a circular shape, the infraorbital  foramen was well developed,external acoustic meatus and tympanic  bulla   were relatively small, and theparacondylar process was large.  These anatomical characteristics are compatiblewith the eating habit  and  semi‐aquatic life of capybaras, which can be comparedwith  characteristics reported for animals of similar habits. The radiographic  image allowed to identify structures such as the frontal sinus, whereas  3Dtomographic reconstruction was essential to have a spatial view of  the skull ofthe capybara.


抄録

 カピバラは南米大陸を通じて観察される最大の齧歯類であり、ブラジルのほぼ全土に棲息する。しかしながら、本種については例えば頭蓋形態と言った、基礎的な記述が依然として欠けている。本研究はカピバラ頭蓋骨の解剖学的特徴を調べるべく遂行された。性別判定を欠く8個の頭蓋骨並びに頭部を用い、レントゲン画像と断層画像からそれらの骨学的な構造同定が行われた。

 カピバラの頭蓋骨は神経頭蓋と内臓頭蓋に区別し得た。カピバラ頭蓋骨はより頑丈で長方形を呈し、顔面部は尾方に伸張し鼻領域は骨質が薄く、頭頂部は軽度に凸状を示した。頬骨弓は拡張して幅が広い。眼窩は円形で眼窩下孔は良好に発達し、外耳孔及び鼓室胞は相対的に小さいが、顆傍突起は大きかった。

 これらの解剖学的特徴は、カピバラの食性並びに半水棲に対応しているが、同様の習性を持つ動物に報告されている特徴に比較検討され得る。レントゲン像に拠り例えば前頭洞と言った構造を同定することは可能だが、一方、3D 断層像を元にしての復元像はカピバラ頭蓋骨の立体像を得るのに必須である。(院長訳)




 若手の院生などが執筆したペーパーかと思いますが、要は、CTスキャンしてみました、との業務報告の域を出ないものと感じます。院長はこの論文のタイトルと抄録含め全面的に書き直したい衝動に駆られてしまいました。付図も正しい側方 aspect の図が無かったり、コントラストの悪いX線像を載せたりと形態学に対する緊張感に不足するものと率直に感じました。

 抄録を目通ししただけの感想に過ぎませんが、特に形態学面で重要な発見や新奇な考察を行い得たものではなく、観察された特徴がカピバラの食性並びに半水棲に関与している可能性があるとの凡庸な、浅い考察に留まります。院長が指導教官であれば、「君、せめて同じ南米大陸に棲息する齧歯類の、カピバラの近縁種のコモ、半水棲のヌートリア、地上性のマーラ、ついでに?モルモットで比較を行うなどして、系統並びに運動性、食性等含めもう少し深い物言いは出来ないかね?」となりそうです。可能ならば顔つきや形態的特徴の類似するモンゴル平原に棲息する掘削性の大型齧歯類マーモットとの比較も行うと面白いでしょうね。特に、冒頭の、「基礎的データが無いので記載してみました」云々の文言を一目見て、もう少し工夫して洒落た表現に出来なかったのかと思わされます。



 解剖学はメスとピンセットがあれば出来るなどと宣う者も見受けられますが、それは利用する道具に過ぎず、全ての学問分野と同様、高度な頭脳が無ければ深い考察には繋がりません。これを勘違いして、第三者が検証しにくい珍奇な動物種を用い、面白い動物を<メスとピンセットで>解剖しましたと、誰もが考えつく程度の月並みで浅い考察もどきを行い、ペーパーをさっと仕上げる者が出現したりもします。院長も過去にその手の投稿論文の審査を担当し辟易したことがあります。論文にとって最重要なキモである考察の分量が極く少なく、どの様な視点から解剖を執り行ったのかの根源的な説得性−これこそが形態学の学問としての神髄−を持たないのです。メスとピンセットで剖出すること、或いはCTスキャンで画像を撮影したところで、それは単なる dissection 切り刻みの類いに過ぎず、morphology  形態<学>ではありません。この様な勘違いな遣り方を続けていると、素人さんやマスコミには受けるかも知れませんが、仲間内では、<こいつ、形態学の土俵に乗り、敵方とがっぷり組んで討論しようとせず、いつも土俵外であれこれ次から次へと切り刻んでいやがる>と軽蔑を買うことに繋がります。 まぁ、いつまで切手収集のような調べ物を右から左に続けるのではなく、考えを深めることが大切です。。

 ヒトの医学部などでも一頃解剖学教室など潰してしまえとの嵐が吹き荒れた様に朧に記憶していますが、学問・哲学ではなく、dissection を行うに留まる craftsman 集団と医学部内部で低く評定されたからかもしれません。仲間内から弁護すれば、解剖実習の負担だけでももの凄く、少しは勘弁して遣ってくれとは言いたくはなるのですが。







  カピバラB カピバラの仲間



2020年10月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、「巨大ネズミ」カピバラに関するトピックスを採り上げますが、ぼちぼち真面目に?動物学の本題に入りましょうか。




カピバラ Capybara Hydrochoerus  hydrochaeris


カピバラ と レッサーカピバラ




 カピバラはつの見解としては齧歯目テンジクネズミ科  Hydrochoerus 属に属しますが、各研究者に拠る分類の違いは兎も角も、齧歯類の中で最大の種になります。齧歯類と言うと、一般的には小型でちょろちょろ動く動物とのイメージですがそれとは全く異なりますね。哺乳類の各目 (もく) の中で巨大化した現生の、或いは絶滅した動物種が出現した例は少なくは有りませんが、その内それらを纏めてコラム化したいと考えて居ます。その中でけして巨大化し得ない動物群が存在しますが何か判りますか?−答えは翼種目、コウモリの仲間ですが、大型化すると羽ばたき飛行は困難になり、必然的に地上歩行化或いは滑空型ロコモーションの動物に移行せざるを得ません。以前、沖縄こどもの国動物園を訪問した折りに、多数頭飼育されているオオコウモリが時々地面に這いつくばって歩行する姿を撮影したことがありますが、野生下ではすぐに敵に捕食されてしまうでしょう。尤も、この先、地上性のコウモリの化石が発掘されるかも知れず・・・。

 因みに、ダチョウやキウイ、ヨウム、ドウドウなどの様に地上歩行性化した、或いはペンギンのように水中遊泳に特化した類いの鳥類は、基本的に全て敵の居ない孤立的環境下で初めて進化し得た鳥類になります。飛べなくなった鳥類については後日コラム化したいと考えて居ます。

 属名  Hydrochoerus  はギリシア語の hydor, water + choiros, pig ですが、水豚、水豚属と言う次第です。その名の通りに半水棲で、湖、川、沼地や時々洪水に洗われる草原地帯に姿を現します。体重は65kgに達し、妊娠期間は 130〜150日に及び、産仔数は 2〜8頭ですが、通常は 4頭を産みます。家ネズミなどのいわゆるネズミの妊娠期間が 3週間程度であることを考えると、だいぶ長期化していますが、細胞の分裂速度には限界が有り、大器ハ晩成ス、ではありませんが、基本的にボディサイズの大きな子供を産む動物ほど妊娠期間は長くなる訳です。それゆえカピバラは鼠算式に短期間に増える訳でもありません。




 Hydrochoerus 属は現生種としては本種カピバラの他、レッサーカピバラ   Hydrochoerus  isthmius  の2種から構成されます。カピバラのアダルトが最低でも 35kgを超えるのに対し、レッサー(より小さい、の意味)の方はその名の通りで最大でも 28kgを超えません。まぁ、仮に同じペットにするとすれば、レッサーの方がまだ良さそうです。レッサーカピバラは、南米大陸の北端の狭い領域並びにそれに繋がる中央アメリカ(パナマに多い)に分布し1912年に発見されたのですが、一時はカピバラの亜種として扱われました。現在、狩猟や運河造成などで棲息が脅かされています。前回、コロンビアの市場でカピバラを食する米国人の話を採り上げましたが、ひょっとするとレッサーの方を食べていたのかもしれませんね。1980年代に入り、形態並びに遺伝的特徴から別種として扱われ始めますが、亜種に過ぎないと主張する研究者も存在する様です。 しかし、レッサーの核型(カリオタイプ、その生物の持つ染色体の1セットのこと)は 2n = 64、 染色体腕数 (fundamental number,  FN ) FN = 104 に対し、カピバラでは 2n =66、FN = 102 ですので別種として良い様に思います。と言いますか染色体数が異なるので交雑しても基本的に子孫は出来ませんね。因みに FN  とは1セットの染色体の持つ腕の総数で、ヒトのY染色体の様なものが存在するとその数が減ることになります。

カピバラ vs. レッサーカピバラの関係は、カバ vs. コビトカバの関係を連想もさせます。因みにカバの属名は Hippopotamus ですがこちらはウマ+川の意味です。potamus の用例は例えば、メソポタミア Mesopotamia の、meso 中間の + potamia  川、詰まりはチグリス川とユーフラテス川に挟まれた中間の土地との意味です。




 これらカピバラとレッサーカピバラ 2種の生息域は重なりません。アンデス山脈なる自然の隔壁で分けられています。アンデス山脈の最高峰はアコンカグア(6960m)で、6000mを越える高峰が20座以上聳えていますが、この地形的隔壁により、山脈の壁の北側及び西側の弱小種が守られ存続したと考えられる例もそこそこあります。これに関しては、例えば院長コラム

2019年9月5日 『キツネの話B 南米のキツネU』 

https://www.kensvettokyo.net/column/201909/20190905/ 

をご参照ください。カピバラとレッサーカピバラとは共通祖先が基本的に地理的隔離で種分化したと考えれば良かろうと思います。

 例えばカピバラとレッサーカピバラなどの異なる動物種の生息域の違いがなぜ起きたのかの理由を考える時に、単なる平面的な地図ではなく、立体的な地形を元に考えると理解が進む場合があります。そのような地形図に、気温、日射、植生、水資源の状況を重ね、更には食物連鎖や習性、行動特性のことも併せると、動物の生き生きとした生態のイメージが得られると思います。これは何も哺乳動物に限定されず、他の生き物全てについて当てはめることが出来ますし、この考え方を使う事で生き物に対する理解−その来し方、即ち進化の有りようまでも−が格段に深まるだろうと思います。院長の専門は筋骨格系の形態を元にした霊長類の運動進化を探ることに有りますが、<木を見て森を見ない>ことの無きよう、常に自分を戒めています。専門性を手放す必要は有りませんが、常に生き物を取り巻く総体を専門分野にフィードバックして、考察の風通しと深化を図る手法ですね。




 今や水無しでは苦手な生き物であるカピバラとレッサーカピバラですが、水好きの共通祖先が造山運動由来の地理的隔離で隔絶され、<大小の水豚>におのおの進化したとの進化シナリオも描けますが、共通祖先は山岳性の動物であって、それがアンデス山脈の2つのサイドに下lり、おのおの大小の水豚 (もはや山を越えられない!)に進化、分岐したとのシナリオを描くことも出来ます。

 実際、カピバラに最も近縁であると判明した動物仲間に コモ  Rock cavy  Kerodon    rupestris  なる動物が存在し、現在ブラジル東部に棲息しています。草の混じる乾燥した岩石地帯を好み、<プール無し>でも遣っていけます。体重は最大で 1kg 程度になります。尻尾はカピバラ同様に短く痕跡的なのですが、これを考えるとカピバラが水中生活性を高める進化過程で<邪魔な>尻尾を消失したのではなく、元々無かった訳ですね。山岳性(山岳穴居性)への強い適応圧で尻尾を失ってしまっていたとも考える事が出来そうです。耳介も小さく、モンゴル平原の掘削穴居性齧歯類であるマーモットにも類似します。耳に関しても水中生活性への適応で耳介が縮小したのではなく、おそらくは元々の穴居性への適応だった可能性が考えられますね。まぁ、穴に潜るのも水に潜るのも抵抗性や引掛かりを減らす為に類似した適応形態を持つとも言えそうです。以前のコラムで水中生活性に進化したモグラの仲間であるデスマンに触れましたが、土に潜るのも水に潜るのもおんなじだぁ!とのことかもしれません。コモは系統が遠く離れるものの生活形態が類似するアフリカハイラックスに類似するとの指摘もあります。








 カピバラA 食用 or ペット?



2020年10月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 前回に引き続き、カピバラに関するトピックスを、まったりと採り上げようと思います。




カピバラは食用なのか?


 以前には法的整備も整わなかったのか、各種獣肉ミンチを混ぜたハンバーグが堂々と売られていましたが、三、四十年前にオオネズミの肉が混ぜられているのが問題だと幾らか話題に上ったことを院長は記憶しています。巨大なラット様のネズミの肉が混ぜられ喰わされているのかと腹を立てた者も居た模様ですが、これはカピバラの肉のことだったのではないかと考えられます。牛豚などの肉の増量用途に南米から大量に輸入されていたのかもしれませんね。当時の通産省或いは農林省の貿易統計記録を探れば「大ネズミ、XXトン輸入」などと記録されているかもしれません。

 ラットをそのまま大きくしたような姿形のアフリカオニネズでも 1.0−1.5kg程度に留まりますので、容易に手に入るにしても、丸焼きで食す以外には肉部分を得るのに手間ばかりで効率が良くないでしょう。一方、中国で食用とされるタケネズミはもう少し食べる部分も有りそうに見えますが、当時中国から日本にタケネズミの肉を輸入していたことはあり得なさそうに見えます。

 カピバラの方はボディサイズが兎に角大きくなり、院長も「現物」に接したことがありますがブタを思わせるほどに肥大しますので、得られる肉量も多く、また草食性ですので基本的に肉味に大きなクセもなかろうと想像されます。youtube でコロンビアの市場で米国人男性がカビパラの料理を試し喰いする動画が見付かったのですが、いかにもマズそうに食べていました。単に現地料理の味付けが口に合わなかっただけの様にも見えますが、狩猟後に血抜きをしっかりと行い、新鮮な内に調理し、香辛料で工夫を加えればそこそこイケるのではないかと思います。

 安価な増量用食肉としては、他には例えばオーストラリアのアカカンガルーなども挙げられますが、以前院長の娘が現地からの土産としてカンガルー肉のジャーキーを持ち帰り、食してみましたが、強烈な胡椒の味ばかりで食べてられませんでした。肉味にクセが有り、或いは面白みに欠け、香辛料漬けで加工したのかも知れません。牛豚に比べれば下肉扱いですね。ドッグフードなどには利用されているのかもしれません。

 少し前のコラムで、モンゴル平原で地元民が大型の掘削性齧歯類であるマーモットを狩猟しペストに感染したと記しましたが、これも肉を食べたのでしょう。カピバラと同系の味だろうと想像します。まぁ、南米では確かにカピバラが食用として市場で売られている訳です。因みに中南米では小さい方の仲間のモルモットはご馳走扱いですね。

 院長も前回のコラムでカピバラが可愛いと言ったり今回喰えると言ったりで結構いい加減かも?・・・。




ペットとしてのカピバラ


 齧歯類ですのでつべこべ言わずに?数も増えて呉れ、本邦各地の動物園等で多数飼育されています。本邦でも特に制限も無く個人で飼育可能ですが、飼育元から脱走した個体が神奈川県下の河川に住み着いて捕獲作戦を繰り広げたことが少し前にニュースにもなりました。泳ぎも得意で、また地上でも疾走時には<脱兎の如く>に相当のスピードが出ますので生け捕りするのはなかなか大変になります。

 基本的に非常に大人しく、また人に馴れる動物ですが、これはカピバラが野生状態では100頭に達するまでの集団で生活し社会性を持つことにも関係しているでしょうね。互いの立ち位置が理解出来る訳です。尤も、齧歯類ゆえ上下2本ずつの鋭い切歯(門歯)を備えており、ちょっかいを掛けて怒らせた場合、噛み付かれて大怪我を負う可能性はゼロとは言えません。前にyoutube 動画で見たことがありますが、野生のビーバーが突然撮影者に接近し襲い掛かり、噂ではその後に大腿動脈を食い破られ死亡したとの話が流れました。野生動物含め動物を舐めてはいけません。


 安全性が相当に高いとしても、ボディサイズを考えると飼育場所の管理と餌代、清掃等の作業負担も大変でしょう。脱走すると警察にこってり油を絞られそうでもありますね!

 米国の富裕層は個人で牧場を所有し、週末にそこに出掛けて家族で遊ぶことも普通ですが、馬に加え南米の家畜ラクダであるラマを飼育するのも流行しています。しかしカピバラを富裕層が一般的に飼育しているとは聞いたことがありません。飼育用のプール(冬場は加温する)や泥浴び場を整えて維持する等が負担なのでは、と院長は想像しています。米国では個人宅で飼育している例も散見される様ですが、巨大サイズになることを覚悟の上飼育する必要があります。アダルトになると屋外でハーネスを付けて散歩させようにも人間の方が引きずられてしまうでしょう。まぁ、牧場を抱え維持し得るだけの財力や意欲は無いが、そこそこの経済的余裕が有る、面白ろ好きや目立ちたがり屋には向いているのかもしれませんね。

 動物公園などでカピバラと触れ合えるところが国の内外にありますが、取り敢えず!はその手のところに出掛けて実地検分すると良さそうです。

 因みに、サイズが小さい方のモルモットを飼育することは米国の子供達の間で極く一般的です。




 次回からぼちぼち動物学としての本題に入りましょう。院長もカピバラの動画を見ている内に、ペストのコラム執筆の疲れもだいぶ

癒えてきましたので。







カピバラ@  和名に物申す



2020年10月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ネズミのハンタウィルス感染症、Q熱、そしてペスト菌感染症のお話が続きました。ネズミを介するヒトの重要な感染症としては、まだ取り上げるべきものが数多あるのですが、このまま続けて行くと、当分の間は感染症関連の話ばかりになってしまいそうです。ヘタをすると再来年の寅年になってもまだネズミの話を続けていることにもなり兼ねず・・・。

 それ以前に読み手の方々、また実際書き手共に!飽きも来るかと思いますので、ここで、一度感染症絡みの話題を離れ、再び哺乳動物学としてのネズミ関連、また更に拡大して齧歯類全般に目を転じてのトピックスを、まったりと採り上げようと思います。



 さて、年頭に本邦各地の動物園での新年ネタの取り組みがマスコミ等で報道されていたのですが、皆様ご存じの通り今年の干支はネズミゆえ、話題作りにと大きなネズミと小さなネズミを対比させて展示したところが少なからず見受けられました。ネズミ(実際は他の齧歯類を含む)に絡めてのいささか安直な発想とも言えますが、展示動物種並びに予算もそれぞれ限定されているとなると、どこでも カピバラ vs. アフリカンピグミーマウスの展示となるのは致し方無いところもあるでしょう。大きい方のカピバラは飼育しているところも多いですし他からレンタルも不可能ではありません。小さいネズミの方は格安でペット店で購入も出来ます。実は、院長も全然偉そうなことは言えず、昨年末にネズミのコラムネタを考えて居た時に、この2種の組み合わせを考えていました・・・。まぁ、思いつくことは皆同じですね。




カピバラ Capybara  Hydrochoerus hydrochaeris

ビッグサイズ = オニでいいのか?

 本種はネズミと同じく齧歯目の動物ですが、テンジクネズミ科 Caviidae に分類され、ラットなどの真性のネズミ類とは幾らか系統的に離れています。いわゆるモルモット guinea pig の巨大化した動物と考えればあながち間違いではありません。齧歯目中最大のボディサイズになります。和名はオニテンジクネズミとの事ですが、同系統の種の中でサイズが大きい種に対してオニなどの語を安易に付けるのはいい加減止めたらどうかと言いたいところです。どうして最大サイズのものが「オニ」なんでしょう?オニヤンマにオニオコゼ、オニフスベにオニハコベと幾らでも出て来ます。キツネノなんとかだのの植物和名も多く、教養と芸術性に長けていない、閉ざされた狭い組織の中の特定少数名が和名付けに関与するが故に、辟易させられるような和名のオンパレードとなりがちなのでしょう。


 因みにオニとは、承平年間 (931年 - 938年)、源順(みなもとのしたごう)が編纂した辞典、『倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)』の巻第二鬼神部第五、鬼魅類第十七の項に「鬼」の記述が有り、「四声字苑云鬼居偉反和名おに或説云隠字音おぬの訛也鬼物隠而不欲顕形故俗呼曰隠也人死魂神也・・・」(四声字苑<当時の字引>に云うに鬼はきゅいと発音し和名はおにである。また云うに隠の字<おぬ>の訛りである。鬼は物に隠れそのナリを顕すのを欲さず俗に呼んで曰く隠である。人の死んだ魂である。・・・)とあります。因みに鬼居偉反とは、鬼とは居 kyo の子音 ky +偉 wi の母音  i  で発音するとの意味(漢文の反切用法)ですので kyi 、きゅい、だったのでしょうか?因みに現代中国語の鬼の字の発音は グゥイです。

 巨大なキノコのオニフスベの場合、怪異なものが見付かった、鬼神や天狗の仕業との畏怖の念からオニの名を付けたとすればまだ得心もしますが、オニテンジクネズミの命名は鬼神などとも無縁で、単にサイズが特大との意味で安易に付けられたのでしょう。どなたが命名したのか存じませんし、院長も多忙(本当は暇?)ゆえ探りだそうとも思いませんが、日本語の起源を弁えた上で和名を付けないと素性が疑われるのではないでしょうか?こんなことをいつまでも続けているようでは国内の博物学の底の浅さを知り優れた若者が逃げますね。動物に関わる者こそ教養高くあるべきです。因みに中国原産のフルーツであるキウイの和名はオニマタタビです。これでは何だか食思が失せるどころか毒に遣られて体中がシビれ悶絶しそうです。他方、本当にオニの形相を甲羅に背負うヘイケガニの仲間にキメンガニ(鬼面蟹)Dorippe sinica  も居ますが、こちらは正しい和名ですね(恐ろしいので見ない方がよろしいのではないかと)。

・・・と、フレンドリーで大人しく可愛いカピバラに対し、オニの名を付けた和名に大きな違和感を覚え、ちょっと物謂い?してしまったようで。







 ネズミの話42 ネズミと病気 腺ペスト16



2020年10月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第21回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第16回目です。

 今回は<細菌兵器>としてのペスト感染症利用について、731部隊のお話を軸として解説して行きましょう。ペストに纏わるお話はこれで最終回となります。




*帝国陸軍(関東軍)の731部隊、別名石井部隊に関しては、戦後の軍事裁判記録から相当程度にはその任務内容、また何を実際に行って来たのかが明らかになっています。正式名称は関東軍防疫給水部本部であり、細菌戦、毒ガス戦、防疫、給水を担う組織だったとされています。本コラムは動物関連コラムですので、サワリのみに触れ、その詳細について論考する事は控えます。とは言うものの、そもそも院長は自分で取材して731部隊に関する一次情報を入手しそこから物事を言う力量に無く、他者からの伝聞情報を元に論評するとの域を超える事が出来そうにありませんので、遣るにしても学術的には無価値となるでしょうね。

*情報を得たい方は、例えばアマゾンにて 731 と入力すると多くの書籍が検索され入手も比較的容易です。それらを通じて本コラムにては<敢えて触れていない731部隊の別の問題>についても知ることが出来る筈です。子供の時に、フランキー堺主演の  『私は貝になりたい』  の再放送をモノクロ画面で見て、幼少時だったにも拘わらず内容のシーンの一部を鮮明に覚えているのですが、それにちょっと似た様なことでもあります。しかし731部隊のこの面での責任が戦後曖昧にされ、関係した者が医科大の学長などに平然と就任もしていたのには驚かされます。責任が曖昧にされたのは、米国側が彼らを、また彼らの得たデータを、自国の戦略に使えると判断したからなのかもしれませんね。

*毒物学者であり、かつてマスコミにしばしば登場された常石敬一氏の著作、『消えた細菌戦部隊―関東軍第731部隊』、海鳴社 (1981/5/1) ASIN : B000J7YR1W に掲載されているのですが、ハバロフスク裁判での川島清軍医少将は、陶器製の爆弾にペスト感染ノミを詰めて空中で爆発させ、対象者に被曝させたが、後に確認すると全然感染していなかった、暑さの所為でノミの活動性が弱ったためだろう、旨の証言を確かに行っています(第7章 ペストノミ、p.191)。

*ここに来て考えたのですが、本当の本当に街に単純にペストを流行させたいのであれば、ノミを空中散布すなどの迂遠な方法を採るのでは無く、ペストに感染させた人間を多数街に戻し、ヒトーヒト間の感染を図るのが最大効率的な筈ですが、その様な実験・実戦は行っていません。これは前回触れましたが、モンゴル帝国軍がカファの街の城壁内に感染死体を投げ込んだとされるのに似た遣り方です。医学のエリート集団でもあった731部隊側(因みに石井四郎大佐は京都帝国大学医学部卒)がこれを考え付かないない筈は有りませんし、嘗ての黒死病の惨状を知らぬ筈もありません。従来の731部隊に関する論評はこのことに対する突っ込みに不足している様に思います。核弾頭の保有と同様に、戦術兵器としての実証、開発を進め、相手側に対しいつでも大量に撒布してお前達を殲滅してやるとの武器、即ち高度な抑止力を持つ兵器、細菌兵器の開発の立ち位置、研究に留まるものであったと感じます。これには局地的にデモンストレーションする或いは侵入した敵側スパイを通じ、恐ろしい兵器を開発中で完成も間近であると相手側に匂わせることも必要になるでしょう。院長は米軍側並びに仁科博士の原子爆弾開発の話が頭を掠めたのですが皆さんはどうお考えでしょうか?


*病毒性、感染性の強さ、そして戦時下で十分な治療も受けることが出来ない状況を考えると、ペストを戦闘員並びに非戦闘員である一般市民の間に感染流行させて相手方の戦力並びに戦意を挫く、そうしてやるぞと脅しを掛けるとの遣り方は、銃器や爆薬利用のものとは異なった、いわば非火薬、爆薬系のウラに廻った戦争行為と成り得ますが、全て考えられる策を手元に握って置くのは、是非は別として当時の戦略の1つでもあったのでしょう。逆に敵国側が細菌兵器の開発を行っていると知れば、それに対抗する防御手段を講じるべく自国側でも一定の備えを行わざるを得ないことも、戦略的には必要になって来るでしょう。

*少し前の話ですが、米国のペンタゴン(国防省)に勤務する女性研究者が悪臭の研究を行っているとの紹介記事を目にしました。悪臭ガスを戦闘地域に放出して相手の戦意を落とすとの目的です。一時的に作動し相手兵士に身体上の危害を加えないとの策であれば、妙な表現ですが、まだ微笑ましいと言えそうです。スウェーデンにシュールストレミングなる塩漬けのニシンの缶詰があり、内部で発酵が進み強烈な悪臭を発するとのことですが、これなど良いかも知れません。

*戦争行為であれ、テロ行為であれ、感染性微生物を撒布する事は一時的に対象相手方を弱めるのみならず、当該微生物が変異して<手に負えない>型に変異する危険性も有り、自国陣営側のみならず全人類に対して、大きな禍根を遺しかねません。けして開けてはならないパンドラの箱ですね。

*バイオテロに関しては久米田裕子氏が以下に簡潔に纏められていますのでご参照下さい:

http://docsplayer.net/113724268-生物剤とは_バイオテロに備えて170207hp用-ppt.html

生物剤(Biological agents)とは〜バイオテロに備えて〜

大阪府立公衆衛生研究所 久米田裕子




 ペストに関連するお話は今回で終わります。長らくお付き合い戴き有り難うございました!

 しかし、自分の得意とする機能形態学や整形外科分野からテーマ内容が遙かに離れているとは言え、コラムの筆が遅々として進まず、正直なところ苦しみました。執筆している途中で戦慄も覚えましたし、また執筆後に一時的に体調が悪くなりました(只の猛暑の所為だったかも)・・・。この様な按配で、脈絡無く場当たり的に筆を執ってしまい、整理が出来ておらず内容的に重複したり前後するところが多々ありました。お詫び致します。

 動物学や微生物学、感染症の背景知識を持たない者が執筆した中世黒死病の考察、即ち、所謂歴史学徒やハイアマチュアが纏めた記事は、内外 web サイトにも数多見られるのですが、殆どの内容は、方法論的には、基本的に過去の文献を紐解き紹介しつつ (これだけでも相当に勉強になり有り難く感じますが)、それに <文系人間> 固有の考察を加えるに留まります。今回のペストシリーズは、それらとは幾らか違った視点 perspective で多少はものが言えたのではと思いますが、如何だったでしょうか?まぁ、人文科学的視点と自然科学的視点を混ぜ合わせた、『ペストと人類史』のテーマでの講義ですね。

 ネズミが媒介する、ヒトに対して重要な意味を持つ感染症のコラムを書き続けると、この先数年は要しそう!ですので、ここで一度切り上げ、次回からはまた哺乳動物学的な、まったりした話題に戻りたいと思います。さて、何をテーマにしましょうか?







 ネズミの話41 ネズミと病気 腺ペスト15



2020年10月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第20回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第15回目です。

 今回は<生物兵器>としてのペスト感染症利用について解説して行きましょう。まぁ、モンゴル帝国絡みの話です。彼らが利用した馬も当然ながら生物兵器ですが、こちらの話も重ねます。



戦時でのペストの生物学的利用


 生物を戦争に利用した最も初期のものの幾つかはペストの産物だったと言われてきている。と言うのは、14世紀には感染死体を武器として利用し、街や村の壁越しに放り込み悪疫を拡散したことが報告されているからである。これは、ジャーニー・ベク(キプチャクハン国、ジョチ・ウルスの第12代当主)が1343年にカファの街を襲撃した時に行ったと伝えられている。


 後に、第二次大戦時の日中戦争にて、日本軍がベストを生物兵器として使用した。これは石井部隊が準備し実戦で使用する前に人体実験でまず使用された。例えば、1940年に、帝国陸軍航空部隊は腺ペストに感染したノミを寧波(ニンポー)市に投下した。ハバロフスク戦争犯罪裁判法廷で、被告の1人である川島清少将は、1941年に731部隊の40名の隊員がペストに感染したノミを湖南省常徳市にて空中投下したと証言した。これらの実験により、ペスト流行が発生した。




*ジャーニー・ベク(モンゴル帝国、元を構成する国、即ちハンの1つで南ロシア一帯を支配したキプチャクハン国、別名ジョチ・ウルスの第12代当主、チンギス・カンの直系子孫)はジェノヴァが植民地として領有するクリミア半島の交易拠点都市 カッファ を占領するため数度の攻撃を掛けましたが、1347年にカッファを包囲した際、軍内にペストが蔓延して撤退を余儀なくされました。このペストは中国で蔓延していたものがモンゴル軍に感染したものですが、それが西に拡大して来た訳ですね。

*撤退の際に、「ジャーニー・ベクはジェノヴァ軍に呪詛の言葉を叫び、ペストに感染した兵の死骸を町の中に投げ入れた」と伝えられています。 これは1343年とも主張されていますし、また伝聞情報に基づくものですのでそもそも真実と言い切れるかは不明です。これが真実との前提で話を進めると、当時、感染者の死体に触れるとペストに感染することは経験的に十分に理解されていた筈ですので、敵側をペストに感染させて弱体化させる意図を含んでいたのは明白であり、死体を立派な生物学的兵器として利用したことになります。カファを脱出したイタリア商人が黒海の西岸を南下してコンスタンチノーブル(現在のイスタンブール)に逃げ延びましたが、ペスト感染したノミを付着させたラットを船に乗せていたか、或いは船員が感染していたかですが、これがヨーロッパを蹂躙する黒死病の幕開けとなりました。

*と言う次第で、黒死病の起源は東西のカナメのポイントにて、ペスト感染症を起こそうとする人為的、意図的な要因が挟まっていたと考えることも出来そうです。尤も、この様な行為が無かったにせよ、第1波のユスティアヌスのペストの時の様に、アジアからの感染が早晩東西交易の拠点であったコンスタンチノープルに自然に伝わった事は十分に想定される様にも思います。ユーラシア(アジア側)の乾燥平原地帯の遊牧民−帝国を構築すると言えども基本は収奪の民であり、文化面での人類への貢献は現在に至るも低いままと院長は考えます−が、どちらもペストの発端役或いは媒介役を担ったことに違いは無かろうと思いますが。



*モンゴル帝国に関してですが、広大で乾燥した平原ゆえに、究極の地上疾走性哺乳類として特異的に進化してきた馬を利用し、何も無いがゆえにその馬を最大限の武器として活用し周辺の文明国からの収奪を糧として発展したのがオリジンだろうと、院長は動物学的視点から考えています。背景状況は異なりますが、黒澤明監督の『七人の侍』に登場する、百姓集落を襲撃し略奪を図る野武士集団を思い浮かべもします。

*この当時のモンゴル人は馬を戦争の為の生物兵器として利用し、一種の共存関係にあったとも言えるでしょう。但し、馬は立体的な地形には弱く、詰まりは山地なる自然の要害が自ずと彼らの勢力の限界線になりますね。自分達の拠点を中心とする二次元平面延長上の、単純な戦略の展開に留まる訳です。近代に至り、モータリゼーション発達の前には軍馬の用途は形無しとなりました。

*その時世下での最強の武力+領土的野心を握った者達或いはその支配下にある民族・国家が、異なる見解を持つ相手に対し、人権意識など毛ほども持たずに侵攻し、生物学的に抹殺・殺戮する、或いは女性を暴行して自分らの子孫を孕ませる、のがちょっと前迄の流れでしたが、先進国と他から呼ばれる国々は現在ではこの様なあからさまな遣り口は執りません。欧州では20世紀末に起きた南スラブ人同士の内戦を主体とするユーゴスラビア紛争がこの形式の最後だったでしょうか?尤も、この紛争では相手を制圧し得る<近代>兵器をいずれの側も持たず、泥仕合合戦の様相でしたが。

*同じアジア大陸南方の海側の平地−水資源が潤沢にある4大文明の発祥地−に栄えた東アジアモンゴロイドの一派である漢民族は、北狄と蔑称した異民族遊牧民の度重なる襲来に古来より苦しめられ、モンゴル人の元、満州人(女真族)の、金、清に一時は支配されるに至りました。苦肉の策として万里の長城を拵える迄にも至りましたが、特に、秦の始皇帝から漢の時代に建造されたものは草原の中を横断して建て廻らされ、これは明らかに馬侵入の防止柵と言う訳です。日本人は東アジアモンゴロイドの中では少数派として孤島に居を構えた民族ゆえ、2度の元寇襲来(元とその属国である高麗連合軍による本邦侵略、文永の役 1274年、弘安の役1281年))を除いては異民族−海戦のノウハウ並びに海洋気象データの蓄積に乏しい−からの襲撃に悩まされる事はありませんでした。尤も、:元寇が1つの原因となり、鎌倉幕府がその基盤を弱体化させ滅亡へと繋がった訳です。これは第2のペストの pandemic 発火の凡そ70年前の出来事になります。

*馬と人間との関係についてはまた後日分析を加えコラム化して行きたいと考えて居ます。







 ネズミの話40 ネズミと病気 腺ペスト14



2020年9月25日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第19回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第14回目です。

  再び https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びにhttps://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) 、その他の記述を参考に、人類史との関係について解説を加えて行きましょう。

 前回まで中世 or 近代以前の黒死病について触れましたので、今回はその次の第3のパンデミックについてお話します。ちょっと重い内容のお話となりますので覚悟してお目通しください!




第3のパンデミック

近代のペスト


 19世紀の半ば、ペストは3度目の姿を現した。以前の2つの流行と似て、今回も東アジアに起源したが、多分におそらくは中国雲南省だったろうが、そこは過去何回かペストの自然発症地点だった。最初の流行は18世紀後半に発生した。拡散する前にペストは中国南西部に数年間局在し続けた。広東の街で1894年1月に始まったペストは6月までに8万人を死亡させた。近隣の香港との日々の水上交通を通じて、ペストは急速に香港に拡大しそこでは2ヶ月の間に2400名以上が亡くなった。


 近代パンデミック the modern pandemic  としても知られているこの第3のパンデミックは、19世紀後半と20世紀初期に航海ルートを経由して世界中の港町へと拡散した。1900年から1904年にサンフランシスコのチャイナタウンの人々に感染が起こり、再び1907年から1909には、近くのオークランドとイーストベイに感染を起こした。サンフランシスコの1900年から1904年の大流行は当局が中国人排斥法を恒久的なものとした時期である。この法律は、元々はチェスターAアーサー大統領が1882年に署名して世に出したものであり、10年間の期限で継続されることになっていたが、1892年にガーリー法を伴い更新され、そしてサンフランシスコのチャイナタウンでのペスト勃発の間の1902年に実質的に恒久化された。


 米国での最後の大きな流行は1924年のロサンジェルスで起きた。尤も、この疾病は野生齧歯類に今なお存在しておりそれらと接触した人間に伝染し得る。WHOに拠れば、世界規模での犠牲者が年間200名まで低下した1959年時点までパンデミックは残存していたと考えられている。


 1994年には、インドの5州でペストが流行し、感染者が700名(52名の死者を含む)と見積もられ、ペストを避けようとインド国内での大規模なインド人の移動を引き起こした。




*英国が植民地化し貿易港を開いたに伴い、中国本土から職を求めて20万人の中国人が香港に押し寄せました。1/2平方マイルの狭い太平山街 Tai Ping Shan  Street に彼らは居住し、家畜と共に狭い居室に同居生活する者も現れるなど、あらゆる病気の巣窟のみならず一度伝染病が始まると止まらなくなる場所とされていましたが、ペスト流行時には感染者の90%の死亡者を見ました。この街が取り壊された後に病院や医療施設が建設されましたが、現在でもこの地にはこの様な施設が遺っています。その過密振りは少し前に取り壊された九龍城砦を想像させます。

 香港のペスト騒動に関しては、以下の記事が参考になります。

https://www.atlasobscura.com/articles/hong-kong-bubonic-plague-1894

Echoes of the 1894 Plague Still Reverberate in Hong Kong

Death was not the end of the indignities the Chinese community faced duringthat pandemic.

by Courtney Lichterman April 13, 2020


*もともと米国に押し寄せる中国人移民に対しては低賃金労働が他の労働者の生活を低めるものとして米国の労働者関連の政党からも移民排斥の動きがありました。特に中国人は警戒感を抱かれたのでしょう。例えば下記の論文では中国人排斥法の施行後に本国から妻以外の女性を呼び寄せることが困難となり、それにあぶれた中国人労働者に対する需要の為、広東から子供〜少女に至る女性を甘言でサンフランシスコに呼び寄せ、チャイナタウンで雑用掛或いは売春婦として軟禁状態に置き、奴隷として金銭での売買が行われたとの生々しい記述があります。

https://www.jstor.org/stable/pdf/25118876.pdf

Chinese Slavery in America

Author(s): Charles Frederick

Holder Source: The North American Review,

Sep., 1897, Vol. 165, No. 490 (Sep., 1897), pp. 288-294

Published by: University of Northern Iowa 

Stable URL: http://www.jstor.com/stable/25118876


*この様な<慰安>の為に女性を監禁或いは軟禁した事に対して一方的に中国を論(あげつら)うのは公平とは言えず、例えば、熊井啓監督の 『サンダカン八番娼館 望郷』 のからゆきのさんの話、また、飢饉の為に娘を吉原に身売りしたなど、本邦を含め汎世界的に見られたことだったろう、いや現在も行われていることかもしれません。非道い話ですね。


*中国人排斥法に基づき中国人は中華街に押し込められた訳ですが、ペストは中国からハワイへと中国人移民を介して持ち込まれ、次いでハワイとの間に定期航路の通うサンフランシスコ、具体的にはチャイナタウンで感染が流行したことになります。因みに中国人排斥法は中国(中華民国政府)が第二次大戦で連合国側に加わったことから米国は1943年に漸く廃止しています。

 サンフランシスコのペスト騒動に関しては、以下の記事が参考になります。

https://www.nature.com/articles/d41586-019-01239-x

Nature BOOKS AND ARTS 24 April 2019

Plague in San Francisco: rats, racism and reform

Tilli Tansey extols a history of California’s chaotic early-twentieth-centuryepidemic.

Tilli Tansey




 今回のコロナ禍を過去のペスト流行との対比で考えようとの記事は、海外 web にてごまんと検索されるのですが、なかでも130年前の第3のペスト pandemic の発火点となった中国の問題を取り上げ、その歴史的検討を加えんとするものが目に入ります。仄暗い真実も炙り出される訳ですが、せめてそこから何か教訓が得られると良いですね。







 ネズミの話39 ネズミと病気 腺ペスト13



2020年9月20日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第18回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病  Black Death について触れない訳には行きません。激烈な大流行の後にも、その残余が波及し、その度に街によっては数万〜数十万人の死者数を出しています。根本的な治療法が無く、ペスト菌のプール源として様々な都市やその近郊に常に少数の感染者が存在し、また保菌動物である小型齧歯類が棲息する状況にありましたので、他から一度街中にペストが持ち込まれ拡大すると、感染流行の再燃を止める事がほぼ不可能でした。

 今回は、その様なヨーロッパの街であるイタリアのフィレンツェの事例をメインにご紹介しましょう。まぁ、1つの街、地域から見たペストの実相を探るとの perspective (視点)です。




*フィレンツェ + ペストの語の組み合わせと来れば、ボッカチオ(1313−1375)のデカメロンを想起しない者は居ないでしょう。


*以下のブラウン大学の web site のジョバンニ・ボッカチオの生い立ちの内、ペスト並びにデカメロンに関連する記述を抜き書きします:

https://www.brown.edu/Departments/Italian_Studies/dweb/boccaccio/life1_en.php


1340-41

 ボッカチオはフィレンツェに戻る。街が前年の疫病で荒廃しているのを知るが、(ジョバンニ・ビラーニの年代記に拠れば)それで人口の1/6が死に絶えた。


1348

 フィレンツェに戻り、1348年の壊滅的な疫病(黒死病)を目撃した。数万人が死んだが、これは1340年の死者の少なくとも3倍である。犠牲者の中には、ボッカチオの父親、新たな義理の母も居た。全く突然に、家族の財産として遺されたもの、並びに養い維持すべき一家をも引き継いだ。

1349-51

 これらの年は実際デカメロン作成の年であるが、それについては我々は知る事が殆ど無い。1350年に短期間ラヴェンナ(フィレンツェの反対側のアドリア海に面した街)に戻った。これはオサンミケーレ寺院の知り合いからの使命であったが、シスターベアトリーチェ(ダンテの娘、ラヴェンナの聖ステファノ修道院の修道女)即ちそこで30年以上前に没した偉大な流浪の詩人の相続人に、遅くなったが10枚のフローリン金貨を返却したのである。



*デカメロンの創作過程については情報が殆ど得られていない模様です。ところで、下記のペストの流行の時系列では1347年に初めてヨーロッパにペストが入ったとされていますが、ボッカチオは1340年にフィレンツェに戻り、前年の1339年に疫病で街の1/6が死亡したと知ったとされています。それではこの疫病は何だったのかの疑問が残ります。詳細な記述が無く見当が付きません。スペイン風邪或いはコレラの様な感染症だったのでしょうか?


*ボッカチオがダンテを評価し、彼の詩作に 『神曲』 の名を付けた事はよく知られているのですが、彼がダンテの娘と実際に会い、しかもその娘の名がベアトリーチェと言うのには驚かされます。因みに、院長は大学の教養課程時代に 『神曲』 を翻訳されたばかりの平川祐弘先生の講義を選択し、確か試験では鎌倉仏教の地獄の構成と『神曲』のそれとを比較論考せよの設問が出ましたが、仏教の地獄の階層構造との対比を書き連ね評価Aを戴いたことを記憶しています。尤も、受講生は10数名程度でしたので全員Aが貰えたのかも知れませんが・・・。思い出しましたが、当時某学部某学科のとある講義科目では、採点前にまず教授が全員にAを点け、そののちにゆっくりと答案を見るとのことでした。




https://en.wikipedia.org/wiki/Timeline_of_plague ペストの時系列


*このサイトに掲載される表の項目の内、イタリアに関連性があるものを抜き書きして和訳します。上記との対応を見て下さい。


1347

イタリア商人が感染したラットを船に乗せ、コンスタンチノープルからシチリアへとペストを運び込んだ。この地がヨーロッパで最初の黒死病感染地となった。同じ年にベネチアもペストに見舞われた。


1347-1350

 この間の大流行時に、医者はペストの予防並びに治療について全く為す術を持たなかった。彼らが試みた治療法には、調理した玉葱、10年物の糖蜜、ヒ素、砕いたエメラルドを用いる、下水管の中に座る、室内で大きな炎に挟まれ座る、ハーブで部屋をいぶす、神が罪ゆえに病気で罰するのを止めさせようとする、などである。自身を鞭で叩きながら行進することも行われた。


1348

 イタリアの作家ジョバンニ・ボッカチオは彼の著作 『デカメロン』 中にペストの症状について記述している。


1361-1364

 この間の流行中に、医者は横痃(リンパ節の腫脹)を破裂することで患者の回復を助ける遣り方を知った。


1374

 黒死病の流行がヨーロッパで再び出現した。ベニスでは様々な公衆衛生的な制御、例えば健康な者から患者を離すとか病気を抱えた船舶を港への上陸をさせない、などが設けられた。


1403

 30日間の隔離は短すぎることを知り、ベニス当局は東地中海のレヴァント地域からの旅行者は病院で40日間隔離するよう指示した。イタリア語の40 quarantena 或いは40日  quaranta giorni から、英語の quarantine 検疫、隔離の語が生じた。


1629-1631

 この間、イタリアでは腺ペストの一連の流行を見た。ロンバルディと他の北イタリア領土内で28万人が死亡したと算定されている。イタリアのこのペストはその地域の人口の35〜69%の命を奪ったとされる。


*ロンドンでの1665年のペスト大流行で市内人口の1/4が亡くなりましたが、17世紀に至っても黒死病の余波、或いは小波は途切れることなくヨーロッパ各地で続いていた訳です。現在でも本邦に於いてはペストは、エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱およびラッサ熱、マールブルグ病と共に1類感染症に指定されています。確定診断を受けた後で(実際には疑わしい段階で)感染症指定医療機関への入院が知事より勧告されます(強制入院!)が、1類感染症でペスト以外は全てウイルス感染症であり、細菌感染に拠るペストの特異性がここに浮上します。まさに困った感染症ですね。これで抗生剤の効かない変異ペスト菌が誕生したらどうなるのかと考えるとゾッとします・・・。




*以下の youtube 動画は、1300〜1700年の間にフィレンツェに襲来した黒死病を纏めたドキュメントフィルムです。


La peste nera a Firenze (Black Death in  Florence )

2017/01/25  Conosci Firenze

https://youtu.be/4zq_tAplFjs


 ヨーロッパの各都市は皆この様なペストとの壮絶な歴史的背景を抱えている、との認識は日本人には持ちにくいかと思います。現地では、激烈な流行のさなかにあっては生き延びるのが精一杯あり、対策や予防を行う精神的余裕や活力も持てず、かと言って近代医学の成立以前にはペストに対しては為す術が無いのが実情であり、これでは教訓らしい教訓を学び蓄積することも出来ません。今回のコロナ禍はペスト流行時の社会の反応と類似するとの指摘は方々から挙がっていますが、幸いにしてコロナ感染症の死亡率や臨床症状面ではペストに比べるまでもなく、本当に恐ろしい感染症が将来的に発生した際の予行演習と見直しが、今回なんとか幾らかは行い得た、と考えればまだ納得も行くでしょう。


*フィレンツェの例を考えても、繰り返し何度もペストの洗礼を受け、かと言って人々の免疫力や耐性が上がる訳でもなく、神に訴えても神は無言を貫き命は明日とも知れない有様でした。それでもキリスト教そのものに対する打ち壊し等の破壊行為が無かったところから判断するに、相当に頭の良い者が坊主に就き、教義の整合性を図り、事態を切り抜けたと言う事なのでしょう、と、心情的仏教徒の院長がふと思い浮かべた次第です。


*イングマール・ベルイマン監督作品 『第七の封印』 の中に、鞭打ち行者の隊列を率いる男が、老いも若きも王も庶民もいつ死ぬかは分からないと叫ぶシーンがあるのですが、これは、和漢朗詠集の「朝に紅顔あって世路に誇れども、暮(ゆふべ)に白骨となって郊原に朽ちぬ」の心境と同じですね。但し、彼らは死に神が命を奪いに来るとの視点で考えるのに対し、仏教では各人が自然に且つ勝手に死んでいくとの思想であるのが大きな違いでもあるでしょう。因みにこの映画の中に少女が魔女狩りに遭い火あぶりにされるシーンがありますが、さるロシア人 youtuber の配信を見ていたところ、ギリシヤ正教下の東欧では魔女狩りが起こらず、カトリック圏のポーランドから西側で魔女狩りが起きたとのことでした。黒死病と魔女狩りは文字通りの西欧の2大黒歴史でしょう。




 ペストの第2波のパンデミック、即ち黒死病の実態を知れば知るほど、「これは非道い」以外の表現が無くなります。次回からは第3のパンデミックに入ります!もう嫌になったと言わずに事実を事実としてまずは眺めて下さい。毒を喰わば皿までも、とも言いますし・・・。







 ネズミの話38 ネズミと病気 腺ペスト12



2020年9月15日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第17回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第12回目です。

 人類史、特に社会と文化との関係について引き続き解説して行きましょう。




社会と文化





 ペスト大流行に関連する死者並びに社会変動の規模は、この疾病が最初に認識されて以降、数多くの歴史的並びに架空の物語に於いても、このテーマを突出したものとして来ている。特に黒死病は、同時代の多数の文献で記述され言及されている。これらの内の幾つか、例えば、チョーサー、ボッカチオ、ペトラルカなどは現在、西洋の古典規範と考えられている。ボッカチオのデカメロンは、黒死病から脱出せんと人里離れた別荘を求めフィレンツェから逃げ延びた者達から成るストーリー仕立てとしていることでよく知られている。


 黒死病の年代を生き抜いたと時に大々的に取り上げられ或いは小説化された実録物もまた、時間と文化を超えて人気が途切れることが無い。例えば、サミュエル・ピープスの日記は 1665年のロンドンの大ペスト Great Plague of London の経験当事者としてこれに数多く言及している。


 アルベルト・カミュの小説 『ペスト』 やイングマール・ベルイマン監督の作品 『第七の封印』 などの後の作品は、様々な概念を探索する為の背景として、例えば中世または現代の隔離された都市に於ける腺ペストを設定に利用している。それらの主題は、ペスト流行時の社会、組織、個人の崩壊、文化的また心理学面での生か死かに直面する問い掛け、また、その時代の道徳上の或いは精神的疑問に対して、ペストを寓話的に利用する点で共通している。




*14世紀半ばに pandemic となったいわゆる黒死病 Black Death 以外にも、18世紀に至るまでヨーロッパ各地で散発的な流行がたびたび発生し、死者の数は数万〜数十万人程度に達しました。例えば、フランス南部の地中海に面した港湾都市マルセイユでは、1720年にペストの大流行を見、その年に10万人が、次の2年間には更に5万人が、また近郊の町で5万人が死亡しました。人口が1720年レベルに回復したのは1765年になってからでした。

*1665年のロンドンの大ペスト Great Plague of London では18ヶ月の間にロンドンの人口の1/4に相当する10万人が死亡しました。それ以前にも小流行は散発していましたが、これは記録に残る英国での最後の大流行となりました。この流行は1599年から間歇的に流行を見ていたアムステルダムからの綿花運搬船が直接的にはもたらしたものとも考えられています。流行に伴い、国王チャールズ2世や貴族はロンドンから疎開しましたが、庶民階級は生活や見通せない将来への不安ももあり家を簡単に離れることもできませんでした。ロンドン市の城壁を抜けるためにはロンドン市長に拠る健康証明書が必要となりましたが、やがては近隣の村も証明書の有無に拘わらずロンドンからの者の受け入れは拒否するに至りました。この辺は、今回のコロナ禍に於ける、都市民の地方への受け入れ拒否圧力にも類似して興味深く思います。僅かに少数の医者、宗教指導者、薬剤師がロンドン市に残り、犠牲者に対応しましたが、彼らの仲間の多くも逃げ出した訳ですね。

*現在でも致死率の高い感染症ですが、当時の都市部の衛生的とは言えない環境並びに治療薬も無い状況ゆえ、一度流行を見ると鎮火させることが不可能となり、爆発的な感染拡大の前に為す術が無い事態を招いたことは容易に想像出来ます。薄情な様ですが、身を守るためには<逃げるが勝ち>しか取り得ない話になります。

*重症者への看病・移動や死体処理時に、ヒトからヒトへの感染が生じ、あとは核分裂の連鎖反応の様に一気にそれが拡大し、短時間の内に同じ街に住む者はほぼ全員が感染したでしょうね。街を逃れて流出した者が次の街へと感染をもたらす図式です。ヨーロッパの都市は城壁で囲まれている例が多いですが、有力者はさっさと脱出し、残された者には城壁の門を狭くし、<あとは頑張ってくれ>の姿勢だったとも言えます。ロンドン市内では毎日が葬列と棺の埋葬作業でしたが、これは現在ニューヨークのブロンクスのすぐ東に浮かぶハート島の無縁墓地に、引き取り手のない新型コロナウイルスの犠牲者を連日多数土葬しているシーンにも重なります。

*この様な、逃げようのないペスト禍からの重圧感は、イングマール・ベルイマン監督の作品『第七の封印』 にも描かれていますが、この映画は寓話化を強めた作品と感じられ、阿鼻叫喚の生き地獄を生々しく表現するものではありません。但し、時間差でその恐怖がじわじわと胸に迫るところはあります。

*アルベルト・カミュの小説 『ペスト』 を、コロナ禍と絡めて読んだ方も少なくはないと思います。『サミュエル・ピープスの日記』 は邦訳されています(国文社、1987年 - 2012年。臼田昭・海保眞夫・岡照雄訳、全10巻)が、現在全巻入手するのは難しく、また価格が高騰している巻があります。因みに院長は勇んで 『ペスト』 のフランス語版をアマゾン kindle で購入(351円)したのですが、入手後に読み通す気力に足りないことに気が付きました。漫画版の 『ペスト』 も数冊出ていますので概略を手っ取り早く掴みたい方には如何かと思います。と言いますか、漫画版の方が早く絶版にもなりそうで、資料として入手したい方は早めにそうした方が良いかもしれません。







 ネズミの話37 ネズミと病気 腺ペスト11



2020年9月10日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第16回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第11回目です。

 黒死病が当時の社会に与えた影響を引き続き重点的に見ていきます。




*黒死病流行時の迫害とは、ユダヤ人に対する迫害を意味します。平時に於いてもキリストを殺したなどとの言いがかりで迫害を受けてきましたが、14世紀の科学の発達していない時代に於いては、黒死病流行の原因探索がスケープゴートとしてのユダヤ人に向かい、彼らが井戸に毒を投げ込んだのが原因ともされました。1348年にフランスのツーロンで、次いで1349年のスペインのバルセロナで起きた虐殺と居住区破壊を引き金にヨーロッパ中で黒死病関連のヤダヤ人迫害が起きました。聖バレンタインのストラスブルグ大虐殺(1349年2月14日)では、まだペストが街に拡大していない中、2000人のユダヤ人が生きたまま焼き殺されました。

*どうしてユダヤ人が<犯人>だと思われたかについてですが、彼らはゲットーに隔離されて生活し、また宗教的戒律から食事前には手を洗う、週に1度は入浴する、埋葬前に死体を洗うなどの習慣があり、清潔ゆえペストに罹患する例が少なかったことが挙げられます。他の者達は、それであいつらは何か噛んでいるに違いないと邪推したのでしょう。


以下 https://ja.wikipedia.org/wiki/ユダヤ人 から一部引用:

「レコンキスタ・十字軍時代に、ヨーロッパのキリスト教社会では、「キリスト殺し」の罪を背負うとされていたユダヤ人はムスリムとともに常に迫害された。封建制度に内属していなかった彼らはヨーロッパの多くの国で土地所有を禁じられて農業の道を断たれ、商工業ギルドに加入することができなかったため、職工の道も閉ざされ、店舗を構える商売や国際商取引も制限されていた。

 しばしば追放処分を受け、住居も安定しないユダヤ人がつける仕事は事実上消費者金融や無店舗の行商、芸能以外には存在しなかった。

 11世紀末頃にはすでにユダヤ人は「高利貸し」の代名詞になっていた。被差別民でありながら裕福になったユダヤ人は妬まれ、ユダヤ人迫害はますます強まっていった。

 14世紀のペスト大流行のころから弾圧として、ヨーロッパ中で隔離政策が取られるようになっていき、市街地中心から離れた場所に設けられたゲットーと呼ばれる居住区に強制隔離されることが一般化した。 」

 とあります。

*黒死病が終息する1350年を迎えるとユダヤ人対する黒死病関連の迫害自体は止みましたが、小規模な迫害は連綿と続きます。




*1400年以降、英語の表記と発音の乖離が急速に進み、これは  Great Vowel Shift 大母音推移 GVS と呼称され、英語にやや深い関心を抱く者には誰にでも知られている事象なのですが、これが起きた理由の1つとして、黒死病でロンドン人口が大きく減り、そこに北部からの者が大量に流入し、綴りに合致しない音をもたらしたのだ、とする説が唱えられています。まぁ、文字による音声の対比統制(正書法と言う)の出来ていない田舎訛りの者達が流入し、文字と発音が大きくズレる珍妙な言語が誕生したとの説明です。それなら新たな音と合わせて綴りを変えれば合理的ですが、既に活版印刷が普及しており、今更綴りを変更できるかとなり、元の綴りに新たな音を組み合わせて記憶することにした訳です。GVS に関して詳しくは、院長が別個に開いております英語塾コラム 2019年10月10日 『英語の綴りと発音の乖離』

https://www.kensvetblog.net/column/201910/20191010/

をご参照下さい。


*この様に、当時の、そして現在の文化に至る、黒死病の影響を考究すれば、幾らでも論文が執筆出来そうです。








 ネズミの話36 ネズミと病気 腺ペスト10



2020年9月5日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第15回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第10回目です。

 黒死病が当時の社会に与えた影響を重点的に見ていきます。




*民衆による反乱 (Popular revolts) とは、分かり易く言えば、田園地帯では領主に対する農民の一揆、また都市部では貴族や国王に対するブルジョワ階級の謀反であり、中世後期にはしばしば勃発しましたが、ペスト流行に伴う社会の混乱がこれに拍車を掛けました。域内の隣人がバタバタと死んでいく中で、碌に対策も講じることの出来ない支配階級に対する、困窮した彼らの精一杯の抵抗、蜂起とも言えるでしょう。まぁ、組織化、軍事化された米騒動みたいなものでしょうか。


*その様な Popular revolts のよく知られた例としては、黒死病の最大流行時よりは幾らか後になりますが、英国に勃発したワット・タイラーの乱が有名です。1381年にカンタベリーの農民が蜂起すると、ワットタイラーはこれを指揮しロンドン市内まで行軍しました。国王リチャード2世と交渉し、人頭税制定の廃止や経済、社会システム改善への要求を行いましたが、スミスフィールドでの2度目の交渉の際に国王側に支える者に暗殺され、反乱は潰えました。


*その頃本邦は鎌倉幕府が滅亡し室町時代が始まった頃ですが、南朝と北朝に皇統が分かれての南北朝時代の只中にありました。まぁ、或る意味日本も動乱にありガタガタしていた訳です。この頃になると、一揆の定義に当てはまる騒動も日本各地で勃発し始めます。院長も学生時代に東大史料編纂所の桑山浩然先生主催の古文書学のゼミに参加したのですが、室町時代の裁判資料を幾つか読みました。僧侶が神輿(しんよ)を奉りて市中で暴れただのの訴状も有り、世の中の血がいよいよ滾り始めたものを感じましたが、異国でも同じ様な機運に満ちていたのかも知れませんね。中世から近世への幕開けが始まったとも言えるでしょう。




*自らの身体に鞭打ちする行為は、一種の宗教的行為としてヨーロッパにて古来より行われて来ましたが、黒死病の流行中に最盛期を迎えました。これは磔刑を受けたキリストの苦しみを体現し、宗教的境地を高めようとする行為とも言えますが、インドのヨガ行者の苦行(頬に金属の串を刺しながら行進するなど)、日本の仏教の千日回峰行などの荒行などにも類似するもので、各地の宗教に様々な形で見られる様に思います。尤も、乾布摩擦などと同様に血液循環を改善し自律神経系に刺激を与え得る点で、ペスト感染に対する免疫力を上げるのにひょっとして幾らかは役立った可能性もあります。現世的ご利益としては、自分は敬虔なキリスト教徒であると苦行を通じアピールし、神に気に入って貰い、ペストから我が身を守って呉れ、とのメッセージとなります。

*西洋社会の様々なシーンに登場する鞭打ち行為は、日本人には馴染みの薄い行為です(刑罰としては明治初期まで存在はしていました)が、家畜の尻を鞭打ちする家畜文化との関連は確実にありそうに見えます。聖書に、spare the rod and spoil the child 鞭を惜しむと子供が駄目になる(可愛い子には旅をさせよ)なる有名な言葉があります。動物としての生身の肉体を持つ人間ゆえ物理的に引っ叩くことの<効能>が肯定されている訳ですが、現在は児童虐待と訴えられそうで・・・。

*東大寺二月堂の修二会(お水取り)は悔過(けか)(過去の過ちを懺悔する)法要ですが、二月堂の礼堂に出た練行衆が、はね板に体を打ちつけて五体投地を行います。まぁ、懺悔、贖罪の気持をぶつける為の痛みを自身に与える行為ですが、西洋の鞭打ちにもこの様な懺悔の気持が含まれているのかもしれません。これは信心の証でもあるのでしょう。








 ネズミの話35 ネズミと病気 腺ペスト9



2020年9月1日

 皆様、KVC Tokyo 院長 藤野 健です。

 ドブネズミを含めた齧歯類感染症のお話の第16回目です。ネズミとの関連では中世に爆発的流行をもたらした黒死病 Black Death について触れない訳には行きません。人類史に、また生物としてのヒトに与えた影響は甚大なものがありました。新型コロナウイルスも汎世界的な流行を見た点で pandemic ですが、解説を通じ、黒死病との類似点、相違点を考える為のヒントをお掴み戴ければ幸いです。その第9回目です。

  再び https://en.wikipedia.org/wiki/Bubonic_plague 並びにhttps://en.wikipedia.org/wiki/Plague_(disease) 、その他の記述を参考に、人類史との関係について数回に分けて解説を加えて行きましょう。

 2度目のパンデミックは第1回目のパンデミックの800年後に起きたBlack Death 黒死病として知らぬ者はない西洋史上の大事件ですが、モンゴル帝国の領土拡張策と密接に関与もしてきます。今から700年足らず前の出来事であり、歴史的記録や資料も数多く残されていますので、それらを元に少しじっくり見ていきましょう。




第二のパンデミック

黒死病


 中世晩期にヨーロッパは歴史上最も致死率の高かった疾患の大流行に見舞われた。1347年に襲来した黒死病即ち悪名高き腺ペストのパンデミックであるが、ヨーロッパ人口の3分の1が死亡したのである。大量死が人命の価値を下げるに従い、社会が実質的により暴力的になり、斯くして戦争、犯罪、民衆による反乱(Popular revolts)、鞭打ち(Flagellant) の流行、迫害行為、を増大させたと信じる歴史家も居る。黒死病は中央アジアに発し、イタリアそして次に他のヨーロッパ諸国中に拡大した。


 アラブの歴史家イブン アル−ワルドゥニ (1291/1292- 1348/1349) とアル=マクリーズィー(1364年 - 1442年)は、黒死病がモンゴルに発したと信じていた。中国の記録でも、1330年代の初頭にモンゴルで莫大な流行が起きたことが記されている。2002年に発表された研究論文では、1346年初頭にステップ(草原)地域で流行が始まったことを示唆しているが、そこでは、カスピ海の北西岸から南ロシアへとペストの保菌動物が拡大したとされる。


 モンゴル帝国 は中国とヨーロッパの間の通商ルート即ちシルクロードを遮断し、これは東方のロシア側から西ヨーロッパに疫病が拡大するのを停止させるに至った。しかし、クリミヤの Caffa カーファ(現在のフェオドシヤ)にあるイタリア商人の最後の通商拠点をモンゴル人が襲撃したのに伴い流行が始まったのである。1346年の終わり近く、モンゴル包囲軍の間で流行が勃発し、彼らからカーファの町にペストが侵入した。春が到来するとイタリア商人は船に乗り込み逃げ出したが知らずに黒死病を運んだのである。ネズミに付いたノミに拠り運ばれて、ペストは最初は黒海近くの人間に広まり、次いでそこから1つの地域から他の地域へと次々に、ペストから逃げる者達に拠り、ヨーロッパの残りの地域に広がった。




*現在でもモンゴルや中国北部のステップ(草原地帯)でマーモット猟に関与していた者が、しばしばペストを発症していますので、その地域でペスト菌が維持され、それが人為活動を通じて世界にもたらされるとの考えは十分首肯出来るところだと思います。その出現と拡散の様式については、実はコロナ禍も似た様な側面を持って居ます。

*何も熱帯雨林のジャングルに潜む動物に病原体が維持され、それに接触して街中に持ち込んだ人間を起点に感染爆発するとの図式(エイズやエボラ出血熱がこれに該当する)ばかりではなく、アジア大陸内陸部の乾燥した草原地帯の動物が危ない病原体の維持・供給源となり、世界中に大量死をもたらす図式も無視出来ない、いや、こちらの方が寧ろ大迷惑である、とも言えそうです。今回のコロナ禍の出自はまだ不明ですが、野生動物の狩猟(毛皮、食肉、愛玩用途)は安全性が担保されているもの以外は全面禁止させるのも手でしょう。野生動物の狩猟で生計を立てている類いの細民らの営為が、また、感染症の管理下に無い野生動物の肉を嗜好する民俗風習並びにそれを許容している国家の姿勢が、実際のところ人類全体に巨大な災厄をもたらし得る訳です。

*ボッカチオ作のデカメロン冒頭に、フィレンツェに於いてはペストで1348年には半年間で10万人以上が死亡したとの記述があります。この第2波即ち黒死病の流行の他、小規模な流行(とは言っても数万〜100万人程度の死者を出した)がヨーロッパ各地で18世紀まで続くのですが、フィレンツェの街の記録を中心として別コラムにて取り上げる予定です。

*大流行で隣人や身内がバタバタと死んでいく中では、現世御利益型の宗教は存在を許されず、死後の復活を唱える型の宗教以外は<生き延び>られませんね。また死体は抜け殻に過ぎず、死後は魂は抜けて別なところに向かうとの教義であれば、疫病発生時の死体処理にも合理的な対応が取れます。と言いますか、感染を避けたいとの念がその様な<合理>を教義に持ち込み、強めた可能性もありそうです。これは何もキリスト教のみならず、死体への穢れの念(病気がうつると言うより死後の変容−死体現象 Post-mortem changes−への恐怖?)の強かったとされる本邦の中世−身内のみが死者の弔いを行い、それ以外の者は関与しない、使用人、貧者の身内は捨て置かれる−にも見られた事でした(中世民衆の葬制と死穢: 特に死体遺棄について、勝田 至、史林 (1987) https://doi.org/10.14989/shirin_70_358)。アフリカのエボラ出血熱の流行に際しては、葬儀時に棺の中の死体に親戚等が抱き付く習慣を通じ、感染が拡大していくことが指摘されています。死体に対する<割り切り>の念、忌避の念が薄い様ですが、これも感染症についての正しい知識の普及を通じ、この先変化していくかもしれません。